アート連載「境界のかたち」Vol.8 「NEW AUCTION」ディレクター・木村俊介がイメージするアートオークションの新形態

ビジネスからサイエンスに至るまで、アートの必要性を説くシチュエーションが激増している。コロナ禍で見える世界は変わらないものの、人々の心情が変容していく中で、その心はアートに対してどう反応するのか。ギャラリストやアーティスト、コレクター等が、ポストコロナにおけるアートを対象として、次代に現れるイメージを考察する。

第8回は、アーティスト還元金制度を導入した新たなオークションハウス「NEW AUCTION」ディレクターの木村俊介が登場する。東京・原宿に誕生した「NEW AUCTION」は従来のオークションの概念に縛られず、新しい体験や価値観の提供とアートマーケットの持続的な循環を促すことを目的に運営されている。国内初の売上金の一部をアーティストに還元する制度を導入し、原則として制作・発表から2年以内の作品は、アーティストか取り扱いギャラリーの承認をもって出品するという。11月に第1回となるオークション「NEW 001」が、原宿の「BA-TSU ART GALLERY」で開催された。「NEW AUCTION」設立の背景から、オークションの反響までの話を聞いた。

日本のオークションは未開拓の領域も多く可能性も高い

――「NEW AUCTION」を立ち上げたきっかけは何ですか?

木村俊介(以下、木村):もともと国内のオークション会社で10年くらい働いていた時に、原宿という街をフォーカスした「Harajuku Auction」というオークションを企画したり、音楽にまつわるアートを集めた「ART+MUSIC」というオークションを行ったりしていました。その後、今のen one tokyoという会社に移ってからミヤシタパークにあるSAIというスペースの運営も手掛けるようになりました。SAIのディレクターという立場で展覧会を通してアーティストと協業していく中で、この場所の特徴を意識させられることが度々ありました。

以前、SAIで写真家の石川竜一さんがサバイバル・登山家の服部文祥さんに同行して撮影した写真の展覧会を開催しました。その写真展は石川さんが服部さんと一緒に山に入り、自給自足をしていく中で撮影された作品で構成され、展示作品は人の手の入らない自然と、食べるために狩猟した動物の内臓が中心でした。

動物の肉は、普段あたりまえのように僕達が口にしているものですが、今の社会ではそれが本当に見えづらくなっていて、ストレートに生々しい内臓を展示することに、クレームや抵抗やネガティブな意見も出てくるだろうと考えていたのですが、いざ始まってみると本当に多くの人が展示を見にきてくれました。その7割くらいはおそらく石川さんのことも服部さんのことも知らずに来てくれていて、女子高生が鹿の脳の前で写真を撮っていたり、外国人が涙を流すほど感動をしてくれたりと本当におもしろい反応をもらえました。その時に、ふらっと寄っただけの方が、この場所から何かを持って帰ってくれるような感覚を覚えました。

この経験から、SAIという場所は商業施設内にあるのでギャラリーや美術館よりも、ある意味では開かれていて、多くの人に影響を与えられる場所なのだなと思いました。また、SAIのチームで、どうしたらより多くの人にアートを所有することに興味を持ってもらえるかということをよく話しているのですが、その中で、オークションというのが1つの方法としておもしろいと思いました。誰でも購入ができて、価格もオープンになっている。展覧会は特定のアーティストの世界を伝えるものですが、オークションはより購入者目線で1つ1つの作品の説明が求められます。まだ、アートを購入するということに対してハードルの高い日本でイベント性を持たせたオークションは有効な手段だと考えました。しかもこのSAIという場所で、実際の作品を展示して見てもらうということに可能性を感じました。

――アーティストサポートの還元金制度を導入するなど、既存のオークションと比較したNEW AUCTIONの強みを教えてください。

木村:ヨーロッパでは追及権が存在しますが、アメリカや日本、その他の多くの国には作者への還元金に関する法律がありません。還元金に対する善し悪しは別としてマーケットには、そもそも作品を生み出すアーティストがいて、それをサポートするギャラリー、作品を購入するコレクター、批評家、作品を後世に残す美術館がある。

オークションはアートの循環を支える1つのポンプのような存在だと考えているのですが、今は、オークションが力を持ち過ぎたせいか、勢いが強過ぎてやや乱暴な印象も受けます。「NEW AUCTION」ではこの循環を今よりも、もう少し柔らかいものにしたいと考えています。還元金はその1つの仕組みとして実験的に導入をさせていただきました。

――オークションに関して、日本にはまだまだ可能性があると。

木村:そうですね。未開拓の領域とも言えるので、可能性は高いと思います。日本のアーティストは海外の評価も高いですし。アジアのマーケットでも日本の注目は高まっていると感じます。アーティストやギャラリーのクオリティーは高いものの、マーケットがそこまで成熟していない。まだ、アートを購入できる場所としての認識は百貨店が一番強いですから、その意味ではオークションで透明性のあるマーケットを見せるということは重要なことだと思います。

――カタログも作り込まれて豪華でしたね。

木村:短い文章でもいいので、それぞれの作品のストーリーを伝えることを意識しました。同じ作品でも鑑賞してきれいと感じるだけではなく、制作背景のイメージなどを共有できたら購買意欲も湧くでしょうし、そもそも所有者も説明したいと思います。作品について考えることは僕等もやっていて楽しいですし、必要なこと。あらゆるジャンルのアーティストが並列に観られることもポジティヴに考えています。

落札率が95.3%という高い基準を記録した理由

――11月6日に開催したオークション「NEW 001」を振り返って、まずは感想を教えてください。

木村:初めてのオークションでしたが、システムトラブルもなくスムーズに運営できたことにまずほっとしました。あとは、参加者も多かったですし、何より会場の雰囲気が素晴らしかった。オークションは参加者が多ければ良いわけではなく、盛り上がっていることが求められます。通常は会場に来ないで電話やオンラインだけで競っている人も少なくありませんが、今回は会場からの入札件数が一番多く、落札率が95.3%という高い数字になりました。

その中でおもしろかったのは、ある顧客がウォーホルやカウズのようなポップアートを購入すると想像していたら、ピカソの作品を落札したことがありました。マーケットが成熟してくると“みんなと同じ”ではなく、いろいろな作風のアーティストに興味を持つと思いますので、この体験もオークションならではと言えます。

――落札金額が合計5億5477万7250円(販売手数料込み)を記録しました。落札率も含めて、活気のあるオークションになりましたが、その原因は何だと考えますか?

木村:作品の魅力を上手に伝えられたことだと思います。また、エスティメートの価格も魅力的な数字に抑えられたことも大きいですね。これは出品者の協力があってからこそです。あとはいろいろな人が会場に来ていただいたので、予想以上に盛り上がったという印象ですね。

――出点作品は約130点で、美術史で目にする巨匠から日本でも人気の高い現代美術家までのラインアップでしたが、アーティストのキュレーションはどのように組み立てたのでしょうか?

木村:まず、作品点数は展示場所や人員なども含めて限界が130点くらいと算出しました。その中で、アートに詳しい人も、まだアートを購入したことのない人も楽しめるようにできるだけ幅広く作品を集めました。

大まかに集めたい作家の時代と作品の傾向を決めて、そこから出品者と交渉を進めていきました。金額に関わらずできるだけ自分たちも欲しくなるような作品を意識して集めていきました。

――出品者の反応はどうでしたか?

木村:還元金制度については「必要なこと」と肯定的な意見が多かったです。また、カタログやブランディングに関しても出品者の方は喜んでいただけていたと思います。

――最高落札価格を記録したのが、ジョージ・コンドの《Little Ricky》(2004)で1億3800万円でした。今年国内で開催されたアートオークションで2番目の高額でしたが、この状況は想定していましたか?

木村:あれだけのジョージ・コンドの作品が国内のオークションに出ることは初めてでした。国内の所有者だったのですが、ご出品いただいたことに感謝しています。作品に関しては、世界的にもトップクラスの人気アーティストなので、当然入札はあるだろうと思っていましたが、それが国内の方かどうかが重要でしたね。落札者は海外の方でしたが、日本の方もかなり競ってくれていました。日本でも優れたアーティストの作品は入札されるという、日本の可能性を改めて感じることができました。

「NEW AUCTION」を通じた資金が、既存マーケットのサイクルに限らず循環する仕組み

――アートバブルの状況下で「NEW AUCTION」はどのような運営を考えていますか?

木村:帝国ホテルでスーツを着て行うオークションもありますが、「NEW AUCTION」は、できる限り原宿という街に根差したオークションを目指しています。ヨーロッパに行くと散歩がてらオークションに参加して、気に入った作品があれば購入する人が多くいますよね。カジュアルさだったり、買いやすさといった気軽に楽しめる場であることを意識しています。お客様も僕達も楽しめるようなことを考えて運営できれば一番良いです。

――2021年上半期に美術品オークションは2019年上半期と比較すると3%増加したという報告もあります(Artmarket.comより)。オンラインマーケットの活性化も大きな要因と考えますが、コロナ禍でのオークションマーケットとそれ以前ではどのような変化がありましたか?

木村:世界中から手軽に入札できる仕組みの確立で、オークションハウスも一気にオンライン化が進みました。作品を手軽に画像で判断し、購入する人は増えたと思います。生活が便利になることにはポジティヴですが、一方でフィジカルな鑑賞体験は不可欠です。オンラインでは良さが伝わりきらないことも多いですから。

――今、注目しているマーケットは何ですか?

木村:現状、社会的にマイノリティーなアーティストが活動の場としてアートが注目されていますよね。現在、「NEW AUCTION」のメンバーの川口は、元々ニューヨークを拠点に活動していましたので、黒人のアーティストをキュレ―ションする友人がいて、SAIでも展覧会を計画していましたが、コロナ禍でまだ実現はできていません。物理的な理由の他に、そのアーティストの作品を日本で展示して、制作背景まで理解してもらえるかを懸念しています。マーケットで売れているかどうかは別として、日本人が文脈をしっかりと理解できるのか、より深い意義が伝えられるのかなど、注目はしているもののもっと考えないといけない部分があると。それを考えた上で、どういう反応があるのかわからないけどチャレンジするのがギャラリーの使命だとは思います。

――今後のNEW AUCTIONの展望を教えてください。

木村:他者に流されず徐々に輪を広げ、オークション文化を日本により根付かせていこうと考えています。今回の「NEW 001」は、ファッション業界の方々からもポジティヴな意見を頂きましたし、「NEW AUCTION」のロゴの“NEW”の“W”にもう1本、斜線を加えているのは、コミュニティーを広げる、次につなげるというメッセージも込めています。

また、例えば、海外のアートブックの日本語翻訳版を出版したいという考えがあれば、オークションを活用した資金調達を提案したり、その仕組みとして稼働するような役割も担えたらいいですね。「NEW AUCTION」を通してアートが循環し、その収益の一部がアートマーケットの隅々まで行き渡るようなイメージ。そういうことができるといいなと思っています。

木村俊介
ミヤシタパークのアートスペース・SAIディレクター、「NEW AUCTION」ディレクター。国内のオークション会社に勤務し、原宿にフォーカスしたオークション「Harajuku Auction」の企画や音楽にまつわるアートを集めた「ART+MUSIC」というオークションを開催。その後、en one tokyoに移り、SAIのディレクターとして運営も手掛ける。11月に「NEW AUCTION」を発足し第1回となるオークション「NEW 001」を開催した。

Photography Kazuo Yoshida

author:

芦澤純

1981年生まれ。大学卒業後、編集プロダクションで出版社のカルチャーコンテンツやファッションカタログの制作に従事。数年の海外放浪の後、2011年にINFASパブリケーションズに入社。2015年に復刊したカルチャー誌「スタジオ・ボイス」ではマネジングエディターとしてVol.406「YOUTH OF TODAY」~Vol.410「VS」までを担当。その後、「WWDジャパン」「WWD JAPAN.com」のシニアエディターとして主にメンズコレクションを担当し、ロンドンをはじめ、ピッティやミラノ、パリなどの海外コレクションを取材した。2020年7月から「TOKION」エディトリアルディレクター。

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