「ファッションにおけるリアルとバーチャルの横断が生まれる時」 ZOZOテクノロジーズの藤嶋陽子に聞く

ここ数年で「バーチャルファッション」「ファッションテック」という言葉が飛び交うようになった。ファッションにもテクノロジーが大きく影響を及ぼすとともに、リアルだけではなく、バーチャルでのファッションの重要性も高まっている。ファッションの未来を拡張させるものとは何か。現在はZOZOテクノロジーズでオウンドメディア「ZOZO FashionTechNews」を運営する藤嶋陽子に話を聞いた。

ファッションテックは異分野との結びつきが大切

——現在はZOZOテクノロジーズでオウンドメディア「ZOZO FashionTechNews」の運営をしていますよね。今までファッション×テクノロジーというと、どうしても新しい技術やサービスのローンチだけが一発花火のように注目される傾向にあったと思いますが、近年そこから変化は起きていますか?

藤嶋陽子(以下、藤嶋):そうですね。私自身は、2019年後半から「ZOZO FashionTechNews」に関わってるのですが、現在はサービスやプロダクトの概要や技術面だけでなく、それがどのようなカルチャーや領域にまで影響をもたらしているかを発信するようにしています。数年前までは、スマートウォッチやインタラクション性のある服がガジェットの機能の先進性で話題となりましたが、機能面で優れたものが次々と登場している現在、その先でどのように受け入れられていくか、浸透していくかまで語らないといけないと感じています。特に、最近は若手のファッションブランドでも積極的に先端的なテクノロジーを取り入れられる時代なので、さまざまな分野の方との議論を引き出して、より可能性を拡張するフェーズに入ってきていると思います。

——メディア以外にも実際にファッションテックを活用して、何か形にすることにも取り組んでいますか?

藤嶋:所属するチームで動いているものは、西陣織の老舗企業である「細尾」と東京大学大学院情報学環との共同研究開発ですね。機能面とテキスタイルの意匠の拡張を目指して3社で共同研究開発の事業を行っており、4月17日からは京都で成果展示が開催されます。私のポジションとしては、その研究開発のプロセスをドキュメンテーションして発信していくこと。どういうビジョンと背景があって、そこにどういったテキスタイルの未来の可能性があるのか、メンバーから引き出し、伝えていく役割として関わっています。

——よりファッションテックの可能性を広げていくためにプロセスを発信するんですね。

藤嶋:ファッションテックの分野だと、プレイヤーがファッション以外の領域に広がるからこそ、お互いに結びつくことの可能性をどんどん広めていかないといけないんですよね。FashionTechNewsも、そこのコラボレーションをより活発化させるためのネットワークのハブになると嬉しいなと思っています。

——先ほどの共同開発もしかり、ファッションテックは生産背景にどのような可能性を見出していると思いますか?

藤嶋:生産背景をより効率化していくために使うAIや機械の役割がわかりやすい話として上がりますが、それ以外にも伝統技術の継承や生産現場の環境改善にも可能性があると思っています。例えば、工場にAIを導入して効率化を目指す代わりに人の職を奪うかもしれないと言われることもありますが、長期的に考えると、過酷な労働環境や賃金改善につながる話かもしれない。そのあたりのファッションテックの融合のバランスは、どこか局所的に考えるというよりも、長い時間軸でのグローバルな規模の問題解決として考えられるべきなんじゃないかなと思います。

バーチャルファッションの可能性

——コロナ禍においては、コミュニケーションツールとしてのバーチャルファッションについての議論が盛んになっていましたよね。特に「あつまれどうぶつの森」は話題になり、最近では3Dアバターソーシャルサービス「ZEPETO(ゼペット)」と「グッチ」のコラボレーションもニュースになっていました。さまざまな形でオンラインコミュニケーションが普及したここ数年を経て、今後ファッションブランドとオンラインコミュニケーションの相性はどのように変化していくと思いますか?

藤嶋:私個人としては、Z世代に向けた新しいVMD的な手法として使われていくのかなと思います。マーケットに対してはスピーディーに反応できる有効な手段である一方、ハイブランド独自の価値を保つ距離感はまだまだ模索中ですよね。パブリックにひらけていて、なおかつ複製できるものだから、ファッションの希少性を帯びる価値付けに対してどのように考えていくかが今後の課題になるかなと感じています。もしかしたら、そもそもハイブランドとの相性がよくないのかもしれないけど、それでもまずはいろいろなコンテンツが出てくる中で最初に参入することが大事な時期なんだと思います。

——そういったゲームの中での没入体験を実際のリテールに応用しているECサイトとしては、スタイリングゲームアプリ「DREST(ドレスト)」がゲーム性も、SNS、ショッピングすべての要素を網羅していることから話題になっていましたよね。

藤嶋:そうですね。ECサイト「NET-A-PORTER(ネッタポルテ)」が発行する雑誌「PORTER(ポーター)」で経験を積んだルーシー・ヨーマンズがローンチしたということもあって、今まで雑誌やカタログベースにしていた二次元的なECサイトを一気に立体的にしてくれたアプリだと思います。「DREST」のおもしろいところは、家の中のクローゼットにあるものとアプリ内のクローゼットに入っているウィッシュリストを見比べながらショッピング体験ができること。バーチャル世界内で完結するクローゼットはゲームの世界でもあると思いますが、そこを越えて生活ツールとして普及する可能性を持てているのは、本当の意味でリアルとバーチャルをうまく横断する方法だなと感じます。

——バーチャル世界だけに完結せずに、実際のショッピング体験とは似ているけど、また違った体験ができる。

藤嶋:そういう意味では、実際にファッションブランドのほうからアプローチした「ハトラ」「クロマ」の試みは評価されるべきだと思います。「ハトラ」の場合は、ファッション専用の3Dモデルソフト「クロ(CLO)」の活用から始まり、実際にARデータをECサイトに載せる試みまで、そういった横断にいち早く取り組んでますよね。「クロマ」の場合は、服にとどまらず、ブランドの世界観をバーチャルストアでしっかり描く姿勢が伝わってきます。そういうふうにバーチャルの活用によってブランドの世界観をより広げていくことに国内ブランドとして先手を打ったというところでおもしろかったことだなと感じてます。

また、ZOZOテクノロジーズもバーチャルモデル“Drip”を公開してECでの購買体験をアップデートしていく構想を発表しています。少しずつ、私達の身の回りでも変化が起きていくのを楽しみにしています。

拡張するバーチャルファッションブランド

——国内では百貨店からアパレルまでバーチャルマーケットを活用している動きもありますが、実際に店舗で体験するような商品展開数やバーチャルならではの手軽さが見出せていないように感じます。

藤嶋:そこは現存のデバイス、携帯やPCなどの画面に私達の指先や視覚が慣れてしまっていて、「バーチャル」への想像との乖離がある部分かなと、個人的には思います。なので、一概にファッション単体で解決できる部分ではなくて。スマートグラスなど新しいデバイスの普及によって、ようやく体験が一般化するフェーズに移れるのかなと。

——一方で、バーチャル上でファッションブランドを立ち上げる動きも出ていますよね。バーチャルならではのクリエイティブな可能性を拡張しているブランドはありますか?

藤嶋:アメリカ拠点の「Happy 99」は、バーチャルから始めて実際にプロダクト化まで動いたブランドとして注目されています。もともとバーチャル特有のうねりや形を活かしたシューズを主に出していたんですが、そこからレディーガガやグライムスが注目し始めたことによって、実際に商品を実現した動きはおもしろかったです。バーチャルファッションブランドとしてくくられているわけではないですが、日本で言うと「MAGARIMONO」「Synflux」は一部でデジタルでのデザインプロセスを取り入れ、テクノロジーの活用を追求することで新しいものを生み出すという取り組みをしていますね。やっぱり服やモノって構造に対して従来のルールが決まっていて、当然ながらそこを越えていくクリエイティブの力も試されますよね。そういった従来のプロセスにも何かフィードバックを与えられる可能性が、バーチャルファッションブランドにあるんじゃないでしょうか。

——中には、写真映えするために買った服をすぐに捨てるサイクルを止めるというコンセプトのもと、サステナブルな方向につなぐバーチャルファッションブランドもいます。

藤嶋:今現在で言えば、まだ実際にバーチャルで画像を作る服のバリエーションが少ないため完全に代わりになるとは思えないですね。むしろ、今バーチャルファッションブランドが出始めたというタイミングということもあって、私達はバーチャルらしいツルツルとした質感や曲線などをフレッシュに感じているけど、もしかすると1年くらいのトレンドに終わってしまうかもしれない。そうすると、アプローチ自体が持続的ではなくなってしまうし、例えば今後オーガニックなテイストが流行った時、リアルな服以上のアプローチをどこに拡張できるのかなとは考えています。

——トレンドに沿った過剰消費を食い止めるという意識だけではなく、サステナブルという言葉の文字通り「循環するところ」まで考える上で、テクノロジーと同じようにファッションに新たな兆しを与えている分野はありますか?

藤嶋:個人的には、バイオファッションの動向に関心を持っています。やっぱり私達が服を買うこと自体はやめられないと思うし、そうなったらファッションの醍醐味すらも失ってしまうと思うんですよね。そうした時に大事なことって、罪悪感を持たずに新しい服を買える仕組み作りだと考えてます。例えば、水の汚染をいかに少なく染められるか、今まで燃えるゴミの日に出していた服を違う分類の仕方で捨てられるとか。すでにそういった研究や実践に取り組んでいるブランドや企業もあると思うのですが、その現象すらもトレンド化しすぎないように、もっと日常的なレベルで導入されていく未来に期待していきたいと思っています。

——今後のファッションの拡張をどのように想像していますか?

藤嶋:冒頭でも伝えた通り、表層的なコラボレーションの時代から、テクノロジーを服に活用したら何が起きるのか、どんな意味があるのかまで求められる時代になってきていると思います。例えばトランスフォーマーみたいに自由に変形する服が出ても目新しく感じなくなるかもしれないし。そうした時に大事なのは、形になったもので何ができるのか、その価値を発信すること、創造することだと思うんです。ファッション以外の人からすると、この業界ってかっこいい・かっこ悪いのセンスが飛び交っているように見えて入りにくいと思うんですけど、実際は服を着る側にもデザインする側にも作る側にもすべて裏側にはちゃんと理由がある。「新しい」という価値観すら揺らぐ今だからこそ、やっぱりもっとファッションと違う畑の人達が話し合い、形にしていくスペースが必要だと思います。

藤嶋陽子
ファッション研究者。ZOZOテクノロジーズ所属。東京大学学際情報学府博士過程・在籍。理化学研究所革新知能統合研究センターのパートタイム研究員兼務。大学入学後はシュルレアリスムに魅了されフランス文学を学んだ後、ロンドン芸術大学セントラルセントマーチンズでファッションデザインを学ぶ。帰国後はファッションにおける価値をつくるメカニズムに興味を持ち、研究としてファッションと向き合うように。主には日本のファッション産業史、ファッションミュージアムを研究。現在は、ファッション領域での人工知能普及をめぐる議論やファッションをめぐるテクノロジー論も主題としている。
https://tech.zozo.com
Twitter:@fjkdiet

Photography Hironori Sakunaga

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author:

倉田佳子

1991年生まれ。国内外のファッションデザイナー、フォトグラファー、アーティストなどを幅広い分野で特集・取材。これまでの寄稿媒体に、「Fashionsnap.com」「HOMME girls」「i-D JAPAN」「Quotation」「STUDIO VOICE」「SSENSE」「VOGUE JAPAN」などがある。2019年3月にはアダチプレス出版による書籍『“複雑なタイトルをここに” 』の共同翻訳・編集を行う。CALM&PUNK GALLERYのキュレーションにも関わっている。 Twitter:@_yoshiko36 Instagram:@yoshiko_kurata https://yoshiko03.tumblr.com

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