上野伸平とスケートビデオ『LENZ III』——制作背景から見えてくるスケートボードの可能性

『LENZ III』予告編

スケートブランド「タイトブース(TIGHTBOOTH)」を手掛け、プロスケーターでもある上野伸平が前作の『LENZ II』発表から、約9年もの歳月をかけて制作した最新スケートビデオ『LENZ III』。

本作は、東京や大阪、さらにニューヨーク、ロンドンで完成試写会が行われ、どの会場にも大勢のスケーターが詰めかけた。上野伸平が舞台挨拶で登壇しただけでも場内の高揚感はすさまじく、いざ本編がスタートすると、映し出されたトリックが目前で行われているかのように歓声が飛び交い、割れんばかりの拍手が巻き起こり、映画館というよりもストリートそのものといった生々しい熱気に満ち満ちた空間になっていた。

その『LENZ III』にパッケージングされた世界観は、スケートパートだけではなくそれを演出するCGやバックに流れる音楽なども含め、スケートカルチャーが本来持ち合わせているクールとユーモアにあふれていた。これまでに発表されてきた名だたるスケートビデオと同様、まさしくサブカルチャーの集合体そのものだった。

何か新しい波が生まれるさなかの現場にいると、ピリピリとした緊張感が肌で感じられ、何かとんでもないことが起きているんじゃないか、という妙な焦燥感に駆られることがある。浮き足だってしまってうまく説明できないけれども、気持ちのたかぶりを抑えきれない。『LENZ III』を観ると、まさにそんな気持ちにさせられる。そんな一種の共鳴めいたものが試写会場にあったのかもしれない。というのも、『LENZ III』を観終えたスケーター達は、街に出るなり、何かにあてられたように一心不乱にスケートしていたのが忘れられないから。

現代の国内外のスケートシーンの最先端を記録した本作は、確実に日本の2020年代初頭を伝えるスケートビデオとして、後世に残っていくことだろう。一見するとスケートビデオを制作することは、そこまで特別なことではないと感じる人が多いと思う。だが、こと日本においてストリートスケートのフルレングスビデオを生み出すのは非常にハードルが高く、それをD.I.Y.ベースで行うことはすさまじく大変な作業であり、『LENZ III』という作品が完成したこと自体が画期的で奇跡的なことなのだ。

そこで今回は、『LENZ III』および『LENZ』シリーズには、どのような思いが込められているのか。また、スケートビデオを作ることのハードルの高さについてどう考えているのか。本作を生み出した上野伸平に語ってもらった。

上野伸平(うえの・しんぺい)
TIGHTBOOTH PRODUCTIONを主宰しながら「エビセン スケートボード(Evisen Skateboards)」のプロライダーとして活動。数多くのスケート映像作品を発表し、代表作である『LENZ Ⅱ』は国内外からも高い評価を受ける。幅広いアウトプットを持ち、スケートショップやアパレルブランドのディレクション、「グッチ(GUCCI)」「シュプリーム(Supreme)」「キューコン(QUCON)」「モンクレール ジーニアス(Moncler Genius)」「PIZZANISTA! TOKYO」へのプロデュースワークなど、多岐にわたる。2023年「タイトブース」スケートビデオ3部作の集大成『LENZ III』を全世界でリリース。
https://shop.tightbooth.com
Instagram:@shinpei_ueno

時代に応じてベストだと思うスケーターをキャスティングしている

——『LENZ III』試写会における上野さんの舞台挨拶で「VXシリーズとMK-1にささげます」という言葉がありました。まずは撮影に使用している機材と、その機材を使用する理由を教えてください。

上野伸平(以下、上野):1995年にリリースされた「ソニー(SONY)」のビデオカメラDCR-VX1000に、「センチュリーオプティクス(CENTURY OPTICS)」製のウルトラフィッシュアイレンズMK-1を装着した機材を使用していて、このセッティングは、“スケートビデオの天下統一”と言われています。

MK-1の持つディストーションにより、唯一無二の臨場感とスピード感を演出することができます。そして、DCR-VX1000独特の乾いたマイク音とフィルムライクなビジュアルもいい。自分達は2005年からこのセッティングで撮影を続けているので、今年で19年目に突入ですね。VX1000に関してはトータルで30台以上、ウルトラフィッシュアイは7個以上は使用しています。このビデオカメラもレンズもすでに生産中止になっていて修理もできない状況で、そもそもミニDVテープの取り込み作業自体もソフトウェアで不具合が出る始末です。それでも、このセッティングにこだわり続けて19年。この作品(『LENZ III』)はVXシリーズとMK-1にささげます。

——『LENZ Ⅲ』の作品コンセプトについて教えてください。

上野:基本的に自分が全体をディレクションしながら、良いスケーターを良いスポットで撮影するという、至ってシンプルなやり方で制作しています。ジャーナリズムというかブロードキャスティングというか、その時代に応じて自分達がベストと思うスケーターをキャスティングしています。

——本作は、出演するスケーターに合わせたCGアニメーションが流れた後にスケートパートに移行する流れがとてもおもしろく感じました。構成はどのように制作していったのでしょうか。

上野:今回は、架空の研究施設「VX LABORATORY(VX研究所)」で『LENZ III』が作られていく様子を表現しました。メインカメラであるVX1000は、3DモデリングしてフルCGで制作。19年間もVX1000でスケートビデオを作ってきたので、このビデオカメラにささげるオープニングを作りたかったんですよね。

そして「VX LABORATORY」では、各パートごとの部屋を作っていて、そこでパートのコンセプトやライダーのパーソナリティを表現しているのですが、試行錯誤しました。自分が大まかなアイデアを出すんですけど、CGのチームとどうやってそれを実現できるのかを話し合っていきました。例えば、三谷小虎というライダーのパートの場合は、畳が敷かれた和室におりが置かれていてビデオモニターが散乱しています。そこに虎が歩いているような映像にしています。でも予算的にCGでしっかり虎の全身を見せるのは難しいから、相談してシルエットだけで表現しようとか。

あとは、JAPANESE SUPER RATのパートではサウンドトラックがゲザン(GEZAN)だったから、真っ赤な部屋にモニターを縦に積んで機材のケーブルを散乱させました。そしてモニターからは、ゲザンのライヴ映像が流れつつ、その周りでネズミをウロウロさせてみる。そんな感じで作っていきましたね。構想から組み立てにも苦心したんですが、一番ヤバかったのがレンダリング。各パートイントロのCGは、15秒が限界だなってことで取り組んだのですが、1フレームのレンダリングで最大1分半かかるので、作業も含めると1チャプターに対して1日がかり。プレビューを確認した後、修正する場合はまた1日かかるわけですよ。なので、試写会当日までに、あと何回レンダリングできるか計算しながら作っていました。時間もなかったので冷や汗ものでしたね。

——聞いてるだけでもCG制作はとても大変そうです。次は、各パートに割り振られた音楽について聞かせてください。ヒップホップからテクノ、パンクと非常に個性豊かでした。またエンディングテーマでは、ザ・ブルー・ハーブ(THA BLUE HERB)のILL-BOSSTINOが参加するユニット、ジャパニーズ・シンクロ・システム(Japanese Synchro System)の楽曲が使われていて、上野さんらしいセレクトだと感じましたが、音楽はどう決めていったのですか。

上野:パートのコンセプトや出演ライダーのパーソナルを踏まえながら決めていきました。またサウンドトラックも仲間のアーティスト達から選定したかったので、既存の曲からリリース前の新曲、まだデモ段階の曲までと、とにかくたくさんの曲を集めました。エンディングのジャパニーズ・シンクロ・システムの曲は、自分が20代前半の頃から聴き続けていて、<確かめろ 確かめろ 1度きりの人生温めろ>と自分と仲間を激励する曲なんですが、いつかこの曲をエンディングに使用した長編を作りたいと思っていました。曲のリリースから16年ほどたった今、やっとそれに見合うタイトルを作れたと思います。

——その『LENZ Ⅲ』は新世代を担うスケーターにフォーカスされていると感じました。上野さんはユーススケーター達のどのようなところに魅力を感じますか?

上野:フリーフォームであることが若い子達の一番の魅力だと思いますね。複合型のテクニカルなレッジトリックに加えて、ナーリーなトランジションから前代未聞のNBD(世界初のトリック)まで引っ提げていますから。

——100人以上のスケーターが出演していましたが、選定の基準はありますか? また、彼らとどのようにつながっていったのでしょうか。

上野:基準というと曖昧になるんですが、基本的には監督である自分がいいと思えるかどうかです。ただ単にスキルが高いとか、ビジュアルが良いなといった理由でキャスティングしてるわけではないです。これは職業柄というか常識というか、スケートシーンにいると“今撮影するべきスケーター”は自然とわかるんですよね。それにスケーターっていうのは基本的に友達の友達なので、すぐにつながっていきます。若い子達の中には『LENZ』シリーズで育った子も多いので、話は早かったですね。

——各スケーターのファッションにも惹かれたのですが、撮影スポットに応じてスタイリングを整えたりすることはありましたか?

上野:「タイトブース」所属ライダーについては、自分がスタイリングすることもありましたね。あと撮影するスポットによっては、トップスが白なのか黒なのかで印象が大きく変わることがあるので、撮影の際は3コーディネートくらいを持っていくことが多いです。ライダーには事前に自分が好きなスタイリングを3つぐらい提案してもらって、そこから自分が少し手を加えることも多かったです。

スケートビデオにはスケートボードの魅力すべてが詰まっている

——日本でスケートビデオを制作するのが困難だと感じる点やおもしろいと感じる部分について教えてください。

上野:おそらく日本は世界で2番目にスケートビデオの撮影が困難な場所だと思います。1番は北朝鮮。日本ではあらゆるスポットで警備員や警察がとんでもないスピードで出てきますよ。それに世界ではほとんど見たことがない「通行人が通報する」という特殊な現象も起きます。自分にはまったく関係ないし、まったく迷惑にもなってないのに、謎の正義感で警察に通報するんですよね。俺はいろんな国にスケートしに行ったけど、日本だけですね、あんなことをするのは。とにかく他人に干渉するというか……。

日本の教育なのかな? とにかく日本人の生活に、スケートボードが根付いてないということがもちろんあると思いますし、実際に迷惑かけちゃってる時もあるので、そういう部分はしょうがないんですが……。でも日本以外ではそんな感じが全然ないんですよね。海外の街でスケートしてても周囲の人はほとんど気にしないし、なんならスケートを見て「今のトリックすごくCOOLだったよ」なんて言ってくれることもありますから。日本だと、スケートしてるだけですごく悪人ぽい扱いされますね。おもしろいのは日本独特の景観や建築がスポットとしてユニークなところです。

——上野さんから見て、今の日本のスケートシーンはどういう状況にあって、どんな課題があると思いますか?

上野:東京オリンピックの影響でスケートボード自体の認知度は、以前より少し上がってきたとは思います。でもオリンピックを観ちゃった多くの日本国民が、スケートボード=スポーツという認識をしちゃったことはすごくマイナスになったとも感じています。しかもそれは、スケートボーディングの本質であるストリートスケーティングに多大な悪影響をおよぼしています。例えばですけど、一般の多くの人がストリートスケーティングを見て「あんなことをしているスケートボーダーがいるからオリンピックを目指している、ちゃんとしたスケートボーダーが迷惑をする」とか。これは自分が実際に言われたことです。この問題に関しては自分も普段からよく考えているのですが、国民性も相まって変えていくのは難しいかなと感じています。

——実際に『LENZ Ⅲ』には、日本におけるストリートスケートシーンのリアルをより多くの人に届けようとする姿勢も感じられました。そのような意図もありますか?

上野:スケートボードをしない人にもスケートボードの魅力が伝わるように制作した意図はありました。少しでも多くスケートボードをしない人達にも観てもらってその魅力を感じてもらうことで、今のストリートスケートシーンの環境がわずかでも良い方向に変わっていってほしいです。

——ではスケートビデオにはどんな魅力があると感じていますか?

上野:魅力的なスケーターがスケート用に作られていない街の建築物で、美術をする様を上質なサウンドトラックでお届けする最高の視覚グルーヴ。そこには、単純なスケートのカッコよさだけにとどまらず、仲間と1つの作品を作り上げていく愛まで垣間見ることができます。スケートビデオにはスケートボードの魅力すべてが詰まっています。

■DVD『LENZ III』(Tightbooth Production) 発売日:2月18日 

■DVD『LENZ III』(Tightbooth Production)
発売日:2月18日 
価格:¥24,200(限定ボックスセット)/¥4,180(通常盤) 
featuring full parts:RIO MORISHIGE、KOTORA MITANI、KYONOSUKE YAMASHITA、GLEN FOX、AYAHIRO URATSUKA、KENTO YOSHIOKA、RYUHEI KITAKUME、RINKU KONISHI

Text Ryo Tajima

author:

相沢修一

宮城県生まれ。ストリートカルチャー誌をメインに書籍やカタログなどの編集を経て、2018年にINFAS パブリケーションズに入社。入社後は『STUDIO VOICE』編集部を経て『TOKION』編集部に所属。

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