連載「ものがたりとものづくり」 vol.04:「ユキ フジサワ」主宰・藤澤ゆき

「ものづくり」の背景には、どのような「ものがたり」があるのだろうか? 本連載では、『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社)、『タイム・スリップ芥川賞 「文学って、なんのため?」と思う人のための日本文学入門』(ダイヤモンド社)の作者である菊池良が、各界のクリエイターをゲストに迎え、そのクリエイションにおける小説やエッセイなど言葉からの影響について、対話から解き明かしていく。第4回のゲストは「ユキ フジサワ(YUKI FUJISAWA)」を主宰する藤澤ゆきさんです。

「ユキ フジサワ」は、藤澤ゆきさんが主宰を務める2011年創業のテキスタイル/デザインレーベル。その代表作の「NEW VINTAGE」シリーズは、修繕されたヴィンテージ素材に箔押しや染め、レースをあしらうことで生まれる特別な魅力を宿したアートピースな一点物です。2020年からは、ヴィンテージではなく新たに熟練のニッターが手編みで仕上げるニットアイテムも発表。藤澤さんは、時間や記憶、経年変化していくことを尊重しながら、ファッションに新しい価値を提案し続けています。

そんな藤澤さんが挙げたのは次の3作品でした。

・荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン』(集英社)
・宮崎駿『風の谷のナウシカ』(徳間書店)
・羽海野チカ『3月のライオン』(白泉社)

さて、この3作品にはどんな”ものづくりとものがたり”があるのでしょうか?

人間の魂・本質を伝える人気シリーズの初の女性主人公に惹かれた、荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン』

──こちらの作品はいつごろ読まれたんでしょうか?

藤澤ゆき(以下、藤澤):2004年頃、中高生の頃に読みました。連載がちょうど終わったあとぐらいに読んだのだと思います。

兄が『ジョジョ』を買っていた影響で、わたしも第1部からぜんぶ読んでいて。兄は4部が好きなんですけれど、わたしは女性が主人公というのもあって『ストーンオーシャン』ですね。

『ジョジョ』のテーマは人間讃歌ですよね。人間の美しさと醜さを描いているところに惹かれます。荒木先生独特の美意識も好きで、人生の中でも多感な時期にハマった漫画なので、一番にあげました。

──『ストーンオーシャン』は『ジョジョの奇妙な冒険』の第6部で、『ジョジョ』シリーズはジョースター家の長い歴史を描いています。

藤澤:第一部、第二部と主人公は変わるけれど、物語が継承されていくところがおもしろくて斬新ですよね。

特に『ストーンオーシャン』は初の女性主人公で、荒木先生は女性を紋切り型で描かないところが共通してあって、それは自分が女性としてもやっぱり嬉しいですよね。

徐倫はどんな逆境にも負けない不屈の精神を持っていて、目的に向かって突き進む姿がかっこよくて憧れました。

──確かに『ジョジョ』は第1部から第5部まですべて男性が主人公。『ストーンオーシャン』は初の女性主人公で、それも刑務所から始まって、女性の囚人達と脱獄を試みる。ジョジョは『ストーンオーシャン』で一区切りになっていて、ある種の円環構造になっています。

藤澤:いまや国民的でみんな大好きなマンガじゃないですか。でも、最初小学生とかに読んだ時は絵柄が少し怖くて、ジャンプの後ろの方にある大人向けの漫画だと感じてました。恐る恐る読んでいくと、その独特なタッチに惹かれていきました。昨日寝る前に読み返していたら、グーグー・ドールズのようなちっちゃい猫が夢にいっぱいでてきました。

──むしろ絵に引き込まれていきますよね。

藤澤:肉体の描き方が特に美しいですよね。物語の中で描かれるファッションも素敵で、近年は漫画のジャンルを超えていく展開にも目が離せませんでした。

自分は美大受験時にデッサンも勉強したんですけど、荒木先生の人間の身体の描き方に心が震えます。あり得ない体勢をしているんだけど、イタリアの彫刻みたいに美しい。

そして荒木先生が哲学や自然化学など、様々なリアリティを物語に落とし込んでいく力に驚かされます。どうしてこういう表現ができるんだろうと。漫画を超えた総合芸術としていつも感動を受け取っています。

──ジョジョは「継承」が重要なテーマでもあるように思えます。『ストーンオーシャン』の中でも記憶を取り返すというやりとりがありましたよね。藤澤さんが提唱する「NEW VINTAGE」と共鳴するものがあるのかなと思いました。

藤澤:記憶や時間といったものに興味があります。ヴィンテージには人の気配が残っていることに浪漫を感じるんです。どこで誰が着ていたかわからないものが、また違う場所にたどりつく。わたしが染めや箔をあしらうことで、それを作った人も想像しえなかった表情に生まれ変わって、また次の人へ繋がっていく現象をつくることに興味が尽きません。

自分の作品が100年後にどこかの蚤の市に置いてあるとか、そういう姿を時々想像しています。「なんだ、このキラキラのニットは」「誰が作ったんだろう」って。

わたし達が今、ヴィンテージを手にとって感じるように、自分の作品にもそんな出会いが起こる未来を想像するとおもしろいです。

魂を込めて描かれた再生の物語に心打たれる、宮崎駿『風の谷のナウシカ』

──宮崎駿さんの『風の谷のナウシカ』。これは映画の原作漫画で、映画が上映されたあとも連載が続いて約10年かけて完結しています。

藤澤:小学生の時にアニメを見ました。高校生の時に原作漫画があると知って。でも、10代の時は何回読んでも最後まで理解できませんでした…。7巻まで読まれました? 難しかったですよね。

──難しかったです。それに絵が緻密で、読み解くのに時間がかかりました。

藤澤:これも本当に表現がすばらしいですよね。美しい。

宮崎さんの世界では、動物と心を通わせるシーンにぐっと来ます。カイが死んだ時には思わずだーっと涙がたれました。

自分も幼少期から猫や犬とずっと暮らしていて、生きものが大好きなので、旅先で動物のちいさい置き物を見つけると、つい手にとってしまいます。

──ナウシカはある意味で再生の物語ですよね。環境汚染も絡んでいます。

藤澤:作品の中に、人間の矛盾をすごく孕んでいて。『ジョジョ』もそうなんですけど、「その矛盾も美しい」みたいな。人間のグレーな曖昧な部分に興味があるんです。

──最後の展開も考えさせられますよね。映画の終わり方とはまた違った印象を受けます。

藤澤:そうですよね。だから、本当にクリエイターとして表現したかったんだろうなと思います。漫画編は映画の企画を通すために描き始めて、終わったあともずっと描いていらっしゃったと聞きました。

──いま奥付を見てみると161刷。ロングセラーです。

藤澤:国民的な作品ですね。

『ジョジョ』とも共通しているのは、作者が魂を削って書いているなというマンガに、自分は惹かれるんですね。その一筆から、紙からパワーが伝わってきますよね。

──『ジョジョ』もそうですが、「生命」や「継承」といったキーワードでつながるのかなと思いました。

登場人物達の自己と向き合う姿に励まされる、羽海野チカ『3月のライオン』

──3作品めは『3月のライオン』です。将棋をテーマにした作品で、アニメ化や映画化もされています。

藤澤:『ハチミツとクローバー』から羽海野チカ先生のファンなんです。こんな素晴らしい作品を、同時代に読めるっていうのは幸せですね。

YUKI FUJISAWAのアトリエが、ちょうど物語にも出てくる千駄ヶ谷なんです。将棋会館近辺には羽海野チカ先生が描いたマンホールがあって、近所の人がいつもきれいな状態にしていて、お散歩のたびにうれしくなります。

──主人公は棋士として戦いながら、周囲との関係性を築いていきます。

藤澤:人間ドラマなんですよね。将棋がテーマにはなっているんですけど。

独特の絵のタッチにも、前作から惹かれ続けています。ころころした子供の肉感とか、おいしいものを食べるときの紅潮したほっぺの表情とか、きらきらしたもの、小さい時に持っていた宝石のおもちゃみたいな「かわいい、うれしい」が羽海野先生の世界には詰まってるんです。

かわいさの反面、『3月のライオン』は主人公や周りの棋士たちが、自分の精神と向き合っていく過酷なシーンも多いんですよ。

描いている羽海野先生自身も、見えない穴のなかに飛び込んで戦っていくみたいなファイターのようで、尊敬します。お守りのような漫画ですね。

──クリエイターとしてのマインドや姿勢ということでしょうか。

藤澤:ものづくりをやっていて感じるのは、続けるのが一番大変だなといつも思っていて。

新しくおもしろいものを生み出し続ける、その心や状況をキープするのが難しくと感じます。本当に。だから、こうした魂のある作品たちに出会うたび、自分も一人の作り手として勇気をもらいます。

人や時間を介したからこそ宿るもの

──藤澤さんのブランドも今年11年目ということで、それもある意味で連載が続いているようなものでしょうか。

藤澤:確かにそうですね。2019年に原美術館で記憶をテーマにしたインスタレーションを発表をし、その時にブランドの第1部が終わった感覚がありました。

それまではヴィンテージの一点ものを中心にしていたんですけど、2020年からは手編みの職人さんと組んでアランニットを作っています。最初はミトンとマフラー、その次はニット帽と、この数年は小物を進めてきて、今年はセーターにも挑戦する予定です。

──「手編み」というところに、さきほども言っていた「ひとの気配」へのこだわりがあるように思えます。

藤澤:ヴィンテージや手編みのものを特別に感じるのは、時間や手仕事でこそ宿せる何かがあるのだと思います。

自分が手仕事でこころを込めて作ったものが、例えばすごく緊張する時や、大事な日に、身にまとったり、身につけた時に勇気が出る存在になれたらと願っています。

手や人を介したからこそ存在する気配があると感じていて、それを大切にしたいといつも思っています。

──生命じゃない「物」に人の気配を感じたり、そこに自分の記憶も乗っかっていくっていうところがおもしろいですよね。

藤澤:ハンドニットにこだわってやっているのにはそういう理由もあるんです。

手仕事にしか出せない生命力があると信じています。おばあちゃんの手編みのマフラーを大切にしたくなる気持ち。一時のファッションではなく、物が、ただの物じゃなくなる瞬間というか。

──その瞬間に、長く続いていく物語になるのかもしれないですね。『ジョジョ』のような。

藤澤ゆき
箔や染めによってファッションの新たな価値をかたちづくる、2011年創業のテキスタイル/デザインレーベル「YUKI FUJISAWA」代表。ヴィンテージ素材に箔や染め、レースをあしらい、人生のあたたかな時を共に過ごすアートピースのような作品、プロダクトを作り上げています。
近年の仕事にNHK連続テレビ小説「おかえりモネ」タイトルバック、「カネコアヤノ単独演奏会2022春」の舞台装飾など。
オフィシャルサイト:https://yuki-fujisawa.com
Instagram:@yuki__fujisawa

Photography Kousuke Matsuki

author:

菊池良

1987年生まれ。作家。著書に『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社・神田桂一と共著)、『世界一即戦力な男』(‎フォレスト出版)、『芥川賞ぜんぶ読む』(‎宝島社)など。2022年1月に『タイム・スリップ芥川賞: 「文学って、なんのため?」と思う人のための日本文学入門』を刊行予定。https://kikuchiryo.me/ Twitter:@kossetsu

この記事を共有