はっぴいえんど、イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)などの伝説的バンドで活動し、1980年代には松田聖子や中森明菜などへ楽曲を提供。フォーク、ロック、ポップス、テクノ、アンビエント、ワールドミュージック、エレクトロニカ、さらにカンヌ国際映画祭パルムドール受賞作『万引き家族』(2018)のサウンドトラックなど、さまざまな音楽を自由かつ縦横無尽に横断してきた細野晴臣。
幼少時代からアメリカの文化や音楽に触れてきた細野自身は、日本人でも楽しめる洋楽的要素を持ち合わせた邦楽を広めたパイオニア。2019年には音楽活動50 年を迎え、憧れの地であり音楽キャリアのルーツともいえるアメリカ・ニューヨークとロサンゼルスで、初のソロライヴを実現させた。
まさに細野晴臣の音楽ライフにおける1つの集大成となったこのアメリカ公演が、映画『SAYONARA AMERICA』となって公開。アメリカでも絶大な支持を得ていることがうかがえる現地での熱気はもちろん、その一方でコロナにより変わってしまった日常や、音楽の在り方について今一度向き合う機会となる重要作だ。
長年にわたり細野晴臣のすぐ横でその姿を追い続けた監督、佐渡岳利(さどたけとし)に、本作の真意を語ってもらった。
YMOは「聴く」音楽があるんだということに気付かせてくれた
ーー佐渡監督は、小学生の頃にテレビでイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)を観てファンになったそうですね。
佐渡岳利(以下、佐渡):僕が子どもの頃は、歌謡番組に出ていた沢田研二さんやピンク・レディーなどが大人気でした。でも、YMOを初めて観た時に、どこかハイブロウな香りがして、他とは何かが違うなと感じたんです。それまでは音楽は「観る」ものという感覚で楽しんでいましたが、YMOは「聴く」音楽があるんだということに気付かせてくれたという感じですね。
ーーNHKに入局され、さまざまな音楽番組に携わってきたと思いますが、細野さんと初めてお仕事されたのはいつでしょうか?
佐渡:本格的には、2001年に放送された『細野晴臣 イエローマジックショー』(NHK BSで放送された音楽バラエティ)です。当時の細野さんは、ひょうひょうとされていて、笑いに対してこだわりを持たれている方という印象でした。それは、今現在も変わっていませんね(笑)。
ーー20年以上のお付き合いになるわけですが、お互いの相性が良かったのでしょうか?
佐渡:確かに他にもいろいろなミュージシャンとお仕事させていただいていますが、幸いなことに、細野さんにはたびたび声を掛けていただいて。何が良かったのか、自分でもわからないんですが(笑)。きっと、細野さんへの心からのリスペクトが薄々ながら伝わっているのかもしれませんね。
もしコロナがなければもっと音楽に寄った内容になっていたかも
ーー本作『SAYONARA AMERICA』は、アメリカでのライヴを中心に構成されていますが、そもそも細野さんの半生を描いた映画『NO SMOKING』(2019)公開時に、すでに構想はあったそうですね。
佐渡:はい。『NO SMOKING』は、細野さんの生い立ちから現在(映画公開2019年)までを描いた作品だったので、ライヴ自体の映像をあまり入れられなくて。とはいえ、ライヴの内容が良かったので映像作品にしたいよね、というお話は当時からありました。その後、機運が高まり映画として結実したという感じです。
ーーただ、新型コロナウイルスの影響により当初の予定通りにはいかなくなった部分もたくさんあったと思うのですが。
佐渡:いろいろなことが止まってしまいましたよね。2019年にアメリカ公演をし、2020年も細野さんは各国でライヴする予定でしたがなくなってしまったり。細野さんも巣ごもりしていたようで、僕もお会いできていませんでした。
ーー本編でも、細野さんが「アメリカのライヴは約2年前だけど、コロナの影響で10年くらいたっている感覚がある」なんて仰っていましたが。
佐渡:僕も同じような気持ちでした。実際は、そんなに昔のできごとではないのでコロナがなく普通に活動していたら、そうは思わなかったでしょうけど。
ーー止まった時間によって、映画の内容にも変化はありましたか?
佐渡:もしコロナがなければもっと音楽に寄った内容になっていたかもしれません。ただ、コロナがあったことで、本作冒頭の細野さんが屋上でギターを持ってお話しされるシーンが生まれたのは間違いないです。
ーーその屋上のシーンでは、細野さんがコロナ禍で見て感じた心境や情景、音楽に対する想いなどを含むメッセージが、とても自然な形で語られています。どのように生まれたのでしょう?
佐渡:コロナによって当初の構想とは違ってきたので、改めて新規のシーンを入れましょう、となって。そこで、細野さんから「僕自身が話すから」と、ご自分で撮影して送ってくださったんです。
ーー屋上のシーンの動画が手元に届いて視聴されたと思いますが、最初の感想はいかがでしたか?
佐渡:『SAYONARA AMERICA』というタイトルが決まり、さらにあの屋上のシーンが冒頭に加わることで、この作品がどういう作品なのか……、ということを観客に理解してもらえると思いました。
ただ単にアメリカ公演のライヴ映像を発表するのではなく、この映画ってこうなんだよ、こういう気持ちで観てね、という作品の指針にもなる本当に意義があるシーンだなと。
海外の音楽関係者でも「Haruomi Hosono」という名前は常に挙がる
ーーその後に続くアメリカ公演の映像は、ライヴが自粛されている今の状況もあってか、現場の臨場感がものすごく伝わってきます。細野さんはアメリカに対して特別な想いがあり、公演の前は少し緊張し、半信半疑だったと語られていました。その様子を近くで見られていていかがでしたか?
佐渡:明確に緊張する、と仰る方ではないので、僕らが見る限りではいつもとあまり変わらずひょうひょうとされていましたね。今思えば、いろいろな想いがあったのかなとは感じます。
ーーイギリスや台湾など別の国での公演も同行されていると思いますが、アメリカとそれ以外の国との違いはありましたか?
佐渡:アメリカのお客さんは、音楽の聴き方が一番成熟しているように思いました。現地のファンの方々へのインタビュー映像も入っていますが、細野さんの音楽の捉え方が真を捉えているんですよ。
ーー細野さんの音楽が、それほどまでにアメリカに受け入れられている理由はなんだと思いますか?
佐渡:僕自身も海外の音楽関係者と何度か仕事をしてきましたが、やっぱり「Haruomi Hosono」という名前は常に挙がるんです。もちろん、YMOでの功績が大きいとは思いますが、昔からの音楽ファンはそのすごさをしっかり認識していますね。
一方、若い世代のファンも多いのですが、そういう方々はテクノミュージシャンという通り一遍の認識ではなく。今の時代の音楽は、良い意味でなんでもありで、特に若い人達はフラットに音楽そのものを楽しんでいると思うんです。
そういった中で、YouTubeなどでいろいろな音楽を掘っていくうちに、細野さんの音楽にたどり着く。それが純粋に良い音楽だったから素直に受け入れられた……と思っています。
ーーアメリカ人のファンの方が「Hosonoの音楽には、古き良きアメリカの音楽を感じる」と仰っているのに驚きました。
佐渡:細野さんが演奏しているアメリカの古い音楽の要素は、ご自身が子どもの頃から愛してきたエッセンス、つまりアメリカ音楽の一番おいしいところが抽出されてできあがっていると思います。だからこそ、アメリカのファンもそんなリアクションになったのでは?
ーーはっぴいえんど時代は、アメリカの空気感と日本の原風景という両要素が交わりあっていたように思うのですが。
佐渡:個人的な意見ですが、はっぴいえんどに感じる日本的な雰囲気は、おそらく松本隆さんの歌詞がそうさせているのかなと。他のメンバーの方はサウンド面に興味があり、バッファロー・スプリングフィールドなどのエッセンスを詰め込んでいたということだったので、そのあたりでアメリカ的な空気も感じることができたのではないでしょうか。
大きなアイデアを細野さんが考え、それをもとに僕が創る
ーー劇中では、細野さんの子どもの頃の音楽的情景をほうふつさせるような、マッカーサー、ボギー・カーマイケルの『香港ブルース』、SF映画『ボディ・スナッチャー / 恐怖の街』など、昔のアメリカの映像が効果的に差し込まれています。このアイデアはどうやって生まれたのですか?
佐渡:映画のタイトルを『SAYONARA AMERICA』と付けていただいたことで、僕自身もそれが作品作りの大きな指針になったんです。なので、細野さんの大好きな素晴らしいアメリカ文化をちりばめたほうが納得感があるだろうなと。ご本人と相談しながら決めました。
ーー細野さんも本作の制作に関わっていますが、お互いどのような役割分担だったのでしょうか?
佐渡:大きなアイデアを細野さんが考え、それをもとに僕が創るという感じでしょうか。「こんな感じで良いですか?」「うん、良いじゃない」みたいな(笑)。
ーー信頼関係ができあがっていますね!
佐渡:劇映画ではないので、ご本人が考えていることからズレたら意味がないと思うんです。ご本人の魅力や思想がきちんと乗っている必要があるので、細野さんの意図をくみ取り、それが根幹になければいけないですから。
ーー佐渡監督はさまざまな作品を手掛けてきましたが、他のドキュメンタリー作品でも同じようなポリシーやスタンスで創られているのでしょうか?
佐渡:そうですね。やはり、うそをついてはいけないと思います。うそといっても、ご本人の考えや意思に沿っていれば、極端な話、再現映像でも良いと思うんです。でも、よく見えるように改ざんしたり、裏側で本当はこうなんだよね、といううそは良くないと思っています。
ーーそのようなスタイルなったのは、何かきっかけがあったのですか?
佐渡:自分が若い頃の話なのですが、NHKの職員なのでレコード会社の方など、みなさん丁寧に接してくださる。でも、立場が一個人だったらそうはならなかったと思うんです。つまり、自分の実力じゃなく、会社の実力で接してもらえている、と。それが最初は嫌だったのですが、そのうちにNHKのメディアを通じて才能ある方々の魅力の真実を発信していくことは、非常に意義深いことなのではないかと気付きまして。だからこそ、魅力を「正しく」伝えることが大切だと思ったんです。
ーー例えば、パフュームの映画も監督されていますが、彼女達とのお仕事も同じスタンスですか?
佐渡:同じですね。パフュームの3人は自分達が向上するために想像を絶する努力をしていますよね。より高みを目指しているので、やっぱり応援したくなるし、その姿をうそなく伝えたくなります。
細野さんはもともと強烈な才能がある方なので、僕があえてどうこうする必要はないんですが(笑)。
ーーとはいえ、現場に行ってそのままの状況を撮影すればいいわけじゃないですよね?
佐渡:確かにそうなので、どうやって撮影しているのか説明するのは難しくて。まあ、普通といえば普通なんですが、なんとなくその時の肌合い、ご本人が何を大事にしているのか、作品だけじゃなく普段の言動やしぐさなど、それらいろいろなものをキャッチしながらやっているのかなと。しかも、対象者によって違ったりもして。例えば、教授(坂本龍一)を撮影する時は、また違うアプローチだったりもしますし(笑)。
“興味があることを興味のままにやる”のが細野さん
ーー話を本作に戻しますが、『SAYONARA AMERICA』は細野さんが抱いてきたアメリカへの想いが伝わってきます。アメリカでのソロライヴは、その集大成のようにも思えたのですが。
佐渡:そうですね。今まで自分がやってきた音楽は間違いじゃなかった、ということも感じられたのではないでしょうか。そういう意味では、1つの区切りはついているのかもしれません。しかも、コロナがあって活動できない時間が生まれたことで、それがよりはっきりしたように思います。なので、このタイトルになったのではないかと。
ーー今後は、また別の方向へ向かわれるのでしょうか? 映画の中でも「音楽をやめるのをやめた」と仰っていましたので、何か違うことを考えていらっしゃるのかなと。
佐渡:細野さんのその発言も、どれくらい本気で言っているのかわからないですけどね(笑)。
ーーなるほど(笑)。長年のお付き合いがある佐渡監督だからわかるんですね。
佐渡:ただ、基本的には“興味があることを興味のままにやる”のが細野さんなんです。なので、新しい音を見つけたらそれをやるでしょうし、音楽以外のことで興味が湧いたものが出てきたらそれかもしれない。いずれにせよ、何かなさると思いますよ。
ーー佐渡監督も、長年にわたって音楽に携わってきたと思います。コロナによって、特にライヴなどフィジカルなコンテンツは影響が大きかったですよね。今後の状況をどのように見ていますか?
佐渡:正直、配信ライヴの限界は感じますね。僕もいろいろな配信を観るのですが、途中でトイレに行ったり、スマホを見たり、違うことをやり始めちゃうんですよ(笑)。そう考えると、やっぱりライヴハウスやコンサートホールといった空間の中で楽しむ価値って大きかったと思うんです。音の響きを身体で感じたり、実は一定の場所や時間に縛られた環境も大事だということを再認識したり。
ーーあの場にしかない緊張感がありますよね。
佐渡:コンサートって100%自分の好きな曲ばかりってことはありえないですし、おおむね後半に向けて山場がくるので、そこまで我慢することもカタルシスにつながっていたり(笑)。いろいろな要素があって成立していたんだなと。
ーー今後どうなっていくか、まだまだ想像できない部分も多いですね。
佐渡:ライヴ体験の価値は普遍なのですが、以前のようにライヴが盛り上がっても、制限が掛かってしまう可能性もありますからね。
ただ、音楽の受け取り方や聴き方は変化し続けていくでしょうね。YouTubeなど限りなくお金が掛からないコンテンツになっているので、それが逆にチャンスでもあって。極端に言えば、今まではアメリカとイギリスの音楽だけが世界規模に広がっていましたよね。でも、他の国だって同じように世界規模の人気を得てもいい。音楽の聴き方や広がり方の変化に伴い、ライヴなどの共通体験がどうなっていくか注目したいですね。
ーー今回のように、映画館でライヴを観るのは良いですよね。
佐渡:確かに可能性はあるなと感じました。本作のアメリカ公演も、実際に現地に行くのは難しかったと思うので、大画面、大音量の映画館で擬似体験していただけるのかなとは思っています。
ーー貴重なお話、ありがとうございました。改めて、今作『SAYONARA AMERICA』への想いをお聞かせください。
佐渡:まず、音楽そのものを自由に楽しんでもらいたい、ということを伝えたいですね。その根幹のメッセージと同時に、コロナ禍においてこれから自分はどうエンターテインメントを享受していくのか?今後私達はどう生きていけばいいのか? そういうことを考えるきっかけにもなるんじゃないかなと思っています。 もちろん明確な答えはありませんが、細野さんのスタンスでもある、興味があることを思いのままにやる、ということもひとつの形です。じゃあ、みなさんはどうしていきますか? と。それを感じとっていただいきたいですね。