ビジネスからサイエンスに至るまで、アートの必要性を説くシチュエーションが激増している。コロナ禍で見える世界は変わらないものの、人々の心情が変容していく中で、その心はアートに対してどう反応するのか。ギャラリストやアーティスト、コレクター等が、ポストコロナにおけるアートを対象として、次代に現れるイメージを考察する。
第6回はニューヨーク発のアート系ウェブメディア「ホワイトホット・マガジン」の編集長ノア・ベッカーが登場。「ホワイトホット・マガジン」は多くのメディアがニューヨークにある現代アートを扱うメディアの最高峰と評価。ニュ―ヨークのコンテンポラリーアートをベースにしながらも、“ホワイトホット・シティーズ”では世界各国のアートライターと連携し、現地の新鋭アーティストの発掘やアンダーグラウンドなムーブメントも扱っている。日本からはポップ・アーティストのKAORUKOやお笑い芸人で野性爆弾のくっきー!等のインタビューも公開している。
自身は、ペインターとして活動しNYやロサンゼルス、トロント、スイスなど欧米で個展を開催するアーティストであり、「アート・イン・アメリカ」「ハフポスト」など、伝統的なメディアに寄稿を続ける美術評論家でもある。さらには、ジャズサックス奏者として、アルバム『Where We Are』をリリース。現代ジャズシーンのギタリストとして名を馳せるカート・ローゼンウィンケルやジャジー・ローファイサウンドの代表的トラックメイカーでラッパーのモカ・オンリー等が参加している。2018年にはジャズクラブ「ヴィレッジ・ヴァンガード」でサックス奏者、デヴィッド・マレイとの共演も果たした。音楽と美術、アーティストと評論家の世界を横断し、常に新しい表現の可能性を追求しているノアの目には、アートの現状がどう映っているのか。
圧倒的な知見と文章力のライターをディレクションする仕組み
−−現代美術家、ジャズ・ミュージシャンとして活動をしていますが、2005年に「ホワイトホット・マガジン」を創刊するきっかけは何だったのでしょうか?
ノア・ベッカー(以下、ノア):当時のアートの世界では、それまでと異なるタイプのメディアを必要としている流れを感じていました。かなり野心的なアイデアだったので、スタート当初は、ここまで成長するとは思っていませんでしたね。
−−「ホワイトホット・マガジン」の特徴を教えてください。
ノア:アートの世界で本当に何が起きているのかを的確に把握するようにしています。コロナ以前は、NYで開催されていたほとんどのアートイベントに参加していました。現在は世界中で少しずつ活動が再開していて、バーチャルのトライアルも増えてきていますが、もう少し時間はかかるはず。その中で9月にニューヨークで開催される「スプリング・ブレイク・アート・ショー」にはアーティストとして作品を出展しますし、他にもいくつか展覧会を開催する予定があります。
−−多くのメディアが、「ホワイトホット・マガジン」をニューヨークで最も重要なアートメディアの1つと評価しています。新鋭のメディアとしてこだわりはなんですか?
ノア:世界中のアートに興味のある読者に「ホワイトホット・マガジン」を、アートについての情報を得るための最良のメディアだと感じてもらうことです。それに関しては、ライターの力が不可欠。現在、寄稿していただいているライターは、アートについての文章力はずば抜けていると思います。彼等の記事を読み、新たなライターが応募してきます。「ホワイトホット・マガジン」の知名度が上がり、日々多くの人からのポジティブな反応を得られるまでに、しばらく時間がかかりました。ただ、今起きていること、見るべきアーティストや作品にフォーカスしているだけなんです。ライターの深い考察こそが強みだと思います。
−−アーティスト、ミュージシャンとしてのキャリアは、エディターやライターとしての仕事にどのような影響を与えていますか?
ノア:複数のキャリアを持っていることで、知名度は上がったと思います。最近は、活動の幅を広げることが、自身のキャリアの可能性を高めることに直結していると考えるようになりました。
−−世界中のネットワークを活用した“ホワイトホット・シティーズ”は、各国のアーティストに関するコンテンツを集約しています。“ホワイトホット・トーキョー”も含まれていますが、日本人で気になるアーティストと可能性について教えてください。
ノア:これまでに、アーティストとして大きな可能性を秘めているコメディアンで野性爆弾のくっきー!とポップアーティストのKAORUKOをインタビューしました。KAORUKOの日本の伝統的な美術をミックスした様式のファンですし、くっきー!は素晴らしいユーモアのセンスを持っています。彼は作品を作りながら、一見、恐ろしいとさえ思えるユーモアを表現していますよね。大好きなアーティスト達です。日本人アーティストは、ポップアートを理解しています。村上隆が良い例。日本の版画も気に入っていますし、奈良美智はクールですよね。
2.“Night Ritual” 2019, 48×36インチ
3.“Repository of Cultural Objects at Sunset”, 2019, 48×36インチ
4.“Head #4”, 2012, 30×24インチ
©Noah Becker
ジャズミュージシャンの活動から考えるアートと音楽の関係
−−今特に注目をしているアーティストやムーブメントはありますか?
ノア:ニューヨーク市内のコンテンポラリーアートは、ウォーホルやバスキアの歴史でもありますが、現在のアーティストが、ニューヨークの著名なアートの歴史をどのように解釈するかに興味があります。
−−「ホワイトホット・ギャラリー」で、アーティストを紹介する際の視点は何ですか?
ノア:特に決まった方針はなく、純粋に自分の関心事やおもしろいと感じたアーティストを紹介しています。
−−ジャズ・ミュージシャンとしてのキャリアについて教えてください。
ノア:絵を描き始める前から、サックスの演奏はしていたんですよ。始めたのは11歳から。ジャズサックスはこれまで一貫してやってきたこと。今までに多くの有名なジャズクラブで演奏をしましたし、大勢の有名なジャズ・ミュージシャンとも共演をしました。
−−カート・ローゼンウィンケルとアルバム『Where We Are』をリリースし、2010年に公開されたニューヨークのアートシーンを描いたドキュメンタリー映画『New York Is Now』の、サウンドトラックにも楽曲を提供しています。 2018年には、ヴィレッジ・ヴァンガードでデヴィッド・マーレイと共演されました。自分の人生に影響を与えたミュージシャンは誰ですか?
ノア:昔から、チャーリー・パーカーが大好きです。実はチャーリーと僕の頭蓋骨の形がよく似ているんです。レントゲン写真で見比べるとよくわかります。そのためなのか、常に彼の作り出すバイブレーションに共感してきました。音楽は純粋に美しくて、作曲も自然発生的なんですよね。
−−ジャズ・ミュージシャンとしてのキャリアは、現代美術の作風にどのような影響を与えていますか?
ノア:人によっては、影響はあると聞きますが、個人的にはないと思っています。
−−アートと音楽の関係性についてどう考えますか?
ノア:音楽は時間の経過を装飾することができます。同じ意味でヴィジュアル・アートにもその可能性がある。ヴィジュアル・アートとは、絵画という意味です。両方とも制作する際のプロセスはかなり異なりますが、時間の流れの中に存在し続けます。
−−ポスト・コロナのアート・シーンにはどんな変化が起きると思いますか? 可能性も含めて教えてください。
ノア:コロナのパンデミックが収束に向かっているのでうれしいですし、ワクチンの力ですべてが“通常”に戻ることを望んでいます。ジャズ・クラブやアート・ギャラリーが少しずつ再開していることもうれしいニュースです。また、今、デジタルアートとフィジカルアートの作品を同時に制作しているところです。NFTアートももちろんですが、できる限りクリエイティブなツールは駆使するべきでしょうね。