映画『はだかのゆめ』甫木元空監督インタビュー 青山真治が認めた才能の源泉と、2作目の監督作品の背景に迫る

青山真治監督に見出された才能としてデビューを果たした甫木元空(ほきもとそら)。若くして両親を亡くし、高知県で祖父と暮らす監督自身の現在を半ば投影した第2作目『はだかのゆめ』は、親子3代にわたる時間と土地の記憶を抱きつつ、現実を受け入れようと生死の境界線をさまよう息子の姿が、光と闇、水や風の音の中で鮮烈な映像で描かれる。映画監督としてだけでなくミュージシャンや映像作家としても活動する甫木元に、その多彩な表現の背景にあるものを聞いた。

多摩美術大学で出会った青山真治監督

−−このたび公開された『はだかのゆめ』の映画監督としてだけでなく、11月30日にメジャーデビューされたBialystocksでの音楽活動、さらに美術分野での映像作家としても活動する甫木元さんですが、表現者としてのバックボーンについてもいろいろうかがえればと思います。現在は高知県の四万十町にお住まいですが、埼玉のご出身で、お母さんが作曲家、お父さんが劇作家だったとのことです。環境としては映像よりも音楽のほうが先に親しみありましたか?

甫木元空(以下、甫木元):そうですね。母親は自宅でピアノの先生をしていて、曲も作ったり、町の合唱団の先生みたいなこともやったりしていました。自分も中学生の頃から、誰に聞かせるわけでもなくギターで弾き語りをしたりしていましたが、自然と音楽は近いところにある分、挫折も早かったです。

−−多摩美術大学に進学された時はすでに映画を志していたのでしょうか。

甫木元:はい。ただ特別映画に詳しいというわけでもなく、映画を自分でつくるということが具体的には想像がつかなくて、とりあえず入ってから何ができるか考えようと思いました。多摩美は他の学校の映画学科のように撮影や脚本などコースを最初に決めなくて良かったので。

−−そこで、のちにデビュー作『はるねこ』(2016)を仙頭武則さんと協同プロデュースされる青山真治監督に出会うことになったんですね。

甫木元:青山さんがいらしたのは僕が3年の時で、その時初めて具体的に脚本の作り方や制作のスタッフワークみたいなことを教わりました。実はそれまで多摩美にはそういう文化がなかったというか、在籍した映像演劇学科は、詩人で映像作家の鈴木志郎康さんが立ち上げたとこともあって、いわゆる実験映画の傾向が強かったんです。僕が2年の時には1年間だけ塚本晋也監督が教えにいらしたんですが、塚本さんもどちらかというと「ひとり映画」とおっしゃっていて、RECボタンを押して自分で演じて完結できる映画作りというのを知っておくのは大事だという考えでした。そのあとに青山さんがいらしていわゆる映画制作の体制と現場の進行を教わり、その頃から助監督として学外のいろんな現場も経験したことで、「自分がイメージしていることをどう具現化するか」ということは共通しているけど、そこに法則性はなく、その人の個性が現場にも表れるということを知れたのが一番勉強になりました。

自身のルーツを求めて移住した高知でのリサーチ

−−デビュー作『はるねこ』は故郷の埼玉で撮り、今回の新作『はだかのゆめ』は、現在お住まいの高知で撮影されました。四万十町はお母さんの実家でおじいさんがずっと暮らしている土地とのことですが、クリエイターとして首都圏から移住するのは大きな決断ではなかったですか?

甫木元:もともと自分のルーツに関わる場所で撮りたいなと思っていて、1作目は自分の地元の越生町というところで撮ったんですけど、近すぎると撮れないこともあるなと感じたので、幼少期に夏休みや冬休みになると訪れていた母方の実家である高知県に住みながら、外から来た者として何か映画が撮れたらおもしろいかなと。ただ、具体的な作品の構想があったわけではなく、もっと漠然としていました。ちょうど『はるねこ』の劇場公開も一段落した時だったので、ちょっと高知に行って脚本を書く期間にしてみようかなと思ったんです。

−−自分のルーツに興味があったというのは、何かきっかけがありますか?

甫木元:四万十町の家は、ほんとに集落の一番はじっこにあるんですけど、その奥に行くと、江戸時代ぐらいからの甫木元家の墓がたくさんあるんですよ。

−−あ、甫木元は母方の名字なんですね。

甫木元:そうです。その膨大な墓というのは高知に行くたびに小さい頃から見ていて、江戸時代の年号も刻まれてるんです。その隣にはもっと昔のかもしれない名前さえ彫られてない岩があったりして。要するに祖父はそこの墓守をずっとしていて、いずれ自分も最終的にここに来なければいけないんじゃないかという思いが小さい頃からなんとなくありました。とはいえ、そこまで甫木元家の歴史を聞いてこなかったので、移住当初は、祖父に話を聞きながら年表や家系図を作るところから始めていきました。

−−昨年は、「その次の季節」という映像インスタレーションの展示も高知で行っていますね。1954年にマーシャル諸島のビキニ環礁で行われたアメリカの水爆実験で操業中のマグロ漁船が被爆したビキニ事件について、高知沿岸の漁師町で当時を知る方々に聞いた話と映像が素材の1つになっています。

甫木元:ビキニ事件のことも、高知のことを知るためのリサーチの中で出てきたことなんです。最初は祖父が話す家族の歴史や地域で起きたことを書き留めていたんですが、そういう話を聞いている時に民俗学の本や、例えば宮本常一の『忘れられた日本人』を読んだりして、聞き取りで物語るという方法があるんだということを知りました。それで、単純に高知の風土を理解するためのリサーチとして、特に生活の場として海がある肌感覚を知りたくて、漁師の方に限定して「家族の歴史を教えてください」というふうに聞いて回ったんです。そうすると、人生の中で付箋が貼られているみたいに、戦争の話だとかビキニ事件の話が自然と出てきたんですね。その様子をとにかくあまり考えずに撮って残すというところから始めて、去年ひとまず展示という形で発表しました。

−−では、映画の脚本執筆とその聞き取りというのは、時期的には同時並行で行っていた感じですか? そしてその経験は音楽制作にも影響していますか?

甫木元:そうですね。もともとのリサーチの作業という始発点は一緒なのであまり自分の中で分けている気はないんです。これは映画でしかできないことだな、これは音楽でしかできないことだな、これは文章のほうがいいだろうなとか、アウトプットとしては別の形になっていますけど、全部が地続きという感覚があります。

その土地の風土を捉えてキャラクターに落とし込む

−−『はだかのゆめ』の主人公の名前は「ノロマ」のノロということですが、ノロと聞いて思い浮かべたのは、沖縄で祭祀を司る女性達のことでした。そう連想したのは、甫木元さんの作品にはいつも境界というものが大きなテーマになっていると思うからです。夢と現実、暗闇と光、生と死、そういったものと境界への関心はずっとあるものですか?

甫木元:そうですね。いずれ違うものも撮りたいなとは思っていますが、『はるねこ』を作った数年前に父親が亡くなって、今回も母親が亡くなってと、偶然に続いてしまったので。やっぱり経験して数年経ったその時にしか作れないことをなるべく残したいと思っていて、ある種の弔いじゃないですけど、たままた2作似たテーマが続いた感じになりました。ただ今回はもう少し境目の見せ方を違う角度でできたらなと。

『はだかのゆめ』予告編映像
主演としてノロを演じるのは、映画『うみべの女の子』やNHK朝ドラ『カムカムエヴリバディ』など話題作への出演が相次ぐ青木柚。その他、俳優・監督・小説家の唯野未歩子、シンガーソングライター・俳優の前野健太らが出演。音楽は甫木元がヴォーカルを務めるバンド・Bialystocksが担当。

−−『はだかのゆめ』では、川や海など水の存在が印象的です。

甫木元:はい。土地の歴史を含めてその土地を捉えるということが前回あまりできなかったという反省があったので、今回は先ほどのリサーチとも関連しますが、その土地をどう切り取るかということは強く意識しました。

−−登場人物は、四万十川のほとりでずっと暮らしている祖父、祖父の住む家で余生を送る決意をした母、その母に寄り添おうとしながら現実をうまく受け入れられない息子ノロという親子3代の他に、徘徊するノロが出会う「おんちゃん」がいます。前野健太さんが演じるこの人物造形はどうやって生まれたのでしょうか。

甫木元:登場人物の4人が共同体のようでバラバラの方向を向いているというのは、なんとなく最初からイメージしていました。その中で、いつも酒に溺れていて夢か現実かわかってないけど、唯一軽々とあの世とこの世を行き来できる人物というのがおんちゃんです。存在自体もホントか冗談かわからない、ちょっとちゃかし役じゃないですけど。

−−いわゆるトリックスターですね。今の世の中でこういう人の居場所がなくなってきているというか、実際少なくなっていますよね。そこもある種のメッセージを感じました。

甫木元:高知県にいて感じるのは、四国の中でも他の県との間に山があるのでそんなにお客さんが来るわけでもなく、ちょっと独立国家というか、逆に太平洋側に開かれていて、住んでいる人の気質も南国みたいなところがあるんですよね。同時に自然の圧倒的な力というのを日々感じるし、昔は台風の玄関口と言われたり、川が増水して沈む前提で沈下橋ができているのもそうですけど、自然に抗うことをやめているというか、いちいちクヨクヨしていてもしょうがない。お酒飲むのが大好きですけど、それも晩酌で一回水に流すみたいなところがあります。皆すごく陽気で、お遍路もあるので外からの客人を迎える気質もありますし、その距離感というか、高知の独特の風土みたいなものがそのまま人物になっているようなキャラクターを1人入れられたらと思いました。

映画には風景を残すという役割がある

−−映画の中では、畑仕事をするおじいさんの姿や、蝉を観察したりコーヒーを淹れたりする母親の日常の営みが丁寧に撮られているのも印象的です。それは私的であると同時に詩的でもあり、物語るのとは別のレイヤーとして強く意識されているのかなと感じました。

甫木元:そうですね。映像や映画には、単純に風景を残すという役割もあると思っています。それは青山さんの影響がすごく大きいと思いますけど、この瞬間みたいなのを切り取ったその風景というのは、数年後にはもう現実には存在しなくなっているかもしれない。でも、映画の中にその風景が残っていることで、過去に思いを馳せる人がいたり、未来になった時にこういう風景もあったんだと気付く人がいたりしますよね。とにかく「残す」というのは、リサーチでの「聞く」と同じく、高知に最初に来た時から意識していたかもしれません。やっぱり人の記憶や記録って、それは地域の伝承や伝統も含めて、簡単になくなってしまうんですよ。地域の風習や踊りも「去年までは見れた」とか、ビキニの話も「数年前だったらもっと記憶が鮮明な人がいた」と言われました。意識しなければほんの数年で無くすことは簡単なんだなということがすごく実感としてあったので、母親と暮らしていた時間や空気感も、風景を丁寧に撮っていくことで残したいと思いました。

−−よく言われることですけど、フィクションであったとしてもドキュメントの部分は必ずあるんですよね。甫木元さんに限らず、そのことに意識的なアーティストが増えている気もします。

甫木元:映画監督でも土地に根付いて作家として動いている人やドキュメンタリーの人が、改めて映画を再開発じゃないですけど、その可能性を探っている感じがあります。じゃあ自分だったら何ができるかなと考えた時に、僕の場合はやっぱり家族というか、自分が関わっていた人達からまず何か始めたいと思ったんですよね。

『はだかのゆめ』 全国順次公開中

■『はだかのゆめ』 全国順次公開中
監督・脚本・編集:甫木元空
出演:青木柚 唯野未歩子 前野健太 甫木元尊英
プロデューサー:仙頭武則 飯塚香織 
撮影:米倉伸 照明:平谷里紗 
現場録音:川上拓也 
音響:菊池信之 
助監督:滝野弘仁 
音楽:Bialystocks
製作:ポニーキャニオン 
配給:boid/VOICE OF GHOST
2022年/日本/カラー/DCP/アメリカンビスタ/5.1ch/59分
©PONY CANYON
オフィシャルサイト:https://hadakanoyume.com/

Bialystocks『Quicksand』

■Bialystocks『Quicksand』
2022年11月30日(水)発売
初回限定盤 [CD+Blu-ray] PCCA-06165 / 4,950円(税込)
通常盤 [CD ONLY] PCCA-06166 / 2,970円(税込)
Bialystocksメジャー1stアルバム『Quicksand』特設サイト:https://quicksand.jp/

Photography Kentaro Oshio

author:

小林英治

1974年生まれ。編集者・ライター。雑誌や各種Web媒体で様々なインタビュー取材を行なう他、下北沢の書店B&Bのトークイベント企画も手がける。リトルプレス『なnD』編集人のひとり。Twitter:@e_covi

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