アーティスト・HAROSHIのスケートボードに対する想いを具現化した「天童木工」とのコラボレーションデッキ

何層にも重ね合わせた単板を型に入れて、プレス機で圧力と熱を加えて形作る技術“成形合板”。これを日本でいち早く取り入れ、良質な家具の量産技術を確立しただけでなく、美しさへの挑戦も続けてきたメーカー「天童木工」。彼らによって生み出された薄く強い成形合板は、無垢材では出せない複雑な曲面やフォルムを可能にし、日本を代表するデザイナーや世界的な建築家達の斬新な創造力を刺激してきた。そんな「天童木工」による新たな共創を「TOKION」から12月18日から発売する。
パートナーは、スケートボードを題材とした彫刻作品で国内外から注目を集めるアーティスト、HAROSHI、その人。彼にコラボレーションにより生まれたスケートデッキに込められた、スケードボードへの想い、そしてプロダクトのこだわりを聞いた。

アーティストと職人。モノ作りを追求する表現者の挑戦

「確か15、6年くらい前に『天童木工』のスケートボードに乗っている人にランプで会った際に、日本で作っていると聞いていたので、ずっと気になっていました」(HAROSHI)

「天童木工」に対してのイメージを訊ねると、HAROSHIはそう答えた。自身も、柳宗理が手掛けたバタフライスツールのファンだったため、同メーカーが誇るプライウッドの成形技術の素晴らしさは熟知していた。だが正直、「日本で完璧なスケートボードが作れるのだろうか?」とも思っていたという。そんな彼の懸念は、杞憂に過ぎなかったとのちに知ることとなる。

ここで改めて、3枚のスケートボードが並んだ写真をご覧いただきたい。右が今回のプロダクト。スケートボードは、最初期とされる1950年代から、時代によって素材や形を変えてきた。ここでプラットフォームとして採用されているのは、1970年代のウッド素材を使ったオールドスクールなシェイプ。このタイプをHAROSHIが選んだのには何か意味が込められているのだろうか。

「もともと古いスケートボードが好きで、コレクションしていたのですが、6年ほど前に『ドッグタウン スケートボード』のジム(・ミューア)さんの家に遊びに行った時に、1970年代に彼らがやっていたデッキの作り方を教えてほしいと言ったところ、それならば一緒に作ろうという話になり、朝から1日中、2人で無垢のメイプルの板を削り、テールも貼って、塗装までしました。あれは本当に最高の1日でしたね」(HAROSHI)

ハンドメイドのスケートボードが完成する頃、外はすでに夜になっていた。彼は、そこでフラットボトムが乾燥して曲がってきた時にコンケーブができた話など、いろいろと伝説みたいな話も聞いたという。この体験が今日へと繋がっていく。

「僕はすべてのものが温故知新だと思っておりまして、始まりを知らなければ新しいものは作ることはできないと思っています。昔はチョロッと古い板に乗って、本気で乗るのはあくまで現代的なスケートボードでしたが、自分自身もだいぶ年をとりまして、スケートすることの中に流すだけの楽しさも取り入れるようになってきました(笑)。僕にとっては、いろんな古いボードやトラックの乗り味を試すことが、今とても楽しいのです」(HAROSHI)

アーティストであると同時に、スケートカルチャーを愛する1人のスケーター。その強く、熱い想いを具現化すべく、アーティストと職人、モノ作りという表現を追求する者同士の挑戦は、ベースとなるスケートボードのシェイプを決めるところから始まった。

「まず、『天童木工』さんが以前に作った、ノーマルなシェイプとプレスのデッキを送ってもらいました。ですがやはり、ほんの少し違うなと。スケートボードのコンケーブの技術は、一朝一夕で作れるものではありません。それを何度も吟味していたら、膨大なお金と時間がかかってしまうので、それではいつになっても納得するものはできないとも思いました」(HAROSHI)

そんな時、HAROSHIは自身のスケートボードコレクションを見て気付く。ならば、フラットなボトムにシングルキックのモデルを作ればいいと。そして、せっかく作るならば自分にとって特別なものにしようと決意する。

「僕が生まれた1978年は、素晴らしいスケートボードが多く作られた年でもあります。なかでも僕のお気に入りは『ドッグタウン スケートボード』のビッグフットというタイプ。12インチで最大級に幅のあるボードなのですが、ロングボードのような長さやウィールベースもなく、曲がりやすく、とても独特の乗り心地です。今回はそれを参考にしつつ、少しアップデートして制作しました」(HAROSHI)

成形合板技術 × グラフィック。GUZOを“立体”から“平面”に

こうしてプラットフォームが完成し、次なる課題はボードというキャンバスを彩るグラフィック。今夏、開催された HAROSHIの個展「HAROSHI FREE HYDRANT CO」で展示された、ブロンズ製消火栓がモチーフとなっている。

「ちょうどこのプロジェクトを始めた時期にいただいたお話でしたので、F.H.C(FREE HYDRANT CO)のグラフィックで作るのはとてもタイミングがよかったのです。決め手はテイルパッドとモチーフのマッチングでした。最初は、昔のG&S(ゴードンアンドスミス。1959年創業のサーフボードの老舗で、スケートボードカルチャーの先駆けでもある)のステイシー・ペラルタモデルのような焼き印にしたかったのですが、あまりにもコストがかかってしまうのと、エラーがかなり出てしまうとのことで断念。最終的にはレーザー彫刻に落ち着いたのですが、そこでもかなり彫りの深さと出力を吟味しましたね」(HAROSHI)

テール部分に付いた丸いパーツは、当時の定番ディテールの1つであるテールパッド。今回、グラフィックに選ばれたF.H.Cの消火栓は、GUZO(道祖神のようなもの)として制作されており、子孫繁栄を意味すると同時に、2つのテールパッドは精巣(金玉)を表現しているという。要は、スケーターならではの遊び心。

そのスタンスはいたってフラット。ただスケボーとモノ作りが好きなだけ

これまでスケートボードの廃材や消火栓といった素材・モチーフ選びもあって、“救済”が彼の作品のキーワードとして語られることがある。そう考えると、今回はこれまでとはまた違ったアプローチになっていると感じられるのだが、彼自身はもっとずっとフラットな目線で、今回のコラボレーションを楽しんでいる。

「今までずっとリサイクルという手法で作品を作ってきましたが、基本的には、ただスケボーとモノ作りが好きなんです。憧れのスケボーをモチーフに、日本の職人さんとこだわって制作できるなんて、とても嬉しい経験でした。完成品を見た瞬間も、まずは工芸品としての美しさを感じました。仕上がりのクオリティも、完全にスケートボードのレベルではありません。なので、僕自身もデッキテープを貼るのにかなり躊躇しました(笑)」(HAROSHI)

とはいえ、このスケートデッキは観賞用。実際に使用するのは、よほどの好き者だろう。最後に本作品をどのように楽しんでもらいたいかを聞いたので、その回答を締めの一文とする。

「こだわって作ったので薄々感じてはいましたが、価格を見て大変驚きました(笑)。ですが、わけのわかんないプレスのスケートデッキに、有名アーティストのグラフィックをささっとプリントして、$200で売っている悪徳なモノとはできが違いますし、死ぬほどこだわっています。なので、もちろん実際に乗れるようにも設計しています。僕はもうこのデッキで滑っていますし、最高です! ただ、こんな高いスケボーに乗る勇気があればですし、そもそも観賞用なのでおすすめはしません(笑)。ただ、参考までにセッティングを記しておきます。トラックは『インディペンデント』の215、ウイールは『パウエル』のMini Cubic 64mm。あとはすべて、自己責任ということで…」(HAROSHI)

HAROSHI
使用済みのスケートデッキを何枚も重ねて接着したのち、手作業で削り出した彫刻など、スケートカルチャーを題材としたアート作品で、世界的に注目されているアーティスト。現在は海外を中心に活動し、日本発のトイメーカー「メディコム・トイ」や、キース・ハフナゲル率いるストリートブランド「ハフ」とのコラボレーション、プロスケーターによるトーナメント戦「BATB」のトロフィーなどを手掛けたことでも知られる。
Instagram:@haroshi

Photography Shinpo Kimura
Text Tommy

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TOKION EDITORIAL TEAM

2020年7月東京都生まれ。“日本のカッティングエッジなカルチャーを世界へ発信する”をテーマに音楽やアート、写真、ファッション、ビューティ、フードなどあらゆるジャンルのカルチャーに加え、社会性を持ったスタンスで読者とのコミュニケーションを拡張する。そして、デジタルメディア「TOKION」、雑誌、E-STOREで、カルチャーの中心地である東京から世界へ向けてメッセージを発信する。

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