錬金術師「トモ コイズミ」デザイナーの小泉智貴が仕掛けるファンタジーの世界

 彗星のごとく現れた「トモ コイズミ」のデザイナー小泉智貴を錬金術師と呼びたい。デザイナーでもクチュリエでもなく、錬金術師である。100%ポリエステルオーガンジーの安価な生地は、彼の手によってファンタジーの世界へと招き入れる芸術的なドレスに生まれ変わる。見た目が美しいだけでなく、見る人の心の奥底にあるファンタジーを信じる無垢な気持ちさえも呼び起こすドレス。その技は魔術のようでもあるが、魔術師でなく錬金術師であるゆえんは、彼が知恵、労力、技術の蓄積を通じて得た技を使用しているからだ。ドレスは彼の人生のさまざまな経験を通して得た職人技と創造を物語っている。

 彼が注目を集めるきっかけとなったのは、2019-20年秋冬ニューヨーク・ファッションウィークで行われたショーだ。国内外でほぼ無名の日本人デザイナーは、「マーク ジェイコブス」の旗艦店内でフリルをふんだんに使ったボリュームのあるドラマチックなドレスを披露した。雑誌『LOVE』の創刊者でトップスタイリストのケイティ・グランドが演出とスタイリングを手掛け、ヘアにはグイド・パロー、メイクにはパット・マックグラスと一流どころが名を連ね、ベラ・ハディッド、エミリー・ラタコフスキー、ジョアン・スモールズなど豪華なモデルがランウェイを飾った。

 「ニューヨークで作品が人目に触れるだけでラッキー。ショーが終わったらニューヨークをのんびり観光でもしようと思って渡航した」と小泉は笑いながら当時を振り返る。同シーズンのニューヨーク・ファッションウィークの話題を総なめにした彼は、ショー後にバイヤーやプレス、セレブリティからの想像をはるかに超えるリクエストに対応したため観光などできる時間は到底なくなった。「ニューヨークでショーを行えるなんて夢にも思ってなかった。2018年に『VOGUE Italia』のサラ・マイノが東京ファッションウィークに参加した際、プレゼンテーションを見せる機会があり、彼女やアシスタントがインスタグラムで僕の作品を投稿してくれた。それを見たデザイナーのジャイルズ・ディーコンや女優のグェンドリン・クリスティーが自分のインスタをフォローしてくれて、彼らがケイティに僕の作った服を見せたようです。ケイティが編集長を務める『LOVE』からサンプルの貸出し依頼があり掲載された。2019年1月、東京でのグループ展の様子をインスタで紹介をしたところ、またジャイルズがリポストしてくれたんです。すると、ケイティから連絡が来て、15分くらいチャットをした結果、『ショーをしよう』ということになりました」。

 約3週間後に行われるショーに向けて新作の制作に取り掛かった。「詳細は何もわからなかったが、多忙なケイティに連絡をするのは迷惑だと思い、ほとんど質問しなかった。僕はただ、無我夢中で新作の制作に打ち込み一気に完成させた。ショーが終わってからの業界人からのリアクションには驚きました」。ドーバー・ストリート・マーケットやネッタ・ポルテなど多くのバイヤーから問い合わせがあったが、当時は作品に値段もつけていなかったほど、彼はただクリエーションに注力していたようだ。海外の雑誌に掲載される機会も初めてだったことから、リース依頼の対応にも当初は戸惑ったが、セールスからプレスまですべて自分1人で行った。その年にはMET GALAに参加し、メトロポリタン美術館の展覧会でも展示された。

 世界中の多くの人々の目を引き、ファンタジーな世界観を確立させた彼のクリエーションのルーツは日本の伝統衣装にあると語る。「存在感として目指しているのは、大仏です。巨大で威圧感があるが、安心感を与えるような。衣装の仕事をしていく中で、十二単や巫女装束、喪服といった日本の伝統衣装の研究もしました。これは後々気付いたことですが、親戚が葬儀関係の事業を営んでいて花輪(葬式の供花)に触れる機会も多く、自分のクリエーションと花輪には、巨大で色彩豊かで圧倒感があるという点が共通しており、幼少期の思い出が影響しているのかなとも思います」。ファッションとは無関係の家庭環境で育った彼が、この世界に入るきっかけとなったのは、14歳の時に雑誌で見たジョン・ガリアーノのオートクチュールの作品だったという。「ドレスの写真を見た時の衝撃は今でも覚えています。それまで特段ファッションに興味があったほうではないし、特に女性のドレスに関心はなかった。けれどガリアーノの作品は、ファッションやアートの表現を超越した圧倒的な美しさを宿していて、心に深く刺さった。ファッションの世界を目指したいと思ったあの頃の純粋な感動を今も胸に持ち続けています」。

 その年のクリスマスプレゼントとしてミシンを買っててもらい、古着を解体して独学で服作りに熱中する日々が始まった。千葉大学では美術教育を専攻し、スタイリストアシスタントの経験を積みながら当時はエディターかスタイリストを目指していた。転機となったのは大学卒業間近の23歳の頃。「僕が制作したドレスを着用してクラブに行った友人が、スナップ撮影されて雑誌に掲載された。それを見た東京のエッジィなショップのオーナーから取り扱いたいと連絡が入り、初めて販売用としてドレスを数着制作しました。当時面識がなかったYOONさんが購入してくれたみたいで、最近になってお会いして『今でもドレスを持っている』と話してくれた時はとても嬉しかったです」。その後ショップを訪れたスタイリストから連絡があり衣装提供の依頼が入るようになり、ブランド「トモ コイズミ」がスタート。「リーマンショック直後で、どの道を選んでもリスキーな時代。それならやりたいことをやったほうが後悔がないと思い、衣装デザイナーの道を進む決心がついた」。

 その頃制作していた作品はカラフルでボディコンシャスなドレスという今とは毛色の異なるクリエーションだった。現在のアイコニックなフリルドレスの誕生は、自身でも意外だったようだ。「今から3年くらい前、非常に予算の限られた衣装制作の依頼があり、安価な生地を探すために問屋をいくつも回っている時に、現在使用しているポリエステルオーガンジーに出会った。170色展開と色彩豊富なこと、丈夫で洗えて扱いやすいのが気に入って、これを使ってドレス制作に取り組むことに。デッドストックだったため長さや形もバラバラで、トライアンドエラーを繰り返しながら工夫しなければならなかった。そういったあらゆる制限の下生まれたドレスです」。今では業者から新品の生地を買い取っているが、10月以降は見た目や肌触りが全く同じペットボトルリサイクル100%のマテリアルの使用に切り替える。一着のドレスに使用する生地は5〜100メートルに及ぶものもある。着用者の人物像から大まかなデザインを起こし、布でシルエットを作りながらドレスを形成していく。オーガンジーの端は切りっぱなしにしてわざとほつれさせることで、羽根のような素材感と、脆さを演出するこだわりがある。「舞台上で女性が美しく見えるように、ボリューム感でメリハリをつけるグラフィカルな視覚効果を大切にしています。美術を勉強したことで養われた色彩感覚を武器に、調和が取れたハーモニーを生み出すドレスを作りたいと常に思っています」。現在、世界中の多くの雑誌のエディトリアルに掲載される他、コラボレーションにも積極的に取り組む小泉。イタリアの老舗メゾン「エミリオ・プッチ」は2021年春夏コレクションのゲストデザイナーとして小泉を招へいした。メゾンの歴史やDNAを再解釈し、同ブランドの代名詞であるプリントをフリルで表現したことで、両者の魅力が折衷したファンタジックなドレス11型が生まれた。

 自身のブランドでプレタポルテを始める可能性について問うと「消費される衣服を作りたいわけではない」と言い切る。「クリエイティビティとビジネスは分けています。性格的に、なんでも器用にやれないため、ビジネスや数字にとらわれるといった、クリエーションに余計なことは考えたくないから。ただただクリエイティビティを追求することに専念したい。もちろん、世の中にイメージを届けたいとは思っており、今後はコラボレーションなどで多くの人が僕の作品に触れられる機会が増えることを願っています。億万長者や名声を手に入れるよりも、非日常的なファンタジーな世界観を多くの人と共有することを目的にしていきたい」と展望について語る。人並み外れた感性と、クリエーションへの真摯な取り組みをする彼が楽しみでならない。「プレタポルテが主流の時代ではあるが、社会に迎合するつもりはない。わざわざ自分を型にはめる必要なんてないでしょ?」。

Photography Tim Walker

小泉智貴
幼少期より母親の影響でファッションに興味を持つ。 中学時代、ふと手にしたジョン・ガリアーノのコレクション本に衝撃を受け、デザイナーを志すようになる。 2011年、大学時代に製作した洋服がセレクトショップオーナーの目にとまったことをきっかけに、自身のブランドを立ち上げる。 その後、スタイリストやコスチュームアーティストのアシスタントを経て、コスチュームデザイナーとしての活躍を広げていく。 2019年2月には、世界的に有名なスタイリストのケイティ・グランド、デザイナーのマークジェイコブス、KCD Public Relations, Inc.がサポートの元、初となるファッションショーをニューヨークで開催。 彼が手にかけるコレクションや衣装は、鮮やかな色遣い、大胆なシルエットが特徴的。 国内外問わず、女優やアーティストからの支持も厚く、カスタムメイドのコスチュームも多く手掛けている。

author:

井上エリ

1989年大阪府出身、パリ在住ジャーナリスト。12歳の時に母親と行ったヨーロッパ旅行で海外生活に憧れを抱き、武庫川女子大学卒業後に渡米。ニューヨークでファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。ファッションに携わるほどにヨーロッパの服飾文化や歴史に強く惹かれ、2016年から拠点をパリに移す。現在は各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビューの他、ライフスタイルやカルチャー、政治に関する執筆を手掛ける。

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