アート連載「境界のかたち」Vol.9 アートを中心に女性年表を作成し俯瞰する「Timeline Project」の2人が語る、女性アーティストの歴史の可視化と領域横断

ビジネスからサイエンスに至るまで、アートの必要性を説くシチュエーションが激増している。コロナ禍で見える世界は変わらないものの、人々の心情が変容していく中で、その心はアートに対してどう反応するのか。ギャラリストやアーティスト、コレクター等が、ポストコロナにおけるアートを対象として、次代に現れるイメージを考察する。

第9回は歴史からこぼれ落ちてきた「女性アーティスト」と呼ばれる人々の年表を制作する「Timeline Project」。既存の年表をもとに「欧米と日本のフェミニズム運動および女性アーティストの通史」を作成し、そのタイムラインに追記したい女性アーティストの情報を募集することで、「大きな物語」に個人の経験を加えていく。視座を広げ、自分自身の語彙を増やし、自らの視点で文脈を見出していくためのソースを作り出すことを目指して始まった。

2019年にアーティストの長倉友紀子と渡辺泰子が立ち上げ、トーキョーアーツアンドスペース本郷(以下、TOKAS)で2日間のイベント「Timeline Project WOMEN Artist & History」を開催。現在も、推薦したいアーティストを誰もがウェブ上で入力でき、幹から枝葉が伸びるように更新されている。

ベルリンを拠点としてエコロジーとジェンダーをテーマに制作を行う長倉と、他世界や他者との接触、その境界の解明を目的として旅と地図をテーマに制作を行う渡辺。運営する2人に、アートの見方をも変える「Timeline Project」の試みについて聞いた。

美術史のタイムラインを作りパブリックに拡張する

――お2人は2018年11月にご友人を通じてサンフランシスコで出会ったそうですね?

渡辺泰子(以下、渡辺):はい。私は海外研修の機会を得て、自身のテーマに沿ってアメリカ東海岸〜イギリス〜アメリカ西海岸をリサーチしていました。そんななか、ジェンダーやマイノリティーを主軸とした展覧会をいろいろ見る機会があり、アートシーンの変化と同時に日本の美術状況とのギャップを感じていたところでした。

長倉友紀子(以下、長倉):私はベルリンに移住してから6年が経っていて、その年にはちょうど「第10回 ベルリン・ビエンナーレ」がありました。南アフリカ出身のキュレーターでアーティストのガビ・ンコボがディレクターを務め、運営するキュラトリアルチームが全員世間一般に言われる“ブラック”になったことでも話題になっていました。その展示会場の1つに展示されていたいわゆる西洋画風の油彩画で“ブラック”を主題モデルにした作品等に触発され、私自身も欧米中心の文脈でつくられた美術教育を受けていたのだなと、ジェンダー以外にもさまざまな視点からアートを見たいと思っていたところでした。アメリカには一年間滞在したのですが、やはり多様な人々が共存していて、表現の在り方にもさまざまなレイヤーがあるなと感じましたね。

渡辺:私自身はジェンダーをテーマに制作活動をしたことはなかったのですが、学生時代、美術のシンポジウムで男性ばかりの登壇者の中に女性もいたらいいなと思うことがあって、4、50代になったら女性だけで美術を語るカンファレンスをしたいなと思い描いていたんです。授業で「ジェンダー」が議題に上がることはなかったですし、卒業後も、展覧会での男女比はアンバランスでハラスメントもあったりして、女性であることは不利だと思わされてしまう環境にあったと思います。

長倉:日本でも1997〜98年にジェンダー論争があったこと等も知識としては知っていたんですけど、後続の世代にきちんとその議論の背景や意義が教えられることなく立ち消えになってしまったという印象を受けていました。2012年に東京からベルリンの大学院に移り、私より若い世代の同級生が「ホワイトフェミニズムがね……」と普通に話しているのを目にして驚いたことを覚えています。フェミニズムって「生きること」から派生するものだと思いますし、日本でもそれについて気軽に話せたらいいなと思ってきました。渡辺さんから「日本はまだまだ女性作家の発言の場が男性に比べると少ない」という状況を聞く中で、私にも海外にいながら日本で何かできることはないかなと考え始めて。

渡辺:長倉さんに「どんな本から読んだらいい?」なんてことから聞いて、フェミニズムについて学んでいく過程をプロジェクトにしてしまおうと思ったんです。知らないことを強みとして公開しシェアしていこうと。

長倉:本を読むだけではプライベートな行為にとどまってしまうので、その行為自体をパブリックに広げるために「Timeline Project」が生まれました。私も渡辺さんももともとタイムラインをつくっていた、という共通点がきっかけとなりました。

パブリックな美術史に個人の視点を加えていく

――プロジェクトはどのように進めていったのですか?

渡辺:2019年3月に私が帰国し、TOKASの「OPEN SITE 2019-2020」公募プログラム「OPEN SITE dot部門」の採択を受けてスタートが切れました。長倉さんが一時帰国するタイミングで12月6・7日に2日間のイベントを行ったんです。

長倉:アート、フェミニズムアート、フェミニズム思想、世界史を、既存の資料から集約して、1つの「大きなタイムライン」としてアーカイブすることと、一般公募で「あなたが個人的におすすめめしたい・タイムラインに加えたい女性アーティストの情報」を集めること、これら2つの方法で、今までにない多種多様で非限定的な視点から女性アーティストの歴史を把握しようという試みをしました。

渡辺:作成してみて、まず女性アーティストはもちろんのこと、いわゆる大文字の美術史から取りこぼされてきたたくさんのアーティストがいることを改めて実感しました。また当初、日本の女性の美術史を作成するために、専門書よりも現実を映し出すだろうと思い、一般に手に入れやすい日本の文献や雑誌の年表を参考にしたところ、ほぼ「女性アーティストは誰もいません」みたいな空白状態になってしまったんです。それで急遽ルールを変えていきました。キュレーターの小勝禮子さんの展覧会カタログ等、専門的なアーカイブも参照させていただいて、やっと女性アーティストもしっかり活動し存在していたんだという元気がもらえる年表になりました。

長倉:西洋のフェミニズムアートの方が日本では紹介される機会が多かったからか、私自身も海外作家からの影響が強いのですが、日本の女性アーティストだけの年表も見てみたかったんです。日本の女性アーティストはどう語られてきたのか、語られるべきなのかに興味があります。

渡辺:公募も行ったのは、大きなタイムラインでは「1945年〜1999年」「主に英・米・日」と制限を設けざるを得ず、私達自身も取りこぼす側に立ってしまうことを自覚したからです。イベントでは、壁に大きなタイムラインを展示し、その上下に公募で集めた情報を貼りました。そこからたくさんの会話が生まれたんですよ。

長倉:公募は、「大きな物語」で語られにくい個人的な視点をいかに追加していくか、歴史に対してどう民主的に関われるかという試みでもあるんです。ジャンル・時代・国籍は問いません。小さい頃に読んだ絵本とかいろいろな分野から影響を受けてクリエイティビティはできていると思っているので。漫画家、染色家等も推薦されています。

渡辺:私達は研究者ではなくアーティストだから少し変化球を出せると思ったんです。俳優のエマ・ワトソンもいますよ。

――お2人が挙げた人物を教えてください。

渡辺:私は、SFからの影響が強いので、まずは代表的なところで小説家のジェイムズ・ティプトリー・Jrを。男性中心のSF小説界で女性であることを隠して執筆活動をしたアメリカの女性作家です。女性だと公表する前に「こんなSFはジェイムズにしか書けない!」と言わしめて大どんでん返しをした(笑)。『ゲド戦記』等で知られるアーシュラ・K ・ル=グインも入れました。どちらも、彼女達が作る物語から影響を受けています。

長倉:私は版画家の小田まゆみさんを。1992年に日本政府のプルトニウム輸送に反対して、団体「プルトニウムのない未来、Plutonium Free Future」をカリフォルニアと東京に設立し、環境平和活動をされています。今はハワイに住んで自給自足の生活をしながら制作を続けているようです。また、ランドアートを手掛けるアグネス・ディーンズも入れました。

――「こんな人もいるんだ」等の発見があって楽しいですね。

長倉:海外では領域を横断する人がいっぱいいて、様々な肩書きや専門を持っている人が多いですし、それが良しとされます。科学者とアーティストのコラボも普通にありますし、環境運動とアート活動も密接に結びついています。そもそも環境に関する運動は社会全体に根づいていますね。タイムラインが、マクロな視点で分野と分野とを身軽に飛び越えるきっかけになれば嬉しいです。

ビッグデータとは異なる歴史の編み方、ハブとしての「Timeline Project」

――TOKASのイベントではトークもあったのですね。

渡辺:1日目は近代日本美術史、ジェンダー史がご専門の吉良智子さんに日本の戦中戦後の女性作家の話をお聞きしました。2日目は社会学がご専門の竹田恵子さんと5つのコレクティブを招きました。「シスターフッド」に対して私達が提唱している、性別に関わらず連帯を示す「シブリングフッド」の可能性等についてディスカッションをしましたね。

長倉:昨今の日本の女性コレクティブは、フェミニズム、クィア理論、女性アーティスト等、緩く繋がりながらも興味のあり方がそれぞれに違い、それぞれに発信しているので、いい共存状態にある気がします。「Timeline Project」も、Back and Forth Collective等と、イギリス在住の美術批評家Hettie Judahを中心に執筆された文化施設やレジデンスのためのガイドライン『子育てするアーティストを排除しないために』の日本語翻訳をしました。私は、そこから派生したプロジェクトに今も参加していて、「子育てをするアーティスト」達の話を聞いています。

――協働するにはどうしたらいいか、さまざまな形を見せていただいている気がするんですよね。どうしたら新たな競争やヒエラルキーを生むことなく友好的に運営できるか、コレクティブはその実験でもあるのではないかと。

渡辺:EGSA JAPAN代表の竹田恵子さんも、どうしたらハラスメントが起こらない組織運営ができるか、ジェンダーの問題だけでなく、人と人が社会生活や協働するといったときにどういう仕組みが最適解になり得るのかという話をされていましたね。

長倉:今年の「ドクメンタ15」(ドイツ・カッセルで開催される国際展)では、インドネシアのアーティスト・コレクティブ「ルアンルパ」がアジア初のディレクターとして選ばれ、いわゆる勝ち抜きとかスターアーティストにスポットを当てるのではなく、公益やケアの精神等をベースとして共同作業を重視するアートシーンへの移行を説いていますね。個人的には、ドクメンタはその時代の旬な思想が出てくる場所でもあると感じているんですが、そういう意味で、世界のアートシーンでも昨今は「協働」の在り方やその可能性が注目されている気がします。

渡辺:さまざまな人が発言の機会を得て、コーディネーターにも多様性が出てくるといいなと思います。英米でみたアートや科学のイベントでは、あたりまえのように女性がトークのコーディネート等を行っていました。また、日本のトークでは同意・共有しながら進んでいくことが多いですが、欧米のトークでは、考え方も背景もみな違って当然なのでまとめることを目的としていない印象がありました。日本でも「違うということ」を前提として、美術が話される現場が増えたらと思います。

長倉:ベルリンの大学院で私の教授である女性アーティストが、大学や展覧会によく子どもを連れてきていたんですね。日本にいる時は自分のロールモデルにできる女性アーティストが見つからなかったのですが、彼女のように「これもありなの?」ということがどんどん行われて、社会もそれを自然に受け入れる機会が生まれていけばいいなと思います。

渡辺:子育てしながらどのようにアーティスト活動を続けていくのか、どうしたら長倉さんがやりやすい環境を得ていけるのか、私自身も自然と考えているんですよね。これまでは誰もが家庭の事情や介護等いろいろ抱えながら調整しているのに、平気なふりをして仕事していたじゃないですか。ようやくこれまで工面していた部分を話せるようになってきているのかな。

長倉:アーティストも一市民ですしね。

――頑張り過ぎないことも継続の秘訣ですよね?

長倉:そう、ムリしない(笑)。私達の運動も持続可能でこそ意味があると思っています。流行で終わらないよう、細くても次のジェネレーションにつなぎたい。

――「自由にやりましょう」と言いながらアート界内で入り口を狭めていることもあるので、「Timeline Project」の間口の広さはいいですね。

渡辺:すでにあるものを可視化する、いいと思ったものを紹介したい、学んでいくことをさらけ出しながらがいいと思っていますね。社会が分断する大きな理由として、ビッグデータに左右されているということがあると思うんです。インターネットによって世界が狭められていくなかで何かに偏っていることを自覚し、ウェブの力を信じつつも、フィジカルなコミュニケーションも大切にしていきたい。

――「Timeline Project」のハブやブリッジの在り方って、古書店に似ているかも。古書店ってビッグデータとは異なるオルタナティブな在り方なんですよね。探しに行った本の隣に自分の好みに関係なく知らない本がある可能性が高いし、お客がどんな本を売りに来るかもわからないながら、見知らぬ客の間に「交換」が生まれる。

渡辺:わあ、私、古書店で働いていたことがあるんですけど(笑)。一番端に眠っていた本が、ある日突然遠くの街に住む人から注文を受けて息を吹き返したりして、確かに地殻変動的なつながりをしますよね。私自身は、美術という言葉の器を大きく見ていて、やりたいことを多面的にやるための生き方として美術作家が一番適していると思っているんです。オルタナティブ、コレクティブ、領域横断が可能であることの証明も「美術」だからこそできると思っています。

――確かに「Timeline Project」はビッグデータとは一線を画しています。今後はどのように活動していきたいですか?

渡辺:今は大きなタイムラインのβ版PDFをダウンロードすることは可能で、公募はデータベースを更新し続けています。将来的には両方をドッキングしたい。コロナ禍がなければ、作家同士のつながりを頼りに旅をしながら女性アーティストを探したいとも思っていたんですよ。昨年から毎月26日配信でのポッドキャスト「Good Night Limpet」も始めました。「気ままに・真面目に・心のままに」をモットーにした番組で、時にはゲストを呼んだり、テーマも多岐にわたりますが、あくまでおしゃべりを軸にしていますので、ジェンダーやフェミニズムを扱う対話番組として新鮮に感じてくれる人が多いようです。    

長倉:ポッドキャストは家事や育児、作業等をしながら聞けるのもいいんですよね。

――今もウェブ上で公募は続いているので、いろいろな方が参加してくれるといいですね。

長倉:アートにもフェミニズムにも詳しくなくてかまいません。勉強しなければ発言できないという構えを取り払いたいので、気軽に参加してくれたら嬉しいですね。

Edit Jun Ashizawa(TOKION)

author:

白坂 由里

アートライター。1991年〜97年、カルチャー情報誌「WEEKLYぴあ」編集部を経てフリーに。雑誌「美術手帖」「SPUR」、ウェブ「アートスケープ」「コロカル」、アプリ「ぴあ」等に執筆。共著に「東京古本とコーヒー巡り」等。アートを体験する鑑賞者の変化に関心があり、美術館のエデュケーション、地域・福祉・医療のアートプロジェクトなども取材。社会問題を題材にフィクションを交えて描くドキュメンタリー映画にも興味がある。

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