モード界に復帰したアルベール・エルバス 活動休止中に訪れた日本で感じた“伝統と革新の美しい調和”

ファッション業界で大きな影響力を持つアルベール・エルバスが満を持して、新しいブランド「AZファクトリー」を始動した。流行の移り変わりが激しいこの業界で、長くトップに君臨し続ける重要人物だ。アルベールは1961年モロッコ・カサブランカに生まれ、10歳からイスラエル・テルアビブで育った。幼少の頃に父を亡くし、母に育てられた彼は、テルアビブにあるシェンカー・カレッジ・オブ・テキスタイル・テクノロジー&ファッションでファッションを学び、88年に卒業。その後渡米し、アメリカの上流階級御用達のブランド、「ジェフリービーン」で7年間働き、1997年に「ギ ラロッシュ」のプレタポルテ部門のヘッドデザイナーに就任。翌年、イヴ・サンローランからの依頼でプレタポルテ部門「イヴ・サンローラン・リヴ・ゴーシュ・レディース」でデザインを手掛ける。そして2001年から2015年まで「ランバン」のアーティスティック・ディレクターを務め、彼のユニークでモダンなヴィジョンと魅力的なデザインによって老舗メゾンは再び評価を得た。アルベールの「ランバン」退任には多くの女性が反対し、従業員の330人が彼の解雇に抗議する事態となった。退任後は、ハイファッションと距離を置いていたアルベールが、コンパニー フィナンシエール リシュモンと合弁会社を設立し、1月27日にプレタポルテブランド「AZファクトリー」をローンチした。

ブランドが目指しているのは、伝統的なクラフトマンシップに先進的なプログラムやテクノロジーを取り入れ、最高のスタイルとストーリーを生み出していくこと。コレクションは25分間の映像作品で発表。ドレスやプリント柄のパジャマなどを着用した18歳から70歳までのさまざまな体形の20人のモデル達が、ステージ上でダンスを踊り歓喜するシーンが映し出された。サイズスペックがXXSから4XLまで対応可能な伸縮性に優れたニット素材の開発や1人でも着脱が楽なドレスなど、着る人の気持ちに寄り添い、機能性とファッション性の両面からアプローチした。

日本にも多くのファンを持つアルベールは「ランバン」退任後、コンバースの日本限定企画「アヴァン コンバース」のゲストデザイナーとして来日。その際には「長年にわたり良い関係を築いてきた伊藤忠からの声がけに、即答で了承した」と語り、Instagramで日本滞在中の写真を多く投稿していた。今回はそんな親日家のアルベールに、日本への愛と新ブランド「AZ ファクトリー」について聞いた。

伝統と革新が強調し過ぎず共存している日本のカルチャー

――2015年「ランバン」退任から「AZ ファクトリー」をローンチするまでの数年間、どのように過ごしていたのですか?

アルベール・エルバス(以下、アルベール):世界中にいる友人に会いに行くため、とにかく旅行をしていました。目的は友人と直接会うことで、美術館や寺院へ行くような観光ではありません。旅を通して過去に戻り、現在について自問自答していました。友人との会話や1人の時間の中で考え、学び、“次なるファッションとは何か”と“自分を幸せにする方法が何か”を自問自答していました。

――仕事とは距離を置いていた期間に、「コンバース」のコラボレーションを手掛けた理由は?

アルベール:ライセンスを持つ伊藤忠やコンバースジャパンの方々に会い、安心して仕事ができると感じたからです。休暇中の身のため無理をする必要はありませんでしたが、自分の気持ちが乗ったので、やりたいと思えました。これはクリエイションにおいてとても重要なことです。

――これまで何度も来日していますが、日本にどんな印象を持っていますか?

アルベール:数え切れないくらい日本を訪れています! 行くたびに、もっともっと好きになってしまうから不思議ですね。伝統と革新の間にはある種の矛盾がつきものですが、日本はすべてが美しく調和しています。建築、食事、衣服といった生活の一部に、伝統的な美学がそのまま存在し、今日を形作り、明日に受け継がれています。伝統と革新が互いに強調し過ぎず共存していることが、美しいハーモニーを生み出しているのです。

日本の魅力は多くありますが、私が一番好きなのは人々です。日本人は他者を敬い協調することの大切さを知っていながらも、自分の個性を重んじて独自のスタイルを作っているように思います。いつだって、日本に戻って来るのが楽しみで、たくさんの人から刺激をもらいます。

――芸術に精通するアルベールさんが好きな日本人アーティストは?

アルベール:日本の芸術が何であるかを表している、草間彌生さんの作品が好きです。カラフルで幸福、楽観主義、超現実主義。

――「ランバン」退任後、日本を含む多くの国へ訪れ多くの人に会い、何を感じましたか?

アルベール:自分を取り巻く世界がターニングポイントに到達するのを見ました。常にコレクション制作に勤しんでいた日々とは対照的な時間が流れていき、退屈な日もありましたが、“退屈さ”が創造の最良の要素であることにも気付きました。そして、ある雨の日に通りを歩いていると、物事が変わる瞬間に出くわしました。その時に私の顔が濡れていたのは、涙だったのか雨だったのかは未だにわかりません。

ファッション業界に身を置き、何十年にもわたる締め切りを終えた後、私は再び自分自身に会うことができ、より大きなスケールで物事を捉える余裕が生まれました。自分の新しい夢を創造するために解放されたのです。世界中を旅して出会ったのは、事業計画と値札だけを見たいと言う投資家や工場で働くエンジニアなど。その中で私はテクノロジーに魅了され、パロアルト(世界のIT産業の中心を担うシリコンバレーの北部の町)へ行くと、仮想のデジタル世界が伝統と最新技術で相乗効果を生み出す方法についてのヒントを多く与えてくれました。これが次なるファッションであり、自分の心を幸せで満たすことができると感じ、「AZ ファクトリー」を創設しました。

世界中の女性をサポートし魅力的に見せるという挑戦

ーーあなたをファッション業界へと戻らせたきっかけは何でしょうか?

アルベール:私がこの世に生まれたその瞬間から、心の中心にいるのは“女性”です。何十年もウィメンズウェアのデザイナーとして女性を理解しようと努めてきましたし、今も常に学び続けています。業界から距離を置いていた期間は、新鮮かつ気楽な目線で女性のファッションを観察できる貴重な機会でもありました。これまでも、これからも変わらず、世界中の女性をサポートし、魅力的に見せることが私の挑戦であることは変わりません。

――「AZ ファクトリー」について詳しく教えてください。

アルベール:「AZ ファクトリー」はファッションハウスというよりは製作とコミュニケーションの会社。私だけでなく、みんなにとっての新しい会社です。名前の頭文字“A”とアルファベット最後の文字“Z”を組み合わせたネーミングで、ファクトリーまたはラボラトリーとして運営します。ここから生まれるストーリーは一つなのだから“コレクション”という言葉は使わず“プロジェクト”と呼んでいます。

創作するのは伝統と最新技術の共存による、美しさと快適性を持つ衣服。女性を抱きしめるようなシンプルなドレスを作ることを夢見て、新しいテクニックを用いた黒いドレスを製作するところからスタートしました。女性が必要とする時に、いつでも寄り添い味方になってくれるようなドレスです。すべての女性のために最高のファッションで解決策を提案していきます。

――単なるファッションハウスではないという「AZ ファクトリー」は、プロジェクトを通して世界に何を届けたいと考えていますか?

アルベール:人々に夢を与え、ファッションの基本に立ち返るための機会。まずはオートクチュールの本質に戻りましょう。各個人の体のために注意深く作られるオートクチュールとは実験であり、経験の積み重ねです。何度もテストし、後に大衆向けに翻訳されて新しいアイデアと技術を生み出す“場所”ですね。

アルベール・エルバス
1961年モロッコ・カサブランカ生まれのファッションデザイナー。2001〜2015年まで「ランバン」のアーティスティック・ディレクターを務め、フランスの老舗メゾンを見事に復活させた。惜しまれつつ同メゾンを退任後、5年間の活動休止期間を経て2021年に「AZ ファクトリー」をローンチ。伝統的なクラフトマンシップと先進的なテクノロジーを取り入れ、衣服を通じて女性をサポートする新たなプロジェクトを始動させた。

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author:

井上エリ

1989年大阪府出身、パリ在住ジャーナリスト。12歳の時に母親と行ったヨーロッパ旅行で海外生活に憧れを抱き、武庫川女子大学卒業後に渡米。ニューヨークでファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。ファッションに携わるほどにヨーロッパの服飾文化や歴史に強く惹かれ、2016年から拠点をパリに移す。現在は各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビューの他、ライフスタイルやカルチャー、政治に関する執筆を手掛ける。

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