日本とフランスの “美の往還”に迫る「CONNECTIONS―海を越える憧れ、日本とフランスの150年」展 美術家の森村泰昌が語る日本人が抱いた西洋への憧れ

ポーラ美術館は、日本とフランスの芸術交流を巡る展覧会「CONNECTIONS―海を越える憧れ、日本とフランスの150年」を11月14 日から2021年4月4日まで開催する。

19世紀後半から日本の浮世絵や工芸品は欧米の芸術に大きな刺激を与え、モネやゴッホらの創作のインスピレーション源となった。フランスを中心として巻き起こった「ジャポニスム」は、欧米のデザインや、伝統を重んじるアカデミックな芸術界にまで広範な影響を及ぼした。

同時期に黒田清輝をはじめとする学生がフランスへと留学をし、彼らがフランスで学んだ美術はその後の近代日本美術の礎となった。一方で、萬鐵五郎や岸田劉生らヨーロッパ留学が叶わなかった大正期の画家は、雑誌や画集を通してフランス美術に対する憧れと情熱をふくらませた。中でも雑誌「白樺」を通じたゴッホ信仰、セザンヌやルノワールへの傾倒など、異国への憧憬は芸術家の想像力をかき立てた。

近代化が進む激動の時代、日本とフランスは新しい美の基準や感性を模索する上で互いに必要不可欠な存在だった。同展は大量のものや情報、人の往来が可能になった時代に双方の芸術が織りなした「美の往還」を西洋絵画と日本の洋画コレクションでたどる試みだ。

同展では、黒田清輝がフランスで師事したラファエル・ コランの初来日作品『眠り』が展示される。黒田の代表作でもある『野辺』に影響を与えたとされる同作は長年所在不明とされてきたが、近年所在が判明し、120年ぶりに日本で一般公開される。

ポーラ美術館のコレクションには、ジャポニスムと関係の深いモネやゴッホ、フランスで学んだ黒田清輝や岡田三郎助、セザンヌやルノワールらが含まれる。今回の企画展では、こうした日本とフランスの芸術交流を語るうえで欠かせない芸術家の作品を紹介。収蔵作品約80点、国内外から約50点の作品を集め展示する。

さらに同展では、森村泰昌のゴッホに扮したセルフポートレートや、浮世絵を翻案した山口晃の作品、フランス人の日本滞在記に想を得た荒木悠の映像作品など、現代アーティストの作品も近代の作品と織り交ぜて紹介する。“日本と西洋”“近代と現代”という異なる視点がユーモラスに描かれた作品を通し、異文化理解の本質や魅力に迫る。

今回、ゴッホ作品とともに自身の作品が並ぶ機会となった森村泰昌に、同展の総括から異国や異文化への憧れ、さらには出展に関する心境などを語ってもらった。

異国の絵画に想いを馳せる

「天皇の料理番」という大ヒットしたTVドラマがある。明治時代の後半、16歳のときにはじめて口にしたビフカツの味に魅せられ、料理人になることを決意した実在の人物、秋山徳蔵(ドラマでは篤蔵)が主人公である。篤蔵が東京からパリへと苦労に苦労をかさねて西洋料理の修行をし、ついに天皇付きの料理番のチーフへと出世するストーリーを、佐藤健が見事に演じていた。カツレツなんていまでは誰もが知っている。しかし明治という文明開化まもない日本では、カツレツのみならず、西洋料理自体がまだまだ見知らぬ異国の味だったにちがいない。

明治の日本で西洋料理が珍しかったのとおなじように、西洋絵画もまた、日本ではこれまでほとんどおめにかかったことのない異国の文化だった。油分をたっぷり含んだ油絵の具の、お肉っぽいボリューム感。描くモチーフのハイカラさ。そうしたあれやこれやに、あの篤蔵にとってのビフカツがそうであったように、多くの芸術家志望の若者が驚かされ、自分もやってみたいと憧れたことだろう。

ポーラ美術館での企画展「Connections -海を越える憧れ、日本とフランスの150年」の出品作家である黒田清輝もまた、そんな異国の絵画にハマった青年のひとりだった。当初は法学をめざし、17歳でパリに留学したが、やがて美術に目覚め、フランスのアカデミックな印象派の絵画手法をマスターして帰国。日本の近代美術史に多大な影響を与えた巨匠である。黒田はその後、貴族院議員になった人物でもあるので、さしずめ美術界における「天皇の料理番」だったともいえる。

「Connections」展では、黒田の『野辺』とパリでの黒田の師匠、ラファエル・コランの『眠り』が同時に出品されている。二作を比較して鑑賞できるのがうれしい。両者はそっくりともいえるが、黒田作品のほうはどこか和テイストである。食後にはコーヒーとデザートも出てくる本格メニューだと思われるが、日本人の口というか目になじみやすいよう、巧みにアレンジされた“ニッポンの洋食”である。モデルが日本人になり、色合いにもイエロー味が加味されている。ミルクやチーズ風味がおさえられ、隠し味に醤油や味噌が用いられている感じ。和魂洋才をうまく使いこなし、脂っぽいコッテリ味が不得手な日本人向きに味を変え、その巧みなアレンジの中に、日本文化のアイデンティティを見いだそうとしているかのようである。

ところで今回のポーラ美術館での特別展には、じつは私も作品を出品させてもらっている。私自身がゴッホのひまわりや自画像に変身して撮影するという、一見絵画と見まがうセルフポートレイトの写真作品である。ゴッホの絵には日本の文化の影響が強く、また逆に、版画家・棟方志功の「わだばゴッホになる」という宣言によく現れているように、日本の画家たち(のみならず文学者や思想家たち)も、ゴッホからおおきな影響を受けてきた。ゴッホをとおしてなされた、こうした西洋と日本の間の異文化交流は、もっと注目されてもいいだろう。というのも、どちらの側からも上から目線のおしつけがましさがなく、むしろ双方から等しく敬意と愛情が投げかけられて、まれにみる幸せな関係がここに作り出されているからである。

今と昔とでは、視点も技法もずいぶん違ってはくるが、ゴッホが好きな美術家のひとりとして、私もやっぱりゴッホとのいい関係を作り出したいと思っている。もちろん先人たちにならって敬意と愛情は忘れずに。うれしいことに、本展ではポーラ美術館所蔵のゴッホ作品(静物画や風景画)も展示されている。日本文化が好きだったゴッホと、ゴッホが好きだった日本の現代作家(=モリムラ作品)が箱根で出会う。光栄でもあり、気恥ずかしくもある。ゴッホの絵をはじめて画集で目にした10代の頃の興奮がよみがえる。なるほど、秋山篤蔵にとってのビフカツとの出会いは、私にとってのゴッホとの出会いだったということなのかもしれない。

森村泰昌
1951年大阪府大阪市生まれ、大阪市在住。1985年にチェ・ゲバラの自画像に扮するセルフポートレート写真を発表して以来、一貫して時代や人種、性別を超えたさまざまな“他者”に自らが成り代わる“自画像的作品”の発表を行う。

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TOKION EDITORIAL TEAM

2020年7月東京都生まれ。“日本のカッティングエッジなカルチャーを世界へ発信する”をテーマに音楽やアート、写真、ファッション、ビューティ、フードなどあらゆるジャンルのカルチャーに加え、社会性を持ったスタンスで読者とのコミュニケーションを拡張する。そして、デジタルメディア「TOKION」、雑誌、E-STOREで、カルチャーの中心地である東京から世界へ向けてメッセージを発信する。

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