going nowhere:fumiko imanoの自分自身を巡る写真の旅とその現在地

セルフポートレートを軸とした写真作品と多くの個性的なセルフパブリケーションを発表してきたfumiko imano。アーティストとしてのキャリアは長く、アート界隈では一目置かれる存在だった彼女に一躍脚光が当たったのは、2018年。「ロエベ(LOEWE)」がコレクションごとに発行していたイメージブック『Publication』に、コラボレーターとして参加したことが大きな転機となった。それ以降、「ロエベ」とのコラボレーションは8シーズンにもわたり、今年に入ってからは、惜しまれつつ閉店したパリのセレクトショップ「コレット」のクリエイティブディレクターであったサラ・アンデルマン(Sarah Andelman)が旗振り役となって実現した「ヴァンズ(VANS)」とのコラボレーションにも参加するなど、特にファッションの分野での活躍は目覚ましいものがある。

imanoを象徴する作品といえば、35mmカメラで撮影したセルフポートレートを切り貼りし、自身を双子に見立てたフォトモンタージュシリーズ。少女のような出で立ちをした双子のimanoが、さまざまな表情を浮かべながらカメラを見つめるこれらの作品は、かわいらしく、ユーモラスでどこか懐かしさを感じさせるが、その制作背景には、彼女自身のアイデンティティをめぐる大きな葛藤が関わっているという。ブラジルのリオデジャネイロで幼少期を過ごし、日本に帰国した後に渡英。ロンドンのセントラル・セント・マーチンズでファインアートを、ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションでファッションと写真を学んだ彼女は、その後日本に帰国してからも、日本という「異文化」の中で常に居心地の悪さを感じ、自分とは何者なのかを問うてきた。そんな切実な自問自答の中で、彼女がまるでセラピーのように取り組んできたのが写真であり、自身の存在を確認してきたのが「双子のポートレート」だったのだ。

そんな彼女が、ロンドンでの学生時代に1度だけ訪れたアイスランドをパンデミックの最中に再訪、現地で2週間を過ごしポートレート作品を制作したらしい。嘘と現実、少女と大人、日本と世界、常にそれらの狭間に揺れ、境界線をいたずらっ気で飛び越えてきたimano。「ロエベ」とのコラボレーションを経て世界から注目される存在となった彼女は、世界の狭間の国アイスランドで何を考え、今の自分に何を思うのか。アイスランドで制作した作品が展示されているKOSAKU KANECHIKAでの個展「going nowhere」を訪れ、imano自身に話を聞いてみた。

原点としての記念写真

――まずは、アイスランド滞在の経緯を教えてもらえますか?

fumiko imano (以下imano): ロンドンで学生時代を送っていた頃に、ビョークとか、アイスランドのミュージシャンが好きだったのがきっかけで、10日間くらいレイキャビクのユースホステルに滞在したんです。いざ行ってみると、本当に何もない場所だなと感じました。食べ物も高くて、学生の私が食べられたのは、せいぜいフードトラックで売られているホットドッグくらい。2021年の初冬くらいに、コロナ禍での日本の生活に息がつまってしまって、「何もない」場所を期待してもう一度訪れてみたけれど、現地では開発がすごく進んでいました。何もなかった港の周りにもたくさん住宅が建てられていたし、アイスランドはその時期にはもう観光目的の入国を制限していなかったので、観光客だらけで。チケット売り場の人に、「観光客、たくさんいるね」って何気なく言ったら、「あなたもその1人でしょ」って冷たく返されて(笑)その変化には驚かされたし、おもしろさを感じる反面、少し戸惑いも感じました。

――なるほど。今回の双子の作品には、ブルーラグーン(レイキャビク郊外にある世界最大の野外温泉施設)や海辺のモニュメント、街の中心の教会や氷河など、アイスランドを象徴するような場所やものが写り込んでいますが、特に印象深かったものはありますか?

imano: ブルーラグーンは、前に行った時よりも入場料がだいぶ値上がりしていました(笑)直通の観光バスも整備されていて。でも、さっきの話にもあったホットドッグ屋さんはまだあったし、そこでも写真を撮りました。あとは、たまたま入った古いホテルに、アイスランドを代表するアートの巨匠達の作品がたくさん飾ってあって。その場所はすごく気に入って、急遽そこに泊まることにして写真もたくさん撮りました。

――ホテルの写真は、fumikoさんの存在感も相まっていつの時代に撮られた写真なのかわからないですね。今回に限らず、フランスやL.A.でも双子のポートレートを撮られていますが、fumikoさんにとって旅、そして旅先での撮影はどんな意味を持つんでしょうか?

imano: 幼少期をリオデジャネイロで過ごしたのもあって、まず飛行機が好きで。移動して情景や文化が変化していくのもワクワクします。その中で写真を撮って作品を作りたいと思う場所は、初めて行く場所か、一度行っている場所でも、前に訪れた時からはかなり時間が経っている場所のような気がします。フレッシュな気持ちの時が、やっぱりインスピレーションを得やすくて。アイスランドは確かに2度目だけど、その時は学生で作品は作っていなかったし、今回みたいな目線で風景を見てはいなかったんです。そういう意味で、基本的には観光客が記念写真を撮る感覚と同じような気もします。自分の写真の原点にあるのは、やっぱり家族写真や記念写真だと思っていて。あとは旅先のポストカードみたいなものにも惹かれます。だから作品も、行く先々で目を引いたものを背景に撮ることが多いかな。

コラボレーションがimanoにもたらした変化

――以前のインタヴューで、昔は自分のことが大嫌いで、セルフポートレートを撮ることは自分自身を確認するプロセスであり、セラピーのような役割を果たしていたと仰っていましたが、その時期を経て、今はご自身のことをどう考えていますか?

imano: 前よりは自分のことを好きと言えるかな。もちろん、今でも自分の見た目とか体形とか、常に何かしらのコンプレックスは感じているけれど、それは多かれ少なかれ他の人も感じることなのかなとも思います。

――それは仕事の面で、多くの人に認めてもらったことも大きいですか?

imano: そうですね。やっぱり「ロエベ」の仕事をしたことは、自分にとっては大きかったかな。経済的にも余裕ができたのは事実だし、それまでは、他の人が普通に送っている生活を送れていないような気がしていたので。初期の作品を自分で見ても、ちょっと病んでたなと思ったりします(笑)。「ロエベ」の仕事がなかったら、ヘンリー・ダーガーみたいにずっと家に引きこもって、生涯1人で作品を作っているアーティストになっていたかも、と思うこともあります。だから、すごく救われたような気がしていて。もちろん、アーティストである以上孤独はつきものだけど、それ以降は、仕事で旅に出られたりもするようになって、楽しいと思えることが増えました。

――「ロエベ」の仕事以降、作品への取り組み方も変わっていきましたか?

imano: 昔から、自分の強いエゴとの折り合いや人間関係で悩むことが多くて、ネガティブで内向的だったなと思います。コラボレーションに関しても、共作してしまったら自分の作品ではなくなっちゃうとも思っていたし。今も、強いエゴがあるからこそアーティストだと思う部分もあるけれど、歳を重ねたこともあって、少しずつだけど心が開いてきた42歳の時に、「ロエベ」のアートディレクションをしてるM/M (Paris)に声をかけてもらって。大きすぎる仕事に不安な気持ちもあったけれど、やっていくうちにコラボレーションもどんどん楽しくなっていきました。「ロエベ」の仕事では、コミュニケーションの大事さや、being nice(親切に、愛想よく振る舞うこと)の大切さを学んで、訓練させてもらっています(笑)。

――M/M(Paris)の2人との仕事はどんな感じでしたか?

imano: マティアス(・オグスティニアック)とミカエル(・アムザラグ)は、私にとって初めてのメンターとも呼べる存在。彼らは先生のように懐の深い人達で、いつも「写真家は君だ。君ならどうしたい?」と、私の意見を尊重してくれてたし――そのおかげで撮影中はずっと頭を悩ませていたけれど(笑)――助言やディレクションも、全部理にかなっていて、腑に落ちるものばかりでした。それに、ヴィジュアル的なおもしろみや仕掛け、サプライズのような要素を常に大事にしている人達なので、一緒に仕事をするのは本当に楽しいです。

fumiko imanoという1人のアーティストとして

――今年発売された「ヴァンズ」とのコラボレーションの話も少し聞かせてもらえますか?

imano: もう閉店しちゃったパリのセレクトショップ「コレット」の創立者兼クリエイティブディレクターだったサラ・アンデルマンが、「JUST AN IDEA」っていう出版とかコラボレーションの企画をするレーベルをやっていて。そこが3月8日の国際女性デーに合わせて、4人の女性アーティストとのコラボレーションで「ヴァンズ」のシューズを発売するっていう企画だったんです。利益の一部は、パリの「En avant toute (s)」っていうフェミニストの団体に寄付をするっていう趣旨で。サラとは古い知り合いで、声をかけてもらったのは2年前。コロナ禍の真っ最中に、L.A.の「ヴァンズ」のスタッフとリモートでずっとやり取りをしながら、時間をかけてデザインを詰めていった感じです。

――「女性アーティスト」という言葉が出ましたが、imanofumikoさんは、いわゆるガーリーフォトという文脈で語られた女性写真家達と同世代なわけですが、そういう文脈や同世代のアーティストを意識することはありますか?

imano: 思い返すと、初期の頃の撮影では少しは意識していたような気もするけれど、今となってはガーリーな写真を撮っている自覚は全然ないかな。ガーリーっていう歳でもないし(笑)。そもそも、自分ではあまり女性アーティストというくくりで自分の作品を見ていないような気もしていて。妖精みたいとか少女みたいとか言われることが多いけれど、私自身は意外とリアリストな部分もあるんです。周りの人の方が想像力が豊かだなあと思うこともあって。もちろん妖精とか宇宙人とか、不思議なものを信じる気持ちは自分にもあるんですけどね。でもいろいろと想像を膨らませて、あれこれ言うのはいつも自分以外の周りの人達だから。

文脈はあまり気にしないけれど、今になって、ようやく1人のアーティストとして作品がまとまってきたかなと思っていて。それこそ、こういうホワイトキューブのギャラリーで、ちゃんとした展示ができるようになったから。やっとアーティストとして目指していた姿になってきたっていう感覚はあります。とは言え、海外の仕事に比べて日本での仕事が少ないせいか、毎回アーティストとして日本で発見されるたびに、新人っていうふうに紹介されちゃったりするんですけどね。もう20年近く活動しているのに(笑)。

――ははは(笑)。最後に、今進行中のプロジェクトや今後の予定が何か決まっていれば教えてください。

imano: ないです!でも、LOEWEの時も突然インスタグラムで連絡がきて仕事が決まったし、今回のインタビューだって突然だったでしょう? そんなふうにオファーを受けながら仕事をしていくのかなと思ってます。あとは、展示に合わせて作品集を作ったので、それはみんなに見てほしいです。

fumiko imano
1974年生まれ。2歳から8歳までブラジル・リオデジャネイロで過ごす。セントラル・セント・マーチンズ美術デザイン大学でファインアートを専攻した後、ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションでファッション・スタイリングと写真を学ぶ。国内外での展示や雑誌などで作品を発表し続けている。「We Oui!」(2017年 Little Big Man Books)はじめ、多数の作品集を発行。「ロエベ」とは2018年より8シーズン連続でコラボレーションを行っている。2022年、「ヴァンズ」とのコラボレーションでシューズのデザインを担当。今回、KOSAKU KANECHIKAでは2019年、2020年に続き3度目の個展となる

■ fumiko imano『going nowhere』
会期:10月8日まで
会場:KOSAKU KANECHIKA
住所:東京都品川区東品川1-33-10 TERRADA Art Complex 5F
時間: 11:00〜18:00 (日曜、月曜、祝日は休廊)
入場料:無料

Photography Emi Nakata

author:

佐藤 慎一郎

1986年生まれ。大学卒業後、美術書店勤務を経て渡英。ロンドン大学バークベック校修士課程(MA Culture, Diaspora, Ethnicity)修了。在英中よりアート、ファッション、文化批評を専門とするフリーランスの翻訳者/コーディネーターとして多くの出版、展覧会、L10N、映像制作、アートプロジェクトに携わる。2021年にINFASパブリケーションに入社。TOKION編集部では主に翻訳を担当。

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