緊急開催! 渋谷慶一郎・藤原栄善「Mirror in the Mirror」―ドバイの夜空に響く声明:連載「MASSIVE LIFE FLOW——渋谷慶一郎がいま考えていること」第4回

領域を横断しながら変化し続け、新しい音を紡ぎ続ける稀代の音楽家、渋谷慶一郎。昨年8月に世界初演されたアンドロイド・オペラ『Super Angels』では、西洋近現代音楽、歌曲、ポップス、電子音響・ノイズを縦横無尽に横断する楽曲・サウンドスケープを紡ぎあげ、旧来的な枠組みを超越する同オペラの成功を担った。

そんな渋谷に密着し、その思考の軌跡や、見据える「この先」を探る連載「MASSIVE LIFE FLOW」。第4回では、昨年12月上旬にドバイで開催された、真言宗僧侶・藤原栄善とのコラボレーションによるプライベートコンサート「Mirror in the Mirror」のレポートをお届けする。ピアノとエレクトロニクス、そして高野山声明(しょうみょう)という「異質なもの」の出会いは彼の地で如何なる音世界を描き出し、何を提示したのか。ドバイと東京を拠点に多角的な活動を行う菊池 藍のレポートから探る。

公式プログラムが中止になるもドバイ行を敢行し、パフォーマンスを実現

12月上旬、週末の夜、ドバイの瀟洒な住宅街の一画、ビン・シャビブ邸で急遽開催されることになった渋谷慶一郎と真言宗僧侶、藤原栄善によるプライベートコンサート「Mirror in the Mirror」。本来であれば12月11日にドバイ国際博覧会(以下ドバイ万博)において、ジャパンデーのメインプログラムとして、渋谷、アンドロイド「オルタ3」、藤原が率いる高野山声明(しょうみょう)演奏家である5人の僧侶、そしてUAEのオーケストラという構成で渋谷が作曲した音楽作品「MIRROR」が演奏され、世界に発信されるはずだった。だが、新型コロナウィルスオミクロン株の世界的な流行の懸念から経産省がジャパンデーを大幅に縮小したため、開催直前にこのプログラムは中止になってしまったのだ。

しかし、渋谷は1年近く準備し、並々ならぬ思いを込めた作品を、なんとしてでも会期中にドバイ万博会場で公演したいと、中止を知らされた直後に現地での交渉やチャンスを伺うため私費でのドバイ行を決意した。UAEで活動実績のある渋谷とは旧知のアーメド&ラシッド・ビン・シャビブ兄弟がこれを聞きつけ、それならばと自邸の庭をコンサート会場に提供、この夜のコンサートが実現した。アーメドとラシッドはドバイ万博のメインテーマ ”Connecting Minds, Creating the Future.” の決定にも関わるなどUAEの文化政策に影響力を持っている。日本文化にも通じ、渋谷の活動にも理解と共感を持っていて、ドバイ万博での「MIRROR」に期待を寄せていたのである。

右2人がコンサートを主催したアーメド&ラシッド・ビン・シャビブ兄弟

ピアノ・電子音・声明が織りなす未体験のハーモニー

当日、広い庭に様々な国籍の観客が集まり、月明かりが会場を照らす中、錦の袈裟を纏った藤原が法螺貝を夜空に響き渡らせる。吸い込まれるように見入る観客。法螺貝がひときわ高く鳴り響いたのを受けて電子音が応え、セッションが始まった。声明の深く張りのある声と独自のトーン、そして電子音と多彩なタッチのピアノの織り成す複雑な展開。渋谷が演奏とともに指揮者として構成する展開はどこまでが予め構成されていて、どこからが即興なのかもわからない。鳥肌が立つほどの緊張感と未体験のハーモニーを生み出していた。最前列にいても観客達がぐっと息をのみ圧倒されているのが伝わってくるほどだった。

30分強のパフォーマンスの後、観客は次々と渋谷と藤原の元に集まり「全く新しい体験だった」「今日来られなかった友人達にも体験させたい」「二人のセッションでこれだけ強烈なら、オーケストラとアンドロイドも加わる「MIRROR」はどれほど壮大なのか」など、熱心に思いの丈を伝え、二人に様々な質問を様々な言語でしていた。

藤原は「今回、イスラーム圏のドバイで(異なる宗教の祈りにあたる)仏教音楽のお勤めを受け入れてもらえたことが嬉しい。本当に平和的な優しい方々。私の声明のコンセプトの一つに世界平和があり、日本最古の音楽である声明と、先端的な西洋音楽、電子音楽はこのプロジェクトの中でなぜか合う。言葉や習慣が違うために区別、差別が生まれるが人類としては皆一緒である。それが音楽として表現できていて、つまり世界平和を体現している。「MIRROR」をドバイ万博に受け入れてくれていたこの国を尊敬する。」「実はイスラームの地での公演にプレッシャーもあったのだが、会場に赴き、パフォーマンスを行う筈だったアルワスル・プラザを見たら、涙が出るほど残念だった。」と語っていた。

人間・生命について問い続けてきた渋谷が描くヴィジョンとは

渋谷のアンドロイド・オペラの取組は、2012年の初音ミク主演のボーカロイド・オペラに続いて始まった。ロボティクスの権威、大阪大学石黒浩教授の協力を得て小さなパフォーマンスから試行錯誤を重ね、複雑系科学の代表的研究者である東京大学の池上高志教授も巻き込み、2018年に日本科学未来館で初演を迎えた「Scary Beauty」、2019年からは株式会社ミクシィ主導の共同研究により開発された音楽パフォーマンスに特化したアンドロイド「オルタ3」を活用し、今年8月には、新国立劇場の委嘱により作曲した「Super Angels」が話題となるなど、意欲的に展開。一貫してロボットと人間の共存の可能性を音楽というフォーマットで拡張してきた。ボーカロイドによる人間には歌唱不可能な旋律が聞くものの心を動かすのと似て、人間の代用ではなく、人間とは異なる姿のままに強く存在するロボットが、人間と共にオペラに生命を吹き込む。一連の作品は、突き詰めれば人間とは何か?生命とは何なのか?という普遍的な問いに至る。ドバイ国際博覧会、ジャパンデーの目玉として披露される筈だった最新作「MIRROR」は、アンドロイド、渋谷慶一郎、オーケストラと更に藤原栄善率いる声明の演奏家5名もとり入れ、誰も見たことのない形で、先端的な科学技術との共生を表現する筈だった。”Connecting Minds, Creating the Future.”というドバイ万博のテーマにも、地球的な規模で「アイディアの出会い」を生む、という日本館のビジョンにも叶う、シンボリックなプログラムとなったものと惜しまれてならない。

この夜の二人のセッションですら期待を超える感動的な体験となった。フルサイズの「MIRROR」は、圧倒的な体験として、世界中から訪れた人々の記憶に残るに違いない。 UAEは検査体制とブースターを含めたワクチン接種、マスクの義務などが功を奏して、世界で最も経済活動と感染対策の両立が出来ている国として報道された矢先だった。3月までに状況がよくなり、是非「MIRROR」がドバイ万博の会場で披露されることを願う。

渋谷慶一郎

渋谷慶一郎
東京藝術大学作曲科卒業、2002 年に音楽レーベル ATAK を設立。作品は先鋭的な電子音楽作品からピアノソロ 、オペラ、映画音楽 、サウンド・インスタレーションまで多岐にわたる。
2012 年、初音ミク主演による人間不在のボーカロイド・オペラ『THE END』を発表。同作品はパリ・シャトレ座公演を皮切りに世界中で公演が行なわれている。2018 年にはAI を搭載した人型アンドロイドがオーケストラを指揮しながら歌うアンドロイド・オペラ『Scary Beauty』を発表、日本、ヨーロッパ、UAE で公演を行なう。2019 年9 月にはアルス・エレクトロニカ(オーストリア)で仏教音楽・声明とエレクトロ二クスによる新作『Heavy Requiem』を披露。人間とテクノロジー、生と死の境界領域を作品を通して問いかけている。
2020 年9 月には草彅剛主演映画『ミッドナイトスワン』の音楽を担当。本作で第75 回毎日映画コンクール音楽賞、第30 回日本映画批評家大賞、映画音楽賞をダブル受賞。2021 年8 月、東京・新国立劇場にて新作オペラ作品『Super Angels スーパーエンジェル』を世界初演。
http://atak.jp
Photography Ronald Stoops



author:

菊池 藍

1984年東京生。CLAY代表。幼少期から高校卒業までを静岡県の工業都市、長野の県の豪雪地帯の集落、和歌山県の世界遺産の町、アイルランドの中世建築の街、東京都心など様々な価値観を吸収しながら過ごす。青山学院女子短期大学芸術学科卒業。オランダDesign Academy Eindhoven留学後、武蔵野美術大学基礎デザイン学科卒業。株式会社FEEL GOOD CREATIONにてCMFデザイナーの玉井美由紀氏に師事。その後PR/プロデュースを総合的に手がける株式会社ミルデザインにて、PR、プロデュース、ディレクションの経験を積み独立。現在はドバイと東京を拠点に世界各地のネットワークを活かしたデザイン、アートに関するPRや企画など多角的な活動をする。

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