硬いジーンズと、ラッパーたちの詩情/連載「痙攣としてのストリートミュージック、そしてファッション」第15回

音楽とファッション。そして、モードトレンドとストリートカルチャー。その2つの交錯点をかけあわせ考えることで、初めて見えてくる時代の相貌がある。本連載では気鋭の文筆家・つやちゃんが、日本のヒップホップを中心としたストリートミュージックを主な対象としながら、今ここに立ち現れるイメージを観察していく。

「スニーカー」にフォーカスした前回と同様に、第15回も特定のブランド・メゾンではなくある1つのアイテムを基軸に論を展開。そのアイテムとは、ストリートファッションを象徴するアイテムであり続けてきた「ジーンズ」だ。ラッパーたちがそこに託し、重ね合わせながら描いてきたものとは、何か。BUDDHA BRANDやRHYMESTER、GADOROらのリリックを参照しながら、ヒップホップとジーンズの蜜月関係に迫る。

ウエスト位置の数センチが巨大な運命を握る

2021年、ウエストラインの見せ方が変わり始めている。この秋にACROSSがリポートした通り、ストリートにおいてショート丈トップスの流行が発生したことでヘルシーな上半身の露出が急激に増加した感があるが、加えて2022年SSのコレクションではいくつかのメゾンがウエストラインの高さをも落とし始め、ついにVOGUEが「落ちる、落ちない? ギリギリを攻める、腰ばきローライズデニムの再来。」という記事を発信した。2009年以降大きな潮流としてあったフィービー・ファイロ(当時「セリーヌ」のクリエイティブ・ディレクター)によるエフォートレススタイルは、ここに来て究極のリラックスとして肌を露わにする自由な無邪気さまでをも獲得しはじめている。

たかが腰の位置、と笑ってはいけない。ジーンズの高さを決める数センチの上下移動、そのせめぎ合いは、ストリートカルチャーにとって大きな意味を含んでいる。ブレイクビーツのほんの0.1秒のズレがグルーヴを規定する場面に、私たちはたくさん遭遇してきただろう。力強いキックが生み出す拍、その表と裏を分かつぎりぎりの瞬間に入る歌によって人生を変えられた者が多くいるように、ジーンズのウエスト位置は世界中の繊細な意識を司り、些細な細部にして巨大な運命を握っている。

ストリートにおいて、“数センチのせめぎ合い”が最もさかんに繰り広げられているカルチャーがヒップホップやスケーターであることは言うまでもない。貧しかった家庭の経済事情により大きめの服を買い与えられていたため、ベルトが無くずり落ちてくる囚人のスタイルを真似たため、などその起源については諸説あるが、国内においても多くのラッパーがルーズさの演出として、低い重心でのノリを加速させる身体表現として、いわゆる“腰パン”に多くの自意識を込めてきた。例えば、Tohjiのエクストリームなサギーパンツは「プロペラ」のテーマと密接に結びつき、その唸る低音域を猥雑にブーストさせ私たちを痙攣させる。昨年リリースされ新たなクラシックとして迎えられた韻踏合組合の「Street Survivors -Blood,  Sweat,Tears & Hip Hop-」は「街を夢見たティーンズが/ダボダボのジーンズで/片道の切符/片手今キープ/ドベルとのビーフも最後はピースで/互い追いかけStreet Dream」とライムされ、ダボダボのジーンズが“ティーンズ”と美しい押韻を果たした上で称えられる。

韻踏合組合「Street Survivors -Blood, Sweat,Tears & Hip Hop-」

ジーンズとヒップホップの蜜月関係 餓鬼レンジャーの偏愛、BUDDHA BRANDの円熟味

そもそも、ジーンズ自体がヒップホップにおいて非常に重要なアイテムであるがゆえに、ラッパーはその言葉に多くの意味を込めペンを走らせてきた。特にジーンズ愛が見られるのが餓鬼レンジャーである。「NO PLAN B」では「止まらないmovin’/古着のブルージーンズみたいな円熟味/醸し出す/通唸らす芸術品」とラップし、「ラップおじいちゃん feat. AMIDA, KREVA」では「ちょっと贅沢なEVIS BEATSに/頑丈なRAP like aデニムジーンズ」と仕立ててみせた。“movin’”と“ブルージーンズ”で踏まれながら“円熟味”の象徴として語られ、一方では(本曲のトラックメイカーである)“EVIS BEATS”と“デニムジーンズ”で踏まれながら“頑丈なRAP”のようなものとしても描かれる。ヒップホップにおいてジーンズは、音韻として披露されることでラップミュージックの音響的快楽を駆動させつつ、同時に“長年の時を経て味が出るもの”であり、“頑丈なもの”でもあるという比喩をも浮かび上がらせていく。

餓鬼レンジャー「NO PLAN B」
餓鬼レンジャー「ラップおじいちゃん feat. AMIDA, KREVA」

あるいは、BUDDHA BRANDによって紡がれたリリックの記憶を辿ってみよう。2003年の「RETURN OF THE BUDDHA BROS.」では、「これga俺ra no普遍no STYLE/この道10年タフ/まるdeデニム」と詠まれるラインによって、それらジーンズの“円熟味”と“頑丈さ”がさりげなく言及されていた。加えて――油断してはいけない、実は、ジーンズの表象について思いがけない形で言及され、日本語ラップのリリック史に加筆されることになった出来事が2016年にも起こっている。

宇多田ヒカル「忘却 featuring KOHH」

「熱い唇/冷たい手/言葉なんか忘れさせて/硬いジーンズ/優しい目/懐かしい名前で呼んで」――KOHHがポエトリーラップのような形で緊張感のあるリズムの上をゆらゆらと漂いながら哀しみを絞り出す曲「忘却」において、アンサーとして宇多田ヒカルが提出したのは「硬いジーンズ」であった。ジーンズの円熟味と頑丈さは、ここで“硬い”という表現によって繋げられたのである。

“硬い”ジーンズを引きずり、ストリートを漂流する  RHYMESTERが紡いだ情景、GADOROが描いた運命

しかし、日本語ラップにおけるジーンズの“硬さ”とは、単に質感だけを表してはいない。数センチをせめぎあった結果、あれだけジーンズがずり落ちてしまうにはさらなる理由が存在する。巨大な運命は些細な細部にあるからこそ、再びリリックを観察してみたい。RHYMESTERは「渋谷漂流記」で次のようなラップを披露している。

「クラブからクラブへナイトクルージング/はためかすオーバーサイズのブルージーンズ /マイク握りぶちかましたルーティン/この街が育てたワイルドミュージック」

RHYMESTER「渋谷漂流記」

“硬さ”を背負ったオーバーサイズのジーンズは、渋谷のストリートを漂流する。注意して耳を傾けよう――“ブルージーンズ”と踏まれているのは、“ナイトクルージング”であり、“ルーティン”であり、“ミュージック”である。ルーティン=ダンスのステップとミュージックを探しながら、ナイトクルージング=深夜のストリートを漂う、その彷徨い流れゆく情景は、ジーンズがずり落ちていくさま、まるで裾を引きずるかのような姿を想像させる。それはつまりCreepy Nutsが「だがそれでいい」で「被り始めたニューエラ/ブカブカのジーンズ引きずって/くり出してみたアメ村/買わされたパーカー」とラップした通りであり、同様の意味で、GADOROの「Life is go on」にも触れずにはいられない。

今更吐けない綺麗ごと/音が止まれば死んだも同然/語るんじゃねえ語り継がせるぜ/過去という名のジーンズを引きずる/それは今を捨ててると意味する/生後間もなく既に負け組さ

GADORO「Life is go on」

GADOROは、ここでついに1つの回答を提示している。「過去という名のジーンズを引きずる」――ジーンズのその硬さ、ずり落ちていくさま、数センチのせめぎ合いは、“過去”によって引きずられていると言うのだ。過去とは、つまり出自である。世代の連鎖により受け継がれた生まれ故郷、性別、肌の色……それら全ての“受け入れるしかない”運命を、ラッパーは今日も硬いジーンズとして引きずりながら、ストリートを漂流する。 だからこそ、出自を受け入れ、ジーンズの硬さを嚙みしめながらもストリートを漂う者であるならば、そのウエストの深さをどのような位置に置くかは自由な行為としてゆだねられている。例えば、女性にだってヒップホップは開かれている。ボロボロのデニムをローライズで履いてもよい。ハードコアやエモを聴いてきたあなたにだってヒップホップは開かれている。ブラックジーンズを腰で履いてもよい。なぜなら、あっこゴリラは「デニムは今日もボロボロ/頭に錆びた王冠と/左手マイクロフォンと踊ろうぜ」(GREEN QUEEN × PARKGOLF)と歌っている。kiLLaは「光るgold chain/ジーンズはblack」(XXX)と歌っている。デニムの固さを受け入れ、ストリートを漂流するあなたに、ヒップホップは手を差しのべる。あとは、そのパンツを引きずるように路上を徘徊し、ラップをするだけだ。ダンスをするだけだ。ブレイクビーツを鳴らすだけだ。ジーンズは少しずつ落ちてくるだろう。さあ、腰のどの位置に置く? その数センチの自意識に、ヒップホップなるものは宿っている。

Illustration AUTO MOAI

author:

つやちゃん

文筆家。化粧品のブランドマーケティングに携わる一方で、様々なカルチャーにまつわる論考を執筆。    https://twitter.com/shadow0918 https://note.com/shadow0918

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