DJ KAWASAKI 約11年ぶりとなるオリジナル・フルアルバム『One World』 完全生演奏へのこだわりと新たな音楽のスタイルへの意思表示

DJ KAWASAKIが11年ぶりのオリジナル・アルバム『One World』を6月30日にリリースした。完全生演奏で、フローティング・ポインツの<EGLO RECORDS>からもリリースするsauce81をはじめ、ジギー・ファンクやニール・ピアス作品で知られるタリワ、久々のコラボレーションとなる多和田えみ、「The Room」のスタッフで3月にデビューしたばかりのジャズ・ヴォーカリスト彩菜が参加。昨年リリースしたダニー・クリヴィット、DJ KON、Dr.Packerらのリミックスをカップリングした3枚のシングルのアルバム・ヴァージョンも含まれる。

参加ミュージシャンは、ROOT SOULの池田憲一、Venue Vincent、CENTRALの西岡ヒデロー、SOIL & “PIMP” SESSIONSやKyoto Jazz Sextetでも活躍する栗原健等「The Room」ゆかりのメンバーが顔をそろえた。アフロやジャズ、ファンクを吸収したインスト曲も披露するなど音楽的な新境地を見せる『One World』。これまでのようにドラム・プログラミングによる打ち込みの制作スタイルではなく、すべて生演奏のバンド・スタイルに至った理由とは。その制作背景などを訊く。

新たな音楽のスタイルへの意思表示。ディスコ、ファンク、ソウル、ジャズといった生音好きにも刺さるようなレコードを作る

−−『One World』は2010年にリリースされた『Paradise』から11年ぶりのアルバムです。その間もシングル・リリースやDJ/リミキサー/プロデューサー活動などを続けてきたわけですが、かなり長いブランクを経てのオリジナル・アルバムのリリースとなりましたね。

DJ KAWASAKI(以下、KAWASAKI):気付けば11年経ったという感じですね(笑)。振り返ると2005年のデビュー当時は、日本でハウス・シーンが特に盛り上がっていた時期なんです。僕もちょうどそのタイミングでデビューしたんですが、2010年に入ってそうした流行がいったん沈静化していき、いろいろと自分を見つめ直すようになりました。

「ハウス・クリエイターとして、ハウスだけしか作らない、かけない」。という見方をされるのは自分としては少し違和感を覚えていたんです。もともと僕は沖野修也さん(KYOTO JAZZ MASSIVE/ KYOTO JAZZ SEXTET)がプロデュースされている渋谷の「The Room」で副店長を務めていたんですが、働きながらDJとしても関わらせてもらう中でさまざまな音楽に興味を持つようになりました。例えばジョージ・デュークの「I Want You For Myself」のようなジャズ・ミュージシャンが演奏するディスコや、ルイ・ヴェガ & ケニー・ドープのニューヨリカン・ソウルのような、ハウスを軸にしながらもジャンルの枠を超えたクロスオーヴァーなスタイルにも影響を受けました。レコードコレクションは、ハウスだけでなく、ジャズやディスコ、ファンクやレゲエ、和物など好きなものは何でも買っています。当時僕が招かれていたハウスのイベントでは打ち込み以外をかけるのは難しく、コレクションの生音のレコードはなかなかプレイしにくかったんです。それでもかけたいレコードはやはりかけていましたけど、生音でフロアをうまく掴めなかったりして、沖野さんから「生音禁止令」が出されたこともあります(笑)。

もちろんハウスは大好きなんですけど、それだけっていうのは自分が目指しているスタイルではなかった。例えばラリー・レヴァンはジャンル関係なく自分のハートに響くものならディスコとして上手く混ぜ込んでプレイする。セオ・パリッシュもピーク・タイムでもいきなりBPMを落としてレゲエやロックをかけたり、予測不可能なところがとてもアーティスティックでカッコいいんですね。自分も彼等のようにもっと自由でありたいなという思いがどんどん強くなって、そうしたことをずっと考えていましたね。

−−『One World』はすべて生演奏でのバンド・スタイルで制作されています。今までのアルバムはドラム・プログラミングによる打ち込みの制作スタイルを軸に作られてきたわけですが、今回はどのようなアイデアからこうしたスタイルに至ったのですか?

KAWASAKI:打ち込みでハウスをフォーマットして曲を作ると、DJでプレイしている時にどうしても四つ打ちの曲だけをフロアから期待されてしまうんです。生音も混ぜ込みながらもっと幅広い世界を表現するには、やっぱり生音で作品を作るしかないなと思って、そうした方向性はずっと前から考えていたんです。

自分はDJなので、現場で機能するもの、自分のセットに自然に組み込めるようなものが作りたいなと思っていました。そうしたところを模索していってずいぶんと時間がかかったというのもあります。そんな中、この11年の間に「The Room」でDJをしていたRYUHEI THE MANや黒田大介さんとレコードを通じてグッと仲良くさせてもらうようになって、音楽的な影響もかなり受けました。彼等のようなファンクやソウル、レア・グルーヴをプレイする人達にも刺さるようなレコードを作りたい、よりいろいろな人にアップデートした自分のサウンドを届けたいという思いも強くなって、このアルバムを作ったわけです。

−−この10年間で世の中や音楽業界も変化しています。サブスクやYouTubeなどで人々の音楽への接し方も変わっていますし、音楽の流行も変わってきています。そうした変化の中で『One World』を出した意味はありますか?

KAWASAKI:デジタル化が進む一方で、ここ数年はレコードがまた盛り上がってきているじゃないですか。僕自身もDJはレコードだけでやっているし、周りにも熱心なレコード・ファンがたくさんいます。この数年はRYUHEI THE MANと一緒に DJをする機会も多く7インチにハマって、沖野さんのお力添えもあって7インチに特化した自分のレーベル「KAWASAKI RECORDS」もスタートさせることができました。レコードが盛り上がっている流れを自分も盛り上げていけるように、『One World』はデジタルやCD、サブスクなどいろいろなフォーマットに対応してますが、アナログ盤もプレスしました。DJ MUROさんやDJ JINさん、DJ KOCOさんといった僕が大好きなDJの皆さんに聴いていただいて、更にプレイしていただけたら最高に嬉しいですね!

−−特にこの1年はコロナによって世界が激変しましたが、『One World』はそのコロナ禍の中で制作が進められました。『One World』にはそうした世界を生きる人々へのメッセージが込められているのですか?

KAWASAKI:タイトル曲の「One World」はまさにコロナ禍の中で作った曲です。僕自身もDJの現場やイベントが中止や自粛などでなくなってしまい、かなり厳しい状況に追い込まれました。そんな中、音楽を続ける気力を失う人もいるだろうし、あまり影響のない人もいるのかもしれない。それはもうアーティストによってさまざまだと思いますが、僕は1人のアーティストとして、歴史に残るであろう2021年というこの時代にアルバムをリリースすることへの使命感を覚えたんです。音楽の力を信じて、しんどいけど前を向いてがんばることが大切なんじゃないかと。僕達だけじゃなく、世界中の人達が同じタイミングで同じように苦しい状況にあるけれどがんばって生きているんだということ考えた時、世界は1つなんだと改めて思ったんです。“One World”には苦しいけれど、みんなで前を向いて生きていこうというポジティブなメッセージが込められています。歌詞は沖野さんの奥様のジョアン・ラポルトさんに書いていただきました。

−−実際にライヴなどもなかなかできない状況が続いていったわけですが、『One World』のミュージシャンの録音などはどのように行ったのですか?

KAWASAKI:基本的に楽器パートはバラバラの録音で、ほぼオンラインでミュージシャンの友人とやりとりしました。僕が鍵盤でだいたいのコードやメロディを弾いたデモ音源を作って、それをミュージシャンの友人と一緒にブラッシュ・アップしながらアレンジを練っていく感じです。だいたいみんな自宅でレコーディングできる環境にあるみたいで、中には家にしっかりしたスタジオを持っている人もいますね。ドラムは「The Room」で、バイオリン、チェロは1stアルバムからお世話になっている間瀬哲史君のスタジオCafe2stで録ってもらいました。歌もほとんどオンラインですが、彩菜だけCafe2stで録りました。

1970年代のサウンドに1980年代前半を意識したヴィジュアルで今とリンクさせる

−−参加ミュージシャンはROOT SOULの池田憲一、Venue Vincent、CENTRALの西岡ヒデロー、SOIL & “PIMP” SESSIONSやKyoto Jazz Sextetでも活躍する栗原健など「The Room」ゆかりの人達で構成されていますが、編成についてはどのようなことを念頭に行いましたか?

KAWASAKI:過去作品では曲のイメージごとにミュージシャンを替えていましたが、今回はアルバムを通してバンド・スタイルとして統一感を出したいという狙いがあり、ベースとギターを除いてはすべて同じメンバーで固めて録音しました。だからよりバンド感の強いサウンドになっていると思います。オンラインで録音していますが、リリース後のバンドでのツアーなども想定していて、一体感の出たものにしたいと思いました。メンバーは気心の知れている友達だからこそ、僕の目指す音を理想に近づけてくれるんだと思います。

−−ホーン・セクションとストリングス・セクションがサウンドに奥行きや広がりを持たせていると思いますが、何か具体的にイメージしたようなバンドはありますか? 個人的な意見としてはMFSB、サルソウル・オーケストラ、ジョン・デイヴィスのモンスター・オーケストラなどディスコ全盛時代のバンドを思い浮かべたのですが。

KAWASAKI:僕の中ではもう少し古い時代のイメージがあって、7インチとかでしか出ていないマイナーなグループだったり、例えばユニヴァーサル・トゥギャザーネス・バンドとか、モダン・ソウルからディスコへいくあたりのローファイなサウンドが頭の中にありました。MFSBやサルソウル・オーケストラだともっとゴージャスというか洗練された感じになってしまって、それとはやや目指すニュアンスが異なるかな……。

−−アルバム全体ではディスコやブギー系のナンバーが中心となっていますが、今話に出たように1980年代に入って打ち込みやシンセが多くなってきた時代のサウンドではなく、1970年代のサウンドがベースになっているわけですね?

KAWASAKI:僕個人として1970年代のサウンドがとても好きで、それが反映されているところはあります。でも、アルバム・ジャケットのスタイリングやヴィジュアルは1970年代後半~1980年代前半あたりをイメージしたものなんです。サウンドもジャケットもモロ1970年代風にすると見たままになりすぎるので、そこは現代の時代のカラーや背景も意識しています。例えばアンダーソン・パークやファレルもサウンドは1970年代のエッセンスを取り込んでいるけれど、ファッションやミュージック・ヴィデオでのヴィジュアルは1980年代のカラーを取り入れて今の時代とリンクさせていますよね。そうした狙いや感覚は自分の中にもあります。

これまでのDJ KAWASAKIのテイストと高まる生演奏への意識

−−マンデイ満ちるをフィーチャーした「When It Feels Right」、メイリー・トッドをフィーチャーした「Don’t Put My Heart Down」、シェア・ソウルをフィーチャーした「Alive」など、これまで<KAWASAKI RECORDS>からシングル・リリースした楽曲も収録されています。これらの他にタリワ、多和田えみ、彩菜など国内外の女性シンガー陣がいろいろフィーチャーされていますが、ゲスト陣についてはどのようなイメージから起用していったのですか?

KAWASAKI:僕は基本的に実際に会ってある程度関係性を築いた人とのコラボレーションを大切に考えています。歌の上手さと人間性は必ずしも同じではないので、音楽は作品として一生残るものだし、やるなら気持ち良い人とやりたいですよね。今回はタリワだけ共通の友達の紹介で歌ってもらいましたけど、彼女以外はみな僕の友人や知り合いのシンガー達です。タリワもインスタなどでいろいろやり取りして、コミュニケーションを深めていった中で気持ちよく録音しました。

−−彩菜は「The Room」のスタッフでもあるそうですが、どんなシンガーですか? 彼女が歌う『One World』ではジャズ的なスキャットも披露しているのですが。

KAWASAKI:彼女はジャズ・シンガーで、今年の3月に自分のソロ・アルバムもリリースしています。そこではスタンダードなジャズを歌っていますね。クラブ・ミュージックやダンス・ミュージックのレコーディングはおそらくこれが初なんじゃないかなと思います。「One World」は彼女にとって初めてのジャズ以外を歌った曲。僕のデビュー・シングルの「Blazin’」はKARINが歌ってましたが、当時は彼女も「The Room」のスタッフとして一緒に働いていたことがきっかけでレコーディングしたんです。だから「One World」で彩菜に歌ってもらったことはそんなことを思い起こさせるというか、何か繋がりのようなものを感じますね。

−−唯一の男性ヴォーカル曲の「Sun, Run & Synchronize」にはSauce 81をフィーチャーしています。彼はシンガーというより本職はプロデューサー/トラックメイカーですが、今回はどのようなイメージで起用したのですか?

KAWASAKI:彼の作品で「Dance Tonight」という曲があるんですが、その曲が大好きでDJの時によくかけているんです。こんな最高なディスコを自分でも作りたいなと思って声を掛けました。

−−この「Sun, Run & Synchronize」はやや和モノやシティ・ポップ、AORなどに通じるメロウさを持つナンバーです。現在はこうした和モノやシティ・ポップが流行していますが、川崎さんも何か意識するところはあったのでしょうか?

KAWASAKI:トラックを作っている時は意識してませんでしたが、栗原健君にサックス・ソロを入れてもらったところ、都会的な雰囲気がとてもハマって、狙いではなかったけれど結果この曲にシティ・ソウル的な空気感も出してくれる良いエッセンスになりました。僕は自分の作品では和モノとかシティ・ポップを意識はしていませんが、NAYUTAHというシンガーをプロデュースした時はそうしたイメージを強く意識してアレンジを考えましたね。

−−一方、「Urban Origin」はアフロ・ファンク・ディスコとでもいうようなインスト・ナンバーで、ウォーの「Galaxy」あたりを思い起こさせます。実際に作曲するにあたって何かイメージしたものはありますか?

KAWASAKI:仰るとおりで、もともとの仮題が「アフロ・ファンク・ディスコ」だったんです(笑)。自分がDJをする時、アフロとかカリビアンとかパーカッシヴで土臭い雰囲気のサウンドが好きでよくレコードも買うんですけど、そんなインスト曲も自分で作りたいなと考えて。フェラ・クティへのオマージュ的なギター・リフをアレンジに組み込んだり、まさにウォーをイメージしたりとか、そうしたディスコにインスパイアされていますね。

−−多和田えみが歌う「Light Your Light」は、曲を聴いたイメージではブラン・ニュー・ヘヴィーズとパトリック・アダムスやグレッグ・カーマイケルが手掛けたディスコ・ナンバーがミックスされたような楽曲です。「One World」や「When It Feels」もアダムス=カーマイケルのプロダクションやモンスター・オーケストラに通じるフィーリングがありますが、こうしたアーティスト達への何かオマージュ的なものはあったりしますか?

KAWASAKI:特に自分で考えてはいませんでしたが、パトリック・アダムスは僕も大好きですよ。彼の曲のムーグのアレンジが好きで、あまりコード進行が変わらずに延々と引っ張っていくグルーヴの作り方もいいなと思います。そうした作風のエッセンス的なところでは無意識に参考にしている部分があるかもしれませんね。知らず知らずのうちにそうした好きなアーティストからの影響は出ていると思います。

−−改めて『One World』を通してファンやリスナーへのメッセージをお聞かせください。また、今後の予定などがあればお願いします。

KAWASAKI:リリースした6月30日はちょうど僕の誕生日でもあるんですが、そこに敢えて設定しました。先程お話させていただいたように今回の新作はすべて生演奏で制作しています。”DJ KAWASAKIらしさ”のある普遍的でエモーショナルなメロディやサウンドアプローチと、ドラム含めてすべて生演奏でのレコーディングといった進化したところをお聴かせできるんじゃないかと思います。ライナーノーツは、尊敬する DJの大先輩でもある黒田大介さんに担当していただきました。黒田さんならではの視点から分析してくださったアルバムの楽曲解説はかなり読み応えがありますので、そちらもお楽しみに。先日5月29日に代官山UNITでプレ・リリース・イベントを開催したばかりなんですが、バンドによるライヴ演奏での楽しさを改めて感じました。緊急事態宣言が解除されましたので、世の中が少しでも落ち着いていくといいなと願っています。徐々にライヴやDJツアーも増やしていけると嬉しいですね。

DJ KAWASAKI
DJ/リミキサー/サウンド・プロデューサー/作曲家。2005年に、King Streetより12インチ・シングルで世界デビュー。これまでリリースしたシングルがは、i Tunesダンス・チャートで通算8曲連続でNo.1を獲得。2018年には、7インチでのリリースを中心とした自身のレーベル<KAWASAKI RECORDS>を発足。2020年11月に、オリジナル楽曲をNYのダンス・ミュージックシーンのレジェンド、ダニー・クリヴィットがエディットを手掛けた通算6枚目となるシングル『When It Feels Right feat. Monday Michiru (Danny Krivit Edit)/ DJ KAWASAKI』をリリースした。6月30日に11年ぶりのオリジナル・アルバム『One World』をリリースした。

Photography Kunihisa Kobayashi
Edit Jun Ashizawa(TOKION)

author:

小川充

ジャズとクラブ・ミュージック系のライター/DJとして、雑誌のコラムやCDのライナーノート執筆、USENの『I-35 CLUB JAZZ』の選曲、コンピレーションの監修を手掛ける。主著『JAZZ NEXT STANDARD』シリーズ(リットー・ミュージック)のほか、近著に『Club Jazz Definitive 1984-2015』『Jazz Meets Europe』(以上、Pヴァイン)がある。

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