アート連載「境界のかたち」Vol.4 「VABF」ウェブ・ディレクター萩原俊矢が考える、ポストコロナにおけるアート表現のオルタナティブ性

ビジネスからサイエンスに至るまで、アートの必要性を説くシチュエーションが激増している。コロナ禍で見える世界は変わらないものの、人々の心情が変容していく中で、その心はアートに対してどう反応するのか。ギャラリストやアーティスト、コレクターらが、ポストコロナにおけるアートを対象として、次代に現れるイメージを考察する。

第4回は昨年11月にバーチャル空間で実施されたアートブックフェア「VIRTUAL ART BOOK FAIR(VABF)」のウェブ・ディレクションを担当した萩原俊矢が登場。年に一度アートブックの祭典として2009年から開催されてきた「TOKYO ART BOOK FAIR(TABF)」は昨年、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡⼤防⽌の観点から東京都現代美術館での開催を見送り、新しい試みとしてバーチャル空間での開催を実現した。

「POST」「Utrecht」「twelvebooks」らをはじめとするアート専門のショップ、レーベルが約230組参加した今回の「VABF」において、萩原は何を意識し、どのようにウェブサイトを作り上げたのか。また、これまで多くのウェブディレクションを手掛けてきた経験から、ポストコロナ時代の表現の1つとなるであろうデジタルメディアにどんな可能性を見ているのだろうか。

どうしたら来場者が「VABF」でディグりたくなるだろう?

――まずは、昨年開催された「VABF」の設計について伺いたいと思います。「TABF」の会場をデジタルで再現したということですが、UX設計において意識した点を教えてください。

萩原俊矢(以下、萩原):「VABF」ではたくさんの関係者と協業をしていて、僕はウェブディレクターとして全体の取りまとめを担当しました。3D空間でやりたいというのは「TABF」メンバーからの発案なんです。むしろ、これまでウェブ制作を専門でやってきた僕としては、Web 3Dは大変だぞと(笑)。ウェブの導線をどうすれば使いやすいかという観点では僕はプロですが、3Dのサイトを作るというのはもはや空間設計だと思ったので、デザイナーの田中義久さんにご紹介いただいて、ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展にも参加している建築家の砂山(太一)さん、木内(俊克)さんにもご参加いただきました。

3Dを用いた情報表現はどうしてもゲームに近くなります。フォートナイトというゲームの世界でトラビス・スコットや米津玄師氏がライヴをやったのは有名ですが、コロナ禍でこういったゲームを始めたお客さんも多いと思うので、そのクオリティで勝負しても勝てないだろうと感じました。だから、「VABFはゲームではない」、ということはすごく意識しました。その上で、デジタル空間では重力すらもプログラミングしなきゃいけないので、「そもそも重力いるんだっけ?」「会場って建物である必要ある?」みたいな話を時間のない中で繰り返して、何を作るべきかをゼロからみんなで考えました。

また、ブックフェアで大事なことって、「偶然発見する楽しみ」だと思うんです。自分自身の興味としても「ディグる」という行為が気になっていたので、どうすればお客さんがこの会場でディグってくれるか、をすごく考えました。今の時代、情報は向こうからやって来るので、なかなか人々は能動的にディグらないですし、スマホサイトなんて気軽に閉じちゃえますから。

――今回のVABFでは閲覧環境としてGoogle Chormeブラウザを推奨されていましたが、あれは意図的ですか。

萩原:痛いところですね(笑)。基本的にグラフィックデザイナーはデザインをする際にまず用紙サイズを決めてデザインを始めるわけですが、ウェブは完成して見る瞬間にサイズやスペックが決まります。それがおもしろさでもあるのですが、そんな環境で Web3Dをやろうとすると、かなり最適化しなければいけない。しかも、スマホって負荷がかかるとすぐ落ちちゃうんですよ。今回もスマートフォンで閲覧するユーザがたくさんいるという前提があったので、最後までちゃんと動くわからなくてドキドキしました。3DパートのエンジニアのAMAGIさんがかなり工夫をしてくださって、最終的にはほとんどの環境で閲覧できるようにできましたが、やっぱりある程度はお客さんの閲覧環境を限定できるとありがたいですね。

――「TABF」をデジタル・プラットフォームにしたことで、良かった点はなんですか?

萩原:やっぱり、会場にわざわざ行かなくて良くなったことは大きいですね。開催を決めた当時はコロナの第2波が来るんじゃないかという深刻な雰囲気もあって、自宅で楽しめるコンテンツを求めている方も多かったので、バーチャルでも遊びに行けるんだという前向きなコメントをたくさんいただきました。また、今回はオランダにフィーチャーした企画がありましたが、オランダにいる友達がサイトを見たと連絡をくれたのも、バーチャルならではだったなと思います。

――一方で、バーチャルにすることで消えてしまったものは?

萩原:人々が一堂に会する熱量であったり、清澄白河まで行く道中で知り合いに会ったり、本をたくさん買ってカバンが重たくなる感覚、出店者がどんな表情をしているかなど、バーチャルではできないことがたくさんありました。ウェブというのは、基本的に誰かがアップロードしたものしか存在しないので、間違ったもの、変なものは上がらないんですよね。あらためて、そういう情報こそ大事だよなということを痛感しました。

デジタルの課題は演出を感じさせない“エラー”

――道を歩いていて石ころに目がいくような、エラーというか、偶発的に得られる情報ってどうしてもフィジカルの方が強いですよね。

萩原:まさに、そうなんです。今回の会場でも出店者がブースの中で自由に本をレイアウトできるとか、余白があって気配が漏れ出るような構造を意識はしたんですが、偶発性には限度がある。「石ころ」は「道端」というプラットフォーム上に存在しているコンテンツで、道路や都市という空間がない限りは存在できない。「つぶやき」というコンテンツがTwitterなくして存在しないように、石ころは現実にしか存在できない。

岸政彦さんが『断片的なものの社会学』という本の冒頭で石ころの話を書いています。路上に転がっている無数の石ころのうちどれでもいいからひとつ拾い上げる、と、「その瞬間」にこの広い世界で「その石」と出会えた偶然に強烈に感動するというような話です。それをウェブ用語に置き換えると「“エンゲージメント”の状態」だと思うんです。ウェブ業界では「いいね」したり、リンクを「クリック」したりする行為を「エンゲージメント」と言ったりします。コンテンツとユーザが結びついた状態のことですね。たしかに、ウェブ上でも、誰かが投稿したなんてことのない写真を気に入って何度も見てしまうような、運命的な“エンゲージメント”は存在するもので、こうした感動をどうしたらデザインできるのだろうかと思います。まったくおこがましい話なのかもしれませんが。

あと、石ころはそのものを家に持ち帰ることができますが、気に入ったウェブ上の写真をキャプチャしてjpegとして保存したり、プリントアウトして部屋に貼ったときに、その写真とユーザはエンゲージされていると言えるのか、ということをちょうど昨日考えていました(笑)。

――もし実空間と仮想空間の両方で同じ展示をしたとして、それらははたして「同じ」ものになるのでしょうか。

萩原:最近VRゴーグルの「Oculus Quest 2」を買ったんですけど、目の前すべてがバーチャル空間になると、かなり現実っぽいなということを感じます。卓球をやっても、現実の体験に感じます。これをマウスとカーソルでやってももどかしいだけですからね。ただ、例えば、「絵の具で描かれた絵画作品を見る」というような行為は、VRでは限界があると思います。作品のマチエールやオブジェクトそのものを見ることはできないので。一方で作品がインスタレーションやパフォーマンスであれば、それはバーチャル空間でも成り立つものだと思います。小泉明郎さんの「縛られたプロメテウス」というVR演劇作品があるんですが、非常にユニークな VR の使い方を試みられています。今後もいろんなジャンルの方がVRや仮装空間を用いた展示をやると思うのですが、そういったバーチャルな世界では、重力すらもあらかじめプログラミングすることになるので、「作品」と「環境」の違いや、そもそも何を持って「展覧会」と呼ぶのかとか、その境界線はどんどん曖昧になっていくと思います。

――現実の展覧会では時間によって光の入り方が変わって作品の見え方も変わりますよね。

萩原:確かに、自然照明に近い環境にあるギャラリーだと、時間帯によって作品の感じ方は違います。これを仮想空間でやろうとすると、光量などをすべてプログラムで記述する必要があって、いちいち「仕立てる感じ」になってしまうんです。全部が演出っぽくなってしまうのは、ある意味でデジタルの課題ですよね。

新しいカウンターはデジタル作品をNFTで売るようなアートと経済の両立

――以前「ルイス・バラガンの家」をデジタル上に再現している人がいたのですが、どうしても本物とは違うものになっていました。

萩原:ジェームズ・タレルの作品とかもおもしろくなさそうですよね。いや、むしろタレルが演出とわりきってそんな作品を作ったら楽しいか(笑)。でも実空間の作品がもつ「ありがたさ」みたいなものは失われそうですね。今回の「VABF」では、ラファエル・ローゼンダールがバーチャルな公園内に彫刻作品を大規模に展示したのですが、彼も「いつか実際の公園でこれをやりたい」と言っていて。やっぱりバーチャルだから攻められるところと、リアルの「ありがたさ」みたいなものはお互いあるよなあ、と思いました。

――そうした話を聞くと、デジタルとリアルという場所において、やる側も見る側も自由を求めていて、オルタナティブでやっているという印象があります。アートにおいてオルタナティブな場を探る動きは今後も活発になっていくと思いますか?

萩原:リアルでしかできないことはたくさんあるので、これまでの制度が簡単に崩れることはないでしょう。今はまだ「仕方なく」オンライン飲み会をしていると思いますが、「むしろオンライン飲みのほうが楽しいよね」という感覚が広まると、さらにオルタナティブな動きは活発になるでしょうね。最近は友人と「Among Us」というゲーム・プラットフォームでゲームをしながら飲んだりもしてるのですが、それはそれで楽しいんです。そんなふうに、オルタナティブな場は活発にはなると思いますが、Kindleが出てきたから紙の本がすべてなくなるかというとそうでないように、全部がデジタルに置き換わることはないと思います。その比率は変わるかもしれないですが。

――デジタルとリアルという点では、ウェブ上から「ダウンロード」できる本のみを取り扱う「TRANS BOOKS DOWNLOADs」を昨年の12月に武蔵小山の「same gallery」で開催されました。

萩原:「TRANS BOOKS」の主旨は、本をデジタルやアナログを超えたメディア、表現を考えるきっかけを提供してくれるプラットフォームであると捉え、本を題目にこれからのメディアの在り方について探求することにあります。「本」といっても電子書籍やオーディオブックなどいろんな形があって、コンテンツが同じだとしても、その見せ方や形態はいろいろとあります。だから、VRで本と呼べる体験はなにかとか、ツイートをまとめただけでも本になりえるのかとか、どこまでが「本」と呼べるのかといったことを考えてきました。

そんな中で、コロナによっていろんな人がインターネットにやってきた。これまでリアルな世界で行われていたことをどうにかしてオンライン化しようとする「アップロード」の流れがやってきたんです。先ほどの飲み会もそうだけど、もしかすると、このアップロードという行為によって、もともとの大事な部分が失われてるんじゃないかと考えました。だったら、そのこぼれ落ちたものを探るために、反対にある「ダウンロード」をテーマにして、データを手元やスマホに落として体験する「本」を提案するプロジェクトを企てました。

データ化された「本」を見ていて気付いたのは、立ち読みができないということ。ちょっと読もうとしても、データを複製してしまったら、それは立ち読みではなくて、もはや本物と変わらない。立ち読みって、簡単には複製できない紙の本だからこそできる行為なんだと気付いたんです。そこで、データを立ち読みできる会場として「same gallery」を使わせてもらって、展示をしました。参加作家の皆さんに「ダウンロードするとは何か」ということを考えてもらった作品を会場で立ち読みできるようにして、気に入ったらデータを買ってもらうという流れを作りました。

――今後もアートフェアやフィジカルなイベントを大体的に開催できるまではしばらく時間がかかりそうです。最後に、デジタル化が当たり前に進んでいく中で、萩原さんが感じる新たなカウンター的な動き、挑戦したいことはありますか?

萩原:これは展望ではないんですが、NFT(Non Fungible Token:非代替性トークン)が流行ってますよね。あるデジタルデータの所有者を証明するような技術のことで、例えば、世界最初のツイートがNFTで数億円で売買されるようなことがあったり、アート作品をNFTで売るギャラリーも出てきて、ある種のバブルみたいになっています。僕自身はそれほど期待しているわけではないのですが、経済との両立ができるようになると、この流れは活発になるのかなと感じています。

個人的な話だと、ポリコレなどの話題もありますが、最近のソーシャルメディアに限界がきているように感じています。それらは基本的にはユーザの感情を外部に漏れ出させて成り立っているメディアだと思うんです。情報発信を誰にでもオープンにしたという良い面もたくさんあるけど、根底には嫉妬や焦燥感がある。だから、自分の感情を外に出さなくてよいメディアを作ってみたいなと思っています。静かに情報楽しむ体験というか、プロダクトというか、そういうことに挑戦したいという気持ちがあります。

萩原俊矢
1984年生まれ。ウェブデザイナー。2012年にセミトランスペアレント・デザインを経て独立。ウェブデザインやネットアート分野を中心に活動する。2020年には「VABF」のウェブディレクションや東京都写真美術館で開催された「エキソニモUN-DEAD-LINK展」のインターネット会場を担当したほか、「twelvebooks」や「skwat」などのウェブも数多く手掛ける。文化庁メディア芸術祭新人賞や東京TDC RGB賞などを受賞。

Edit Jun Ashizawa(TOKION)

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author:

角田貴広

1991年、大阪生まれ。東京大学大学院医学部医学系研究科中退。ファッション業界紙「WWDジャパン」でのウェブメディア運営・編集を経て、フリーランスに。現在はメディアでの執筆、複数企業のオウンドメディア運営などに関わるほか、HOTEL SHE,などを手掛けるホテルベンチャーL&Gにて企画・戦略全般を担当。

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