“廃棄ゼロ”を掲げるヨーリー・テンが考える自身のルーツとファッションの未来、そして日本への思い

ヨーリー・テンは、アジア系アメリカ人を代表する女性ファッションデザイナーで、グローバルにファッションの舞台で活躍している。デザインに対するアーティスティックなアプローチは、過去にもニューヨークのメトロポリタン美術館(MoMA)やロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館など、世界中の美術館で展示されたことがあるほど。作品の数学的な構造や“廃棄ゼロ”の考えに基づきながら、流動的な美しさが感じられる。また、11月10日に開催するCFDAファッションアワードの“Board of Director’s Tribute”にも選出された。 最近、私は写真家のトーマス・コンコルディアが制作した映画の中で、ヨーリーの洋服を着て撮影する機会に恵まれた。さまざまな生地に織られた独特の幾何学模様など、デザインの美しさを感じることができた。今回のインタビューでは、彼女のクリエイティヴ・コンセプトやデザインのプロセス、そしてファッション・デザインの未来に対する考えを語ってもらった。

“Mie Iwatsuki wearing YEOHLEE”
Movie Direction Thomas Concordia

物事に対して意識をオープンにすることで得られるインスピレーション

−−現在、多くのデザイナーが利益に重きを置いたアイテムを作っていますが、ヨーリーさんは常に品質やミニマリズム、そして“廃棄ゼロ”を優先したデザインをしてきました。あなたの哲学が時代を先取りしていると考える人や作品をアートとして評価する人もいます。インスピレーション源はどこから得ていますか? また、“廃棄ゼロ”という考えの中でどのような制作をしているのでしょうか?

ヨーリー・テン(以下、ヨーリー):インスピレーション源は、物事に対して意識をオープンにすることで得られます。例えば、光の質であったり、形であったり、音楽であったり、芸術や建築であったり、その他にも人や風、そして人生であったりもします。

“ゼロウェイスト(資源の無駄を無くす)”という私のコンセプトは、小さい島国環境で育った者の概念です。小さな島から来た人は、資源が有限であることを理解しています。自分が持っているものを大切にすること、資源が少なく、時間も足りない中で、私達は物の有り難みを学ぶのです。

−−シーズンレスな洋服のデザインが得意で、性別を問わない志向だとも仰っていました。以前のコレクションでは、マレーシアの伝統衣装で、性別を問わず着用される「サロン」がデザインに取り込まれていました。汎用性や機能性を重視しているのは、自身の文化的な背景が関係しているのでしょうか? バックグラウンドが作品に与える影響があれば教えてください。

ヨーリー:46マイルという島で豊かな子ども時代を過ごしましたので、遊びといえば、島の周りを自転車で走ったり、ペナン・ヒルへのハイキングでした。学校では壁画を描いたり、『真面目が肝心』や『二都物語』、『ウィンダミア卿夫人の扇』など、演劇の衣装をデザインしました。それらの衣装は今でも通っていた学校の時計台に保管されていますが、当時とても刺激を受けましたし、多くを学ぶ機会になりましたね。

−−作品が美術館で展示されることも多いですね。例えばリチャード・セラのような、素材や制作方法が似ているアーティストと並べられることがあります。さらに彫刻や建築も連想させます。建築家・ミース・ファン・デル・ローエの“less is more”の哲学や、モノトーンの中に際立つシンプルさ、自由流れるようなオープンスペース、素材そのものの美しさが感じられます。好きなアーティストや影響を受けたアーティストはいますか?

ヨーリー:はい。最近ニューヨークで開催された展覧会で、インスピレーションを得たリー・ロザーノとデボラ・レミントン、ニキ・ド・サンファル、この3人の展覧会は本当に素晴らしく刺激的でした!

−−好きな日本人のデザイナーやアーティストはいますか? もしくは、デザイナーとして、日本の文化に影響を受けたことはありますか?

ヨーリー:黒澤明監督は、真の映画監督だと思います。1950年の『羅生門』、1954年の『七人の侍』、1957年の『蜘蛛巣城』、1961年の『用心棒』に至るまで、傑作揃いです。私は日本のテキスタイルやアート、建築、映画が大好きですし、精神性で間違いなく結びついています。それから、オノ・ヨーコは、真のアーティストとして尊敬しています。

1972年に建てられた、建築家の黒川紀章による「中銀カプセルタワー」から着想を得て、2016年春夏コレクションではスクエアなアームホールのボックススリーブを作りました。

−−写真家のトーマス・コンコルディアの映像作品で、ヨーリーさんの洋服を、着させてもらいました。撮影はソーホーに新しくオープンしたホテル、「モダンハウス ソーホー」で行われましたが、このホテルの複雑な階段は、まるで迷宮のような効果を生み出しています。選んでくれたそれぞれの服の生地やシルエット、幾何学的なパターンが特徴的で、背景を問わず、すべてが美しく映えるものでした。どのようなプロセスでデザインをしていくのでしょうか? 生地選びからスタートしていると記憶していますが、プロセスについて、もうすこし詳しく聞かせてください。

ヨーリー:まず、私のブランドの服を着たあなたは、とにかくエレガントで堂々としていて、本当に感動しました。あらゆる調和がとれていましたね。

デザインは、何かを感じてインスピレーションを得ること、それから生地を選び色を想像することから始まります。感触、手触り、重み、テキスタイル、織り、編み、模様、いわゆる生地の耳と呼ばれる縁の部分など、すべてが密接に結びついています。

それから音楽も重要です。カール・オルフや、ホワイト・ストライプス、『キル・ビル』第1作のサウンドトラック、ベルベット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ、そしてリスナーからの支援で運営されるラジオ局WFMU、ローリング・ストーンズのドラマーであり大黒柱だったチャーリー・ワッツ……それからプロセスの中には、数学的な計算も魔法のような出来事もあります。

2022年春夏コレクションのテーマは「EXTINCTION(=全滅)」

−−最近では“メイド・トゥ・メジャー”のカスタムデザインがビジネスの中心になっているそうですが、多くの人が、自分のニーズに合ったウェアラブルなアートを持ちたいと考えていると感じます。カスタムデザインは、顧客が生地を選ぶことから始まると聞きましたが、このプロセスについて教えてください。

ヨーリー:カスタムデザインは、顧客とのコラボレーションの質が全てです。私は、顧客ニーズをブラッシュアップさせるプロセスが大好きなんです。これは、ごく個人的な経験で、顧客とクリエイターの両方にとってもやりがいのあることなんです。『スタートレック』のバルカンの精神融合に例えることができると思います。

−−最近のニュースで、アジア系コミュニティに対する暴力や差別を目にします。アジア系アメリカ人デザイナーとして、このような問題についてどのように考えますか? コミュニティに伝えたいことは何でしょうか?

ヨーリー:よくエイブラハム・リンカーンの言葉として引き合いに出されるフレーズですが、”団結すれば立ち、分裂すれば倒れる”ということを伝えたいですね。

−−作品を通して、サステナビリティや環境問題についてメッセージすることが多いと思います。近年のコロナのパンデミックや現在進行形で進む環境問題は、世界的な課題となっていますが、ファッション業界にどのような変化を期待しますか? デザイナーや消費者はどのような責任を負うべきだと考えますか?

ヨーリー:この問題については、逆に私から問いかけさせてください。「あなたは何足のスニーカーを持っていますか?」と。

−−自分の時間のほとんどを仕事に捧げていらっしゃると思いますが、仕事以外に何か趣味はありますか? 休日はどのように過ごしていますか?

ヨーリー:いつでも、どこにいても、大好きな人達と一緒に過ごしていますよ。

−−「ヨーリー」2022年春夏コレクションのテーマを教えてください。それから、どこで発表する予定ですか? また、どのようなアイテムが登場するか、簡単に教えていただけますか?

ヨーリー:2022年春夏コレクションのテーマは「EXTINCTION(=全滅)」です。この記事が出る頃には、すでに発表されていて、ご覧いただけると良いのですが……。

−−「ヨーリー」の次なる展開は何ですか?

ヨーリー:その答えは、「私には、どれほどの時間が残されているか?」という質問の中にあると思います。

ヨーリー・テン
マレーシア出身。アジア系アメリカ人の女性デザイナー。2004年にはスミソニアン博物館のクーパー・ヒューイット国立デザイン賞のファッションデザイン部門賞を受賞。作品は、ニューヨークのMoMAやロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館などで展示されてきた。「ヨーリー」のコレクションは、ニューヨークのガーメントディストリクトでデザイン、開発されていて、現在は、ノマド/フラットアイアン地区にある自身のスタジオを構えている。

Translation Shinichiro Sato(TOKION)

author:

岩月 美江

NY在住のアーティスト・ミューズ、モデル、キュレーター。老舗オークションハウスのクリスティーズやSOHOのアートギャラリーでキャリアを重ね、キュレーションや翻訳などアートにまつわる幅広い活動をこなす。2005年から2010年にかけてNYを代表する巨匠アーティストのアレックス・カッツ氏のモデルとして起用されたことでアーティスト・ミューズとしての活動をスタート、瞬く間にアート界の注目人物となる。2012年に開催された『MIE 35人のポートレート展』では写真家の巨匠、ロバート・フランクを含む、35人のコンテンポラリーアーティストとコラボレート。展覧会の売り上げの一部は東日本大震災のために寄付される。 Instagram:@mieiwatsuki

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