みんなの今年のベストアルバム・EPは? 「TOKION」執筆陣・ゆかりのクリエイターが選ぶ「2021年発表の私的ベストミュージック」 

新型コロナウイルス感染症が完全収束に至ることのないまま、2021年が終わろうとしている。前年から続き、私たちが生きる社会はその在りようを変化させることを余儀なくされ、そこには少なくない傷や痛み、喪失が随伴した。音楽シーンにおいても例外ではなく、各地の音楽文化を育んできたライブハウス・クラブのクローズや、新しい音楽との出会いや交歓の場としても当該産業・コミュニティを支え盛り上げてきたフェス・イベントの中止・延期など、哀惜の念をもって思い返さざるを得ない出来事があった。しかし、それでも音楽が鳴り止むことは無く、この一年も、たくさんの素晴らしい音楽が紡ぎあげられ、無数のスピーカーやヘッドホンから流れ出し、その場の空気を、私たちの心を、ふるわせた。

そんな2021年に生まれた数多の作品群から、「TOKION」執筆陣・ゆかりのクリエイターの方々に、ベストアルバム・EPを選出してもらった。ジャンルもさまざまなそのサウンドに、その詞に、深く耳を傾けてみれば、2021年という時の音が聴こえてくるはずだ。それは、来たる2022年の行く末を指し示す導きの音としても、鳴り響くことになるだろう。

花冷え。『乙女改革』
選者:阿刀“DA”大志

花冷え。『乙女改革』収録曲 「我甘党」

2021年は完全に“花冷え。”の年だった。花冷え。は、東京出身の4人組女性ラウドロックバンド……と公式では謳われているものの、彼女達の音楽はそこにまったく留まっていない。40代以上ならSuper Junky Monkeyやヌンチャクの姿が透けて見え、それ以下の世代はマキシマム ザ ホルモンとの共通点を見出すのではないだろうか。実際、花冷え。はホルモンから強い影響を受け、女子校の軽音楽部で結成されたバンドである。

花冷え。の何が特徴的かというと、前述したように、型にはまらないサウンドがまず挙げられる。ホルモンやメタルコアをベースにし、かなり自由な発想でサウンドを構築しているのだ。それもそのはず、結成した頃から彼女たちは『誰もやっていないようなことをやりたい』という信念の下に活動しており、そういった意味で花冷え。はホルモンのサウンド以上に彼らの精神性から大きな影響を受けていると言えるかもしれない。

そして、いかつい音やボーカルのユキナによる強烈なシャウトとは不釣り合いなビジュアルのよさも注目を集めている。最初、自分は彼女たちのアー写を先に見てから曲を聴いたのだが、音を聴くまではアイドルだと思いこんでいたぐらいだ。

現在、一番再生回数が多いMVは『我甘党』で約20万回。まだまだこれからという数字だが、その割に海外YouTuberを中心とするリアクション動画の数がめちゃくちゃ多い。先日YouTubeで配信されたオンラインライヴでは英語圏と思われるアカウントから400ドル(約45,000円)ものスパチャが飛ぶなど、国内よりも海外での熱がすさまじいことになっている。

先日、何らかのレコーディングが終わったという報告がインスタグラムであったばかり。2022年の動きにも期待ができそうだ。

阿刀“DA”大志

阿刀“DA”大志
1975年東京都生まれ。米テネシー州で4年半の大学生活を送っていた頃、北米ツアーにやってきたHi-STANDARDのメンバーと出会ったことが縁で、1999年にPIZZA OF DEATH RECORDSに入社。現在はフリーランスとして、BRAHMAN、OAU(OVERGROUND ACOUSTIC UNDERGROUND)、the LOW-ATUSのPRや、音楽ライターとして活動中。 2月2日には、OAUの最新作『New Spring Harvest』がリリースされます。
Twitter:@DA_chang

Kabanagu『泳ぐ真似』
選者:imdkm

例えば「3作選んで」と言われたらひどく悩んだだろうが、ただ1つだけ挙げろというのなら悩む必要はほとんどなかった。歪み、ばらばらになる寸前のように響きながら、あっという間に通り過ぎてしまう7曲。エレクトロニック・ミュージックを軸にロックの意匠を折衷したサウンドの語彙やスタイルは、ここ数年大きなムーブメントとなっているhyperpopとの共振も感じさせる。キャッチーなメロディが惜しげもなくカオスの中へと放り込まれていくのに圧倒されつつ、ディストピア的な(あるいは荒涼としたポストアポカリプティックな)情景と乾いた内省を湛えた言葉の断片に耳を傾ける。言葉もサウンドも最も詩的な「グラニュー」、カタルシスの寸前に至りながらぎりぎりで抑制するかのような「冥界」、アルバムごと消尽するかのようにたたみかけるラストの「いいだけ」。どこをとっても鋭く輝いている。

imdkm(イミヂクモ)

imdkm(イミヂクモ)
ライター、批評家。ティーンエイジャーのころからビートメイクやDIYな映像制作に親しみ、Maltine Recordsなどゼロ年代のネットレーベルカルチャーにいっちょかみする。ダンスミュージックを愛好し制作もする立場から、現代のポップミュージックについて考察する。単著に『リズムから考えるJ-POP史』(blueprint、2019年)。
https://imdkm.com
Twitter: @imdkmdotcom

宇多田ヒカル『One Last Kiss』
選者:絶対に終電を逃さない女

宇多田ヒカル『One Last Kiss』

『エヴァンゲリオン』シリーズがついに完結した2021年、私はようやくエヴァを観始めた。しかも『シン・エヴァンゲリオン劇場版』が公開された半年後から。宇多田ヒカルによる主題歌はどれもリリース当時より愛聴してきたが、エヴァの作品世界と重ねて聴くことによって、やはりそれまでとは異なる情景が浮かんできた。漠然と思春期の少年をイメージしていただけだった「Beautiful World」が、テレビ版から『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』まではシンジに重なり、シン・エヴァを観た後では、ユイとの再会というたった1つの切実な願いを叶えるためにゲンドウが思い描いた「美しい世界」のことなのではないかと思えるし、「桜流し」はミサトの歌のようにも聴こえる。『破』のラストシーンから「Beautiful World -PLANiTb Acoustica Mix-」のイントロへの自然かつ印象的な入り方は、作品全体を一気にまとめ上げる力を感じた。もっと早く観ればよかったと後悔してもいるが、観る前と観た後で、EP『One Last Kiss』を2度楽しめたという点では貴重な体験だったのかもしれない。

絶対に終電を逃さない女

絶対に終電を逃さない女
1995年生まれ。早稲田大学文学部在学中からライターとしての活動を開始し、卒業後はフリーで主にエッセイやコラムを執筆している。『GINZA』(マガジンハウス)Web版にて、東京の街で感じたことを綴るエッセイ『シティガール未満』連載中。今年挑戦したいことは、作詞、雑誌連載、ドラマなどの脚本、良い睡眠。
Twitter:@YPFiGtH
note:@syudengirl

DADA『Yours』
選者:つやちゃん

DADA『Yours』収録曲 「High School Dropout」

今年国内において最もブレイクしたラッパーであろうDADAは、ソロ1stアルバムである『Yours』で、KOHHが泳ぎ進んできたヒップホップの海、その水面を、滴る液体で再びゆらゆらと揺らしてみせた。

偉大な先人によって確立された飾らないリリック、不安定な軌道を描くフロウ、エモラップ特有の陰鬱さは、DADAによって正しく継承され、一段と低いその声とともに底なしの海へ下降していく。2019年、KOHHが「ひとつ」で「泣いている地球/俺らはその一部/みんなでひとつ/喜びの水」とライムした“水”は、「俺は雨を感じれる側の人間だ」(「Void」)とホラー・タッチなラップで伝えられ、「2人で浴びるシャワー/ビショビショになった俺の指とベッド」(「DOWN」)と火照った肌や湿った声とともに描写された。

バイラルヒットにつながった「High School Dropout」もまた、「俺の首に垂らしてくれwater」という、液体を描写するパンチラインから始まる。首から下降し垂れるそのwaterは、透き通り滴るジュエリーのような煌めきを放ちながら、続いて「弟2人にミルクあげた」という素朴でまっすぐなリリックによってある日のDADAの幼き日常の記憶をも蘇らせる。

液体――しとしとと滴る体液、じめっとした水気――に、私たちの生きる営みそのものが宿っていることを、若きラッパーは教えてくれる。

つやちゃん

つやちゃん
文筆家。様々なカルチャーにまつわる論考を執筆。22年1月、単著『わたしはラップをやることに決めた フィメールラッパー批評原論』を上梓。
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Helm『Axis』
選者:伏見瞬

Helm『Axis』

当然ながら、僕たちの住む場所は地獄だ。コロナがあってもなくても地獄だ。古今も東西も問わず、大量の録音作品をスマートフォンのささいな操作だけで聴ける現状も地獄だ。昔に戻りたいという話ではもちろんない。僕たちはずっと、自らが暮らしている場所が以前から地獄であることを認識せずに生活してきたに過ぎない。相反するはずの飽和と貧困が重なり、寒く狭い部屋に閉じ込められたまま満たされていく地獄。生理を無視されたまま生かされる地獄。今僕は、地獄を生きることの歓びがどこにあるのか、考え続けながら動いている。

Helmの録音物は、常に先の地獄を知っている。それは、すでにそこにあったから。2015年のアルバムが”Olympic Mess”と名付けられたのは、2021年の予言でもなんでもない。僕たちは当時から「オリンピックの最低さ」を生きていた。ひしめき重なる電子ノイズが、理不尽な地獄を生きていた。

“Axis”と名付けられたHelmの新音源は、泥で泥を洗う僕たちの毎日から蠢き顔を出す。ロンドンで(パートタイムジョブを週4でこなしながら)15年のキャリアを重ねたHelmのサウンドは、ドラムンベースやアフロビーツのような新しい流れを無視しているが、Helmの音には未来と今が映っている。別に、このインダストリアルな電子音楽が普遍的だとは言わない。しかし、僕たちの地獄が続く限り、Helmの音は僕たちの“普遍”だ。表題曲”Axis”の、象の叫び声のようなループに、機械的軋みがいくつも衝突しては消えていく美しさ。そこに希望などない。そんなものは最初から要らない。地獄がもたらす歓び、それだけを僕たちは掴んでいる。お前には、絶対に渡さない。

伏見瞬

伏見瞬
東京生まれ。批評家/ライター。音楽をはじめ、表現文化全般に関する執筆を行いながら、旅行誌を擬態する批評誌『LOCUST』の編集長を務める。11月に『LOCUST』最新号vol.4が発売予定。主な執筆記事に「スピッツはなぜ「誰からも愛される」のか 〜「分裂」と「絶望」の表現者」(現代ビジネス)、「The 1975『Notes On A Conditional Form』に潜む〈エモ=アンビエント〉というコンセプト」(Mikiki)など。12月に単著『スピッツ論 「分裂」するポップ・ミュージック』(イースト・プレス)を上梓。
Twitter: @shunnnn002

Muqataa 『Kamil Manqus كَامِل مَنْقوص』
選者:もりたみどり、エリン・マクレディ「WAIFU」オーガナイザー

Muqata’a 『Kamil Manqus كَامِل مَنْقوص』収録曲 「Simya」

エリンと私は一緒に政治寄りなアートコレクティブをやっているのですが、このMuqataaの音楽作りは音楽という枠に留まらずとても現代美術的で、私達の活動と似た所があるので2人でこのアルバムを選ぶことにしました。彼はパレスチナの出身であり、街で聞こえる音、例えばパレスチナからイスラエルに入るチェックポイントの門の開く音やモスクから流れる音などをフィールドリコーディングしたり、アラブの伝統音楽など昔の音源からサンプリングをしたり、とても政治的かつコラージュのようなアートセンスで、アルバムの中での変化が非常におもしろく、アバンギャルドで音的にはクラブ音楽が好きな方も、実験音楽が好きな方も聴き飽きないアルバムです。エリンが今年最もよく聴いていたアルバムでもありますが、実は私は若い頃、青年海外協力隊でヨルダンに住みパレスチナキャンプでもボランティアをしていた経験もあり、パレスチナのアーティストをサポートしたい気持ちも含めここでご紹介いたします。

もりたみどり

もりたみどり
奈良県生まれ。アーティスト・イベントオーガナイザー。クラブができ始めた1990年頃から繊維素材を使ったアーティストとして活動し、クラブなどのデコレー ションを関西中心に手掛ける。1994年から約2年間、青年海外協力隊員としてヨルダンの大学でテキスタイルを指導する傍らパレスチナキャンプなどでボランティア活動を行う。2000年にエリンと結婚、3人の息子がおり最近は若手クリエイターの育成にも力を注いでいる(長男は都内でDJ、アーティストして活躍中)。母となったあとはとりわけ社会問 題に関心を持ち、ここ数年は特に韓日問題など戦後の日本のあり方についての作品を韓国で発表し続けている。

エリン・マクレディ

エリン・マクレディ
米国オハイオ州生まれ、テキサス州オースティン育ち。テキサス大学大学院修了。 青山学院大学 英米文学科教授・ファッションモデル。言語学者。専門は形式意味論、言語哲学。 オレゴン大学在学中に日本のパンクバンド「BOREDOMS」に魅せられ1994年に早稲田大学への留学を果たす。卒業後 再来日し現妻、みどりと出会い、互いのクラブ好きから意気投合し結婚。大学院修了後、大阪大学の研究員を経て現職 へ。 妻みどりとは「WAIFU」と「SLICK」のイベントの他にみどりとパートナーの3人でアートコレクティブ「MOM」と して現代美術の制作発表も行っている。

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TOKION EDITORIAL TEAM

2020年7月東京都生まれ。“日本のカッティングエッジなカルチャーを世界へ発信する”をテーマに音楽やアート、写真、ファッション、ビューティ、フードなどあらゆるジャンルのカルチャーに加え、社会性を持ったスタンスで読者とのコミュニケーションを拡張する。そして、デジタルメディア「TOKION」、雑誌、E-STOREで、カルチャーの中心地である東京から世界へ向けてメッセージを発信する。

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