シンガーソングライター、Keishi Tanakaが音で刻んだ2020年の光景

新型コロナウイルスに揺れた2020年。この年の終わりにKeishi Tanakaがリリースした新作『AVENUE』は、その過程を映し出すドキュメンタリー的な作品となった。パンデミックで自粛が続き、ライヴが次々と中止に追い込まれ、バンド仲間と集まることさえままならなかった苦境の日々を彼はどう過ごし、考え、行動してきたのか。2020年を振り返るとともに、『AVENUE』の制作プロセスを追った。

2020年のコロナ禍でやったことを思いっきり歌ってるところもある

――2020年は大変な1年でしたが、Keishiさんは配信によるリリース、ライヴ、ラジオなど、絶えず発信されていたように思います。

Keishi Tanaka(以下、Keishi):ライヴができなかった分、結果的にそうなったという感じで、特別忙しかったとか活動量が増えたということはないんですけど、これまでライヴに向けていた頭と時間を使ったらこうなった。僕からライヴを取ったらこうなります、みたいな1年でした。

――ライフワークともいえるライヴがなかなかできない状況になり、いろいろ思うところもあったと思います。

Keishi:ライヴを絶たれたからにはいつもと違うモチベーションを探さなきゃダメだな、という感じはありました。そのために今までとは違う作り方をしてみたり、そこで新たな発見があったり。2020年のコロナ禍でやったことを思いっきり歌ってるところもあるので、2020年中に作品を出したかった。『AVENUE』の制作の動機は、まずそれでした。

――収録曲を時系列に並べると、最初に発表されたのが2019年10月配信の「One Love」。

Keishi:2019年はアルバム『BREATH』に伴う長いツアーをやって、その間に感じたことを曲にしたくなったんです。それを伝えるために、ツアーファイナルに合わせてデジタルリリースしたのがこの曲です。

――今となってはあたりまえにライヴを楽しめた日が遠い昔のように思えますね。

Keishi:そうですね。自分の活動として一番にライヴがあるので、ライヴ中止の発表が出始めた3月はかなりつらかったです。出演するはずだったイベントのキャンセルが3本くらい続いたところで、いよいよどうなるんだろうと思った。ただ、4月に新曲の「The Smoke Is You」をリリースすることが決まっていたので、それに関する活動をすることで気持ちを保てた部分がありました。あと「Baby, Stay Home」というライヴハウス支援の楽曲をみんなで作ったり。あのタイミングで少しずつでも動けたのは大きかった。

――活動を止めないことが1つのメッセージになりますから。

Keishi:そこからライヴがない中でもお客さんがちょっとでも楽しめる方法はないかなと思って、インスタライヴしたり、ラジオをやってみたり。合わなかったらやめればいいくらいの感覚で、いろいろやってみようと。

――「The Smoke Is You」は、Kan Sanoさんとコラボした新機軸の楽曲でした。プロデュースに加えて作曲まで人に委ねるのは初ですよね。

Keishi:Kanちゃんとやるなら、基本的には委ねないと意味ないかなと思ってました。彼は打ち込みが得意だけど生の質感を大切にしていて、生音も使える。それがわかってるし、だからこそ頼もうと思ったので、打ち合わせも「BPMをあんまり上げずにいきたい」とか、ざっくり伝えた程度でした。自分が作るのと比べてキーがちょっと低いんだけど、そういうところも新鮮でいいなと思う。

――大人の色気を感じる曲です。

Keishi:夜の感じですね。新しいんだけどどこか懐かしさもあって、自分の20代前半の頃を思い出したりもしました。まだ自分もタバコ吸ってた頃、恵比寿のMILKでよくイベントをやっていて……。当時から今日までのことがすべてつながってるような気がして。以前作った曲で「あこがれ」という、東京以外で生きることを決めた人の結婚を祝う歌があるんですけど、それを全国で歌ううちに、自分はなんで北海道から東京に来たんだろうと考えることがあったんです。その意味を「The Smoke Is You」を作ることで感じられたんですよね。

――20代ってあと先考えずに動けるというか、動いてしまうというか、そんな年代ですよね。

Keishi:うん、自分もそうだったし、それに対する後悔もない。だけど、それだけじゃすまないことも起きるようになるんですよね。2011年の大震災とか、今回のコロナもそう。コロナの影響で音楽活動が止まった時に、20代の後輩に震災の時のことを聞かれたんですよ。「あの時はどうだったんですか?」という話になって「計画停電っていうのがあって、ライヴハウスで音楽やるなっていう空気があって…」とか説明して。あの時は地域によって状況が違ったから、東北に行くならアコギ1本で行ったとか。そんな話を3月末くらいにしてました。

――確かに自粛が叫ばれる今の状況は、東日本大震災の時と重なる部分もあります。

Keishi:あの頃僕はまだ20代で、自分ひとりではうまく動けなくて、先輩達について協力してたけど、あれから10年経って、今だからできることもあるだろうという思いで動き出しました。その時自分の中に、1つのテーマとして「焦らずに」というのがあって、まずは1人でできることから始めることにしました。

いつもと違う春。「どうせならこの状況に引っ張られてやろうと思った」

――5月2日にはリモートで制作した「Fallin’ Down」がnote限定でリリースされました。

Keishi:これは兵庫県豊岡市の高校生達と関わる中で生まれた曲です。コロナの影響で発表する機会を失ってたから、ホームレコーディングでやってみようかと思いついて制作しました。変な言い方ですけど、4、5月の頃はやることがあればなんでもよかった。もちろんリモートのやりにくさはあったけど、何もしないほうが不安だったし、バンドのメンバーも楽しそうだったから、やってよかったと思います。

――『AVENUE』には、改めてバンドで集まってセッションしたバージョンが収録されています。

Keishi:今回バンドセッションで録ったのが、この「Fallin’ Down」と、もとはピアノの上で歌っていた「One Love」の2曲です。当然ですけど違うグルーヴが生まれたし、ストーリーのある2曲になりました。

――5月23日には自身のツアーの中止が発表され、同時に「揺れる葉 feat. oysm」がnote限定でリリースされました。

Keishi:世の中的にもライヴ中止の発表が続いていたので、何かいいニュースを届けたかった。一緒に出すことでプラマイゼロにならないかなと(笑)。よく眠れそうな曲を作りたかったけど、新曲を作る時間はないなと思ってる時に、oysm(おやすみ)というインストバンドが近くにいることを思い出した。彼らの「HA」という曲をもとに作りたいと相談したら、「ぜひやってください」と言ってくれました。

――世間的には緊急事態宣言は明けたけど、これからどうなるんだろう……という時期でした。

Keishi:だから歌を作るとなると言葉を選ぶのが難しくて。というのも、言えることがあんまりないんですよね。これからどうなるかわからないし、状況はどんどん変わるし。かといって2020年をなかったことにはできない。それなら今回は、いつもの言葉と音を使ったほうがいいかなと思ったんです。聴いてすぐに「これKeishi君の歌でしょ」ってわかるくらいのほうがホッとできるし、近くに感じてもらえるかなと。

――ああ、なるほど。

Keishi:今回最後に作った「Where You Know」が今何を言うべきかを一番考えて作った曲なんですけど、どうせならこの状況に引っ張られてやろうと思ったんです。2020年に言いたくて言えなかったのは「会いに行く」とか「会いに来てよ」という言葉だったと思うから、それをテーマにしようと、時系列に沿って歌詞を書きました。最初は(人と人の接触が)ゼロの状況から、一方通行だけど少しずつ始まって、だんだん響き合う。だけどこの曲の中ではまだ完全な結論が出てないんです。

――事態はまだ収束していませんからね。

Keishi:そう。結論は出せないけど、その先に何があるかを想像することが大切だと思いました。で、僕にとってそれは、自分の居場所について歌った「One Love」の世界観でした。だからこそ、この曲を2020年のバンドヴァージョンでやろうと思った。「Where You Know」と「One Love」が1つのストーリーになったことで、『AVENUE』というタイトルも決まりました。これまでもこの先も、立ち止まったことも含めて、ずっと続く道に立っているというイメージです。

――「One Love」の存在は大きいですね。

Keishi:もちろん、どこに向かいたいのか、何を守りたいのかは人それぞれだから、「Where You Know」の先にあるものは人によって違っていいと思います。僕にとってそれはライヴハウスだったりするけど、人それぞれに守りたいものがあるはずだから。この先にあってほしいもの、なくなってほしくないものを考えたりするきっかけになればいいかなと思います。

――「Where You Know」は2020年の空気を残すという意味で、打ち込みのサウンドにしたんですか。

Keishi:制作するうえでおもしろがるきっかけがほしかったんです。これまではツアーをする目的があって作っていたけど、そのイメージがなくなってしまったから。もともとサンプリングを使った音作りをいつかしてみたいと思ってたので、やるなら今かなと思い、仲のいいGeorge(Mop of Head)に声をかけました。

――トラックはどんなイメージで?

Keishi:ちょっと古いけど僕らにとってド真ん中だった2000年くらい、カニエ・ウェストが出てきた頃の感じにしようとか、そういう会話をしながらニュアンスを伝え合いました。古い曲をイメージした音源を3パターンくらい作ってみて、それをサンプリングする感じでパズルみたいにはめていって、自分としてはすごい新鮮で楽しかった。制作する時って、そういう遊びの感覚が結構重要なんですよ。

――ゴスペル的なコーラスが入ることで、前作『BREATH』とのつながりも出ていますよね。

Keishi:これは人に言われたことなんですけど、「今までより寄り添って聞こえる」って。確かにこの『AVENUE』は、何かを切り開いていく作品ではないというか、正直そこまでの余裕がなかったんですよ。まずは身近な人に何が言えるか、何を作品として残せるかがテーマだったので、「寄り添う」という感想は確かにそうなのかもなと思った。

――でも決して閉じた作品ではなくて、包容力があると思います。

Keishi:作品というのは、作ってる時は自分のものだけど、世に出た時に人のものになる。それが結構重要なんだと思ってます。もちろんつねに新しいものを求めてるけど、そのときどきの状況に合わせて割合を変えられるようになったというか。それは20代の時もわかってたけど、なかなかうまくできなかったことで。

――許容範囲が広がったということなんでしょうね。

Keishi:とくにコロナのように大きなことがあると感覚が変わりますね。「今年くらいはいいじゃん、なんでもやってみようよ」みたいな感じになる。少しでも楽しかったり、安心できたりするようなアイデアなら、本当になんでもいいんですよ。屋内のライヴが不安なら、外でやろうとか。

――実際Keishiさんは夏にアウトドアをテーマにした屋外ライヴを開催して、あれも斬新なアイデアにあふれていました。

Keishi:僕はアウトドアが好きで、雑誌に連載も持ってるんだけど、そういう活動は今まで音楽と結びついていなかったんです。でもライヴハウスでの活動が難しくなった今は、アウトドアの底力を見せる時じゃないかと思って。アウトドアつながりの知り合いもいるから、キャンプ場とかアウトドアショップの屋上でもライヴができるなと思ったのがきっかけです。

――いいですね。

Keishi:先日はお客さんと一緒に山登りをして、その後ライヴをするっていう企画をやったんですよ。コロナじゃなければ「山登りしてライヴ? それはどうだろう……」って戸惑ったかもしれないけど(笑)。今年はいいね!って思えたというか。喜んでくれるんだったらなんでもやろうという感じで。

――本気の登山ですもんね。まさに前代未聞!

Keishi:1回やってダメならやめようと思ったけど、実際やってみたら思いのほかよくて、またいつかやろうかと思ってます。ただ、体力的にはめちゃくちゃキツかった。早朝に東京を出て、朝から山に登って、みんながお昼休憩の時にリハして、そのあと2時間くらいライヴをやって。アンコールの最後の曲でちょうど完全にHPが切れました(笑)。

――(笑)。その話を聞くと、新しい遊びはまだまだ作れるんだなって思えます。

Keishi:こういうアイデアって誰のものでもないから、どんどん共有していきたいですね。僕がまだ知らないところで起こってることもあるだろうから、それも知りたいし。これからしばらくは、そういうことをやらなきゃダメなんじゃないかなと思います。それでなんとか、みんなで乗り切りたいですね。

Keishi Tanaka
Riddim Saunter解散後、2012年よりソロ活動を開始。ソウルフルな歌声と細部にこだわりをみせる高い音楽性を持ち、これまで4作のアルバムをリリース。弾き語りからバンドセットまで、さまざまな形態でのライヴを精力的に行い、場所や聴く人を限定しないスタイルで活動中。noteでのラジオや、詩と写真で構成されたソングブックや詩集、アウトドア雑誌での連載など、多彩なクリエイティビティを発揮している。
https://keishitanaka.com/
Instagram:@keishitanaka

Photography Tetsuya Yamakawa

author:

廿楽玲子

1978年生まれのライター。主に音楽中心のカルチャーと子育て、教育系の記事を手掛けている。イラストは9歳の娘作。

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