連載「時の音」Vol.8 このめまぐるしい社会の中で Night Tempoがレトロカルチャーに見出す魅力

その時々だからこそ生まれ、同時に時代を超えて愛される価値観がある。本連載「時の音」では、そんな価値観を発信する人達に今までの活動を振り返りつつ、未来を見据えて話をしてもらう。

今回登場するのは“昭和グルーヴ”をキーワードに、1980年代や1990年代のシティポップや歌謡曲を絶妙にリモデルした楽曲の数々で脚光を浴びるDJ/プロデューサーのNight Tempo。韓国を拠点に活動する彼に大きな転機が訪れたのは2019年のことだった。

もともとは本業のプログラマーの傍ら趣味として音楽を制作し、カセットテープやレトロアイテムを掘り出し集める“昭和レトロ”オタクでもあった彼。ヴェイパーウェイヴやフューチャー・ファンクといったインターネット発のムーブメントが勃興するなかで台頭し、各地でDJが盛況に。「フジロックフェスティバル ’19(以下、フジロック)」にも出演を果たすなど音楽ファンに広く知られる存在となった。

新型コロナウイルスのパンデミックが広がってからは、ソウルの自宅からYouTubeチャンネルでのトーク配信を行うなど、オンラインで昭和歌謡や1980年代カルチャーを愛好する“場”を積極的に作っている。その一方で、フレンチ・エレクトロ路線のアルバム『Funk to the Future』を発表するなど自らの音楽性も広げてきている。

単なるノスタルジーではなく、レトロカルチャーに新たな息吹を宿す彼にとって、昭和歌謡やレトロカルチャーはどんなパワーを持っているのか。

——2020年に入ってから『昭和グルーヴ』プロジェクト(1980年代の楽曲を公式にリエディットしている)や『Funk to the Future』など精力的なリリースを重ねていますが、Night Tempoさんはここ数ヵ月をどう過ごしてきましたか?

Night Tempo:『昭和グルーヴ』プロジェクトは、もともと何ヵ月かのタームで着々と続けていくプランがあったんです。去年はなかなか盛り上がったんで、今年もいろんなイベントと一緒にできたらよかったんですけど、それができなくなったから、自分のプロダクションをもう一度振り返って考える時期でした。8月に工藤静香さんの『昭和グルーヴ』を出して、計画通りのリリースもありつつ、もう一度自分の世界観を新しく作り直した感じです。

——新しく作り直した、というと?

Night Tempo:昭和歌謡は僕のペルソナの1つですけど、もともとそれだけの人間ではないので。音楽的なところで、昭和歌謡の人間としてしか見られないと困ると思ったんです。なので、自分が以前やっていたことをアップデートして『Funk to the Future』を出しました。今は来年に向けてオリジナルプロジェクトを制作しています。歌が入るプロジェクトで、いろんな方にフィーチャリングしてもらったり、自分で歌ったりしています。昭和歌謡、シティポップ、フランスのハウスやディスコをミックスしてNight Tempo的なサウンドを作り上げようと思っています。だから、最近はずっと勉強ですね。

——勉強をしているんですね。

Night Tempo:去年「フジロック」やツアーを行ってから、年上のリスナーの方がすごく多くなってきたんです。そこから、音楽だけじゃなくて、文化についてもいろいろ調べてます。やっぱり年上の方は実際にその時代を生きてきたから、見る目が正確なんですよね。ウィキペディアや文章で読むのと、実際にその時代を生きてきた方が肌で感じてきたことは違うので、いろんな方からお話を聞いてちゃんと検証するということをやろうと思っています。最近は新しい企画としてYouTubeで「グッド・ナイト店舗」という配信をやっているんです。夜の寝る前に30分から1時間くらい、いろんな話をする。そこを観てくださっている方も年上の方が多いから、自由にトークしている中で、いろんな方からいろんな情報を仕入れたり、話を聞いたりすることができて、勉強になります。あとはビデオテープでその当時の映画やドラマを観ると、そこには時代が反映されているので、音楽だけ聴いたり、本や雑誌だけ読んだりするのとは違う。最近はそういうものにすごく投資しています。

レトロカルチャーを取り巻く環境とその精神的影響

——YouTubeだけでなく、インスタライブや「ZooM昭和歌謡愛好会」など、いろんなことをやられていますよね。音楽だけでなく、カルチャーを共有するコミュニケーションの場を積極的に作ってきている。

Night Tempo:昔の機材を持ってない方も多いし、せっかくだからみんなで一緒に観ようと思ったんです。昔は誰かがビデオテープを買ったら、友達の家に行って一緒に観たりしたじゃないですか。今は距離が離れてるけど、だからこそもっとそういう場を作りたいなと思ってます。それに、リアルの場では年の差があるとなかなか会えないけれど、例えば女子高生とおじさんが同じ昭和の話題で情報交換するようなことが起こっているんです。それはすごく印象的でした。他になかなかないと思います。

——昭和歌謡などレトロなポップスに触れることの精神的な影響はどんなものがあると思いますか?

Night Tempo:今って、消費文化のサイクルがどんどん短くなっていて、消費の流れが早くなっていますよね。その中にいると、いつもみんな急いでいるし、疲れてしまう。そうやって、今の時代に疲れた人達が、サイクルが遅かった昔の時代にあったものに癒されるようなところがあると思うんです。懐かしさもあると思うけれど、そのイメージが一番強いですね。そのイメージを見てかっこいいと感じる人が多い。そのかっこよさはどこから来るのかっていう疑問を持ったら、どんどんマニアックに調べていくことができる。知れば知るほど、そこのドリームパラダイスで癒やされるような感じになっていく。今はすごく感情が乾燥した世界だから、過去を振り返って、文化を知って、音楽を聴いて、癒されるようなところがある。それは僕も同じです。もともと僕はプログラマーだし、最先端のロボット工学とかも勉強していたので、だからこそ、当時はレトロな昭和の文化が壊れた自分を修復してくれるような感じがあった。それが一番の理由ですね。

——カセットテープや“ウォークマン”、マンガやビデオテープなど、いろんなコレクションもしていますよね。1980年代のどういう部分が好きなポイントなんでしょうか?

Night Tempo:やっぱり音楽は今聴いてもおしゃれなものですよね。言葉で説明するのは難しいですけれど、僕がDJでかけた時もみんなが反応するポイントがある。ビデオテープはその時代の空気、ファッションやその人達の顔を実際に見たいんです。映画やドラマで撮影されたものにしても、自然に出る空気がある。あとは、例えばDaft Punkがイメージしているのも1980年代の特撮じゃないですか。その当時のSFって、その時代の現実に生きてた人達が想像した未来だった。だから、今の人から見たら「これは昔っぽいな」って思ったりする。「近未来」とよく言われるけれど、実は「近い未来」ではなくて。実際には来なかった未来なんですよね。その辺りにも自分が好きなものの共通点がある気がします。

距離感から生まれる独自の視点、エディットに対する自信

——2020年になって、Night Tempoさんはラジオやテレビなど日本のメディアでも露出が増えてきていると思います。この状況はどう捉えてますか?

Night Tempo:今、僕が日本から離れているところがあるなと思いました。日本から離れてるからこそ、メディアにとっても自分達が見ている視点と違う目線から発信しているということを取り入れてくれている。ただ「昭和の文化が好きです」と言って、日本で昭和のコレクションをしているだけだったら、興味をもってもらえないと思います。違う目線は距離から生まれると思うので。今の若者は厳しいから、ただ昔なだけだったらつまらないし、ダサいと感じる人も多いと思います。

——Night Tempoさんは「北酒場」のような演歌をディスコソウルにリアレンジしていたりしていますよね。そのあたりのセンスが絶妙なんじゃないかと思います。

Night Tempo:そこは自分がやってることに自信を持っていることの1つかもしれません。こういう曲でもおしゃれになれるよっていうところを見せたいんですよね。そこはやっぱりイメージが大事だと思うんです。例えば「北酒場」も、そのまま聴かせるとただの演歌だし、僕がやっているエディットもそこまで大きく変えているわけではないんです。でも、うまく仕掛けたら、ほんのちょっと変えるだけでもかっこよくなる。そこは僕が見せたいところだし、皆さんもそういうところを新鮮に捉えたりしてくれてるんだと思います。だから、僕もそこに対しては自信を持たなきゃいけないなと。僕に自信がなくて、やることがブレていたら、みんなも「これって本当におしゃれなのかな?」って思ってしまうので。

——いろいろなプロジェクトが進行しているということですが、今後に向けてはどんな計画がありますか?

Night Tempo:まずは年始に、昭和の文化を自分なりに解釈した音楽で表現する昭和ローファイ・アルバム『集中』をリリースします。あとは来年のオリジナル作品のための準備をしています。そこにいろんな方が参加してくれる予定です。

——音楽活動以外にもやってみたいことはありますか?

Night Tempo:昭和の時代にみんながやってたレジャーって、海の近くのリゾートに行くことだったじゃないですか。伊豆とか熱海にホテルニューアカオとか、ハトヤホテルとかありますよね。そういうところを貸し切ってイベントをやりたいです。音楽だけじゃなく、会場で展示会をやったり、鍋パーティとかもやってみたいです。今はZooMで一緒にビデオを観たりしてるんですけれど、それをリアルの現場で実際に集まって大人数でやりたいです。あとは昭和って言ったら“社員旅行”なんで、社員旅行のコンセプトのイベントもやりたいですね。そういう企画をいろいろやったら、みんなで楽しめるんじゃないかと思います。

Night Tempo
1986年韓国生まれ。プロデューサー兼DJ。1980年代の日本のシティポップや昭和歌謡を再構築した楽曲を制作し、米国と日本を中心に活動している。2019年には「フジロック」に出演。同年には6都市をまわる来日ツアーを成功させた。2019年にはアルバム『夜韻』をリリースした他、昭和の名曲を公式にリエディットする『昭和グルーヴ』シリーズを始動し、これまでにWink、杏里、1986オメガトライブ、BaBe、斉藤由貴、工藤静香の楽曲をリエディットしている。2020年には『Funk to the Future』をリリース。
Twitter:@nighttempo
Instagram:@nighttempo
Youtube:https://www.youtube.com/nighttempo

author:

柴那典

1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。ロッキング・オン社を経て独立、各方面にて音楽やサブカルチャー分野を中心に幅広くインタビュー、記事執筆を手がける。主な執筆媒体は「AERA」「ナタリー」「CINRA」「MUSICA」「リアルサウンド」「ミュージック・マガジン」「婦人公論」など。日経MJにてコラム「柴那典の新音学」、雑誌「CONTINUE」にて「アニメ×ロック列伝」、BOOKBANGにて「平成ヒット曲史」、CINRAにてダイノジ大谷ノブ彦との対談「心のベストテン」連載中。著書に『ヒットの崩壊』(講談社)『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)、共著に『渋谷音楽図鑑』(太田出版)がある。 ブログ「日々の音色とことば」http://shiba710.hateblo.jp Twitter:@shiba710

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