2020年はCDをリリースしていないアーティストが「紅白歌合戦」の出場を果たし、最近ではAdoの「うっせぇわ」のミュージックビデオが公開から5ヵ月未満で1億回再生を突破しBillboardの総合チャートでも1位を獲得(CDは未発売)。特に2020年から2021年にかけて、ヒットの指標、ヒットに至るまでの過程や影響元、ヒットする音楽性が、ものすごいスピードで変化し続けている。ポップカルチャーの熱狂はいつの時代もティーンから生まれるからこそ、昨今の若者の心理や消費行動を分析するとヒットの傾向や予測が見えてくるだろう。そこで今回は、博報堂の「コンテンツビジネスラボ」メンバーとしてエンタメ領域のコンテンツ消費行動研究や音楽ヒット分析を行っている谷口由貴に、データや分析結果としてどういったファクトが出ているのかを聞いた。
音楽は「聴く」から「使う」へ
——谷口さんから見て、ストリーミングサービス全盛の時代における音楽の届け方は、CD時代からどのように変わりましたか?
谷口:CDからストリーミングになって変わったことが、3つあると考えています。まず、ヒットの指標がCDの売上枚数からストリーミングの再生回数に変わったこと。それによってヒットの方程式が、「ストリーミングのリスナー数×再生回数」に変わりました。2つ目は、過去の楽曲と最新の楽曲がプレイリストの中でごちゃまぜになることによって、楽曲の新旧という概念が薄まってきたこと。3つ目は、プレイリストという仕組みが新しく登場したことによって、プレイリストを使って新しいリスナーを獲得したいというアーティストが増えて、「プレイリストマーケティング」という言葉もできたことです。リスナー側としても、今までになかった出合い方ができる時代になったのかなと考えています。
——「リスナー数」と「再生回数」が増えていく要因として、今はどういったものに影響力があると分析されていますか?
谷口:リスナー数を増やすためには、いかにストリーミングサービスのプレイリストに入るか。あと、YouTubeやTikTokなどのSNSでいかに発信してもらえる曲になっているか。そういった点が大事になってきています。今はやはり「歌ってみた」やSNSでのつぶやきなどのUGC(User Generated Contents=ユーザーが生成したコンテンツ)にパワーがあるんですね。例えばYOASOBIさんが出てきたときは、「これって小説がもとになってるらしいよ」ということが新鮮で人に教えてあげたくなる種になっていたと思うんです。そういった、SNSでわざわざ人に教えたくなる要素が拡散につながると思います。そこの設計はすごく難しくて、音楽業界の人も「もう半分くらい運です」とおっしゃるんですけど(笑)、アーティスト側にとってはそれによって波及するかどうかが決まるような気がしていますね。
UGCの強みは、一般人が発信するものこそ共感できる、親しみやすい、真似したくなる、という気持ちが醸成しやすくなることで、だから最近はストリーミングよりも先にTikTokで流行が生まれるのだと考察しています。「あの子が聴いてるなら聴いてみよう、あの子が使ってるなら使ってみよう」という気持ちが起きやすい場になっている。TikTokで特徴的なのは曲を「聴く」ではなくて「使う」という、まず動詞が変わっていることですよね。
そして、リスナー1人あたりの再生回数を増やすためは、抽象的になってしまいますが、中毒性のある楽曲を作る。Adoさんの「うっせぇわ」も、YOASOBIさんの曲も、中毒性があって話題になっていますよね。いかに中毒性のある曲を作れるのかは、あくまでリスナー側である私にはわからないところではあるんですけど、そういう設計ができたらいいのかなというふうに思ってはいます。
——リスナー数を増やすための設計は運によるところがありながらも、どういった部分は作り込むことができると考えられていますか?
谷口:音楽以外の面からもアーティスト自身を好きになってもらう工夫が大事なのかなと思います。例えばDoulさんのように、海外の有名なアーティストがSNSでシェアやフォローをしただけで海外ファンが一気に増えることもありますが、そもそもDoulさんは自分でMV制作に関わったり、その中でファッションもメイクも自分でやっていたり、英語でしゃべっていたり、かっこいい「Doul」という世界観を作り込んでいる人で、楽曲だけでなく世界観にハマってもらう設計をされていると思うんですね。アーティストにとって楽曲は1つの「面」だと思うんですけど、ファッションやメイクなど接点を増やして、いくつもの面でできあがる世界観で攻めていくのが大事なのかなと思います。ボカロP関連の人は逆に顔を見せないことで、ミステリアスな雰囲気や余白を作ったりして、世界観作りに成功しているケースもありますね。
――プレイリストやUGCに影響力があるとおっしゃる中で、「THE FIRST TAKE」はいかがですか?
谷口:あれは結構影響ありますね。THE FIRST TAKEが出たタイミングで、ストリーミングの再生回数が伸びたりSNSの投稿数も増えたりするというのはデータ上も出ています。流行りの軌道に乗ってるので、「昨日、○○がTHE FIRST TAKEに出たね」と話題になりやすいですよね。コンテンツビジネスラボのメンバーと話していたのは、THE FIRST TAKEのあの感じってライブに近いよね、ということ。コロナ禍でライブ代わりだったからこそあそこまで人気になったのかもしれないですよね。
ジャンルよりも「好き・嫌い」と「流行り」
——今、他に10代に人気のサービスというと?
谷口:まず10代の傾向としては、ストリーミングサービスでいうと、他の年代と比べてLINE MUSICの利用率が高いんですね。特に10代女性に関しては、LINE MUSICの利用率は18%と高い値です。(※日本での利用率が比較的高いApple MusicやSpotifyなどでも、調査対象者の全体利用率は6%台)なのでLINE MUSICのランキングと他のストリーミングのランキングは結構違っていて、それはおもしろいです。LINE MUSICの上位の曲が、あとからApple Musicのランキングに現れたりするので、若い子の中で流行っている音楽が知りたかったらLINE MUSICのランキングを見るといいのかなと思います。
あと、10代男性の傾向としては、一昔前よりもラジオが聞かれるようになっているみたいです。YouTubeもながら見、ながら聞きするからほぼラジオに近い立ち位置になっているようで、そうなるとYouTubeとラジオが≒になっているんですよね。例えば、霜降り明星さんを好きな人は、「しもふりチューブ」と「霜降り明星のオールナイトニッポン0」に同じように触れているんだと思うんです。ストリーミングサービス内にもPodcastがあったりするので、音声コンテンツと音楽コンテンツの壁はあまりないのかもしれません。
——音楽のジャンルとしては、今どういったものが若者達に好まれているというデータがありますか?
谷口:この間SHIBUYA109 lab.が発表した調査結果によると(「SHIBUYA109 lab.トレンド予測2021」15〜24歳の女性を対象にした調査)、アーティスト部門には「エモいヒップホップ」が挙がっていました。川崎鷹也さんや優里さんなど、自分のエモさを表現するのにふさわしい楽曲がSNSで好んで使われていて、さらにヒップホップも流行っているから、結果的に「エモいヒップホップ」がはやるというふうになっているんだと思います。
そもそも、もうジャンルはあまり関係がないという説もありますよね。例えばKing Gnuさんはミクスチャーロックですし、K-POPも洋楽とJ-POPが混ざり合ったものであるように、いろんな要素を持っている楽曲が多すぎて、「これはヒップホップです」「これはロックです」とか言えなくなっている気がします。ジャンル関係なく個々人が持っている「好き・嫌いの軸」と「流行の軸」があって、多くの若者は、その2軸で「好き、かつ、流行っているから聴く」という選び方になっていると思います。それこそ、ストリーミングサービスにはいろいろな切り口のプレイリストもあるし、ジャンルで括らないほうが自分の好きな音楽に出合えるんじゃないか、という時代ですよね。
――エモい弾き語りやヒップホップがトレンドになっている一方で、ボカロ系をルーツに持つ人達の音楽も今ヒットしているのは、どういった理由があるからだと分析されますか?
谷口:米津玄師さんに始まりボカロP出身の人が活躍しているのは、昔ニコ動でしか聴かれなかったものがいろんなプラットフォームへアプローチするようになって、触れる人が増えて気付かれるようになっただけという気はするんですけどね。あとは、バンドよりも打ち込みのほうが制作が早くてリリースのペースも早いので、リスナーを飽きさせにくく、離脱させにくいというのは強みだと思います。
SixTONESさんの「うやむや」という曲が、楽曲もMVもボカロっぽくなっているんですよね。今までのジャニーズソングにボカロっぽいものはあまりなかったと思うんですけど、SixTONESさん、Snow Manさんくらいから明らかにちょっと変わっていて、新規ファンを増やすためなのかジャニーズという枠に囚われないことをどんどんやっているので、おもしろいです(笑)。「うやむや」は結構再生されてて、おそらく、ジャニヲタじゃない人や普通にボカロの音楽を好きな人も聴いていると思います。
――ストリーミングが全盛となっている中で、今もCDを買う人やレンタルする人達の消費行動・心理は、どのように捉えられていますか?
谷口:我々コンテンツビジネスラボの調査結果によると、実は10代の女性が一番CDを買っています。もう少し解像度を上げると、アイドルファンの方が多いです。CDを買うことが応援になっているのだと思います。アイドル以外のジャンルでは、YOASOBIさんのCDが売れているように、CDを買ってもらうためにはやっぱりひと工夫が必要なんだなと思いました。付加価値がないと「ストリーミングで聴くじゃん」ってなっちゃうので。CDはファングッズとして買うことが増えてきていますよね。
レンタルにおいては、Billboardさんのチャート指標でルックアップ(CDをパソコンで読み取った回数)というものがあるのですが、ストリーミングなど他の指標に比べるとそこまで目立たないものになってきています。特殊だったのは、YOASOBIさんのCDが発売後に在庫切れになって、どうしても手に入らなくなった時期が何日間かあったらしくて、そこだけレンタルが伸びたという話は聞きました。ちなみに、ラボの調査結果によると、10代男性が一番レンタルしているようですが、それでも年1回以上CDレンタルすることがあるのは、5人に1人くらいの規模感になっています。
音声メディアとオンラインライブに注目
——2021年はどういった傾向が生まれる、もしくは、さらに強まっていくと予測されていますか?
谷口:もともと、コンテンツビジネスラボでヒットの予測をしていたんですけど、不確定要素が多すぎて、過去のヒットを分析することが主な仕事になっています(笑)。特にTikTokヒットに切り替わってからは、今まではトップアーティストが長い期間上位にランクインし続けてチャートが変わらない状態だったストリーミングサービスが、かなり流動的になっていますよね。いろいろな要素が複雑に絡まっているような感じはしますが、なぜヒットしたのかも上手く説明できないような状態があるので、すごく難しいんです。
注目していることとしては、1つは、音声メディアや、音声メディア×生配信というものがどうなるのか。音声メディアはこれからくるってずっと言われていますし、実際Clubhouseも急に流行りましたけど、動画視聴時間がすごく伸びている中で、動画から音声メディアに移行していくのかどうかは気になります。今、Clubhouseで弾き語りしているアーティストをスカウトする人がいたりもするので、そこから今のTikTokみたいにアーティストが売れる場所になっていくのかどうかが気になりますね。昔、Instagramも「いいねがもらえそうなキレイに加工した写真だけを投稿する場所」になってしまっていたところ、ストーリーズができて気軽に投稿できるようになったことでユーザーが増えて定着していったように、Clubhouseも今後人々の生活にどう馴染んでいくのか注目したいです。
2つ目は、オンラインライブが今後どうなっていくのか。オンラインライブの、これだ!っていう成功例って多くはないと思うんですよ。リスナーがリアルのライブと同じかそれ以上に楽しめるような体験を作れる人が現れるのか、そういうプラットフォームが出てくるのか、すごく気になっています。例えば、YOASOBIさんのオンラインライブはスクショOKで、noteでレポートの投稿を募集していましたが、そうすると「ikuraちゃんのピアスめっちゃかわいい」と言ってピアスのアップの写真を撮ってる子がいたりして、ライブのあとにいろんな余韻の楽しみ方が生まれているのがめちゃくちゃよく考えられた仕組みだなとびっくりしたんですよね。そういうものがどんどん開発されていくんでしょうね。あとは、リアルでライブしつつオンラインでも配信して、どちらも見てもらうのが主流になるのではないでしょうか。アーティスト側にとって新しい収入の形が生まれるのではないかと思います。
——谷口さんは博報堂でARの開発にも関わられているそうですが、そういった技術が音楽コンテンツに活かされてみんなの日常に浸透していく日が来ると思いますか?
谷口:まだXR(VR、AR、MRなどの先端技術の総称)業界は、一般利用という面では発展途上で、技術自体は成熟していてもARグラスをみんなが持っているわけじゃない、といった問題があるのでなかなか難しいのですが、今後はありえるんじゃないかと思ってます。おうちでライブ会場に行っているような体験ができたり、ライブ会場に自分がバーチャルで存在できて他人からも自分が見えたり、アーティスト側も満席の会場でやっているように見えたり、そういったことは技術上可能です。将来的には世界観を伝達する力のあるアーティストがARやVRを使ってみんなで一緒に楽しんでいる感を醸成できるようになるのでは、と期待しています。リアルとデジタルの両方のいいところを取ってライブをやれる日が来るのではないかと思っています。