連載「ものがたりとものづくり」 vol.01:「オルガグースキャンドル」主宰・平塚梨沙

「ものづくり」の背景には、どのような「ものがたり」があるのだろうか? 本連載では、『もし文豪がカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社)、『めぞん文豪』(少年画報社)の作者である菊池良が、各界のクリエイターをゲストに迎え、そのクリエイションにおける小説やエッセイなど言葉からの影響について、対話から解き明かしていく。第1回のゲストは、独自のキャラクターをモチーフとしたハンドメイドのキャンドルブランド「オルガグースキャンドル(OLGA-goosecandle-)」を主宰する平塚梨沙。

「オルガグースキャンドル」の裏側にある3冊の本とは

「オルガグースキャンドル」 は「ガチョウ女の作る儀式道具」をテーマに、ハンドメイドでつくられたキャンドルを展開しています。日本だけではなくカナダ、イギリス、ニュージーランドなどでも販売されています。

古き良きカートゥーンのテイストを思わせ、火を点けることがもったいなくなります。このキャンドルをつくる人の裏側には、いったいどんな「ものがたり」あるいは「ことば」が流れているのでしょうか。

平塚さんに「印象に残っている本を3冊あげてほしい」とリクエストすると、次の3冊をあげてくれました。

・吉行理恵『男嫌い』(新潮社)
・岡潔・著、森田真生・編『数学する人生』(新潮社)
・九鬼周造『「いき」の構造』(岩波書店)

自分の「栄養剤」である、吉行理恵『男嫌い』

──著者の吉行理恵は詩人・小説家で、1981年に『小さな貴婦人』で芥川賞も受賞しています。余談ですが、兄が吉行淳之介で同じく芥川賞を取っています。父が作家の吉行エイスケ、母が吉行あぐりで、「あぐり」というドラマにもなりました。吉行理恵は詩人としてキャリアをスタートして小説も書くようになり、『男嫌い』も「詩的発想」による「詩人・吉行理恵」にしか書けない小説と評価されています。猫が好きで、『小さな貴婦人』にも『男嫌い』にも猫が出てきます。

平塚梨沙(以下、平塚):『男嫌い』はこの3冊の中で一番初めに読みました。8年前ぐらいに古本屋さんで買いました。ジャケ買いですね。

──『男嫌い』は葉祥明さんという画家が表紙をやっていますね。草原に教会のような建物があって、空には月が出ています。

平塚:吉行さんの『小さな貴婦人』も持っているんですけど、それも同じかたの絵でした。私は「合わせ技」が好きで。

──「合わせ技」ですか? 教会(のような建物)と月のような?

平塚:いえ、絵全体の柔らかい雰囲気と、『男嫌い』というタイトルの鋭い感じの「合わせ技」ですね。それで、本を読んでみたら、劣等感のある女性がメインの登場人物なんですけど、くさくさしていると同時に、纏う空気が美しいんですよね。

──この小説では灰色の猫と暮らす北田冴という作家が中心に出てきます。正確には北田冴が書いた同じ名前の人物が主人公の『寂しい狂い猫』という小説が挿入されて、それを読んでいる「私」がいる、という二重構造になっている。

平塚:この本は他の2冊とはちょっと違う理由で選んでいます。単純な言いかただと、読んでいてとても癒やされるんです。

たぶん私もけっこうひねくれていて、でも世界の美しさなどは素直に愛せるというか…少し自分と重ねてしまうところがあります。猫も好きですし。

書かれていることが、すごく静かで美しい雰囲気だなあと思って。読んでいて「こうありたいぜ」と思ったんです。何かきっとつくる時にも、根底には影響しているのかな。自分の栄養剤のような感じですね。

──生き方のスタイルなんですかね。

平塚:ああ、そうだと思います。

──この本は物語の構造が、すごく特徴的でおもしろいですよね。『寂しい狂い猫』という小説を読んでいる人達がいて、その中で『寂しい狂い猫』の本編が丸々挿入されるっていう仕掛けになっています。

平塚:確かにそういった工夫も惹かれた要因かもしれません。そういう遊び心はすごく好きです。

──選んでいただいた他の2冊についても聞かせてください。

世界の見方の美しさに惹かれる、岡潔・著、森田真生・編『数学する人生』

──著者の岡潔は1901年生まれの数学者。1930年代初頭にフランスへ留学し、帰国したあとは自宅にこもって研究を続け、随筆家としても活躍しました。

平塚:この本は3年ぐらい前に読みました。数学を通した世界の見えかたの話だったのがおもしろかったです。数学に意外と物語性があるってところが。学生の時は数学が苦手だったんですが、岡さんの文章を学生の時に知っていたらもうちょっと得意になれた気がします。数式はまだ好きだったんですが、楽しさがあるとしたら解ける快感のみでしたから。

──ある種、哲学的な内容ですよね。情緒について論じるために、俳句を引用しています。

平塚:「最終講義」が特に好きですね。まだ理解しきってはいないんですけど、何回も読んで、体得していきたいなぁと思っています。他は岡さんの生涯の話だから、こっちからすると案外数学って感じじゃないですよね。

──これも生き方のスタイル的なところがありますね。人里離れたところで、メディアからも距離をとって、日々研究をするような生活には、僕も憧れます。この写真(本の冒頭にある岡潔が布団に寝転がりながら原稿を書いている写真)、かっこいいですよね。

平塚:ああ、かっこいいですよね!

──布団に寝転がって、原稿書いているのかな。

平塚:この本を読んで、岡さんの世界の見方がすごく美しいぞと。仏教の印象も変わったし、この先生のおかげで。自分の世界に留まらず、美意識がとても高い人だったんだなと感じました。

「あいだ」の感覚に共感する、九鬼周造『「いき」の構造』

──この2つの本(『数学する人生』と『「いき」の構造』)には意外な共通点があるなと思いました。九鬼周造は『「いき」の構造』を1920年代、フランス留学中に書いています。岡潔は入れ替わるように1929年にフランスに留学しています。どちらも西洋を体験することで、翻って日本について考えを進めているように感じます。平塚さんは『「いき」の構造』が今日あげた3冊の中では、一番最近読んだ本なんですよね?

平塚:そうですね。この本はSNSで紹介している人がいて、それを見ておもしろそうだと思い買いました。

私は「A」と「B」のあいだみたいなのが好きなんです。合わせ技とかもそうなのかもしれないですけど、「A」と「B」のあいだにある関係性を説明する感じのものが好きで。

『「いき」の構造』はわかりやすくて、「意気地(いきじ)」と「媚態」と「諦め」の3つだよっていう。さらには図形もあったじゃないですか。図形によってその3つの関係性が示されているところがすごくたまらなくて。

もちろん「いき」っていうもの自体に魅力も感じていますが、感覚的なものを言語化し、規則性を発見しているところに感動しました。

──『「いき」の構造』では、「いき」とは何かを例示していくことで定義していきます。特に冒頭の「いき」には英語で対応する言葉がないってところがおもしろいですね。「いき」はChic”ではない、とか。

フランス語のうちに「いき」に該当するものを見出すことができるであろうか。第一に問題となるのはChicという言葉である。この語は英語にもドイツ語にもそのまま借用されていて、日本ではしばしば「いき」と訳される。(中略)この語の現在有する意味はいかなる意味をもっているかというに、決して「いき」ほど限定されたものではない。

(九鬼周造『「いき」の構造』岩波書店、16ページ)

平塚:私が作っているキャンドルにも名前がついているんですが、日本語名と英語名を直訳にしていないんです。「お調子者ボビー」を「PEANUTS(BOBBY)」にしていたりとか。もちろん直訳のものもあるんですけどね。

それと1つひとつにマジック・メッセージもついているんです。「もっとなかよし」とか「関係にスパイスを」とか。

キャンドルの「ことば」はどこからくるのか

──小説を読む時って、頭に絵が浮かんでいますか。

平塚:浮かんでいると思います。

──それってこういうタッチ(OLGA GOOSE CANDLEのキャンドル)の絵のような感じなんでしょうか。

平塚:というよりは現実世界の情景に近い気がします。だけどいろいろな箇所でヒントになることはあり、結果的にデザインにつながることはあります。

──僕はカートゥーンが好きなんです。ポパイやベティ・ブープといったフライシャー兄弟の作品が好きで。そういうアニメって、物理法則を無視しているというか、現代人のロジックじゃないんですよね。壁にぶつかってキャラクターの形の穴ができるとか。トンカチでぺしゃんこになるとか。そういったカートゥーンは見ますか?

平塚:ディズニーは小さい頃、親が流していたから見ていましたね。それよりもアメリカの古い雑貨の影響を受けています。そういうものの仲間になるようなものを作りたいって思って作っているので、参考にすることはいっぱいあります。たぶん、彼らがカートゥーンから影響を受けていて、そこから私も影響を受けているのかもしれないですね。

──先ほどキャンドルごとにマジック・メッセージがついているって言っていました。「もっとなかよし」とか「関係にスパイスを」とか。では、それぞれストーリーは浮かんでいるんですか。

平塚:そこまであえて決めないようにしています。ピーナッツには「ボビー」って名前をつけたんですけど、基本はつけないようにしていて。あくまでもクロックとか。どうしてかというと、実際の魔術で使われる蝋燭はあくまでも「人型」「猫型」とあくまでも種類だからです。それに倣っているということ、そして、決めないことでの広がりを期待しているからです。

ただ「オルガグースキャンドル」で短編集を作ったことがあって、その中ではいろんな動きをしています。でも、こっちの話とこっちの話で全然違う性格になっていたりします。そういった掴めそうで掴めない、だけど気付くとそばにいるような、そんな存在を目指しています。

──キャンドルを見ていると、勝手に考えたくなりますね。

平塚:それはすごく嬉しいです。

──そのキャンドルごとのことばって、どこから降ってくるのでしょうか。

平塚:うーん、私は中学受験をしていて、その時国語の試験でことわざの問題が出たんです。慣用句やことわざの知識問題です。それは勉強すれば確実に点をとれるので、すごく暗記していました。たぶんその蓄積があるのだと思います。ことわざの言い回しだったりが影響していると思います。

「あなたのネジを緩ませる」だったり、「舌が二枚に三枚に四枚に…」とか。これは二枚舌をもじったんだと思います。あと基本的にあんまり真面目なのはつけないようにしています。なんかニヤニヤしている感じの言葉をつけるようにしているんですよ。表情もそうですけど。

──ことわざというのはすごく意外です。

平塚:『真・女神転生』っていうゲームはやっていましたか?

──いえ、やっていません。

平塚:そのゲームでは悪魔に出会って仲間にできるんですけど、悪魔同士を合体させられるんですよ。ポットみたいなのに入れられて、しゅうって溶けて、要素となって新しいものになるんですけど。

たぶんそれもちょっとあって、溶けて見えないけれどいるぞ、みたいな。それがパワーになるぞ、みたいなイメージはあります。

──じゃあ、このキャンドル達は火を点けて、溶けたあともその空間を漂っているんですね。

平塚:そうです。で、持ち主のために助力してくれるけど、それがちょっとズレているんで、持ち主の思い通りになるかはわからないけど、その気持ちはあります。

──なるほど。すごく納得しました。とても素敵だなって、より一層思いました。こういうアイテムがいいなって思うのは、部屋に置いとくとそれがちらっと目に映るだけで、楽しい気分になる。そういった部分がすごく素敵だなと思いますね。生活に溶け込んで入っていく感じがしますね。しかも、このキャンドル達は溶けたあともいるっていうのがすごいですね。その空間にいるっていうのが。

平塚:ただ本当に燃やせないって、国外の人も含め、めちゃくちゃ言われます。だから、儀式道具だからって答えていますね。その時にしてくださいって。

インタビューを終えて

OLGA GOOSE CANDLEのキャンドルを初めて見た時、強く惹きつけられるものがありました。それはその造形はもちろん、火を点けると溶けてなくなってしまう「キャンドル」であるところにいい意味でショックを受けたのです。こんなに魅力的なものを溶かしてしまうなんて!

今回、お話を聞いてその思考の源泉をうかがいしれて、とてもおもしろかったです。まさかキャンドルをとりまく発想のソースの1つにことわざがあるとは。

まだOLGA GOOSE CANDLEのキャンドルに火を点ける勇気はありませんが、いつかその時がくるのだと思います。そして、溶けたキャンドルはずっとそこにいるのです。

平塚梨沙

平塚梨沙
1986年生まれ、東京都出身。2011年、多摩美術大学造形表現学部造形学科卒業。多摩美術大学在学中に、キャンドルブランド「OLGA-goosecandle-」の活動を開始。「OLGA-goosecandle-」のキャンドルは、「ガチョウ女の作る儀式道具」をテーマに、 独自で型や色を調合し、すべてハンドメイドで製作が行われている。
Web: olga-goose.com/
Instagram: @goose_hag

Photography Kousuke Matsuki

author:

菊池良

1987年生まれ。作家。著書に『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社・神田桂一と共著)、『世界一即戦力な男』(‎フォレスト出版)、『芥川賞ぜんぶ読む』(‎宝島社)など。2022年1月に『タイム・スリップ芥川賞: 「文学って、なんのため?」と思う人のための日本文学入門』を刊行予定。https://kikuchiryo.me/ Twitter:@kossetsu

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