上野伸平と南勝巳 スケートボードに導き出された生き方

ロサンゼルスで人気のピザレストラン「PIZZANISTA!」。オーナーを務めるのは、スケートボード雑誌『THRASHER』の「SOTY(Skater of The Year)」にも選出されるなど、輝かしい経歴を持つサルマン・アガーだ。今やスケートボーダーのみならず地元の人達からも愛されている名店が、日本に初上陸を果たした。その「PIZZANISTA! TOKYO」の音頭を取っているのが、日本のスケートボードシーンの第一線をフルプッシュしてきた南勝巳と上野伸平の2人。それぞれが「エヴィセン スケートボード」と「タイトブース」といったブランドを主宰しているが、なぜ「PIZZANISTA! TOKYO」のブランディングを手掛けたのだろうか。スケートボードを遊びから仕事にし、さらには派生させたビジネスをも展開する訳を聞いてみると、そこにはスケートボード以外にも通ずる大事なことが見えてくる。

今までやってきたスケートをこの先どうやって展開していくかを常に考えてる

——まず、「PIZZANISTA! TOKYO」をオープンした経緯から教えてください。

南勝巳(以下、南):「PIZZANISTA!」はLAで人気のピザレストランで、日本企業からの出店オファーは何度もあったみたいなんですけど、サルマン(・アガー)は「スケーターと一緒にやりたい!」という想いがあって実現できていなかったんです。そんな中で、俺はLAに住んでいる友達を通じてサルマン本人とつながることになって、出店の話を持ちかけられたんです。でも、こっちは飲食業についての知識がなかったので「じゃあやらせてよ!」って簡単に受けるわけにもいかず……。ただサルマンはそれも承知で「準備ができるまで待つ」と言ってくれました。なので最初に誘ってもらってから出店するまでに、5年くらいかかってます。

上野伸平(以下、上野):自分はピザが大好きで、海外ツアーに行けばピザを1日4~5スライスを食べるんですよ。でも日本にはスライス売りしてるピザ屋って少ない。だから、いつかスライスピザのお店をやれたらなって漠然と夢見てたんですよね。

南:そうだね。伸平はずっとやりたいって言ってた。俺も「PIZZANISTA!」を日本で手掛けるなら伸平とやりたかったし。それで2年前、飲食業未経験の俺らをサポートしてくれる人との出会いもあって、日本初出店に向けて動き出したんだよね。

上野:うん。日本出店に向けて、仲間達でLAの「PIZZANISTA!」に行ったんですけど、そこで初めて会ったサルマンが「お前達なら絶対に大丈夫!」って言ってくれたのは嬉しかった。

——サルマン・アガーの印象はどうでしたか?

南:俺はそこで会ったのが2回目なんですけど、彼が「PIZZANISTA!」を始めた10年前、スケーターがピザ屋を始めるって聞いてめちゃくちゃクールだなって思ったのを今でも鮮明に覚えてます。当時、アメリカでもセカンドビジネスをやっているスケーターって少なかったので。だから以前に会った時の印象よりも、彼がピザ屋を始めた時のインパクトのほうが大きい。

上野:自分らはもう若手スケーターっていう立場ではないから、今までやってきたスケートをこの先どうやって展開していくかを常に考えています。もちろんスケートをやめるなんてことは絶対にないけど、スケートから得たもので何かを生み出せないかって思ってる。だからかっちゃん(南)も、サルマンの始めた「PIZZANISTA!」をクールだって感じたんだと思う。俺らも新しく何かしていかなきゃってタイミングだったから、「PIZZANISTA!」はまさにだった。

南:でも本腰を入れて準備に取り掛かったら世界中がコロナで大変なことになっちゃって、オープンが半年くらい先延ばしになったけどね(笑)。

——コロナ禍に飲食店をオープンする不安はありませんでしたか?

南:正直不安はありましたけど、サルマンが築いてきた味とブランド力もあるので、自信を持って挑めてます。もちろん、飲食業のディレクションが初めてってことに加えて、コロナ対策っていう大事な課題も上乗せになったので、よりプレッシャーを感じています。

上野:そう。スケートボード業界やファッション業界では気付かなかった、“気配り”がとても大事。

南:そういう部分では、ビジネスパートナーや、飲食店経営をしている周りの仲間達のサポートがありがたいです。おかげで日々良くなっていけるし、成長できる。

——本国と同じメニューに加え、照り焼きチキンなどを載せたピザ“トーキョー”など、日本オリジナルメニューもラインアップしていますね。

南:スケートボードに向き合うくらい真剣に、味にもこだわるべきだと思ってます。有名レストランで働いていたシェフがメニュー開発にも携わってくれているので、オープンまでに試食を繰り返して、納得できる味に仕上げられました。

上野:LAではペパロニマカロニ&チーズが人気なんだけど、個人的には、チーズ(3種類のチーズと特製トマトソース)も好きですね。

——内装の各所にスケートボードのエッセンスが詰まっているのも素敵ですね。

上野:ニスタワンっていう俺らの仲間が、店のデザインを手掛けてくれました。Rのついたベンチや、「スピットファイア」のスイングドアも彼が監修した特注なんですよ。

南:他にはトイレの洗面台がボウルプールになっていたり、ピザ型のテーブルも好評ですよ。

スーベニアアイテムだけど一流のものを作りたい

——オープン記念にリリースしたオリジナルジャケット(アルバイトジャケット)は、飲食店のグッズとは思えないほどクオリティが高いですね。

上野:ありがとうございます。オリジナルウェアは、自分が中心となってディレクションしていて。今後もストーリーや親和性のあるアイテムをリリースしていきたいです。でも変にアパレルブランドとして一人歩きさせるんじゃなくて、ピザレストランというルーツありきで、作り過ぎないようにするつもりです。ただ、出すと決めたものは、スーベニアアイテムだけど一流のものを作りたい。

南:ピザ屋のオリジナルウェアだけど、気が利いているねって言われるような服を作りたいよね。

上野:そうそう。既成ボディにプリントしただけのグッズを販売しているお店があるけど、俺らはそうじゃなくて徹底的にこだわりたい。オープン時に発売したアルバイトジャケットは、良質な国産生地に刺しゅうを入れて、裏地は赤のサテン生地しました。

南:既成のボディもそれはそれでいいけど、こだわり抜いた服って袖を通すとテンション上がるし、より着たいと思うもんね。そういえば、最初にジャケットを注文してくれたのは、本国の「PIZZANISTA!」のスタッフ達だったね(笑)。

上野:サルマンからXLがほしいって連絡があったのは嬉しかったな。「タイトブース」でもシルエットや生地にこだわっているけど、結局は自分が着てかっこよく見えるものを追求してるんです。例えば生地が違うだけで、スケートスタイルは全然変わって見えたりするので、硬い生地と柔らかい生地でサンプルを作って、どっちがスケートしやすいかっていう服作りをしてます。

——2020年で「タイトブース」は15周年を迎え、「ウィムジー」や「カオス・フィッシングクラブ」といったスケートボードをバックボーンに持つブランドをはじめ、「ネイバーフッド」といったアパレルブランド、さらにはTHA BLUE HERBVERDYなどのアーティストと、幅広いジャンルとのコラボレーションをローンチして話題になりました。

上野:昔から付き合いがある人達と、新しく出会った人達に声を掛けて「タイトブース」の新旧を表現してみました。

——「タイトブース」のコラボレーションといえば、昨年発表された「フラグメントデザイン」とのカプセルコレクションも記憶に新しいです。

上野:藤原さんは、2013年に自分が作った『LENZ Ⅱ』を高く評価してくれて、その話からの付き合いです。「上野くんがやっていることは本当にすごい」って言ってくれて嬉しかったですね。

2013年に上野伸平が手掛けたスケートビデオ『LENZ Ⅱ 予告編 』より

スケートビデオをリリースし続けなきゃいけない宿命がある

南:「タイトブース」も「エヴィセン」も、スケートのブランドなので、スケートビデオをリリースし続けなきゃいけない宿命がある。その宿命を確実にメイクさせていけたら、一生ブランドは続けられると思います。

上野:いわゆる“スケートクリエイション”っていうやつ。自分達のブランドが支持してもらえてる理由の1つに、この“スケートクリエイション”があるんですよ。いわゆる企業理念みたいもので、人生で一番楽しくてつらい作業。

南:撮影は言葉にはできないくらい生みの作業が大変。例えるならずっとボディブローをされているような感じ(笑)。

上野:俺はどうにか『LENZ Ⅲ』をリリースできそう。前作から8年くらいかかってるけど、その理由は撮影中にどんどん若い才能が出てくるんですよ。で、撮り始めたら、そこからまた数年かかってと……できたら来年中にはリリースしたいけど、今のスケジュールでスケートビデオを作るなら、ずっと寝ずにやらないといけないレベル。

南:(笑)。それほどスケートビデオを作ることは俺らにとって大事なことで大変なこと。でも「PIZZANISTA! TOKYO」も始まったから、どうにか全部メイクしていくしかないよね。がんばろ。

南勝巳が手掛けるスケートビデオ『EVISEN VIDEO』より

——お2人はそれぞれのブランドに加え、ピザレストランをオープンさせました。その原点は、今も昔もスケートボードであり、スケートボードビデオの存在も大きいんですね。

上野:スケートで食っていくのが夢だったけど、具体的な戦略なんてなかったっすね。とにかく今が楽しい! 仲間達と本気でスケートしてアパレルとビデオを作っているのが最高! っていうモチベーションで動いてるだけだった。

南:そうだよね。ただ、スケートで生きていけるって自信はあった。そこは俺と伸平は一緒。

上野:今の自分達があるのは小さい結果の積み重ねなんです。ビデオはリリースするごとに共感を得ていって、洋服も買ってもらえるようになった。言葉にすると単純で簡単そうだけど、全国に自分の足で赴いて、信頼を得るのに20年かかりました。だからこれからも一歩ずつ地に足を着けて前進したいです。

——1つずつ、目の前のことを着実にクリアしていくことが大切だと。

上野:そう。スケートは金持ちになりたくてやっているわけじゃないし、楽しければいいって考えは昔から変わらない。今やっていることに満足できない人は、その先も続かない。スケートって、早くうまくなりたいと思っている人ほど上達は遅いもので、うまくなる前にそのプレッシャーで諦める人も多い。今の俺らはこんなレベルだけど、楽しく滑れた! っていう単純な喜びに感動できないと続かないと思う。

南:目の前のことをがむしゃらにやるしかないよね。それを仲間と共有しながらやっていけたらいい。

上野: スケートビデオで例えると、良い作品を作るのはすごい労力が必要なんです。1日中撮影しても何も撮れないなんてこともよくあるし。それこそ遠くにある撮影スポットに、ジェネレーターと投光器6本持っていって撮影するなんて、ぶっちゃけだるい。でもそのめんどくさいことに本気で挑むのがかっこいい。いくらスケートが好きでも、それができない人はたくさんいる。でもかっちゃんは本気で挑む人間だったから、俺は今も一緒にいる。めんどくさいことでも、人一倍情熱を注いできたから、ブランドやピザ屋を一緒にやれてるんですよ。

仲間達と一緒にやれているのは誇り

——まさに努力の結果ですね。それはスケートボードに限らず、何事にも言えますね。それぞれブランドにスケートビデオも作っていますが、「PIZZANISTA!」ではそのスケートクリエイションとアプローチは変えていますか?

南:強引には変えず、添えるという感じですかね。いきなり方向性を変えても、誰にも響かないので。

上野:「PIZZANISTA!」っていうブランドの良さを、自分達のフィルターを通して伝えているっていう感覚かな。そうすることで、俺らのブランドを買ってくれている人ともつながれるはず。“信用のスライド”って感じかな。

南:“信用のスライド”ってトリック名っぽくていいね(笑)。渋谷、原宿では次々と新しいお店がオープンしているけど、老舗もあるんです。老舗があるってことは、ローカル感も根強いんですよね。だからこのお店もローカルにどっしりと構えて、多くの人が集まる良い店にしていきたい。

上野:そして「PIZZANISTA!」は、スケーターだけに向けた店じゃないってことも伝えたいですね。実際に、女の子や付近で働く人達が通ってくれてる。それこそ、俺達が目指してる店の在り方です。ただスケーター特有の感性を反映したブランディングは、自分達がやっている限り、どこかしらに感じられるはず。それを添える感覚でやっていきたいと思います。

——スケートボードをなりわいにして、さまざまなことを手掛けているお2人のように、いろんなことに挑戦したいスケートボーダーも多いと思います。次の世代にはどんなことを示していきたいですか?

上野:俺らはやっていることを背中で語るしかないんですよね。誤解する人もいるだろうけど、それを恐れていたら前に進めない。「俺達は仲間とスケートブランドもピザ屋もやっていて人生最高だぜ!」って楽しんでいる姿を若い世代に見せていけたらいいですね。

南:そうそう。仲間達と一緒にやれているのは誇り。

上野:その姿を見せられたら、みんなやってみたくなるはず。憧れてもらいたいってわけじゃなくて、俺らは最高に楽しんでるから、お前らも好きにやれよって感じ。自分達もかっこいい人達の背中を見てやってきたから。自分の目で見て考えて動いてほしいです。

南勝巳
1980年東京都生まれ。スケートボードショップやブランドで経験を積み、2011年に「エヴィセン スケートボード」を設立。デッキやウェアなどのプロダクトに、伝統的な和をモチーフとしたグラフィックを落とし込んで、唯一無二の存在を確立する。一方、スケートボードビデオのフィルマーとしても活躍しており、2017年に「エヴィセン スケートボード」初となるフルレングスビデオ『EVISEN VIDEO』を手掛けている。
https://shop.evisenskateboards.com/
Instgram:@katsumi_minami2

Photography Teppei Hoshida
Text Shogo Komatsu

author:

相沢修一

宮城県生まれ。ストリートカルチャー誌をメインに書籍やカタログなどの編集を経て、2018年にINFAS パブリケーションズに入社。入社後は『STUDIO VOICE』編集部を経て『TOKION』編集部に所属。

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