“音を聴く”という行為に寄せて――コロナ禍の中で制作されたCOMPUMAと竹久圏による作品『Reflection』

COMPUMAと竹久圏(KIRIHITO/GROUP)による5年ぶりの新作『Reflection』。このアルバムは京都の老舗茶問屋、「宇治香園」の創業155年を記念して制作されたものだ。2015年より「宇治香園」は、茶と光と音の統合を探求するプロジェクト“Tealightsound”を展開しており、本作もその一環であり、番外編として制作された。
COMPUMAと竹久圏は、5年前にも同プロジェクトに参加しアルバム『SOMETHING IN THE AIR -the soul of quiet light and shadow layer-』を発表している。このアルバムは、京都の山奥の茶園を訪れた2人によるフィールドレコーディングとギター、エレクトロニクスを中心とした作品なのだが、2015年に茶園は廃園となり現在に至る。
新作『Reflection』の制作では、COMPUMAと竹久圏は廃園となったこの茶園を再訪している。2人は何を感じ、どう心象風景を形にしていったのか。2020年、コロナ禍のさなかに、茶園の光景はどう目に映り、感情を動かされたのか。その制作一連にまつわる話を聞いた。

京都の山奥の茶園との再会・巡り合いを経て

――新作の『Reflection』ですが、フィールドレコーディングした音源がベースにありますが、まずはその魅力について教えてください。

COMPUMA:私は長年にわたりレコードショップでバイヤーをやらせてもらっているという経緯があって、取り扱うさまざまな音楽ジャンルの中には実験的な音源もあったんです。その中で、フィールドレコーディングという行為やそこから聞こえてくる音の喜びを知りました。そして次第に、自分もその手法に挑戦したいという気持ちになっていたんですね。そこで新作『Reflection』を発表する5年前に前作をリリースしました。

――「宇治香園」の創業150年記念作であり、“Tealightsound”を掲げるシリーズの第1弾アルバムとなった『SOMETHING IN THE AIR -the soul of quiet light and shadow layer-』ですね。2015年のリリース作品になります。

COMPUMA:そうです。前作では茶園の神秘的な魅力、空気感をフィールドレコーディングすることで伝えたいという想いが強かったんです。それゆえに全曲がつながっているようなミックスCDのような構成で作品をまとめたんですよね。それに対して、今作はフィールドレコーディングを中心にして作るということではなく、楽曲が1曲ごとに独立しているようなアルバム作品にしたいと思って制作したんです。そこが大きく異なる点ですね。竹久圏さんと茶園で得たイメージを照合させながら掛け合わせて、お互いの考えやイメージ、表現の足し算引き算を繰り返しながら制作を進めていきました。

――制作を進行する段階で、2人の役割はどのように分かれていたんですか?

COMPUMA:私は自身の楽曲の制作はもちろんですが、それと同時にアルバムの全体像をイメージするような役割でしたね。圏さんが作った素材を入れ替えたり組み合わせたり、できている素材と今後必要である楽曲、時間の制約もあったので、仕上がり完成図に向けた設計を頭に描きながら、客観的な視点にも立って制作を進めるようにしていました。

――対して、ギターでイメージを具現化するにあたって、竹久さんはどのようなことを考えて制作を進めていったんでしょうか?

竹久圏(以下、竹久):今作の制作にあたって茶園を再訪するということは、自分にとって“再会”を意味することでした。実際に行ってみて、変貌した風景に驚き、そこで得た気持ちを後でフレーズや音色につなげていくという流れでしたね。まずは2ヵ月ほどでネタとなる音源を制作して録音して、ある程度制作が進んだところでCOMPUMAさんに渡してフィードバックをもらい、反応が良かったものを膨らませていく。そのように制作を進めていったんです。徐々に作品の片鱗が見えていく過程で、こういうシーン(曲)もあると良いだろうなだとか。作品の流れにある物語性を見て察しながら、楽しく制作させてもらいました。

――『Reflection』は、2人が茶園で得たインスピレーションを楽曲として昇華された内容となっていますが、いつ頃、廃園となった京都の山奥の茶園を再訪されたんですか? また、その時にどのような思いを抱かれましたか?

COMPUMA:2020年6月後半に行きました。そこで素材録りを2日間を行いました。5年前には何度も茶園に行って、音を採取するロケーションやポイントを探るところから始まったので非常に時間がかかったのですが、その経験があったので今回は短期間でしたね。それにコロナの件も考慮して、できるだけ短期間の滞在にしようと思ったんです。6月は、茶園の緑が生き生きしていて1年の中で最も美しい時季ということを「宇治香園」さんにも教えていただいておりました。とはいえ、廃園から5年が過ぎ、梅雨時だったこともあって、茶園はジャングルのように荒れ果ててました。

竹久:最初に訪れた時の気持ちと根っこは同じだと思うんですけど、もっと焼き付くような思いがしましたよね。

COMPUMA:ええ。まさにそうでした。それはマイナスの感情ではなく、さっき圏さんが言っていたような“再会”、“巡り合い”の思いがありましたよね。そして、今になって思えば、あの時期はずっと自宅での自粛生活が続いていたこともあったので、非日常的な場所に行けたことにも興奮したんだと思います。自然のパワーの中にいられる喜びを感じました。 

竹久:それはありましたね! 同時に、5年前も今回もそうなのですが、来ちゃいけないところに来ちゃった……みたいな印象がありました。

アルバムに込めたのは、山の音を軸に紡いだ物語

――その“来てはいけない場所”という感覚は不可侵の領域であるとか、何か神々しさを覚えるという意味ですか?

COMPUMA:過剰にスピリチュアルな神格化はしたくないですが、少なからずそういう気配、そういう場所ではあるのかなと思いますね。今回は印象的なエピソードもありました。1人、山頂で気配を殺してフィールドレコーディングをしていたら、ガサガサ、ガサガサという歩くような音が、少し離れたところから聞こえてきて、「あれ、圏さんかな?」って思って辺りを見回すけど誰もいなくて。そうしたら、また音がしてきて、何度がそれが繰り返されて……、なんとなく不安というか怖くなってきたもののレコーディング中なので身動きが取れないんですよ。

――人が動く雑音がマイクに入らないようにと。

COMPUMA:そうなんです。そこで、恐る恐る音がするほうを見ていたら、しばらくすると野生の鹿の親子がすぐ近くに現れて、鹿でよかったと落ち着いたと同時に、わわっ! と心の中で驚いたんですよ。その瞬間に鹿は大きな声で鳴いて身構えていて。鹿とはいえ、あのツノでこちらに突進してきたらやばいなとか思いつつ、しばらくお互い見つめあっていました(笑)。そうこうしていたら、鹿の親子は山の森の奥に行ってしまったので、安心しながらも心の中では「ごめんね」という気持ちでした。こちらがビックリさせてしまったかなと思って。そんなやりとりも音として残っていたので、2曲目「Decaying Field」の後半に1つの心象風景ドキュメント素材としてミックスしてみました(笑)。

竹久:お邪魔しているのはわれわれですからね。彼ら(鹿の親子)にしてみれば、「一体、誰が来たんだろう。何をガサガサやっているんだろう」って感じでしょうから

――作品の具体的な話に移ります。アルバムが「The Back of the Forest」でスタートし「Decaying Field」では不穏な空気をまといながら、3曲目の「Nostalgia」ではギターの音色で一気に拓けるような印象がありました。

COMPUMA:先ほど、曲順が決まったのは制作段階の後半であったことをお話ししましたが、「Decaying Field」を序盤に入れようというのはなんとなく決めていたんです。その次曲「Nostalgia」から、アルバムが動き出すような印象を伝えたい気持ちがありましたね。そこから具体的に物語が始まっていくような流れで。

――個人的に印象的だったのがアルバムの最終曲「Enka (Twilight Zone)」です。サブタイトルで中間領域を意味する“Twilight Zone”という言葉が入っていますが、これは茶園と現実世界のはざまを意味を示しているんですか?

COMPUMA:正直なところ、深い意味はないんです(笑)。ただ“Twilight Zone”という単語はタイトルに付けたかったんですね。いろんな意味を含めて、そういう場所、時間、時代といった意味合いがある気がしていたので。そういう意味では、茶園と現実世界のはざまという意味もあるのかもしれません。この楽曲にはハミングとしての歌心? メロディも含まれているので、表現のうえでも大きなチャレンジでした。“演歌”の意味もあれば“艶歌”でもあり、そこは、まあ、さまざまです(笑)。

この状況だからこそ気付いた山中のにぎやかさ

――アートワークは五木田智央さんの作品を鈴木聖さんがデザインされていらっしゃいます。これも前作『SOMETHING IN THE AIR -the soul of quiet light and shadow layer-』と同様ですね。

COMPUMA:はい。実は『Reflection』で使用している五木田さんの作品は、5年前にお願いした際に描いてくれたものなんですよ。当時、2つの作品を描いていただいていて、なので今作『Reflection』では音源制作前からわれわれの作品イメージとして、この五木田さんのドローイング作品が頭の中にあったんです。これをイメージしながら制作を進めていったと言ってもいいくらいに重要なイメージでもありました。

竹久:まさに今作のテーマにバッチリでしたよね。

COMPUMA:そう、まるで今作を5年前から五木田さんが予期していたかのような。そんな気持ちにすらなります。

――世界中がパンデミックにある状況で、『Reflection』も、そのさなかに制作された作品となりました。コロナとともに生きる時代において、自身が表現したり発信したりする内容に変化はありましたか?

竹久:当然ありましたね。ライヴが減り、人前で演奏する機会がどんどんなくなっていく中で、改めて客観的に自分のやりたいことを見つめ直せました。そんな状況だったので、『Reflection』はテーマをいただいて、作品を制作できたということに喜びを感じています。

COMPUMA:私も制作できて嬉しかったです。圏さんと同じ状況で、私もDJ活動が春以降ほぼなくなり、自宅で自粛生活を送ってきました。時間ができたことで、読めてなかった書籍などとも向き合うことができまして。その中で、“音を聴く”という行為やサウンドスケープの世界と改めて向かい合ったんです。そこで感じたのですが、東京はまさにそうですが、都市化が進んでいく中で、“静寂”というものがなくなってきているじゃないですか。でもコロナ禍になって、街が静かになったような気がするんです。だから、静かな時間の回復や静かな空間の回復というサウンドスケープの理念のようなものが都会にいてもちょっと体感できたような気がします。そういったことも少なからず『Reflection』の録音に反映されています。6月に茶園に行った時、都会よりも静かなところに行ったはずなのに、山の中でジッとレコーディングして、そこでの音そのものに耳を傾けていると、都会よりも自然の息吹や生命力をガヤガヤとにぎやかに感じたんですよね。今回のレコーディングやコロナ禍を通じて、今までそのような意識がなかったことを考えられたことが、すごくおもしろい体験になったと思っています。 

COMPUMA(松永耕一)
1968年熊本県生まれ。DJとして、国内外問わず多くのアーティストやDJと共演したり、サポートを行ったりしている。自身のプロジェクト、SOMETHING ABOUTよりミックスCDの新たな提案を試みたサウンドスケープなミックス『Something In The Air』シリーズ、悪魔の沼での活動など、DJミックスを中心にオリジナル、リミックスなどさまざまな作品を発表する。
http://compuma.blogspot.jp/

竹久圏
ギタリスト兼ヴォーカリスト兼コンポーザー兼プロデューサー。ロックバンド、KIRIHITOのギター、ヴォーカル、シンセを担当。同時にインストバンドのGROUP、younGSoundsのギタリスト兼コンポーザー、あるいはアイデアマンとして参加中。その他、UA、FLYING RHYTHMS、イルリメ、一十三十一、やけのはら、田我流などのライヴバンドや録音にも参加する。
http://www.takehisaken.com/

Photography Shinpo Kimura
Text Ryo Tajima

author:

相沢修一

宮城県生まれ。ストリートカルチャー誌をメインに書籍やカタログなどの編集を経て、2018年にINFAS パブリケーションズに入社。入社後は『STUDIO VOICE』編集部を経て『TOKION』編集部に所属。

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