「アニメなら日本が第一」 人気イラストレーターのイリヤ・クブシノブが語る創作への想い

ロシア出身のイラストレーター・アニメーターのイリヤ・クブシノブ。SNSに毎日イラストをアップし続けたことがきっかけで、SNSフォロワー数はInstagramが200万、Twitterが51万という人気ぶり。2016年には初画集『MOMENTARY』(パイ インターナショナル)を出版し、その後2019年公開の原恵一監督作品『バースデー・ワンダーランド』ではキャラクターデザインをはじめ、美術設定を担当。また、2020年にNetflixにて配信された『攻殻機動隊 SAC_2045』ではキャラクターデザインを担当するなど、イラストレーターだけではなく、アニメ業界にも活躍の場を広げている。

9月1〜26日には東京・原宿のAnicoremix Galleryで個展「CRYSTALLINE」を開催するなど、展示も積極的に行っている。今回、イリヤ・クブシノブに創作に興味を持つようになったきっかけから日本のアニメに関わるようになった原恵一監督との出会い、イラストに込めた想いまで、幅広く語ってもらった。先日の個展の様子とともに、そのインタビューをお届けする。

——現在イラストレーターやアニメのキャラクターデザインなどで活躍されていますが、ご自身の生い立ちや子供の頃のお話をお聞かせください。

イリヤ・クブシノブ(以下、イリヤ):幼い頃は本を読んだり絵を描いたりしていて自分の世界にずっと入っている子供だったので、母によく注意されたりしていましたね。その時は子供向けの童話を読むことが多かったですけど、家の書斎にあった小説やプログラミング、パソコンの本、恐竜・自然・動物の図鑑などもすべて興味深く読んでいました。

——新しいことを教えてくれる本というものが刺激的だったんですね。

イリヤ:子供だったので、読めないような難しい言葉と出会うと「何だろうこの言葉?」と調べたり、想像を巡らせたりしました。「風見鶏」という言葉を初めて読んだ時は、ずっとどういうものかを想像していたのですが、実際の意味を知ったときには「そういうことか!でも僕が想像していたものの方がずっとすごいぞ」なんて思ったりもしましたね(笑)。

——日本のアニメやマンガのカルチャーに興味を持ったのは同じ頃でしょうか?

イリヤ:ロシアでも日本のアニメがいろいろと放送されていたんです。よく覚えているのは人魚姫のアニメでしたね、ディズニー版の人魚姫と違って小説に寄せた作品で、とても感動したんです。大人向けの日本アニメも放送されていて、6歳の頃に押井守監督の『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』を見た時には非常に衝撃を受けましたし、日本のアニメ作品を好きになっていくきっかけになりました。当時は日本のアニメーション作品だとは気づきませんでしたが、キャラクターデザインや動き方などを含めて、すごくお気に入りでした。

故郷からモスクワに引っ越したあと、日本のアニメや漫画を紹介する雑誌やこういったカルチャーが大好きな人達が集まるクラブに参加するようになり、そこからどんどんと日本のポップカルチャーを学んでいきましたね。

——現在では日本のアニメが海外でヒットしているということが広く知られているとはいえ、今から20年ほど前にロシアで日本のアニメが放送されていたというのは、当時日本の多くの人は知らなかったことだと思います。

イリヤ:印象的な作品だと、アンデルセン童話のアニメ作品などが放送されてましたね。私が『美少女戦士セーラームーン』を初めて見たのは1997年だったと思うんですが、当時は主題歌にボーカルがなくて、伴奏しか流れなかったんです。だから歌詞を知ったのはホントに最近のことだったりします。

言葉よりも絵のほうが多くの人に伝えられる

——ちなみに、ロシアにもアニメ作品があるとは思うのですが、どういった作品が多いんでしょうか?

イリヤ:もちろんロシアのアニメ作品もありましたし、私も見ていました。一番有名な制作会社だと、ソ連時代にできたソユーズムリトフィルムだと思います。ジャンルを問わずにユニークな作品がいっぱいあって、ストップモーションの人形劇や手描きのアニメーションもありましたが、大人向けの作品はほとんどなく、子供向けの作品ばかりでしたね。ユーリイ・ノルシュテインが制作した『霧につつまれたハリネズミ』という作品は、切り絵を使ったアニメで子供向けのように見えるんですが、話が重いし怖かったのをよく覚えてます。私としては、ロシアのアニメ作品にはエンターテイメントな作品はほとんどなく、アートな作品が比較的多いと思っています。

——なるほど。その後、アートの道へと進んでいくことになるとのことですが、おいくつくらいの時でしょうか?

イリヤ:11歳の時からロシアの芸術学校に入学して、大学時代には建築を学ぶようになりましたね。芸術の道を目指そうと思ったのも、小説を書き始めたのがきっかけですね。でも小説を書いても誰にも読んでもらえなくて、それで絵を描いてみたらみんなに見てもらえて、すぐ反応してもらえたんです。「言葉にするより、絵のほうがみんなの心に届きやすいんだ」と幼いながらに学んで、7歳くらいには絵を描くようになったんです。

——ロシアの芸術学校ではどんなことを学ばれていたんですか。

イリヤ:芸術学校なのでデッサンを中心に描いていたんですけど、アニメっぽい絵を描いてみたところ、「そういう絵を描くのは学校を卒業してからにしてほしい」と先生に怒られたりしましたね(笑)。

原恵一監督との出会いが大きなきっかけに

——日本に来たのはいつ頃ですか?

イリヤ: 24歳の時に日本に来ました。大学の後2年ほどはロシアでゲーム作品やモーションコミックを制作する会社にいました。デザインはもちろん、絵コンテを担当したのもそこが初めてで、会社の先輩達に教わりながらでしたね。

——一念発起して日本へと旅立っていくきっかけになったのはなんだったんでしょうか?

イリヤ:自分が監督した作品を制作し終えた後、会社の方針でモーションコミック作品を止めてゲーム作品を再度作るようになったんです。絵コンテを描く楽しさをとても感じたし、ロシアにはないエンターテイメントな作品を作りたいという気持ちが強くなったので、日本へ行こうと決めたんです。当時は日本語も話せなかったんですが、ネットで知り合った日本在住のロシア人がいて、その人にアドバイスをもらって来日したんです。

——そうして2014年に来日してから7年ほどになりますが、日本に来てから一番驚いたことはなんでしょうか?

イリヤ:街がきれいで、ゴミがどこにも落ちてないということ。ロシアとは違って夜になって暗くなるまでが早いことや、自販機やコンビニの多さや便利さ、電車があまりにも多いことも、来日した最初の頃はいろんなことに驚きました。でも私にとって一番大きかったのは、中央線沿いにはアニメスタジオが集まっていて、その近辺に素晴らしいクリエイター達がいることを実感できたことです。ある日、中央線に乗っていた時に押井監督をお見かけして、感激しました。私にとって憧れのクリエイターが集まる場所、まさに日本のハリウッドですね。

——僕がイリヤさんのお名前を最初に知ったのは、原恵一さんが監督された『バースデー・ワンダーランド』(2019年4月公開)のキャラクターデザインからでした。それ以前にはアニメ作品でほとんど見かけたことがないお名前だったうえに、とても特徴的なデザインが印象的でした。同作への制作にはどのように関わっていったのでしょう?

イリヤ:日本に来てからはイラストレーターとしてInstagramなどにイラストを公開していて、それがきっかけで画集『MOMENTARY』(パイ インターナショナル)を出させていただくことができたんです。ちょうどそのタイミングで原さんが画集を見つけて「彼が良いんじゃない?」と推薦してくださり、作品制作に関わることになりました。最初はキャラクターデザインだけだったんですが、原さんに「建築やプロップなどを描ける人を知らない?」と聞かれたので、自分から名乗り出て、美術設定やメカ設定、それに作画監修の部分まで関わらせていただきました。

——初めて日本のアニメ制作に関わった現場で、そこまで活躍できるクリエイターさんはなかなかいらっしゃらないかと思います。

イリヤ:そうですね、本当に恵まれていると思います。私が美術やメカ設定をやるかわりに、原さんは、いろいろな打ち合わせ現場に私を付き添いとして置いてくれたんです。声優さんや音楽にまつわるところや、その他の打ち合わせなどにも同席させてくれて、日本のアニメ制作を熱心に教えてくれたんです。なんというか、私に対して、弟子のように接してくれていました。その中でアニメ制作がどういうものかを学んでいきました。

——その後、2020年4月に配信された『攻殻機動隊 SAC_2045』の制作にも参加されていますよね。ペースを考えると『バースデー・ワンダーランド』の制作からすぐこちらに加わったように思えるのですが、こちらはどのように参加されたんでしょうか?

イリヤ:実はこちらも原監督がきっかけです。「いま新しい攻殻機動隊の制作が始まっているみたいだから、連絡を取ってみたらどう?」と原さんに声を掛けられて、Production I.Gの社長である石川光久さん宛てに草薙素子のアートを提案させていただいたところからスタートしました。

イラストは見てくれた人が自由に感じてほしい

——現在でもpixivやInstagramなどでイラストを公開されていますが、イラストを描かれている時に注意していたり、こだわっているのはどういった点でしょうか?

イリヤ:私は女性を描くことが多いですけど、彼女自身にあるバックストーリーを作って描いています。ちょっとこれは絵を見せつつ説明してもいいですか?

——お願いします。

イリヤ:この絵のタイトルは『蜘蛛』です。蜘蛛は糸で巣を作って獲物を捕まえているというのをヒントにして、女性は目の力や瞳でいろんなものを魅了する、夢中にしていくということを描きました。でもこの絵に関して、「なんで周りに線がたくさんあるの? 意味ないんじゃないの?」とコメントが来たことがあって。確かに『蜘蛛』だけでは説明は足りないとは思いますが、実は私からはあまり説明をしたくはない、見てくれた人それぞれが、より大事な意味を見つけてくれたら、そちらのほうが私としては嬉しいからです。

——ありがとうございます。イリヤさんにとって、『イリヤ・クブシノブといえばこの1枚』といえるような代表的な1枚を挙げるなら、どのイラストになりますか?

イリヤ:少し悩みましたが、こちらのイラストですね。私らしい表現というより、私が伝えたいメッセージというものがこのイラストに一番現れているかなと思います。この絵を見て「なんだろう?」と感じてもらって、時間をかけて大事な意味を見つけていただければ嬉しいです。

——イリヤさんは今後どういった活動をしていきたいですか?

イリヤ:子供の時から本を読んで想像するのが一番好きでした。セリフや情景を思い浮かべて、どこから撮って、どうやって動いて…というように。これと通じるところだと思うのですが、絵コンテを描く仕事をやりたいですね。私にとって、それ以上に楽しい仕事は思いつかないです。

——自分が中心となって監督をするとしたら、どういう作品を作りたいでしょう?

イリヤ:最近では小説や本を読む方がグっと少なくなったと思うのですが、素晴らしい物語はたくさんあります。自分が好きな小説を映画やアニメーション化して、多くの人に伝えたいと思っています。例えば『キャッチャー・イン・ザ・ライ』『ニューロマンサー』『ファイト・クラブ』など、もしもアニメ作品になったとしたら見たいと思いませんか? 私がもしも監督をするのなら、そういった作品をアニメ化してみたいです。

——もしかしたら20年後30年後には、ご自身が脚本・キャラクターデザイン・作画監修しての監督作品が見られる未来もありえそうですね。

イリヤ:まず小説を書いて、それがヒットしたら「私がアニメ作品を作ります!私が監督しますので!」と制作に入っていくという流れが一番理想ですね(笑)

——例えばアメリカやロシアなどから声がかかったら、 制作が海外に移るということもありえるのでしょうか?

イリヤ:仮にアメリカ発のIP(Intellectual Property:知的財産権のこと)コンテンツがあって、日本在住のままで制作できるのであれば、参加できるんじゃないかなと思います。日本で、素晴らしいクリエイター達と一緒に、日本らしいアニメーションを作っていく、それが私にとっての一番の幸せなんです。今は日本から離れようとは思わないですね。

イリヤ・クブシノブ
イラストレーター。1990年生まれ、ロシア出身。SNSで定期的に作品を発表して人気を集め、フォロワー数はInstagramが200万人、Twitterが51万人。2014年から日本を活動拠点とし、2016年には初画集『MOMENTARY』(パイ インターナショナル)を発売。2019年公開の原恵一監督作品『バースデー・ワンダーランド』ではキャラクターデザインをはじめ、美術設定を担当して多くの反響を呼んだ。また、Netflixで配信中の『攻殻機動隊 SAC_2045』ではキャラクターデザインを担当。現在、自身の夢であるアニメーション監督を目指しながら、イラスト・アニメ業界で活動中。
Twitter:@Kuvshinov_Ilya
Instagram:@kuvshinov_ilya

Photography Yohei Kichiraku

author:

草野虹

ライター。福島、いわき、ロックの育ち。「Real Sound」「KAI-YOU.net」「SPICE」「indiegrab」などで音楽〜アニメ系のライター/インタビュアーとして参加。音楽プレイリストメディアPlutoのプレイリストセレクターとしても活動中。 Twitter @kkkkssssnnnn Illustration by ヤマグチジロウ

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