世界的アーティスト、ココ・カピタン さまざまなメディアで実践する表現への挑戦

「グッチ(GUCCI)」2017-18年秋冬コレクションでの、手書きのメッセージをのせたコラボレーションが記憶に新しいスペイン人アーティストのココ・カピタン(Coco Capitán)。ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アート在学中、生活の糧を得るべく始めた写真のインターンシップで早くも頭角を現し、あっという間に世界中のブランドキャンペーンを手掛けるスターダムへ。写真と並行し、ライティング(#cococapitanwriting)でも注目を集める存在だ。素朴でストレートな筆致はまるで子供の落書きのよう、それでいて含意はピリッと哲学的ですらある。

日本での個展は今回が初。渋谷のPARCO MUSEUM TOKYOの会場入り口では、大きな3枚のフラッグが私達を出迎える。スケッチだけで発表していたという二次元のオブジェクトがここでは実体を持ち、吹いていない風を受けてはためいている。

「日本で展示するなら写真だと思った」

——「NAÏVY」は10年にわたって撮り続けているテーマと聞きました。本展はタイトルに (definitive) photographs=決定的写真、とありますが、これまでの集大成あるいは最終章としての位置づけになるのでしょうか?

ココ・カピタン(以下、カピタン):そうですね。でも10年かけて撮りためたというよりは、過去10年で撮り続けたパーソナルな写真の中に、自分の内なる感情のつながりを見出す試みでした。自分の感情をベターな形で伝える50枚になっていると思います。

——「NAÏVY」は、ロンドン(2020年)、アムステルダム(2021年)と巡回し、日本では初の個展となります。通底していること、新しい視点はありますか?

カピタン:同じコンセプトでやっているので同じタイトルではありますが、東京で展示しているプリントはすべて今回のために準備した単独のコンテンツです。ずっと日本で展示したいと思っていました。日本には尊敬しているアーティストがたくさんいますし、歴史にも興味があります。そして感覚的にも、日本には写真に対して敏感な感性を持っている人が多い気がします。なので日本では、写真のフォーマットにフォーカスした個展をやりたいと思って、こういう形にしました。

—— 具体的には、日本のどんなアーティストが好きですか? 

カピタン:日本の写真で好きなのは東松照明(とうまつ・しょうめい)です。沖縄の一連の写真に惹かれます。中でも写真集『Chewing Gum and Chocolate』がお気に入りの1冊です。森山大道もとても好きです。伝統的な浮世絵版画にも興味があって、ビッグウェーブを描いた人……名前をいま思い出せないけど。

——葛飾北斎。

カピタン:そう。照明、大道、北斎。この3人が私のフェイバリットです。

——以前、Twitterのプロフィール欄でご自身のことを“New traditionalist photographer” と表現していましたね(2013年1月14日のInstagramにスクショ投稿あり)。写真やアートの伝統に対し、どんなスタンスで向き合っていますか?

カピタン:トラディショナルな形式を知ることに興味があります。どんなアートでも、もっとクリエイティブになるためには、技術的な基礎を学ぶのはとても大切だと思います。自分のことを“New traditionalist(新しい伝統主義者)”と呼んだのは、自分が実践しているメソッドがとても伝統的だから。今もフィルムカメラを使っているし、レンズの選び方、使い方、現像まで、オールドスクールなやり方を学ばなければいけませんでした。技法の基本をマスターしてこそ、たくさんの自由が得られるし、新しい要素で遊ぶことができて、もっとフレッシュなものを生み出すことができると思っています。

——就学先にロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートを選んだ理由は? 

カピタン:スペイン南部のセビリアという小さな街で育って、18歳の時にロンドンに移りました。小さい頃からアートやカルチャーが好きで、同じような興味を持つ人々との出会いに憧れて、大きな街に住むことをずっと夢見ていました。ニューヨークかロンドン。ロンドンを選んだのは、スペインから近いし、十分にインターナショナルな都市だから。

—— 写真家としてのキャリアは、どのようにスタートしましたか? 

カピタン:写真は小さい頃から好きでしたが、キャリアとして考えたことはなかったです。ロンドンに移って、なりたいと思ったのはアーティスト。でもどんなアーティストになりたいのかは、まだぼんやりしていました。なので、アートスクール(ロイヤル・カレッジ・オブ・アート)に進学して、ファインアートに加えて、写真も専攻しました。

18歳から経済的に自立していたので、学校に通いながらインターンシップでフォトグラファーの仕事を始めました。お金を稼ぐための実用的な選択でしたが、仕事はとても楽しかった。そしてどんどん仕事が増えていって……と、フォトグラファーとしてのキャリアは偶然始まった感じです。私のフォーカスは最初からファインアートで、写真との出会いはもっとカジュアルです。

「何か1つを追求するのはつまらない」

——写真に加え、ライティング、ペインティング、インスタレーションと、いろんなメディアを使って表現しています。それぞれのメディアは補完し合うものですか、それともコラボレーション的に掛け合わせるもの?

カピタン:新しいことにトライするのが好きなんです。私の場合、1つのことにフォーカスするのはちょっとつまらないと思ってしまいます。何か1つのテーマを突き詰めていくほうがベターという考え方もありますが、それによってもっと上手になることや権威になることには気持ちが向きません。私のアートは、もっといろんなメディアに挑戦しながら、それぞれのメディアの中で自分の限界を見つけるプロセスです。1つのメッセージをいろんなメディアを介して伝えたい。ペインティングから写真へ、そしてライティングへとジャンプを続けることで、それらがどのように接続していくかを見たい。だから、多くの形式を1つの空間に共存させることができる展覧会は好きです。カジュアルな感覚で、それぞれの存在やコンセプトを埋め合うように選んでいます。

——ライティングの特徴として、すべて大文字だったり、鏡写しになっている文字があったり。筆致がノスタルジックで親しみも感じます。子供の頃から変わらないスタイルですか、それともアートを追求する過程で発見した?

カピタン:子供の頃からいつもノートブックを持ち歩いていました。とてもシャイだったので、思いを言葉で伝えることが難しくて、いろんな考えや感情を一度メモにとってから、言葉にする練習をしていました。絵も描いたし、まさに子供っぽいやつです。

写真への興味も、その頃始まった気がします。雑誌や本の切り抜きを集めて、自分が理解しやすい分類をして、ノートに貼っていました。それぞれにタイトルをつけたり、なぜそれが好きなのか理由を書き加えたり。そんなノートがたくさんありました。自分だけの Googleデータベースみたいな。

——写真とライティングのミックスメディアの原点ですね。

カピタン:ライティングがアートになるとは思っていませんでした。写真もそうでしたが、ライティングも思いがけないところから始まりました。自分の作品について真面目に考え始めた学生の時、自分は自分のアートをどう感じているのか、あくまで自分で向き合うための手段として文を書き始めました。それを友人に見せたら、作品よりもライティングの方に興味を示してくれることも多くて。そこから発展して、オンラインでシェア(#cococapitanwriting)するようになりました。

「グッチ」とのコラボレーション(2017-18年秋冬)も、始まりはとてもカジュアルです。もともとフォトグラファーとしてグッチの仕事をしていたのですが、アレッサンドロ・ミケーレがある時、私のノートブックを見て気に入ってくれて。写真のキャンペーンではなく、ライティングでやらないかという話になりました。

——「グッチ」のキャンペーンで知名度が上がり、Instagramは現在20万人超のフォロワー。写真2投稿+ライティング1投稿のスタイルが確立されていて、作品としても楽しめる構成です。

カピタン:以前はもっとパーソナルというか、リサーチも含めたカジュアルなプラットフォームでしたが、フォロワーが増えて、とても大きくなってしまいました。今は完成した作品やプロセスの一部を見せる場所で、ビジネス寄りになっています。ちょっと真面目すぎるというか、自分的にはナチュラルではないので、退屈に思うこともあります。もっと遊び心のあるプラットフォームがあったらなとも思いつつ、でもInstagramはライティング、ペインティング、写真をつなげるフォーマットとして面白いので、これからも続けます。

——Instagramでリサーチをする、とおっしゃいましたが、インターネットとどのように向き合ったり、遊んだりしていますか。作品を見る限り、写真はすべて手焼きのプリントで、オブジェに刺繍をしたりと、有機的なアプローチが多いです。

カピタン:人とつながることができるのはインターネットの利点で、特に小さな街で育った私にとって、最初はとても便利なツールでした。ただしソーシャルメディアは中毒になるようにデザインされているから、束縛されがちです。それがクリエイティビティにとっては命取りになると思う。なので、なるべく振り回されすぎないように気をつけています。帰宅後はInstagramのアプリを終了する。週に何度かポストするときは、リロードしてフィードを追わない。スタジオにいる間はスマホを引き出しにしまって、読書や人と過ごす時間に集中するなど。

例えばバスを待つ時間、つまらないと思ってデジタルで時間を埋めてしまう人が多いですが、本当はつまらなくないと思います。アイデアは、気を揉むことから生まれるから。何が自分のまわりで起こっているのかを、自分で見ることができるというのが大切です。

——観察する視点の写真が、そう言われると多いかもしれません。

カピタン:ロンドンの地下鉄で周囲の人をじっと見つめても、誰も気づきません。みんなスマホに夢中だから。写真を撮られても気づかない人々の写真シリーズ、やろうと思ったらできそうです。

「パーソナルとコマーシャルは別々に共存する」

——「NAÏVY」の話に戻りますが、写真では何を撮ろうとしているのか。考えがあったら教えてください。被写体は親しい間柄の人たちですよね。後ろ姿、パーツに寄った画角などが印象的です。

カピタン:即興です。いい写真を撮りやすい環境をつくることはもちろんありますが、基本的には準備しません。被写体は近しい友人やパートナーで、彼ららしさがよく撮れていると思います。何かに夢中になることで注意をそがれた時ほど、その人らしさのエッセンスが滲み出る。その瞬間を撮るのが好きなんです。後ろ姿が多いのはたぶん、私が人を観察するのが好きだから。ディテールへのこだわりが強いのもあるかもしれません。もし人が正面を向いていたら、そこの情報量が多くなって、細かいディテールを見失いがちだから。「NAÏVY」はとてもパーソナルな作品です。これがコマーシャルの仕事になると、もっと具体性が必要になるから、事前にスケッチを準備することもあります。

——パーソナルワークとコマーシャルの撮影で、技法的な違いもありますか?

カピタン:使っているカメラについて聞きたいですか? 私のカメラコレクションは日本製が多いです。コマーシャルはほぼすべて「CONTAX 645」。理由は、多くの写真をクイックに撮れるから。中判でありながらネガが16枚撮れるし、オートフォーカスでシャッター速度が速いです。いつでも撮れる体制でいるために、撮影現場ではアシスタントの中で誰が一番早くフィルムを装填できるか競争させています。ただし重いので、パーソナルには向いていません。パーソナルの撮影の時は、もっとカメラとロマンティックな関係でありたい。持ち運びやすい軽量重視で、最近「CONTAX Aria」を買いました。35mmはフレキシブルさが最高。普段は中判が好きで、「FUJIFILM GF670」のレンズが美しく気に入っています。その前は「LEICA R6」を愛用していました。

——コマーシャルとパーソナル、それぞれエンジョイしていますね。

カピタン:私のベストは、両方のコンビネーション。それぞれまったく別の撮り方で、同時にバランスよく進めるのが好きです。

——今回の東京滞在中、行きたいところはありますか?

カピタン:ノートにたくさんリストアップしています。来日前後がバタバタしていたので、整理しなきゃと思っているところです。私が見たいのは、人々の当たり前の生活です。都内だけではなく、少し離れた郊外まで足をのばして、日常の風景を見たいと思います。

ココ・カピタン

ココ・カピタン(Coco Capitán)
1992年、スペイン・セビリア生まれ。ロンドンとマヨルカ島を行き来しながら活動している。2016年にロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートで写真分野の修士課程を優等で修了。彼女のアート活動はファインアートとコマーシャルアートの世界にまたがっており、その作品には、写真、絵画、インスタレーション、散文などが含まれる。最近の個展に、「Naïvy」(マクシミリアン・ウィリアム・ギャラリー/ロンドン/2021年)、「Busy Living」(ヨーロッパ写真美術館/パリ/2020年)、「Is It Tomorrow Yet?」(大林美術館/ソウル/2019年)、グループ展に「Infinite Identities」(ハイス・マルセイユ写真美術館/アムステルダム/2020年)がある。写真集に『Naïvy』『If You’ve Seen It All Close Your Eyes』『Middle Point Between My House and China』がある。
https://cococapitan.co.uk
Instagram:@cococapitan

Photography Mayumi Hosokura

■Coco Capitán Exhibition NAÏVY: in fifty (definitive) photographs
コロナ禍の2020年、ロンドンを皮切りに、昨年アムステルダムに巡回した個展「Naïvy(ナイーヴィー)」を踏襲した待望の日本初個展。本展では、常に進化し続ける彼女の写真家としての活動を軸に、先ごろ完結した「Naïvy」シリーズの完全版となる50点の写真作品を、カピタンが自ら制作したさまざまなファウンド・オブジェとともに初公開展示する。
会期:4月15日〜5月9日
会場:PARCO MUSEUM TOKYO
住所:東京都渋谷区宇田川町15-1 渋谷パルコ4階
時間:11〜20時 ※最終日は18時閉場 ※入場は閉場の30分前まで 
⼊場料:¥800
https://art.parco.jp/museumtokyo/detail/?id=938

author:

合六美和

フリーランスエディター/ライター/ディレクター。2003年よりコレクション取材記者としてキャリアをスタートし、ファッション、ビューティ、カルチャー分野で活動。2019-21年ウェブメディア「The Fashion Post」編集長を経て、2022年独立。編集・執筆・制作・校正を行うエイリ代表。 Instagram:@miwago6

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