イギリスの名門レーベル、BBEからリリース中の『J-JAZZ』シリーズから探る、“和ジャズ”の魅力

TOKIONではこれまで、アメリカのレコードレーベル、Light In The Atticのマーク・フロスティ・マクニールによる欧米における日本のシティポップの考察や、インドネシアのバンド、Ikkubaruが影響を受けた1980年代の日本のシティポップの選盤、韓国人アーティスト、Night Tempoのインタビューなど、日本の音楽が海外に与えた影響を紹介してきた。こうしたメイド・イン・ジャパンのミュージックは、シティポップに限らず注目を集めている。

今回は“和ジャズ”と呼ばれ欧州で高い評価を得ている日本のジャズを取り上げたい。“和ジャズ”とは、1950~1980年代にリリースされた日本人によるジャズ作品だ。この“和ジャズ”がレコード作品を中心に人気を集めている。その人気を裏付けるのが、イギリスの名門レーベルであるBBEからリリースされているコンピレーション『J-JAZZ』だ。このコンピは、現在VOL.1からVOL.3までシリーズでリリースされるほど支持を得ており、最新作のVOL.3は、BBEの設立25周年記念作品の1つとして3月にリリースされたばかりだ。なぜ海外で“和ジャズ”は人気なのか、そして彼らはどういった目線で“和ジャズ”を捉えているのか、『J-JAZZ』シリーズを監修するトニー・ヒギンズとマイク・ペデンに聞く。

このコンピに収録されている楽曲の需要が世界的に存在しているんだと感じた

——『J-JAZZ』シリーズを立ち上げたきっかけを教えてください。

マイク・ペデン(以下、マイク):相棒のトニー・ヒギンズと俺は、日本のジャズ作品やミュージシャン、そしてレーベルとレコードに付いた帯の特徴についてを、会うたびに何時間もかけて語り続けるほど、J-JAZZ(=和ジャズ)の熱狂者なんだ。それである日、いつものようにパブで話していたら、日本のジャズ作品を集めたコンピレーションの企画を2人で思い付いた。それから自分達の理想のトラックリストを組み立てながら、選定基準を設定していったんだ。

——選定基準とはどんなものなのですか?

マイク:それは、日本人アーティストであり、日本のレーベルであること。これまでに販売されていない作品、または廃盤になっている作品であること。そして、現実的にライセンス取得が可能な作品で、最高級の音楽でなおかつバランスが良くて、幅広いジャズのスタイルであること。そういった基準をなるべく網羅しているものにしたかった。それで長い間、この企画について議論し、『J-JAZZ VOL.1』の暫定版にたどり着いたんだ。ちなみにVOL.2とVOL.3も同様な方法で行っている。
こうして『J-JAZZ』シリーズがリリースできているのは、日本の音楽業界内に顔が広く、ライセンス交渉の経験豊富なBBEの代理人である、日高健介がいてくれたのが大きい。でも、シリーズ3作品の収録楽曲のライセンス取得には、どれも1年以上もかかっていて、いくつかの理由で当初選んだ楽曲を差し替えなければならなかったよ。主な理由としては、経済的な問題と著作権所有者を識別することができなかったから。なので交渉したレーベルから「ノー」と断られることもあったよ。もしも俺達が当初入れたかったすべての楽曲の許可を取ることができていたなら、さらに良くなっていたに違いない!

——「J-JAZZ」シリーズの世界的な反響はどうでしたか?

トニー・ヒギンズ(以下、トニー):今まで発表した3シリーズは、幸いにも全世界の市場で売られたそうだ。もちろんUKが主要な市場シェアを占めているんだけど、BBEは良い流通網を確保しているので、どの国でも入手できるし、オンラインで簡単にオーダーすることもできるんだ。売り上げ枚数を見るとトップ4は、順にアメリカ、日本、ヨーロッパ圏と中国(中国では日本のジャズは超人気で、また高額を費やすコレクターの本場でもある)。VOL.1とVOL.2の初回プレスは、あっという間に完売して、BBEはすぐに再プレスをオーダーしたんだけど、このコンピに収録されている楽曲の需要が、世界的に存在しているんだと感じたよ。そして、BBEと一緒に仕事ができたのは素晴らしい。BBEくらいしか俺達の企画を支援するところがないと思っていたから、とても満足しているし、BBEが俺達のためにやってくれたすべてのことに感謝している。ちなみに、日本のレコードショップ、「ディスク・ユニオン」の壁には、俺達が関与してきた作品が飾ってあるみたいで、とても素晴らしい!

——シリーズごとに違いなどはありますか?

マイク:まずVOL.1では、名作だと確信した楽曲に加えて、日本のジャズの素晴らしさを紹介できる入門編になるような楽曲を収録したかったんだ。そこでかなり特定のサウンドに寄せた楽曲を集めたリストにしたよ。VOL.2は、選曲対象の幅をさらに広げて、ジャズのジャンル内に入っているあらゆるスタイル、ビッグ・バンド、モーダル、フュージョン、ファンクなどを網羅しようと試みた。そうしたことで、多様性があってすごくタフでワクワクさせる、非商業的なエッジ感を保持することができてとても満足している。最新作のVOL.3では、VOL.2の広範囲におよんだ感覚を保ちながら、沖縄のジャズ、ボッサとファンクなど、さらに分岐させて日本のインディーズやプライベートなジャズ・レーベルの音源を深く掘り下げたよ。なので、Jonny’s Disk、A.S.C.A.P Records、Yupiteru、Planets、Carnivalといったレーベルのレアな自主盤からも選曲している。さらにプライベートレーベル、Red Horisonが唯一残した作品で、このバンドの公演でしか販売されなかった、激レアな寺川秀保カルテットのライヴ盤の楽曲もVOL.3には入っているよ。

——選定しているアーティストの基準はありますか?

マイク:俺達は、自分達が率直に楽しめる音源を収録したいのと、また1960年代から1980年代までの日本ジャズシーンの黄金時代の公正な描写をしたかっただけなんだ。この時代の日本では、ジャズのスタイルがかなりのスピードで発展していて、特に1960年代の後半には、峰厚介、菊地雅章と日野皓正といった、電子楽器やエフェクト装置など新しく変わった楽器を試す、新しい若手のプレーヤー達が現れ始めたんだ。彼らは、当初ハードバップとブルースの演奏から始めているんだけど、1970年代の初めには、ポスト・モーダルや即興、フリー・ジャズに転換していて、すごく興味深いジャズをプレイしていた。そういった幅広いスタイルもこのシリーズには入れたかった。早弾きのヘビーなフュージョンだけ入れるのは簡単だけど、そんなものをリリースするのはおもしろくない。俺達はハード・バップ、サンバやモーダルなど、多数の異なるスタイルとともに、フリー・ジャズの領域に接近するような楽曲も入れたかったんだ。だから、とてもレアなレコードに収録されていた、松風鉱一と古澤良治郎による素晴らしい楽曲「Acoustic Chicken」も選曲されてるよ。

日本にはまだまだ再発見と感じることができる音楽が多くあると思う

——ではアメリカの伝統的なモダンジャズや美しいヨーロッパのジャズと、日本人のアーティストの違いはありますか?

トニー:多くの日本のジャズミュージシャン、特に『J-JAZZ』シリーズで取り上げた1960年代~1970年代のアーティストを観察して気付いた特徴としては、彼らは数多くのジャズのスタイルを演奏することができて、またどのスタイルも上手だってことだ。中でもリズム奏者、ドラマー、ベーシストとピアニストがそう。彼らはスタンダートから、バラード、ストレートアヘッド、ハード・バップから、ファンク、フュージョン、モーダル、フリーな即興まで、すべての演奏ができて、さらに各スタイルをバランスよくプレイしているんだ。アメリカやヨーロッパのプレーヤーにはあまり多く見られない、魅力的で多様性にあふれたプレイを日本人のジャズミュージシャン達は持っている。
もちろん、アメリカとヨーロッパにも素晴らしいプレイで幅広いスタイルを行き来できるプレーヤーもいるんだけど、日本のように一般的ではないと思う。アメリカのジャズミュージシャンは、ある特定のスタイルや少数のスタイルの組み合わせにとどまっている傾向がある。しかし、多くの日本人のプレーヤー達は、雇われの身であり、録音仕事にも呼ばれ続けていたため、すべてのスタイルを学ばなければならなかったんだと思う。
忘れてはならないが、戦後に米軍が日本を占領した頃、多数の米軍基地があって、アメリカ軍のために日本人のジャズミュージシャンが、その基地内でコンサートを開催していた。そのプレーヤー達は、クール・ジャズ、ビバップ、ジャンプ・ブルースなど、さまざまなスタイルを演奏する多様性を持たなければならなかった。その多様性が1960年代~1970年代に発展していったんだと思う。日本人のプレーヤーの技術力と努力は並々ならぬものだ。特にドラマーは別次元にいるほど、素晴らしい。

——今後のシリーズのリリースや展望を教えてください。

トニー:J-JAZZマスタークラスシリーズの一環として、俺達は多数のアルバムを再発する予定なんだけど、みんなを驚かせたいので今は名前を明かさない。再発に関しては、『J-JAZZ VOL.3』をリリースする前に、もともとは1984年に発表された中村新太郎クインテットのアルバム『Evolution』をリリースしているよ。J-JAZZマスタークラスシリーズの7枚目となる作品だ。俺達は大傑作と思う作品しか再発したくなくて、最低でも10枚目までは出したい。日本にはまだまだ再発見と感じることができる音楽が多くあると思うので、俺達のプロジェクトはまだ始まったばかりだ。

マイク:ほぼ世界各国のジャズ作品はすでに盗まれ、収集、再発、コンパイルもされているので、日本のジャズが最後の辺境地だ。今までは言語の壁があり、レコード自体入手困難だったので、海外のコレクターにとっては、収集するのが困難だった。われわれは、この『J-JAZZ』のシリーズで、日本から出てきた素晴らしいジャズをより多くのひとびとが堪能できることを目指している。VOL.1、VOL.2とも素晴らしい入門編として機能しているし、日本のジャズのレコードコレクションを構築するには、良い出発点になるかと思う。なによりも多くの人達とシェアすることで、今まで無名だった領域の素晴らしいジャズの知名度が、もっと引き続き上げられるように努めたい。

『J-JAZZ(和ジャズ)VOL.3-DEEP MODERN JAZZ FROM JAPAN』
(BBE)
河野康弘トリオが、1986年にリリースしたプライベートプレスのアルバムのタイトル曲、「Song Of Island」、白木秀雄の人気盤『プレイズ・ボッサ・ノバ』から、ニコラ・コンテら海外DJ達もプレイする「Groovy Samba」など、海外からの評価が高い“和JAZZ”作品を多数収録したコンピレーションシリーズの3作目。他にも、沖縄のジャズマン、友寄隆生による「Kirisame」、Katsuの活動名で知られる板倉克行のレア盤『密林ダンス』より「Honey Sanba」など、多彩な曲が収録されている。

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author:

相沢修一

宮城県生まれ。ストリートカルチャー誌をメインに書籍やカタログなどの編集を経て、2018年にINFAS パブリケーションズに入社。入社後は『STUDIO VOICE』編集部を経て『TOKION』編集部に所属。

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