「ジャズの魂を描く挑戦」──『BLUE GIANT』ストーリーディレクター・NUMBER 8が初の小説『ピアノマン』に込めた思いと創作の背景

小学館『ビッグコミック』で2013〜16年まで連載された石塚真一の人気ジャズ漫画『BLUEGIANT』がアニメ映画化され、異例のロングヒットに。そんな本作の漫画家の石塚と、編集者として、ストーリーディレクターとしてタッグを組み、物語を生み出してきたのがNUMBER 8(小説執筆名・南波永人)だ。映画では脚本を担当し、映画化に合わせて登場人物・雪祈の半生を描いた小説『ピアノマン』も上梓。漫画や映画だけではなく、小説も手掛ける『BLUE GIANT』のキーパーソンに、映画に込めた思いや、初の小説に挑んだ理由、登場人物・雪祈の魅力などを聞いた。

この作品への理解度が比較的高い自分に脚本を任せてほしかった

©2023 映画『BLUE GIANT』製作委員会 ©2013 石塚真一/小学館

──『BLUE GIANT』では編集者、ストーリーディレクターを、映画化された本作では脚本も担当されています。私も映画を拝見し、見終わるときには涙が止まりませんでした。

南波永人(以下、南波):ありがとうございます。これまでジャズを知らなかった人からも、「感動して何度も劇場に行った」という報告をお聞きしていて、もう本当に嬉しいことですよね。

──今回同様に、これまでも石塚さんとタッグを組んできましたね。本作の脚本を担当することになった経緯は?

波:ピュアな動機といいますか、これまで石塚さんと一緒に物語を作ってきた中で、映画化されるんだったら、脚本はこの作品への理解度が比較的高い自分が担当したいという気持ちでした。(上原)ひろみさんが音楽面全てを担当してくれることも決まっていて、石塚さんともひろみさんとも関係性があったので、脚本家を誰にしようかという段階で「できることなら書かせてほしい」と監督にお願いしたんです。石塚さんの希望もあって、書かせていただける運びになりました。

──漫画としてのアウトプットと、脚本にするのとではこれまでの経験とは異なる部分があったと思いますが、脚本を担当してみていかがでしたか?

南波:漫画原作はいつも書いているのですが、この映画ならではのストーリーの組み方は独特で楽しかったですね。映画ではいくつかのライヴが重要なシーンになっていて、ライヴに向かって感情を高めていく構成は漫画とは違う経験でした。監督やプロデューサーの意見を脚本に落とし込んで、何度も調整を重ねたのでもちろん苦労はしましたが、最終的には僕自身もとても感動する作品になりました。

「雪祈には10代の頃のみんながいる」 漫画や映画では描かれなかったキャラクターの深み

──本作の映画化に伴い、登場人物・雪祈の半生を描いた小説『ピアノマン』も南波さんが書き下ろされました。脚本に加えて、小説まで書かれたきっかけは?

南波:『BLUE GIANT』の映画公開時期が決まった頃、出版社から「小説版を出しませんか」という打診があったんです。一般的には、映画公開と共にノベライズ本が文庫版で発売されますよね。でも『BLUE GIANT』の場合、映画をそのまま小説にするという形はちょっと合わないかなと。ひろみさんたちの音楽チームの壮絶な録音も見ていましたし、アニメ制作陣の奮闘ぶりも知っていたので 、僕が小説を書くなら彼らに負けない“どっしりしたもの”を書きたいと思ったんです。

──初めて小説を書くというのに不安はありましたか?

南波:漫画原作や脚本と小説はまったく別物なので、その“どっしりしたもの”が自分に書けるのかという不安はもちろんありました。なのでまず、冒頭部分を50枚ほど書いて絶対に忖度しなさそうな小説の編集者に頼んで、読んでもらいました。そしたら、もうボッコボコにされて……(笑)。ですが、その編集者が「良いところもある」と言ってくれたので、もう少しだけお付き合い下さいと頼んで。とにかくその後は一文一文、全力で書きました。出版できそうと言ってくれたのは半分以上書いたあたりでした。

──『ピアノマン』の主役は、漫画や映画の主人公の大(だい)ではなく、ピアニストの雪祈です。今回、彼にフォーカスを当てた理由は?

南波:最初はトリオの物語を書くつもりでした。でも編集者に「3人で視点が変わるのは表現として分かりづらくなるから、一人の視点を深めていった方が良い」とアドバイスされて。雪祈視点で書くとなると深く潜らなくてはいけなくなるのですが、“どっしりしたもの”にはなるので、やってみようと思いました。

──たしかに漫画でも映画でも、雪祈が苦悩を乗り越えていく様子があり、この物語に必要不可欠な、第二の主人公のような印象を受けていました。南波さんにとって雪祈はどのような位置づけですか?

南波:主人公の大はずっと強くてまっすぐです。一方で雪祈というピアニストは一見強そうに見えて内側には他人に見せない多くの苦悩があって。でも、そういう悩みや苦しさって誰にもあるじゃないですか。特に雪祈ぐらいの年齢特有のバランスの悪さもあって、優しくしたいんだけど優しくできないとか、かっこつけちゃう部分とか、ドライな部分とか。そのあたりが雪祈の魅力なんだと思います。あの頃は、みんなそうですよね。僕も思い出したくもないことがたくさんあります。上京したての頃、「東京の人に負けちゃいけない」と背伸びしていたことも(笑)。

──あぁ、なるほど。自分にも確かにありましたね、その感じ……(笑)

南波:その絶妙なバランスの悪さを雪祈というキャラは持っているんですよね。肩に力を入れてカッコつけちゃう感じとか、「とにかく負けちゃいけない」と必死だった10代の頃の自分だったり周りの人たちの思いを、この小説に書きたかったのかもしれません。

小説執筆の孤独な3ヵ月間。“内蔵をひっくり返して”筆に任せて書いた

──本作は“音が聞こえてくる”という評判を呼びましたね。表現の制約がある小説というメディアで、読み手にジャズの臨場感を伝えるために工夫したところは?

南波:この10年、多くのジャズライヴを見てきた中で、僕が感じたジャズの魅力はインプロビゼーション(即興演奏)でした。音を積み重ねて旋律を生み出して、それを凄まじい速度で即興でやっているところなんです。まるで内臓をひっくり返すように、そこには嘘も計算もなくて、ただ勇気だけがあって、その姿に感動するんですよね。だから僕も同じように内蔵をひっくり返すような気持ちで書こうとしました。とにかく何も考えないように、強く集中して思いだけで書いてみようと。この小説の音楽シーンはかなり特殊な表現方法になっていると思いますが、それでダメなら後で考えようと思っていました。ライブシーンは数多く出て来ますが、あの厳しい編集者が全シーン「このままいこう」と言ってくれて。僕なりのインプロが伝わったのかな、と嬉しかったですね。

──本当にジャズを演奏するように執筆をされていたんですね。

南波:そうですね。だから、どこで苦労したというのはあまりなくて、全部苦労したんです。書き上げるまでの3ヵ月は本当に孤独な時間で。めちゃくちゃ寂しいという気持ちと、上手く書けたという喜びと、その両方を行ったり来たりしていました。たまに会う石塚さんによく当たり散らしていましたね(笑)。

──この小説に魂を込めて、すべてを出し切ったんですね

南波:はい。なので自分としては実力以上のものが書けたという実感があります。漫画や映画に引けを取らない作品を目指しましたが、それに近いものが出来たかなと。漫画も映画もとても良い評価をいただいているので、この小説も多くの方の手に届いて、それに続けたらと思っています。最終的には漫画と映画と小説で、この感動をくれたジャズという音楽を少しでも盛り上がる手助けになれたら嬉しいです。

Text & Interview Ryo Takayama

author:

高山諒

クリエイティブユニット、株式会社inori代表。編集者・ライター。学生時代からアルバイトでカルチャー誌に携わり、その後、コンテンツ企画会社・ヒャクマンボルトに在籍。独立後、現在はWEBメディアやカルチャー誌を中心に、企画からインタビューまで行う。

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