音楽家・渋谷慶一郎が10年ぶりにパリ・シャトレ座に復帰 新作アンドロイド・オペラ®『MIRROR』を6月21日から3日間に渡り上演

「TOKION」でも連載でその動向を追っている音楽家・渋谷慶一郎によるアンドロイド・オペラ®『MIRROR』が、6月にパリ・シャトレ座で上演されることが決定。『MIRROR』は、2022 年にドバイ万博で発表された、アンドロイドと現地のオーケストラ、仏教音楽声明、電子音が交錯する同名のコラボレーション作品がベースとなっており、この度のパリ公演は新曲を加え演出も新たに完全版70分の劇場作品として発表される。

今作が初演を迎える6月21日はパリはファッション・ウィーク期間中であり、また40 年以上続く音楽の祭典 “Fête de la musique”の開催日でもある。街中が音楽の熱狂に包まれる中で、『MIRROR』の3日間に渡る上演がスタートする。

会場となるシャトレ座は、1862 年にパリ1区に創設されたパリ市で最古の劇場の1つ。かのドビュッシーやマーラーも指揮者としてそのステージに立っていることでも知られる由緒ある劇場であり、1917 年にはピカソが衣装を担当したエリック・サティのオペラ『パラード』を初演するなど、先鋭的なオペラやダンス、演劇なども上演し続けている。

渋谷は2013 年に初音ミク主演・人間不在のボーカロイド・オペラ『THE END』を同劇場にて上演。3日間の公演はソールドアウト、超満員となり大きな反響を呼んだ。今作を含め、現在の渋谷のメインプロジェクトとなっているアンドロイド・オペラ®のコンセプトは、シャトレ座で当時の劇場支配人だったジャンリュック・ショプラン氏から次作について尋ねられた際に着想を得て生まれたのだという。

『THE END』の成功から10 年を経て、渋谷は今年の3 月からシャトレ座のレジデンスアーティストとして劇場内のスタジオを提供され創作活動をスタート。スタジオには4.1ch のGenelec The Ones シリーズのスピーカーやアナログシンセサイザーのProphet10、SSLの小型コンソールBig Six などが設置され、劇場音響をシミュレーションしながらオーケストラと電子音の作曲が行われている。進行中となっている。渋谷は、以前にも2014 年から約3年間に渡りシャトレ座での滞在制作を行なっており、コロナ禍を経て、今回の公演を契機に復帰する形となった。

アンドロイド・オペラ®とは、渋谷がコンセプトと作曲を務め、アンドロイドの歌手が中心となるオペラ作品。今回のパリ公演では、海外初お披露目となるアンドロイドのオルタ4、約50名のパリ現地のオーケストラ「Appassionato」、高野山からは藤原栄善が率いる5名の声明演奏家の僧侶が一堂に会し、1200 年の歴史を誇る声明が渋谷の音楽に折り重なるように歌い上げられるという。ステージでは渋谷自身もピアノとエレクトロニクスを演奏し、映像はフランス人ビジュアルアーティスト、ジュスティーヌ・エマが担当。また、渋谷はソニーコンピュータサイエンス研究所 パリ(ソニーCSL パリ)の音楽チームと、AI と音楽の共同研究を開始しており、今作では同チームが開発したAI を使った作曲ツールが活用されているという。

今週、現地での発表と同時にティザー映像が公開となった。先端テクノロジーと伝統的な芸術様式、そして人間のクリエイティビティが交錯し、どのような表現が生まれるのか——時空と洋の東西を超えたスペクタクルへの期待が高まる。

公開された「MIRROR」のティザー映像

アーティストによる今作のコンセプトは以下の通り。

“Android is a mirror. (アンドロイドは鏡である。)
Music is a mirror. (音楽もまた鏡である。)
It is a reflection of yourself. (それらは私たち自身を映し出す。)”


このオペラは、アンドロイドの声から始まる。オペラという西洋の人間中心主義の極地のようなフォーマットを挑発するかのようにAI を搭載した人型ロボットが舞台の中央に立っている。このオペラには優れた指揮者もオペラ歌手もいない。

過去にフランスの哲学者ロラン・バルトは「東京は中心を持っている。だが、その中心は空虚である」と書いたが、オルタ4 と名付けられたアンドロイドはその空虚、空洞のように5 人の日本の僧侶と50 人のオーケストラ、そして渋谷が演奏するピアノとエレクトロニクスに囲まれている。
オペラの歌詞はミッシェル・ウェルベックやヴィトゲンシュタインなど革新的な小説家や哲学家の言葉を抜粋したものもあれば、1200 年前から伝わる声明のテクストを元にGPT が生成したテクストも使われている。

アンドロイドが歌うメロディは渋谷が作曲したものだけではなく、僧侶によって歌われる仏教音楽・声明の声やメロディに対するレスポンスとしてリアルタイムに生成され公演のたびに変わる即興も含んでいる。それらがオーケストラ、声明、電子音と重なることで1200 年の時空を超えたハーモニーが生まれ、全てが差異が溶け合うこのオペラは新しい調和のモデルを提案する。
また、ステージでは、スクリーン上のアンドロイドのリアルタイムプロジェクションに加えて、フランスのビジュアルアーティスト、ジュスティーヌ・エマが作り出す映像が映し出される。これらの映像と照明は、音楽と完全に同期され劇場全体を包み込むような演出となる。

ここで言う仏教音楽・声明で歌われるテクストは「密教」に由来しており、その教えの核にあるのは「欲望の肯定」であり、これには性の肯定をも意味している。「セックスはあなたと私の差異、障壁を融解する」といった、一周回って西洋のオペラと通じるかのような言葉、教えがあることは非常に興味深い。世界の空虚、空洞を表象するかのようにステージ中央で歌うアンドロイド、オルタ4。彼が最後に歌うのはこの「自己と他者の境界の無化と溶解」であり、欲望の肯定とエゴの否定でもある。東洋と西洋、人間とAI、自己と他者といった違いや争いが表層化していく現代でそれらを融解、無化するのはAI を備えたこの空虚の申し子かもしれない。
このオペラは、魂がないものに魂を吹き込むようなものであるが、その魂は個人ではなく、人間とテクノロジーの関係性に宿ることになるだろう。

■アンドロイド・オペラ®『MIRROR』
コンセプト、作曲、ピアノ、エレクトロニクス:渋谷慶一郎
ヴォーカル:アンドロイド・オルタ4、声明・高野山声明
オーケストラ:Appassionato
映像:Justine Emard
アンドロイド プログラミング:今井慎太郎
アンドロイド 製作監修:石黒浩

【公演概要】
日時:2023 年6 月21 日、22 日、23 日
時間:20 時開演
場所:シャトレ座 (Théâtre du Châtelet)
住所:2 Rue Edouard Colonne, 75001 Paris
チケット:7~65€
公式サイト:https://www.chatelet.com/programmation/saison-2022-2023/android-opera-mirror/

後援:東京都、在仏日本国大使館
助成:笹川日仏財団、EU JAPAN FEST
特別協力:大阪芸術大学アートサイエンス学科
制作協力:ANDROID AND MUSIC SCIENCE LABORATORY (AMSL)、SONY CSL、一般社団法人コミュニケーション・デザイン・センター
協賛:ミライラボバイオサイエンス株式会社
主催:Théâtre du Châtelet、ATAK
共催:国際交流基金
企画・制作・プロデュース:ATAK
*本作は令和5 年度国際交流基金舞台芸術国際共同制作事業として制作。

渋谷慶一郎(しぶや・けいいちろう)
東京藝術大学作曲科卒業、2002 年に音楽レーベル ATAK を設立。作品は先鋭的な電子音楽作品からピアノソロ 、オペラ、映画音楽 、サウンド・インスタレーションまで多岐にわたる。
2012 年、初音ミク主演・人間不在のボーカロイド・オペラ『THE END』を発表。同作品はパリ・シャトレ座公演を皮切りに世界中で巡回。様々なアーティストとのコラボレーションを重ね、パレ・ド・トーキョーやオペラ座などでも公演。2018 年にはAI を搭載した人型アンドロイドがオーケストラを指揮しながら歌うアンドロイド・オペラ®『Scary Beauty』を発表、日本、ヨーロッパ、UAE で公演を行なう。2021 年8 月、東京・新国立劇場にて新作オペラ作品『Super Angels』を世界初演。2022 年3 月にはドバイ万博にてアンドロイドと仏教音楽・声明、オーケストラのコラボレーションによる新作アンドロイド・オペラ®『MIRROR』を発表。
また、今までに数多くの映画音楽を手掛け、2020 年9 月には草彅剛主演映画『ミッドナイトスワン』の音楽を担当。本作で第75 回毎日映画コンクール音楽賞、第30 回日本映画批評家大賞、映画音楽賞をダブル受賞。 8 月にはGUCCI のショートフィルム「KAGUYA BY GUCCI」の音楽を担当、アンドロイドと共演。
最近では大阪芸術大学にアンドロイドと音楽を科学するラボラトリー「Android and Music Science Laboratory (AMSL)」を設立、客員教授となる。また、更なるAI と音楽の研究のためにソニーCSL パリとの共同研究を発表。テクノロジー、生と死の境界領域を、作品を通して問いかけている。
ATAK:http://atak.jp
Twitter:@keiichiroshibuy
Instagram:@keiichiroshibuy
Photography Ayaka Endo

author:

TOKION EDITORIAL TEAM

2020年7月東京都生まれ。“日本のカッティングエッジなカルチャーを世界へ発信する”をテーマに音楽やアート、写真、ファッション、ビューティ、フードなどあらゆるジャンルのカルチャーに加え、社会性を持ったスタンスで読者とのコミュニケーションを拡張する。そして、デジタルメディア「TOKION」、雑誌、E-STOREで、カルチャーの中心地である東京から世界へ向けてメッセージを発信する。

この記事を共有