2018年4月からTBSラジオでスタートしたカルチャーキュレーション番組「アフター6ジャンクション」(以下、「アトロク」)。メインMCはライムスターの宇多丸が務め、平日18〜21時、3時間生放送で、毎回多様なテーマでカルチャーを紹介している。今回、番組のプロデューサーを務めるTBSラジオの橋本吉史に話を聞いた。前編では、「アトロク」を始める経緯からそこに込められた想いを語ってもらったが、後編では、「アトロク」の番組作りについて詳しく聞いた。
玄人向けにせず、リスナーの間口を広げる
——「アトロク」では、パートナーとしてTBSのアナウンサーが加わりました。「ウィークエンド・シャッフル」は玄人向けに作っていた印象がありましたが、「アトロク」ではアナウンサーが加わったことで、リスナーの間口が広がった印象があります。それは意図していたんですか?
橋本吉史(以下、橋本):そうですね。月~金の18〜21時の帯番組を作る上では、より開かれたものである必要がありました。「ウィークエンド・シャッフル」も玄人向けに作っていたわけでは決してなかったんですが、もっといろんな人が聴く番組にしていかなきゃいけないという意識は強くありました。その中で宇多丸さんと世代や性別、好きなものが全く違う人とが対話をする場を作ることで、どの立場の人でも入っていきやすくなると考えました。
カルチャーでいうと、例えば「ガンダム懐かしい」「ポケモンやってた」といっても世代で思い入れのある作品が違っていたりするし、特定の年齢から見た視点だけにならないよう、そして価値観に偏りがないようにするのも目的です。世代や性別が異なる人同士が対話することで、いろいろな側面からそのカルチャーを見ることができます。今は多様性をあたりまえにしていく時代だから、まず番組の在り方がそうなってなきゃいけない。
その中で、じゃあアナウンサーだったら誰でもいいかというとそうではなくて、僕は番組がスタートする前にTBSのアナウンサーとすごく長く仕事をしてきたので、どのアナウンサーがラジオ的に、もっと言えばこの番組的に適しているかっていうのはずっと前からリサーチしていました。アニメ好き、ゲーム好き、映画好き、とかの個性もありますが、自意識をこじらせていて人間味あるなとか(笑)。だから、「アトロク」のメンバーは、僕は前に仕事をして、この人なら大丈夫という勝算のある5人※なんです。
※「アトロク」のパートナーは、月曜日が熊崎風斗、火曜日が宇垣美里、水曜日が日比麻音子、木曜日が宇内梨沙、金曜日が山本匠晃。
——多少の噛み合わなさも番組としてはあってもいいと。
橋本:価値観が同じ者同士の会話の気持ち良さは当然ある。でも、いろんな立場の人達がそれぞれの視点を気持ち良くぶつけあう場のほうが聴いていて気付きが多いんじゃないかと。要は人として認めあってればトークとしては楽しく聴けるわけなので。あと、アナウンサーが主役になることだってあります。
例えば宇垣さんがいなかったらアニメや漫画の企画はほとんどできていなかったし、宇内アナがいなかったらゲームの企画もここまで育たなかったと思います。日比アナの演劇関連の企画、熊崎アナが韓国ドラマにハマり出した流れでの特集、山本アナのフード描写で映画を読み解く視線など、アナウンサーが主導する回もたくさんあります。
それと、宇多丸さんのどんな人からでも学ぶ姿勢も素晴らしくて。本人は保守的なタイプだと言っていますが、常にアップデートしようとする姿勢がある人ですね。それと、カルチャーって世代を超えて共感する部分もあるのがいいですよね。『エヴァンゲリオン』が世代によって愛し方が違ってたりするのもあるし、ゲーム好きで知られる加山雄三さんが以前ラジオで「バイオハザードのスコアを孫と競っている」って言っていて、そういうの良いなあって。
——「ウィークエンド・シャッフル」でパートナーだったしまおまほさんを、そのまま「アトロク」のパートナーにするっていうのは考えなかったんですか?
橋本:長く聴いてくれてる人ならではの突っ込んだ質問ですね!(笑) 作り手からすると、しまおさんって自由にさせたほうがいいんです。でも「アトロク」のパートナーになると交通情報とか段取り的にやらないといけないことがたくさんあるので、しまおさんはそのポジションじゃないなと。
あとは、しまおさん本人も言ってましたが、番組とは距離があったほうが良くて、入り込みすぎずに番組を冷静に見て、足りないものを言ってくれたり。そういうスタンスのほうがお互い良い気がしています。それで今は月に1〜2回、しまおさんが理想とするラジオ番組の追求という形で自由すぎる企画をやったり、たまに出演するオブザーバー的な役割をお願いしたりしています。実は、しまおさんってものすごく自分に厳しくて、なれ合いになることをすごく気にするのでそれもあるのかも。アウトプットに対して実はストイックという。ストイックという言葉とすごくギャップがある人かもしれないですが。
特集は「まだ知られていないこと」が起点
——特集の内容は、ビギナー向けから玄人向けまでかなり幅広くやられていますが、どのように決めているんですか?
橋本:基本的には玄人にしかわからない企画、というものはやるつもりはなくて、題材がニッチだったとしても、むしろ、いかに知らない人や興味ない人に対して届けるかを大切にしています。玄人向けのように聴こえてたとするとその特集は失敗ですね(笑)。
一方で、みんなが知っているものでも「実はここが知られてない」とかも企画としてはあって。例えば最近やった企画だと「ダンサー」の仕事ってみんななんとなくは知っていますが、実はすごく不遇な条件で活動している人も多い。そういう「知らなかった」ことを伝えていきたい。だから基本的に、特集企画は、「まだ知られていないこと」が起点になることが多いです。
——どのくらい前から考えるんですか?
橋本:だいたい1〜2ヵ月前から考えています。特集によっては、ギリギリまで決まらないものもありますけど。
——映画、音楽、漫画、ゲームなど扱うカルチャーの割合は考えていますか?
橋本: あまり強くは意識してないですが、曜日スタッフやパートナーの得意分野で自然と分かれてくる感じですね。アニメや漫画は宇垣さんのいる火曜が多く、ゲームは宇内アナの木曜、とか。っていうか、こんな細かいとこまでインタビューしてくれるなんて! 扱うジャンルのバランスの話なんて局内で気にされたことないですよ(笑)。
——番組を聴いていると幅広く扱っているので、気になっていました。それでも毎日特集企画を考えるのは大変なのでは?
橋本:確かに、番組を始める時は「毎日特集ってできるかな?」って思いもありましたが、「できなかったらその時は特集をやめよう」くらいに考えていましたね(笑)。でも結果、企画案は渋滞しているくらいあります。カルチャーってトレンドも移り変わるし、視点次第でいくらでも語りがいがあるし、ディレクターや作家が優秀で素晴らしいチームなこともあってアイデアが尽きることはないですね。
あとは、出演者とスタッフが「あの映画が良かった」「この曲やばい」「この漫画スゴすぎ」「あのゲームやってる?」とか本気で雑談するんですよ、放送前後に。リモートでも仕事終わってるのにZoomでずっと話してたり。僕自身もですけど、番組クルーが本気でカルチャーを楽しんでいるっていうのが、あたりまえではあるんだけど、伝える側としての大切な原動力ですね。
——宇多丸さんから企画に対してNGが出ることはありますか?
橋本:あります。視点がよくわからないとか、切り口がよくわからないとか、スタッフと同じく編集者目線なこともあれば、「そのロジックだとゲストと話しづらい」とか「喋り手の目線」でも指摘してくれます。それこそなんとなくブッキングしただけでやろうとすると「なんで出るの? 出てもらって何するの?」って宇多丸さんも言いますね。そこから議論して企画がブラッシュアップされて「これだ!」って視点が定まっていく過程は、産みの苦しみでもありながら、チームで何かを作る冥利に尽きます。
——19時台の「LIVE&DIRECT」では、毎日ミュージシャンのライブが放送されています。あのブッキングも大変そうです。
橋本:これは前身番組からの積み重ねもあるし、ブッキングチームが優秀で、FMのミュージックステーション系で活躍するディレクターと、クラブやライブハウスを運営してたDJオフィスラブさんが担当してくれているので、5日間、毎日、注目アーティストがパフォーマンスを披露するという前代未聞の企画が可能になっています。これまだ伝わりきっていないので強調したいんですけど、このペースでやってるのは、日本はもちろん世界的にもたぶんこの番組だけなんですよ! アメリカのラジオ局NPRの「タイニー・デスク・コンサート」を目指そうって思ってたのに、実施ペースでいえばもう勝ってるという。
ただ、コロナの影響が出てきてからは、今後どうするかって話にもなったんです。前はライブもスタジオでやっていて、ここに十何人集まってやったりもしていました。たまに海外のミュージシャンも来てくれたりして、それが楽しかったんですけどね。でも、コロナでそれができなくなって。今は事前に録音してもらったライブ音源を放送したり、外部スタジオからリモートでライブするスタイルをとっています。
それこそ生でライブができないならやめるって選択もあったかもしれませんが、ミュージシャンがMCやっている番組で、ミュージシャンの活動の場を減らすってなんだよ、って。今苦しいアーティストやクリエイターがいるんだったら、その場を提供するのがカルチャーキュレーション番組の役割だろ!ということで続けています。
ライブショーと音声コンテンツのプロとして
——橋本さんはラジオの魅力はどういった点だと考えていますか?
橋本:「プロフェッショナル」の最後で聞かれそうなやつですね(笑)。庵野さんばりにはぐらかしたいところですが……もともとラジオはパーソナリティとリスナーの距離の近さっていうのは1つの魅力で、テレビなどよりも親近感の湧くメディアであることは間違いないと思います。「ラジオだけは本音を言ってくれる」みたいな信頼性も今の時代に貴重です。
その上で、「音声だけで表現しているということ」に今後は大きな可能性があると思っています。さらに言うと僕らの場合は生放送に対しての対応っていうのはかなりできるので、それはかなり強みになると思います。
——やはり生放送へのこだわりがあるんですね。
橋本:単に伝統的に生放送の割合が多い、ってだけなんですが、自然とそういう仕事の仕方になっていますね。一発勝負だったり、その瞬間に対応する瞬発力や対応力は、他のメディアの人よりはあると思います。だから、ラジオで働く人の強みとしては、ライブショーとしてのプロと、音声コンテンツとしてのプロという2つ。今は音声コンテンツに注目が集まっているからこそ、質の高い音声コンテンツを意識的に作る必要があるなと思います。
あと、番組とは別でオーディオムービーという、これまでのオーディオドラマのクオリティーを高めるプロジェクトをやっていて、そこにも可能性があるんじゃないかと思っています。最近「JapanPodcastAward」を受賞した「令和版・夜のミステリー」という作品があるんですが、経緯を話すと長くなるので「詳しくはオーディオムービーで検索」で!
——最後にラジオは今後どうなっていくべきだと思いますか?
橋本:これまた「プロフェッショナルとは?」的な……(笑)。まず、今はスマホでも聴けるなどより身近な存在になってきているとは思いますが、そういったテック面、ハード面で時代に合わせて進化し続ける必要性ですね。
それと昨今のPodcastブームや音声SNSブームで、音声コンテンツの裾野が広がっているのも、すごくいい状況だと捉えています。YouTubeみたいにみんなが音声コンテンツにコミットしやすくなると、僕らが思いもよらない音声コンテンツも出てくるかもしれない。一方で映画のような、すごく作り込んだ、技術力の高い音声コンテンツっていうものを僕らがプロとして作っていかないといけない。そこに意識的であるラジオのプロを増やしていくことが、ラジオ業界にとっては重要なことだと思います。
あとは精神面で「ラジオに求められがちな、昔から変わらない安心感」に作り手が甘えすぎないことですね。アントニオ猪木引退時に古舘さんが言った「闘魂に癒やされながら時代の砂漠をさまよってはいられない」になぞらえて言うと「ラジオに癒やされながら時代の砂漠をさまよい続けないように」していくべきだなと。
橋本吉史(はしもと・よしふみ)
1979年富山県生まれ。2004年TBSラジオ入社。2007年『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』を立ち上げ、プロデューサーを務めた。2018年4月に『アフター6ジャンクション』を立ち上げ、現在は同番組のプロデューサーを務める。大学生時代は、一橋大学世界プロレスリング同盟(学生プロレス団体)に所属。
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Twitter:@nakapiro
Photography Hironori Sakunaga