短編映画『絶滅危惧種』で描かれた“野崎くん”の世界

クリエイターの発掘・育成を目的に、山田孝之、阿部進之介、伊藤主税によって発足した短編映画プロジェクト「MIRRORLIAR FILMS(ミラーライアーフィルムズ)」は、さまざまなジャンルで活動する36人の監督が“変化”をテーマに制作した。36作品の中の1つ、『絶滅危惧種』で野崎浩貴が映した吸血鬼とゾンビと人間の優しくも小さな棘が存在する世界。本作の制作秘話や彼の世界観を形成した背景を紐解く。

まるで呼吸をするように動物園や水族館に足繁く通いながら、映像制作に関わる日々を送っている“野崎くん”こと野崎浩貴。彼が、短編映画オムニバスプロジェクト「MIRRORLIAR FILMS」の1作品として初の劇場公開作品を完成させた。この短編映画『絶滅危惧種』は、マジョリティーに存在しているマイノリティーという骨子、子ども達を見つめる眼差し、ゾンビや吸血鬼やクリーチャーを愛でるような趣向、そして、動物園の描写と、15分の中で野崎くんの独創的な作家性やある種のフェティシズムを凝縮したような内容になっている。このインタビューでは『絶滅危惧種』の背景を紐解きながら、いまだ謎多き野崎くんの実像に迫ってみた。

16万回再生された話題のショートフィルム制作から5年。サラリーマンから映像監督へ

──野崎くんがYouTubeで公開した菅田将暉さん主演のショートフィルムSummer breakを監督したのは、2017年でしたよね。

野崎浩貴(以下、野崎):そうです。玉ちゃん(ファッションブランド、「TTT MSW」のデザイナーである玉田翔太)とダッチくん(映像作家の山田健人)と一緒に作りました。僕がまだサラリーマンをやっていた時ですね。

──あの作品以降、野崎くんがいつか劇場公開の映画を撮ることは周りの近しい人達は漠然と感じていたと思うのですが、野崎くん自身は映画を撮りたいという気持ちはずっと持ち続けていたんですか?

野崎:そうですね。サラリーマンを辞めて4、5年経つんですけど、そこからフリーの立場でドラマの脚本のお手伝いや映画のプロット協力をちょこちょこやっていて。自分が監督を務めるイメージで長編映画の脚本やプロットを勝手に書いたりもしていたんですけど、やっぱり映画はそんな簡単に撮れるものじゃないので。主に一番の問題はお金ですけど(笑)。

──まずはバジェットをどのように集めるかという大きな壁がありますよね。

野崎:そうなんですよね。実はここ数年の間に自分の監督作品を撮ろうと動いていたところもあったんですが、コロナなどもありそれがずれ込んでしまっていて。そんなタイミングで今回の短編企画のオファーをいただいたんです。

──そういう流れだったんですね。

野崎:結果として、短編ですが今回、自分が監督する初の劇場公開作品になったという感じですね。オファーをいただいたのはたしか2020年の夏頃でした。今回の短編企画もまたコロナの影響で公開が数ヵ月延びてしまいましたが。先日完成披露上映会があったんですが、やっぱり劇場のデカいスクリーンで観るのは特別な喜びがありました。尺が15分の短編といっても、映画館のように逃げられない空間で観てもらえるのはいいなあと。パソコンで観ると(シーンを)飛ばせちゃいますし(笑)。あとはオムニバス作品が劇場公開されることも貴重だし、試みとしてもすごくありがたかったです。

ゾンビと人間が共存する『絶滅危惧種』制作の過程

──この『絶滅危惧種』は野崎くんの作家性の特色が15分の中に凝縮されていると思うんですね。マジョリティーの中に存在しているマイノリティーという骨子であり、子ども達を見つめる眼差しであり、ゾンビや吸血鬼やクリーチャーを愛でるような趣向であり、そして、動物園の描写であり。自分の作家性や趣向を凝縮する、という意識はプロットを書く時点からありましたか?

野崎:そうですね。まず、今回の企画のオファーをいただいた時に100万円という規定の予算感も鑑みながら5つか6つくらいプロットを作ったんです。だから、『絶滅危惧種』とは全く異なる物語が他にもあって。予算的に難しいプロットもあれば、予算内で撮れそうな部屋で繰り広げられる話もあって。

──それは密室劇的な?

野崎:そうです。ただ、この予算感だと登場人物が限られるから密室劇的な作品が絶対に多くなるだろうなと思ったし、お客さんのことを考えたらバリエーションがあったほうがいいなと思ったんです。だったら一度予算のことは置いておいて、自分の好きな要素を詰め込んだ作品にしたいと思って。今Netflixの『ストレンジャー・シングス 未知の世界』やジュブナイルものの人気が高いし、僕自身が『学校の怪談』などが小さい頃から好きだったので、子どもが主人公で、かつ自分の好きな要素を入れた物語を作ってみようと。だいぶ要素を入れすぎちゃった感もありますけど(笑)。そして最終的にクラウドファンディングで多くの方々のご支援もあって完成することができました。

──でも、やっぱり動物園の動物達の切り取り方もそうだし、野崎くんにしか撮れない画だけで作品が構築されてますよね。

野崎:嬉しいです。15分の尺なのに1分半も動物の画がありますからね(笑)。15秒くらいだと状況説明になってしまうので、違和感を覚えるくらい長く使いたい気持ちがあったので。編集の方と尺を調整している時も15分ギリギリになるからどこか削らないといけなくなったんですけど、動物のシーンの1分半は絶対に削らないようにしました。

──『絶滅危惧種』というタイトルとテーマはプロットの段階から決まっていたんですか?

野崎:そうですね。人間よりも人ならざるものがマジョリティーになっているみたいな世界は『地球最後の男』や『アイ・アム・レジェンド』、『デイブレイカー』など、いろいろありますけど、今回はゾンビも吸血鬼も人間のことを襲わない世界で、さらに人間がマイノリティーとして特別扱いされていてポジティブな差別を受けてる話にしようと思って。だから、ホラー的な要素はいっぱいあるけど、1ミリも怖くないんです(笑)

──ただ、不可思議な怖さみたいなものは空気としてずっとそこはかとなく漂ってますよね。

野崎:あ、そういう感じもありました?(笑)。

──ありましたね(笑)。冒頭のドッジボールのシーンから。主人公の男の子を通して、例えばロイヤルファミリーが一般人の中で覚える違和感ってこういう感じなのかなと思ったり。

野崎:そうですね。ネガティブないじめではなく、向こうは特別扱いしてくれるけど、こっちの気持ちをなんとも汲んでもらえない孤立感というか。すごく嫌なやつは1人も出てこないんだけど、その中で悶々としている主人公を描きたくて。あからさまにいじめを受けていたら、そんなの最悪でしょということになるけど、そういうわけじゃないからなお居心地が悪い(笑)。

──子ども達への演出や演技指導はどうでしたか? 特有の難しさとおもしろさが両方あったのではないかと想像しますが。

野崎:子どもって本当に集中力が切れるスイッチがあるんですよね。まあ、大人もそうですが。スイッチが切れたらその瞬間から「ワーッ!」って遊び始めちゃう。あとは何時間かすると、「お母さん!」って母親を呼びに行っちゃったり(笑)。そういうことも含めて子ども達を演出するのは楽しかったです。

幼少期の実体験から生まれたマイノリティの意識

──野崎くんの中で、こういう居心地の悪い優しさによる疎外感みたいなものはずっと描きたい感覚としてあったんですか?

野崎:無意識の中でもそういうことを感じながら生きてきたんだと思います。自分が小学生の頃に考えていたこともちょっと反映しているので。僕はロイヤルファミリーではないので(笑)、集団の中で特別扱いされるああいう孤立感を覚えたことはないですが、小学生くらいから集団社会の怖さって生まれるじゃないですか。例えば、みんなで騒いでいたのに、僕と何人かだけ先生に怒られて、みんなの前に立たされ、「授業妨害したんだから謝りなさい!」と言われたときに、それまで一緒に騒いでた人達も「謝れ! 謝れ!」って一変したり。

──ありますよねえ。

野崎:ああいう集団心理の怖さや危うさを感じる経験が小さい頃からあったので、マジョリティーに対してひねくれてる感覚をずっと持ってるかもしれないですね。

──裏を返せば自分はマイノリティー側の人間なんだという意識をずっと持っていたということ?

野崎:例えば自分が好きな作品等に対して、「そんな映画を観てるの?気持ち悪」とか、そういう意地悪をされたことはないですけど、好きなものは偏ってますよね。僕はお人好しで生きてきたけど、でもそれは嫌なことが積み重なって、お人好しになっちゃった部分もあるかもしれないです。

──お人好しというか、社会性はすごく高いですよね。

野崎:人は好きですよ。友達のことも大好きです。でも、そういう集団の空気に冷めちゃうこともありますね。

──ふと我に返って、真顔になるような。

野崎:はい。スポーツ観戦したり、みんなと一緒に盛り上がることもありますけど、たまに冷静になっちゃう時もありますね。

──野崎くんはつねに人間観察しているような印象があります。友達と一緒にいる時もその場を楽しみながら、それこそ動物園で動物を見つめるような眼差しで観察しているところもあるのかなと。個々人の生態の違いを観察しているというか……。

野崎:確かに動物園に頻繁に行くようになってから、生き物に対して全体的に──動物と同じように人間もいろんな人がいることに対して愛おしく感じるようになったところがあります。ムカつく人がいても、その人の子ども時代のことをイメージしてみたり(笑)。そうすると、あんまりムカッとこなくなったりして。勝手なイメージですけど、「この人はこういうことがあったから、こういう人になったのかな」って思うと、あまりその人を全否定するような感覚がなくなってくる。僕はムカついたりしてもそんな露骨に態度に出すことはないですけど、人に対してムカッ! とすることも大人になってきてだいぶなくなりました。あ、でもたまにありますね(笑)。

生き物の本能的な動作に惹かれる

──動物園に足繁く通うのが日常になったことが大きなターニングポイントでもあったんですね。

野崎:デカかったですね。就職活動もうまくいかず大学卒業後にフラフラしている時に動物園に頻繁に行くようになったんですが、当初は動物を観察するだけではなく、自分のことをいろいろ考える時間も動物園で過ごしていて。当時は日々、動物園に逃げてたから周りの友だちには心配されてましたけど(笑)。たぶん、思い返すと大学4年の就職活動の時が一番過剰に客観的に周りを見ようとしていた時期だったと思います。自分の好きなことを1回置いて、とりあえず周りに迎合する気持ちがあったんです。でも、結果的にうまくいかなかったし、自分にとっても楽しい時間ではなかった。今はお金を稼げてはいないですけど、幸福度はすごく高いですね。

──例えばODD Foot Worksの「KAMISAMA」のMVもそうですが、野崎くんの映像作品は咀嚼したり、何かを口から吸い込んだりする描写が多い気がします。あれは個人的なフェティシズムみたいなところもあるんですかね?

野崎:そうなんですよね(笑)。僕自身はあまり意識してなかったんですけど、今まで監督した作品を観るとだいたい何かを食べたり、口に入れてるんですよね。

──大仰に捉えるならば、咀嚼したり口にものを入れる行為は生きることとダイレクトに繋がる行為でもありますが、生き物の本能的な姿に惹かれる部分もあるのかなと。

野崎:どんな生き物でも食べないと死んでしまうし、どんな思想の人であろうが、食べてる時や寝る時はみんな同じような表情をしてる。だから好きなのかもしれないですね。誰もが生き物の顔になる瞬間というか。

──一番無防備でもありますしね。

野崎:そうですね。モグモグしてるのが好きなんですかね(笑)。

──モグモグタイムが(笑)。

野崎:「KAMISAMA」のMVも人を殺して遺体の頭から人の記憶(タピオカ)を吸い込むシーンがありました(笑)。でも、本物の血は本当に苦手なんです。見ると脳貧血みたいになって気持ち悪くなってしまうんです。でも、映画のフィクションの世界で血糊とか人工的に作られたドロドロしたものを見るのは好きなんですよね。だから、今回出てくる血の色も鮮血というよりは、ちょっとトーンが暗いです。

母親と観たホラー映画が原体験

──でも、その血の色も野崎くんカラーと言えますよね。本当に幼い頃からさまざまな映画に触れてきたと思うんですが、映画の原体験はなんだったんですか?

野崎:今は僕のほうが映画好きですけど、母親がよく家でホラー映画を観ていたんです。親戚にも「2、3歳の頃から実写のホラー映画を観てたよね」って言われます。

──幼い子どもにはホラー映画を見せないというのは一般的な暗黙のルールみたいなところがあるけども、野崎家は違ったんですね。

野崎:なんでなんですかね? 「子どもだからこういうのは観ちゃダメ」とか、そういうことは全然言われませんでした。保育園や小学校1年生くらいの頃には『チャイルド・プレイ』や『13日の金曜日』を観てましたから。実際に起こった事件の影響を取り沙汰されてホラー映画が叩かれ出したこともあって、地上波ではホラー映画がだんだん放送されなくなっていきましたけど、僕が小学生くらいの頃は地上波でも『13日の金曜日』などの映画も残酷なシーンは一部カットされたりしつつも放送されてましたからね。今回の撮影で小学生達と話してるとみんなNetflixで『イカゲーム』を観てるって言うんです。やっぱり小さい子も人が死んじゃう話やちょっと怖いものが好きなんだと思います。あと、いまだに覚えてるのが、2000年に『エクソシスト』のディレクターズカット版が公開されて。当時、僕は小5だったんですが、雪の降る年末に劇場に観に行ったんですね。ブリッジをしながら階段を降りてくるシーンが本当に怖くて。それがトラウマになって自分の家の階段を登れなくなっちゃったんですよね(笑)。そうやってちゃんとビクビクしながらホラー映画を観てる状態がすごく好きでした。

──さまざまなカルチャーに触れるきっかけはすべて映画だったんですね。

野崎:本当にそうでした。音楽の入り口もほとんど映画でしたし。中学生になって好きになるスリップノットやマリリン・マンソン、ロブ・ゾンビもホラー映画でよく流れていたから知りました。あとはガス・ヴァン・サントの『パラノイドパーク』をきっかけにエリオット・スミスにハマったり、『フルメタル・ジャケット』を観たらザ・ローリング・ストーンズの曲を聴きたくなっちゃうようになったり……。デヴィッド・ボウイの名曲なども映画で知りました。あとはレイジくん(OKAMOTO’Sのオカモトレイジ)と仲よくなったきっかけも映画でした。一時期は2人で1日3作品ハシゴすることもよくありました。映画をきっかけに仲よくなった友達も多いです。

──そして、仲良くなった人達と動物園に行くという。

野崎:そうですね。動物園のいいところは、みんながそれぞれ勝手な行動をとっても楽しめるところです。誰かと普通に会うと気を遣ったりもするけど、動物園で遊ぶと自由行動なのがいいですよね。

──でも、同じ時間を共有している感覚もありますよね。

野崎:そうなんですよね。そういう感じが、僕にとってはすごく楽しいです。

──最後に、ここから映画監督としてのヴィジョンを聞かせてください。

野崎:近いうちに長編を撮る準備をしていきたいです。本当に人が死なない、ホラーでも全くない作品を最初、長編で撮ってみたいと思って書いていたんです。それももちろん引き続きやりたいと思いつつ、今回自分の好きな要素を入れたらホラーをやりたくなっちゃって(笑)。やっぱり『学校の怪談』的な、子どもが主人公の怖い物語を書きたいです。それこそ、普通に血がいっぱい出る作品も撮りたい。そういう意味では『絶滅危惧種』で自分のルーツに戻れたからこそ、やりたいことがさらに増えました。本音は最初に作る劇場映画は人が一切死なない作品でデビューしたかったんですけどね(笑)。

野崎浩貴
1988年生まれ。映像クリエイター。大学卒業後は権利処理の仕事に就職する一方で、甲本ヒロトとラジオ番組で共演し、きゃりーぱみゅぱみゅの友人としてテレビ番組に出演する等、メディアにも出演する。2017年に「ウィゴー(WEGO)」のキャンペーンにも登場。水曜日のカンパネラのアルバム「UMA」のアートワークやツアーグッズのデザインを手掛ける他、ODD Foot Worksのシングル「KAMISAMA」の映像を制作も行う。菅田将暉が主演したショートフィルム「Summer break」は再生回数が12万回超えとなり、話題になった。

Edit Noriko Wada
Photography Yuki Aizawa

author:

三宅正一

1978年生まれ、東京都出身。雑誌「SWITCH」「EYESCREAM」の編集を経て、2004年に独立。音楽をはじめとしたカルチャー全般にわたる執筆を行う。Twitter:@miyakeshoichi Instagram:@miyakeshoichi

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