インドネシアのバンドIkkubaruが語る、日本の80’sシティポップの魅力と6枚の名盤について

国内でのリバイバルや海外のからの(再)発見も相まり、今なお広く聴き継がれる日本の80年代シティポップ。時を超え、国境を超え、なぜこれほどまでに、かの音楽は数多の人々を惹きつけてやまないのだろうか? その魅力の一面は、もしかしたら「外」からのほうが、よく見えることもあるかもしれない。

Ikkubaru(イックバル)は、山下達郎や角松敏生らからの影響を公言し、都会的で洗練されたポップミュージックを奏で2014年にデビューを飾ったインドネシアの4人組バンド。脇田もなりやRYUTistらの楽曲制作やプロデュースを務めるなど日本のシーンとの結びつきも深く、この9月にリリースした2ndアルバム『Chords & Melodies』も熱心な音楽好きの間で話題となったばかりだ。本記事では、そのフロントマンであるムハンマド・イックバルに、日本のシティポップに出会ったきっかけや惹かれた理由を訊ねるとともに、彼がオススメする日本の80年代シティポップの名盤を6枚紹介してもらった。

なぜ日本のシティポップに惹かれたのか

——日本のシティポップに出会う前は、どのような音楽を聴いたり、演奏したりしていたのですか?

ムハンマド・イックバル(以下、ムハンマド):インドネシアのティーンエイジャーであった僕達は、いくつかの音楽トレンドを経験しています。メンバーのうち3人は長い付き合いの友人で、中学では一緒にパンク・ロックをやっていましたが、年を重ねるにつれて参考にする音楽の幅は広くなっていきました。My Bloody ValentineやSlowdiveのようなシューゲイザー、 The Stone RosesやRIDEといったオルタナティブ・ロック、アントニオ・カルロス・ジョビンやカシオペアのジャズ、ポップスはStereolab、Broadcast、High Llamas、Prefab Sproutなど、いろいろな音楽を聴いてきましたね。

——日本のシティポップに出会ったきっかけを教えてください。

ムハンマド:友人の1人が山下達郎の曲をいくつかmp3で送ってくれた時、シティポップの存在を知ったんです。幼い頃から『東京ラブストーリー』のような日本のドラマのサントラでさまざまなシティポップを聴いていたので、彼の名前を知るよりもずっと前に僕は「MERMAID」のメロディーを知っていました。けれども「日本のシティポップ」という言葉が頭に浮かぶようになったのはその時からです。

——どんなところに魅力を感じたのでしょうか?

ムハンマド:初めて聴いた時は、そのサウンド、コード進行、メロディーそしてハーモニーのすべてに、本当に鳥肌が立ちましたね。カシオペアをよく聴いていた影響か、日本のシティポップは初めから耳馴染みがありました。僕達にとって日本のシティポップは単なるジャンルではなく、幼少期から心惹かれてきた日本文化を映す小さな鏡のような存在なんです。

——日本のシティポップをどのように掘り下げて聴いていったのでしょうか?

ムハンマド:主にネットサーフィンですが、偶然にもDJをしていた日本の友人がくれたミックステープが、日本のシティポップについてより多くの知識と解釈を与えてくれました。当時日本のシティポップはインドネシアで知名度が低く、実際に聴けるものを見つけるのは非常に困難(かつ高価)で、2015年に初めて日本を訪れた時やっと実物のレコードを手に取ることができたんです。

——あなた達がインドネシアでシティポップを発表し始めた時、周りのアーティストやファンはどういう反応を示しましたか?

ムハンマド:インドネシアにおける日本のシティポップは、小さなコミュニティーあるいはニッチな市場で、オーディエンスは高齢者が中心です。一方、インディー業界は主に洋楽志向の若手が独占している。インドネシアで人気の日本文化は、アニメやJ-ROCKと関連性が高いので、そういった影響を受けたバンドだと間違われることがよくありました。

2015年に初めてジャパンツアーを開催してから、徐々に僕らの認知度が上がって、一部のメディアが「日本のシティポップ」というワードを拡散し始めたことで、コミュニティーが成長していきました。「日本のシティポップ」は期待したほど大きな流れにはなりませんでしたが、シティポップは以前より人気になり始めています。ふたを開ければ、シティポップはCaseiroやファリズ・RM、チャンドラ・ダルスマンをはじめとした、80年代インドネシア音楽と同じルーツを持っていることがわかりました。

——あなた達のファーストアルバムは、日本の熱心な音楽好きの間でも話題になりました。また、日本のアーティストとの共演なども果たされており、あなたたちは日本のポップシーンの一部にもなっています。改めて、そのことをどう感じているか教えてください。

ムハンマド:日本の音楽好きの方々に僕らの音楽を知ってもらえたのは、本当に予想外で幸運なことでした。実は、ファーストアルバムで制作した曲の仕上がりにはあまり満足していないのですが、それでも僕らにとってとても光栄なことです。日本の音楽シーンに参加することは、常に僕達の夢でした。いつか日本に拠点を移して、日本でより深く曲作りができるようになりたいと願っています。

日本の才能あふれるアーティストとコラボレーションできることも、嬉しく感じています。tofubeatsは僕達がコラボレーションした最初のアーティストですが、誰もが彼と組めるわけではないので特別な経験になりました。TWEEDEES(iqbal)、藤井隆、ナカコー、脇田もなりなど、既にコラボレーションした素晴らしいアーティストは他にもいます。さらに多くの日本人アーティストと出会い、日本の音楽シーンとのつながりを深めて、もっとたくさんの人に僕らの音楽を届けたいと考えています。

——新作の『Chords & Melodies』は、シティポップのみならず、テクノポップやニューウェイヴなど、より多彩な音楽性を感じさせるアルバムになっています。どのような想いを込めて制作をされましたか?

ムハンマド:さまざまなスタイルのサウンドを作ることで、より多くのオーディエンスに聴いてもらいたいという想いがありました。既に曲を聴いてくれた人が知るよりも多くの面が僕らにはあるから、一元的なバンドとしてラベリングされたくない。セカンドアルバムは日本のシティポップに近いものではないかもしれませんが、僕らにしかない特徴、つまりコードとメロディーがあると信じています。そういった意味を込めて、アルバムのタイトルを『Chords&Melodies』にしました。

Ikkubaruによる日本シティポップ名盤6選

1. 松下誠『Quiet Skies』(1983年)
一番クセになるシティポップのアルバムです。他のシティポップとは一線を画すレベルに達しているのではないかと思います。プログレッシブ・ロックがシティポップに合うなんて想像もしていませんでした。 特に「Sight of the Dawn」はアルバムのオープニングとして完璧で、シンセとベースのメロディーは今でもすぐ思い出せるくらいキャッチーで華やかです。

2. 山下達郎『POCKET MUSIC』(1986年)
当時の恋人達や若者の情熱を感じることができる、最もノスタルジックなフィーリングのアルバムです。彼の作るコーラスはどれも大好きで、The Beach Boysにインスパイアされた彼ならではのスタイルがユニークです。

3. 角松敏生『SEA IS A LADY』(1987年)
夏をテーマにしたアルバムで親しみを感じます。Ikkubaruが来日するのも毎年必ず夏ですから(笑)。ビーチに吹く暖かな風が思い浮かぶリバーブやシンセサウンド、ギターリフすべてが素晴らしいです!

4. カルロス・トシキ&オメガトライブ『be yourself』(1989年)
杉山清貴よりもカルロス・トシキが好きで、ドラマ『抱きしめたい!』のサントラの「アクアマリンのままでいて」はお気に入りの曲です。彼らが作り出すサウンドやコード進行、それにメロディーが好きで、聴くととてもリラックスできます。

5. 安部恭弘『SLIT』(1984年)
日本のシティポップアーティストの中でも、安部恭弘はインドネシアでそれほど人気がありません。 2017年の8月に3回目の日本ツアーをした時ファンの一人が「SLIT」のヴァイナルをプレゼントしてくれて、心温まる彼の声に夢中になりました。「アイリーン」と「Double Imagination」が特にお気に入りです。

6. 大滝詠一『A LONG VACATION』(1981年)
日本のドラマ『ラブジェネレーション』が1997/1998年にインドネシアのテレビで放映されて、その主題歌「幸せな結末」で初めて彼を知りました。当時僕はまだ10歳で、大滝詠一が誰なのかまではわかりませんでした。『A LONG VACATION』は史上最高のアルバムです。有名なジャケットを手掛けたイラストレーターの永井博は僕達のファーストアルバム『Amusement Park』(2015)とEP『Brighter』(2017)のジャケットも描いてくれています。 彼と一緒に仕事ができて光栄でした。

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Ikkubaru『Chords & Melodies』
ここ日本でも注目を集めた前作から5年のインターバルを経てリリースされた、待望のセカンドアルバム。洗練・流麗のハーモニーと親しみやすく瑞々しいメロディーを基軸として、そのサウンドアプローチはより多彩に。80’sシティポップ直系の楽曲のみならず、トラップ的なリズムを取り入れた楽曲やギターロック曲、チープなシンセとリズムマシンがキャッチーなエレポップ曲にニューウェイヴ調の楽曲など、色とりどりの全11曲を収める。日本盤には、脇田もなりがゲスト参加した楽曲、RYUTistへの提供曲「無重力ファンタジア」のセルフカバーなど、5曲のボーナストラックを追加収録。シティポップからの影響を、彼らならではの感性により独自に昇華・発展させた意欲作に仕上がっている。

Ikkubaru
2011年12月24日インドネシア・バンドゥンにて結成。山下達郎、角松敏生など、主に80年代の日本のシティ・ポップと呼ばれるジャンルに感銘を受け、自分達の解釈でシティ・ポップを表現するために活動を開始。TWEEDEES、脇田もなり、RYUTist、フィロソフィーのダンスなど日本人アーティストへの楽曲提供/リミックスやコラボレーションも精力的に行っている。

Translation Anzu Oneda

author:

藤川貴弘

1980年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業後、出版社やCS放送局、広告制作会社などを経て、2017年に独立。各種コンテンツの企画、編集・執筆、制作などを行う。2020年8月から「TOKION」編集部にコントリビューティング・エディターとして参加。

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