脚本家・野木亜紀子が沖縄を舞台にしたドラマ『連続ドラマW フェンス』に込めた想い 社会における正しさとは?

ドラマ『アンナチュラル』や『MIU404』、映画『罪の声(塩田武士原作)』など、社会派エンターテインメント作品を数多く手がける脚本家・野木亜紀子の新作オリジナルドラマ『連続ドラマW フェンス』(WOWOW、全5回)の放送が3月19日から開始された。

本作では2022年に本土復帰50年を迎え、今も世界最大規模の米軍基地を抱える沖縄の現在を描く。主演を務めるのは松岡茉優と、アフリカ系アメリカ人の父親を持ち、差別や偏見を無くすための活動を続ける宮本エリアナ。松岡演じる東京から来た雑誌ライター“キー”と宮本演じる沖縄で生まれ育ったブラックミックス“桜”がバディとなり、ある性的暴行事件の真相を追う連続ドラマとなっている。

かつて報道記者として沖縄に住んでいたという北野拓プロデューサーから「沖縄が舞台のクライムサスペンスを作りませんか」と言われたのが今作の脚本を手がけたきっかけだという野木。北野プロデューサー同席のもと、作品に込めた想いを聞いた。

野木亜紀子(のぎ・あきこ)
脚本家。テレビドラマのオリジナル作品に『アンナチュラル』『獣になれない私たち』(2018年)、『コタキ兄弟と四苦八苦』『MIU404』(2020年)など。映画『アイアムアヒーロー』(2016年)、『罪の声』(2020年)、『犬王』(2022年)など。待機作に映画『カラオケ行こ!』(2023年公開予定)がある。
Twitter:@nog_ak

——『フェンス』を観させてもらって、すごく取材を重ねた上で、それを凝縮してセリフにしているなと感じました。取材も相当されたんじゃないですか?

野木亜紀子(以下、野木):沖縄の勉強をするために、日米地位協定に詳しい教授にはじまり、沖縄の警察の方、米軍側の捜査機関、米兵事件を扱う弁護士、女性支援団体、精神科医や産婦人科の先生、基地従業員の方、ミックスルーツの方、その友達の友達……と広がっていって、トータル100人以上に話を聞いていきました。沖縄での取材は1回10日間の滞在を3回と、個人的に数日プラスして行きました。そのほかにも東京でも話を聞いたし、ここの取材が足りないという時には、プロデューサーの北野さんが沖縄でのロケハンの合間に取材してきてくれたり。正直、近年まれにみるコスパの悪い執筆作業でした(笑)。

——そのくらい、しっかり取材をしてできあがった作品ということですね。見ていてもそれが感じられました。

野木:そうですね。尺も限られているので、短いセリフや状況からにじみ出るものを感じていただけたらうれしいです。

北野拓(以下、北野):WOWOWに高江洲(義貴)さんというプロデューサーがいて、彼が普天間の出身なので、僕と野木さんと、実際に沖縄当事者の高江洲さんがチームにいたということはベストな座組だと思いました。

野木:沖縄での撮影中、高江洲さんが実家でコーヒーを入れて、現場に毎日ポットで持ってきていたそうです。そんな現場初めて聞きました(笑)。北野さんが報道時代に培った人脈や知識と、高江洲さんの地元の伝手をたどった取材もできて、本当にこの座組でしか実現し得ない作品だったと思います。台本を作っている時も、沖縄の人としてこの台詞はどう思うって聞いたりしましたし。

——それを聞くと、ドラマの中には、いろんな考えの人がいることで、今、存在している問題点を整理して共有できるようになっているなと思いました。

野木:沖縄の人の中でも考え方はさまざまで、住んでる地域によっても違うし、基地との関わり方によっても違うし、年齢でも違うし、ミックスルーツの人の中でもかなり違うし、家庭環境もそれぞれ違うし……。ミックスルーツの中でも、自分達のことをハーフと呼びたい人と、そうじゃない人といたり。

——劇中でも、いろんな呼び方が出てきましたね。

野木:自分は、なるべくハーフという言葉を使わないほうがいいんじゃないかと思っていたんですけど、ドラマの中ではどうしたらいいんだろうと悩みました。本人が好きで自称しているケースまで、こちらが勝手に変えてしまってもどうかと思って。だから作品の中では、バイレイシャル、ミックス、ハーフといろいろな言い方をしていこうと。

キャスティングについて

——物語の中心となる大嶺桜(宮本エリアナ)がミックスルーツのキャラクターとなったのは、最初から考えていたのでしょうか?

野木:北野さんが以前、沖縄のアメラジアンスクールを取材していたんですね。アメラジアンというのは、アメリカ人とアジア人との間に生まれた人のことを言うんですけど、アメラジアンのことを、5話の中の1つのエピソードとしてやりたいという話があったんです。それを聞いて、だったら全体の中の1話ではなく、メインに据えたほうがいいんじゃないかと思ったんです。全体の中の1話だと、ワンエピソードで終わってしまう感じがあって、メインキャラクターが当事者のほうがど真ん中をいける。それに、アメリカと日本をつなぐ存在として芯を食った話ができるかなと。

ただ、そう簡単なことではなかったんですよね。日本では、ブラック系のミックスの役者が少ないし、今の日本の番組制作においては、主役はみんなに知られている人であるということが大前提なので。

——それは、よく耳にする話ですね。

野木:ただ、このドラマは東京から来たライターの小松綺絵(キー)という役と桜の2人が主人公なので、そのキーを松岡茉優さんが演じるということもあって、実現できたんです。

——宮本エリアナさんや松岡茉優さんのキャスティングはどのように決まったんですか?

野木:桜役のエリアナさんは、もともとモデルでミス・ユニバースの日本代表にもなった方なんですけど、お芝居は今回初めてです。桜の役は、はじめは沖縄出身のミックスルーツの人を探したんですが、役者がいない。次に、役者経験はなくともやる気があって日本語ネイティブの人を探しましたが、条件に合う人がなかなかいなかった。それで、沖縄出身という部分は諦めて、オーディションをすることになりました。その中で勝ち抜いたのがエリアナさんです。

北野:エリアナさんはもともと、事務所に所属された時にお芝居をしたいと思っていたそうなんですけど、その頃は「日本のドラマではブラックミックスの役がありません」と言われ続けていたそうです。なので、今回オーディションを受けてみませんかとお声がけした際はすぐに挑戦したいとおっしゃってくださいました。

——それだけ日本の映像作品の登場人物に多様な役柄が出てくるものが少ないってことでもありますね。松岡さんが演じるキーの役は、松岡さんが演じるとわかって脚本を書いた部分もあったんでしょうか?

野木:プロットの段階では、まだ松岡さんが演じるとは決まってなかったです。基本設定やキャラ設定と、1話の流れが出来たところでオファーしてOKをもらったという形です。なので、実際に脚本を執筆する時は、松岡さんを想定して書きました。松岡さんなら、台詞以上に表現してくれるだろうというところだったり、なんとなくですが男性の夢を背負っているイメージもあったので、そうではない自分が見たい松岡さんを書きました。きっとハマるだろうという謎の確信を持ちながら(笑)。

——潜入して記事を書くライターなので、どんな場所にでもてらいなく入っていけるような、ちょっとやさぐれた感じがあって、思ったことをまっすぐに言えるアツさもあって、「男性の夢」にも寄り添わないし、でも実は自分自身の弱さに向き合えていないという複雑なキャラクターで、これまでにない顔だなと思いました。新垣結衣さんが性被害にあった女性に寄り添う精神科医役で、セリフもすごくよかったです。

野木:ドラマで性被害を扱うことがあったとしても、描きっぱなしになることが多いのが気になっていたんです。自分が性被害を描くのであれば、それがどれだけ大変なことなのかをドラマの中できちっと描かないといけないなと思って。沖縄での取材で、そうした分野で頑張っている女性たちに会って、今回のドラマでも必要だなと感じました。演じるのはやっぱり沖縄の人じゃないとねという中で、だったら新垣さんがいるじゃないかと連絡したらOKだったんです。

——女性キャラクターがやっぱり良いドラマですね。その中でも、キーと桜の意見の相違が生じるところがありますよね。キーはとにかく立ち向かおうとするけれど、当事者である桜には、そこまで簡単なことではないと。すごく大事な指摘をしているように思いました。

野木:あの辺の桜の心境については、実際に話を聞いたらそうだったんです。こっちにいると「Black Lives Matter」のことを当たり前のように聞いたりするけれど、沖縄で話を聞くと、「差別」という言葉を使うこと自体が差別を生んでしまうのではないかという意見もあって。それって、そこで生きていく上ではその方が生きやすいということだと思うんですね。話を聞いた中で、「Black Lives Matter」に賛同して沖縄でも活動しましたって人は1人でしたね。地域によっても違って、周りに同じミックスルーツの人がいる、いないによっても違うようでした。ただ、学生時代につらい思いをしたということは皆に共通してるんですよね。聞いていくと、全員が学生時代に髪をストレートにしていた時期があるんです。周囲と同化したいという思いからなんですけど。桜はいまだに髪をストレートにしている。そのあたりも、取材からつくった桜の人物像です。ここからは若干ネタバレになってしまうんですけど、その後の展開もそうで、みんな大人のブラックの女性に会うことで救われているんです。テレビや雑誌の中の人ではダメで、直接会って話をして初めてきっかけをもらっている。

日本だけでなく海外でも見てほしい作品

——桜にも、そうやって自分のアイデンティティを得た瞬間がありましたね。その時のやりとりも印象に残りました。沖縄のことに加え、性被害についても、今の社会に実際にある“困難な状況”を描いていると思いました。

野木:実際、性被害を訴え出た人が非難される現象が起こっているわけで、当事者がぼろぼろになるまで頑張らないとどうにもならないという状況はどう考えてもおかしい。けどその状況があるからそのままドラマで描くしかないし、それこそが問題なんじゃないの?と。かといって、#MeTooできないことで苦しんでいる人が、「私には勇気がない」「ダメなんじゃないか」と思ってしまう必要はなくて、それぞれできる範囲で、自分のタイミングでやっていけばいいと思うんです。

——このドラマの中にも、そういう台詞がありましたが、そもそもは、性加害をした人がいることが発端なのに、それによって苦しめられたり、怖くて立ち上がれない人が責められたり、分断されること自体がおかしいですもんね。そして、ドラマの最後のほうに行くと、性被害について語っていることが、沖縄の問題について語ることと重なっていっているなと感じました。それと、「この社会が正しくないから、被害者が名乗り出るのが難しい」とキーから言われたと青木崇高さん演じる伊佐の関係性も興味深かったです。青木さんは、いろんな面を引き受けられる感じですよね。荒々しいキャラクターだけど、正義感がちゃんとあるし、それが嘘っぽくなくて。

野木:ちょっとした泥臭さもあって、いいですよね。青木さんは、英語も沖縄言葉もあって大変だったと思いますが、素晴らしかったですね。

北野:青木さんは沖縄の言葉のリアリティにめちゃくちゃこだわられていましたね。過去にドラマで沖縄の人の役を沖縄の言葉で演じたことがあり、沖縄への愛も深い方なので。

——見ていて、取材したことが、ものすごくうまく繋がってできているドラマなんだろうなと思ったんですけど、最後のほう、ネタバレになるので、見た人にだけ教えてもらえると……米軍の上官の行動がアツいシーンになっていましたが、そこも取材したところなんですか?

野木:まさに、実際に似たようなエピソードがあったんですよ。本当はもっと込み入ってはいるんですが、夢物語じゃないんです。じゃないとなかなか、「そんなばかな」と思ってしまって書けないです。

——そうなんですか。私はあそこは完全にフィクションかと思っていました。でも、よくできたエピソードのほうが、返ってフィクションでは書きにくいというのもありますもんね。

野木:でもいい話にして喜んでいてもいけないっていうね。

——個人間で、骨のある話、いい話があったとしても、実際にはもっと大きなところが動かないと1つの美談で終わってしまいますもんね。この作品は、日本だけでなく、いろんなところの方にも見てほしい作品だと思いましたが、その辺はどう考えられていますか?

野木:もともと、海外でも見てもらいたいという思いもあって作ったところがあるんです。アメリカの人にも見てもらいたいですよね。興味を持って見てもらえるんじゃないかと。

北野:舞台は沖縄だけれど、今回の題材は海外の方々にも共有できるものだと思うんです。米軍の駐留先は世界中にあり、基地から染み出る同様の問題はどこの国でも多かれ少なかれ抱えていることなので。さらに、今は地域性を追求した作品が海外の人にも受け入れられる傾向があると思っています。だから、全てにおいて沖縄の地域性にこだわり、映像も本土の人がイメージする癒しの島・沖縄とは異なる沖縄本島中部のリアルな景色を撮ることにチームで力を注ぎました。映像の質感などにも注目して見て頂ければ嬉しいです。

『連続ドラマW フェンス』
WOWOWプライム・WOWOW4Kにて5月20日午前0時から全5話一挙放送
WOWOWオンデマンドにて全5話配信中【無料トライアル実施中】
脚本:野木亜紀子
出演:松岡茉優、宮本エリアナ/青木崇高、與那城奨(JO1)、 比嘉奈菜子、佐久本宝、ド・ランクザン望、松田るか、ニッキー/新垣結衣(特別出演)/ Reina、ダンテ・カーヴァー、 志ぃさー、吉田妙子、光石研ほか。
監督:松本佳奈
音楽プロデューサー:岩崎太整 
音楽:邦子、HARIKUYAMAKU、諸見里修、Leofeel
主題歌:Awich「TSUBASA feat. Yomi Jah」
プロデューサー:高江洲義貴、北野拓 
製作:WOWOW、NHKエンタープライズ
https://www.wowow.co.jp/drama/original/fence/

author:

西森路代

1972年、愛媛県生まれ。 ライター。 大学卒業後、地元テレビ局に勤務の後、30歳で上京。 派遣社員、編集プロダクション勤務、ラジオディレクターを経てフリーランスに。 Twitter:@mijiyooon

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