渋谷の音をきく-街の足音に耳をすます-

2020年春、緊急事態宣言後。人が消えてしまったかのような静寂が訪れた渋谷の街の中で一言で表されていた“喧騒”という音が、いかに小さな音の重なりから成っていたものだったのかに改めて気が付く。エレベーターの動く音や車のエンジン音、機械が回転する暗騒音のリピート。“音”を観察する音楽家でありながら全く違う視点を持つ音楽家のオノ セイゲンと蓮沼執太。彼らは今の渋谷の街の音をどう捉えるだろうか。Zoomを介した合計3回の対談と、15回以上に及ぶ2人の観察眼で収集された音の交信、セッションを通じて行われた渋谷の音をきく。

サウンドスタディーズ
街の音はどうやって作られたのか

蓮沼執太(以下、蓮沼):環境音って、“録りに行く”じゃないですか。拳銃を構えるみたいな感じというか、狩りに行くような感じというか、いわゆる主体的な行為。けれど、マイクを持って録りに行くぞ、とかいい音を探しに行くぞ、みたいな感じはもともと好きではないんですよ。いつも音を録る時はできる限り普段の生活をしていて、あ、これいい音だと思った時だったり、何か観察したくて森にレコーダーを置きっぱなしにしておいて1時間後に戻ってくるという感じが多くて。今回はそういった観察したいことと自分が予期していなかった音との出会い、どちらの要素もあっておもしろかったですね。

オノ セイゲン(以下、オノ):自然の音を録る時は、マイクの近くにいると自分の音が入ってしまうからマイクを置いたら何時間も離れておくんだよね。定置網とかはえ縄漁の漁師と同じだね(笑)。今回僕は網(マイク)を振り回して、動き回ってみたけど。

蓮沼:今回は音を録りに行ったのが緊急事態宣言の出た翌日だったので、僕の主観で都市の音を切り取る、というよりも街がどうなっているんだろうという観察的な好奇心が大きかったんですが、有事の渋谷がどういう状況になっているのかという観察をした結果、広告の音が大音量で鳴り響くスクランブル交差点の状況はちょっと狂ってると思いました。もともとわかっていたつもりだけど、人がいない中で改めて耳を傾けてみると街の音を構成している要素やサウンドデザインが浮き彫りになる。センター街に鳴り響くポップミュージックを始めとして、広告で埋め尽くされた渋谷の音環境には頭がクラクラしました。

オノ:スクランブル交差点の無観客ライヴだね。普段なら雑踏のノイズで響きはマスキングされて聞こえてないのが、人がいないから、普段は気付かない高いビルが平行に並んでいる場所なんか大きな反響音が際立つからすさまじい。広告の音が止まってる早朝か終電の後に楽器を持っていって演奏したらおもしろい響きで演奏も録れるはず。

蓮沼:逆に空間的におもしろかったのは、明治神宮の原宿側。明治神宮側に向けてマイクで音を録ると後ろに山手線が通っているんですよ。その電車の響きが、いわゆる電車の音というよりエコーのかかった電車の音だったので、後ろのほうからトゥワーっといういい音に聞こえたというか。

オノ:明治神宮の森がエコーチェンバーになっている感じかな?

蓮沼:その通りです。かつ、マイクは静かな森のほうに向いているのでそのコントラストがとても好みでしたね。

オノ:それはおもしろい。人がいない分、森の小鳥の声とかも入ってきて今しか録れない音だ。

蓮沼:音を録るために街中を自転車で走ってみて、わずかな距離の中でもそういう自分の意識の傾け方、何を聴いているのかというレンジの変化があるんだということに改めて気が付きましたね。音の質感や居心地がいいか悪いかというよりも、なぜこの音ができあがったんだろう、ということに興味がある。都市設計というか都市環境の音というのはなぜこんな音になってしまったんだとか。フィールドレコーディングって音の内容だけではなくてその土地の歴史の音を録っていると思っていて。緊急事態宣言も含め、歴史が積み重なっていって今の音になっているということじゃないですか。音を観察して変化を知ることが街の歴史を紐解くことにも繋がっていたりする。

オノ:そうそう歴史だよね。都市設計の話でいうとヨーロッパの中世の村の石畳って、石畳以前に建物自体も石でできていて、小さな村に行くと道の両脇の建物はほぼ向かい合わせで建っていて道は長くてグニャグニャ続いていく。いい感じの響き方なんだよね。村の中心には教会や広場があって、細い路地が広がっていく。石造りの築300~400年の建物だから無意識のうちにみんな反射音を聞いて生活している。日本にはない石の建物の反射音が日常。1980年代のニューウェーブでゲートエコーとかいわゆるドン! ガン! という音楽が生まれたのはやっぱりイギリスから。日本のように紙と木の文化ではない、石の反響音が日常にあったからじゃないかな。ブラジルのカーニバル、サンバスクールの練習は、高速道路の高架下とか週末のオフィスビルの谷間的な広場でやるんだよね。そうするとコンクリートの構造物の反響音がサンバの迫力のある音のイメージにピッタリ。「迫力のあるドラムの音」って結局はわりと大きな空間の反響音が7割ですよ。

蓮沼:小さい時にそういう街に住んでいたらそれがあたりまえになると思いますけど、大人になってから別の街に行ってみて、意外なことだったんだとかって気が付くとおもしろいですよね。足音の記憶というのも石畳を踏みしめた足の裏の感触と結びついて記憶されているから、人それぞれ唯一無二の経験になる。最近だとグローバル化とともにどこもアスファルトになってきてしまって足音も均質化されてきているけど、音楽における打楽器はこの足音の個性を再現しようとしている、ともいえるかもしれない。

音の地図
音と記憶の関係性

オノ:音と記憶の関係でいうと、いわゆる森や海の音というのは、DNAに記憶されているといわれますね。海のない国で育った人でもビーチの波音は落ち着くんです。またスクランブル交差点の広告のような僕にとっては苦手な音でも、育った環境によってはそれが懐かしい音になる人もいる。いわゆる街の騒音、エレベーターとか車のエンジン音とか機械の回転系の暗騒音がリピートしているような音でも、都心で育った人はこの音がないと落ち着かないという人もいるからね。

蓮沼:道路側の部屋がいい人とかね(笑)。

オノ:アパートで電車がすぐ横を走ってるのが青春の思い出とか。

蓮沼:自分の経験だったりリテラシーによっても音の感じ方は影響するんでしょうね。だからその人の中で鳴っていた音、聴いていた音というのは実際の“音”とは限らない。音の情報の中には育った場所の記憶が多く含まれていて、記憶とともにマッピングされているんだと思います。

オノ:マッピングで思い出したけど、『イマジン』って目の見えない人たちの物語を描いた映画があるんです。視覚障害のある主人公が、リスボンの街をエコーロケーションといって舌を鳴らしながら歩いていくと、壁面や家、車とか周りの環境で反射音(エコー)がどんどん変わっていく。彼はそれを頭の中で地図として記憶してるんですよね。クリック音(指をパチンと鳴らす音)でもインパルス応答が返ってくるから健常者でも訓練すればできるんですが、視覚障害のある人は日常的に跳ね返ってくる音の響きでここはコンクリート、ここは交差点、こちらから車が来てる、ここにお店がある、とかを音でマッピングしていくんです。

蓮沼:例えば、レベッカ・ソルニットという人の著書『ウォークス 歩くことの精神史』は、歩くことの意味を考える上ではとてもおもしろいと思います。音で空間を記憶することと歩くことってとても密接に関係しているので。

オノ:そうだね。今回歩いて気になったのは、音を録るため立ち寄った渋谷駅での銀座線から井の頭線に乗り換える時の動線。乗り換えをしようとした時たまたま視覚障害のある人が僕の前にいて。向かい側からブワーっと人が来てあまりに危ない場面で、僕の肘を持ってもらいガイドして行ったんだけど、点字ブロックがなんでこの動線なの? って。アナウンスの音声も中国語や英語、多言語対応はしているけど、駅構内のあらゆる方向から流れてきて、実際に動こうと思った時に音がどこから聞こえてくるのかはすぐにはわからない。視覚障害者の立場になると渋谷駅の乗り換えのデザインは動線や音、階段の上下も含めて問題だと思う。そんなことを考えつつ移動しながら音を録ってたな。

蓮沼:反響音もありますし、音の帯域もありますしね。空間によって音の帯域が詰まったりする。お風呂とかもそうなんですけど、ある場所に行くと、エコーが響いてロー(低い音)が回ったり。アルヴィン・ルシエというアメリカの作曲家の作品「Music on a Long Thin Wire」はワイヤーを張って微々たる振動を増幅発生させたような作品もありますが、それと同じことが街の中でも起きている。

オノ:そう、空間の大きさに共振する周波数がある。お風呂みたいに四角い空間だとわかりやすいんだけど、そこに弦を張ってみると思えばいいかな。定在波といって、空間に弦を張った時に響く音の高さと同じ音程の音は強調される性質がある。例えば、床材なんかも叩いてみると小さいもののほうが低い音が鳴るのね。だからこのスタジオ内の床材は、大きいもの小さいものもランダムに配置することで同じ音程で共振しないようにしているんだけど。空間と音は複雑に繋がっている。ちなみに僕の録った渋谷駅の音は移動しながらバイノーラルで録ってみたのでヘッドホンで聴くと音が空間的に聞こえます。

蓮沼:まさしくセイゲンさんの環境音をヘッドホンで聴いてすごいなって思ってた次第です(笑)。今回セイゲンさんが動きながら音を録られているのに対して僕の場合は定点観測的に動かないで録っているところが多いです。僕もそうだしセイゲンさんもそうだと思うんですけど、ただ音を録るとかではなくてバックグラウンドに「音を録るとは?」「音を聴くとは?」という、何かしらの姿勢が感じられますよね。その考え方の違いが音にも出ているのがおもしろいですね。

朝の音、朝の響き
聞く人が音楽を作っていく

蓮沼:僕は今36歳で東京育ちですけど、渋谷の音はやっぱりもうちょっと良くなるんじゃないかなと思うんです。サウンドデザインだけでなく、もう少し建築も何とかなるんじゃないかな。今渋谷駅もたくさん駅ビルが並んでますけど、建築と同じように聴覚的なデザイン設計をきちんと行ってほしいですね。

オノ:センター街からね。奥渋(オクシブ)あたり、商店街の風景も含めてデザインし直したらいいかもしれない。1970年の大阪万博の時にパビリオン、鉄鋼館の演出プロデューサーだった作曲家の武満徹さんが彫刻家のフランソワ・バシェを呼んで展示した「音響彫刻」は、2017年にクラウドファンディングで東京藝術大学が復元をするというので話題を呼んだけど、大阪万博に2基、京都市立芸大に2基、東京藝大に1基、合計5基の音響彫刻がそれぞれ展示されていて。現代版のバシェのような渋谷でそういう都市空間のデザインをしたいね。

蓮沼:僕全部演奏しに行ったんですよ、京都と大阪と東京。バシェの音響彫刻は誰でも触ることができるというのがとても良いところですよね。1970年代の万博の時代に生まれたバシェのような発想は、2020年でも有効ですし、そういったものを作れたらいいですよね。

オノ:おお、全部回ったんだ! 渋谷の街中だとヒカリエとGoogleのある方面は新しく大きな建物ができているから、ビルのおもしろい音の谷間がありそうな気もするんだよね。行ってみないとわからないんだけど。

蓮沼:そうですね、ありそうですね、あの辺。

オノ:時間でいうと終電の後というか夜中とか朝とかおもしろい音が響きそう。1980年代とか1990年代、仕事帰りに朝の5時まで飲んで帰るなんてこともよくあったんだけど、朝の音って8時より前と後ですごく変わるんだよね。8時から学校行く子ども達や通勤ラッシュが始まって、5時、6時だとまだ人がほとんどいないから静かなので反射音や遠くの音がよく聴こえてくる。

蓮沼:ありますよね、そういう朝の音、というか朝の響き。今までお話してきて、なんかやっぱり空間と音の響きだったり時間軸っていうお話もしましたけど、そういった複雑な要素の兼ね合いで作品が作られていく。要は音を聴く人が主役。音を聴く人自身が音を音楽にしていくみたいなところはありますね。

オノ:今はスマホさえあれば誰でも簡単に録音できる時代。読者のみなさんにもぜひ自分にしか見つけられない街の音に出会ってほしいですね。体験と気付きあるのみです。

雑誌『TOKION #01』ではオノ セイゲン、蓮沼執太により本企画のために作曲された新曲『Period 20200408』SEIGEN ONO + SHUTA HASUNUMAを収録。2人の観察眼によりレコーディングされた渋谷の音の響き合いは、15回以上に及ぶセッションの中で交錯し、今の渋谷の街の音を浮かび上がらせる唯一無二の協奏曲となった。新曲の視聴に加え2者による街の観察記録は誌面で読むことができる。

オノ セイゲン
作曲家/アーティストとして1984年にJVCからデビュー。1987年に日本人として初めてヴァージンUKと契約。1987年「サイデラ・レコード」、1996年「サイデラ・マスタリング」設立。VRなどの音響技術の共同開発、音響空間デザインやコンサルティングなど、音を軸とした多様な仕事を手掛ける。2019年度ADCグランプリ受賞。

蓮沼執太
音楽家。映画、演劇、ダンスなど多数の音楽を制作。「作曲」という手法を応用し、物質的な表現を用いた展覧会とプロジェクトを行う。アジアン・カルチュラル・カウンシル(ACC)のグランティでアメリカ・NY、文化庁東アジア文化交流使に指名され中国・北京へ。主な個展に『~ing』(東京・資生堂ギャラリー 2018)など。第69回芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。

Photography Seigen Ono, Shuta Hasunuma
Edit Moe Nishiyama

author:

Moe Nishiyama

編集者。多摩美術大学統合デザイン学科を卒業後、出版社に入社。雑誌『PERK』のエディター、デザイナーを経て独立。現在は奥渋谷に拠点を置く本と編集の総合企業「SPBS」の新規事業に携わり、新しい学びの場作りに取り組んでいる。肩書きに捉われることなく、さまざまな分野を横断し人やものことが交わる場を作るため雑誌や編集の新しい形を模索中。

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