「伝統工芸はアートピースではない」 「ソウボウ」の藤田貴久が考える普遍的な日常着

藤田貴久(ディレクター/デザイナー)と九州在住の吉村望(生産管理/営業)の2人が運営するファッションブランド「ソウボウ」。久留米絣や有田焼といった九州の伝統工芸や技術を取り入れた服作りを行っているが、“そうぼう”(蒼氓。民や人民などの意)というブランド名や“COMFORTABLE CLOTHING”というコンセプトが示すように、制作しているのはあくまでも普段着である。伝統工芸のハードルを無理やり取り払ったり付加価値を生み出すべく過剰に現代化したりするのではなく、むしろ、それらが各地域に根付いて人々の生活の一部になっている(いた)ことに着目し、日常との親密さを浮き立たせているようだ。だからこそ、「ソウボウ」のアイテムには、伝統工芸品の特別感と普段の生活への取り入れやすさが共存しているように感じられる。

今回はブランド立ち上げの経緯や、九州の職人達との協業を経て伝統工芸とどのように向き合っているかなど、藤田に話を聞いた。

――まずは経歴から伺いたいのですが、そもそも服作りはどこで学んだのでしょうか?

藤田貴久(以下、藤田):服飾の学校で勉強したわけではないのですが、前職のバランスという会社が自社でもの作りをしていたので、そこでベースを学びました。

――その頃から、いつかブランドをやりたいという構想はあったのですか? 「ソウボウ」立ち上げの経緯を教えてください。

藤田:ブランドをやりたくなる出会いがあったという感覚ですね。「ソウボウ」は僕と九州出身の吉村の2人で運営しているんですが、彼とは同い年で昔から知ってる仲なんですよ。東京で働いていた吉村が地元の熊本に帰るタイミングで、僕もよく九州に遊びに行くようになりました。興味があった向こうの機屋さんなどいろいろ連れて行ってもらううちに、伝統的な物作りの背景を使って、もっとデイリーに楽しめる洋服があったらおもしろいよねって話になって。それが「ソウボウ」立ち上げのきっかけです。久留米絣や有田焼など、その土地にある技術や素材をエディットして形にしているので、どちらかというとブランドよりもレーベルに近い意識でやっています。

九州の職人達との協業

――なぜ九州の伝統工芸に引かれたのでしょうか?

藤田:単純にクオリティーが素晴らしいっていうのはもちろんあります。それに加えて、実際に工場に足を運んでみると、自分達の作ってきたものを外に発信していきたいっていう職人さんの熱意をすごく感じたんですよね。例えば、久留米絣を織っている方が、ヨーロッパの大学にテキスタイルの講義を自らプレゼンしていたりとか。日本よりも海外の洋服に携わる若い人のほうが、伝統工芸に興味を持ってくれていることをキャッチして、職人さんも積極的に動いているんですよ。閉鎖的で衰退していく文化というイメージが変わったのも大きいかもしれません。

――一方で工芸品の職人にはこだわりがとても強い方も多いと思います。表現の可能性が限定されたり、苦労されたりしたことは何かありましたか?

藤田:現場の人達って頑固なんだろうと思っていたんですけど、そんなこともなくて。断られるかと思った僕等のオファーも前向きに受け入れてくれるんですよね。一緒に取り組ませてもらっている方達はこちらの「こういう仕様がいいです」というような希望に対して「いや、こういうふうにしたほうがいいと思うよ」っていう時も、1回は僕等のやりたいようにやらせてくれます。ただ、サンプルが上がった時に、確かに言うことを聞いておけば良かったって結果になることが多いんですよね。やっぱり餅は餅屋というか、すごく勉強になります。やりづらいことないの? ってよく聞かれるんですけど、現地で吉村が入ってくれてスムーズにコミュニケーションできていて、ポジティブな関係が築けているかと。

――「ソウボウ」のアイテムを見ていると、素材は日本由来のものを使用しながら、シャツの形などは中国などの大陸側のアジア的な雰囲気も感じられますよね。

藤田:表現の幅を広げたいという考えが無意識に出ているんだと思います。僕自身がマオカラーだったりオリエンタルなムードが好きだったりっていうのはもちろんあるのですが、九州に何かしらひも付いてやっているものの、日本らしい形に終始する必要もないかなと思っていて。シャツ自体ももともとは欧米の洋服だったりするじゃないですか。それに同じアジアとしてルーツは大陸にあるので、日本の素材との相性もすごく良いのでおもしろい仕上がりになるんですよね。

――特に頻繁に使う素材はなんでしょうか? また、それらはどんな特徴がありますか?

藤田:例えば宮崎の都城にある染色職人さんのインディゴ染め。染まりにくいナイロン素材でもこれだけきれいに色が出ています。ここは、あえてインディゴ染めで本藍の風合いを追求しているんですよ。染色堅牢度っていうのがあって、一般的にインディゴ染めは色移りしやすいとされています。ただ都城という場所は水質が良く、洗いなどの細かいプロセスすべてに目を配って仕上げることで、白いものと一緒に洗濯しても色移りしないんです。本藍だと結構価格も上がってしまうんですけど、クオリティーの高いインディゴ染めを採用することでプライスも抑えられています。伝統工芸を使った物作りをする中でも、「ソウボウ」では日常的に着られない服になるのは避けたかったんですよね。

――他はどうでしょうか?

藤田:他にも定番で使っているのは、有田焼のボタンですね。陶土を流し込んで型で抜いて、1個1個に錐で穴を開けて、素焼きして、釉薬を塗って、最後に本焼成する。すごく手間がかかるので、工場の人からしたらお金にならない仕事だと思うんですけど、僕達の理念に賛同してくれておもしろがってもらえているので、すごくありがたいですね。

あとは宮田織物っていう大正2年から筑後地方ではんてんを作っている方たちとの取り組みでは、生地も毎シーズン別注していて、僕等が筑後織りと命名した同社製の生地を使わせてもらっています。縫い子さん達が綿を入れて手まつりで縫っているんです。言われないと分からないかもしれませんが、細かいところまで目の行き届いた仕上げは、長年にわたって作り続けているだけあるなと感じます。日本的なデザインとしてはんてん形の服を作るのではなくて、本当のはんてん屋さんに作ってもらったものを街でファッションとして着ることこそが、本質なのかなと、僕等は考えています。

“伝統工芸”ではなく“伝統工業”

――日常着というのがキーワードのように思いました。改めて、ブランドコンセプト“COMFORTABLE CLOTHING”の意図を教えてください。

藤田:まず“そうぼう(蒼氓)”っていう言葉自体にも民衆とかそういう意味合いがあるんですけど、有田焼の工房の人に言われた言葉がすごく腑に落ちたんですよね。「僕等がやっているのは“伝統工芸”じゃなくて“伝統工業”なんです」って。型で作っていて大量生産もできるし、人の手も入っている。今でこそ民芸品ってある種アートピースのようにもてはやされていて、気軽に扱いづらいイメージがあるように思うんですけど、本来は最も日常に寄り添っていたものだったはず。そういった意味で“COMFORTABLE CLOTHING”、着心地・居心地の良いものっていうテーマを中心に据えています。だから価格の話もそうですし、本当にデイリーに着てもらいたい。昔の民芸品って、今でもボロ市で売られるような物が残っていますし、自分でリペアしながらずっと着られるぐらい素材と作りが良いものってことなんですよね。未来に残していけるものにしたいっていう考えも大前提にあります。

――ブランドとして今後の展望などがあれば教えてください。

藤田:細くても、長く続けていきたいってくらいですね。特に高望みもしないですし、自分達が今着たい気分のものを作っていきたい。それに本当に長いこと同じプロダクトを作ってる職人さん達と向き合っているので、まだまだ掘りがいがあるんですよ。歴史が長いから、ものすごく膨大な数の生地帳や型が存在していて、自分が作りたいと思うようなものは大抵の場合、すでにアーカイブがあるんです。こっちからしたら新鮮な提案のつもりでも、向こうからしたら過去にやったことだから「へぇ~こういうのがおもしろいんですね」みたいな反応が返ってくるんです(笑)。マンネリ化することもまだまだなさそうです。だから、これからは見てもらえる場を増やせたらいいなと思っています。それも物産展的な扱いじゃなくて、固定観念抜きにして、手に取ったあとに、「あ、これ日本のものなんだ?」って知るぐらいの順序で認識してもらえるような。そんな、本当の意味での日常着を目指していきたいですね。

藤田貴久
神奈川県出身。38歳。日本の伝統や美意識を洋服に落とし込み、日常着をデザインするブランド「ソウボウ」のディレクション/デザインを担当。九州地方を生産背景に、古くから培われてきた伝統技術を用いて日本の文化を伝える。デニムメーカー、古着屋を経て、バランスに入社し、物作りを学ぶ。その後、2017年から熊本在住の吉村望とともに「ソウボウ」をスタート。2児(双子)の父。

Photography Kohei Omachi

author:

ニッセン シュウ

大学卒業後、ファッション誌の編集としてキャリアをスタート。現在は、フリーランスで 「EYESCREAM」をはじめとするカルチャー関連の媒体での編集、執筆、アパレルブランドのヴィジュアル制作やPRコンテンツのディレクションなどを行う。 Instagram:@alexshunissen

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