注目の漫画家・和山やま 独特な世界観が生まれるアイデアの源は?

2019年夏に発売した単行本『夢中さ、きみに。』(KADOKAWA)で第23回文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞、第24回手塚治虫文化賞短編賞を受賞し、今最も注目を集める漫画家・和山やま。2020年2月からは雑誌『FEEL YOUNG』(祥伝社)で初連載となる『女の園の星』を開始。9月には単行本『カラオケ行こ!』(KADOKAWA)を出版し、いずれもヒット。『このマンガがすごい!2021』(宝島社)では、『女の園の星』がオンナ編の第1位に選ばれるとともに、『カラオケ行こ!』も第5位にランクインし、話題となった。自身が思い描く理想の世界を中高生の日常を舞台とした漫画の世界に置き換え、1人自由に描いていると話す和山やまに、そのアイデア源を聞いた。

——これまでもたくさん聞かれていると思いますが、改めて漫画を描くようになったきっかけから教えてください。

和山やま(以下、和山):高校2年生の時に読んだBL(ボーイズラブ)がきっかけです。もともと中学生の頃から、誰からも見られていなかったですが、細々とアメブロに少女漫画っぽいイラストに色鉛筆で彩色したものを載せていて、ゆくゆくはイラストだけではなく、物語も考えてみたいなと思っていました。それで高校2年生でBLに影響を受けて、初めて描いた漫画もBLでしたね。ただ、その時点では全く漫画家になろうという気持ちはなくて、高校3年生になって進路に悩んでいた時に、漫画かイラストを描く職業に進もうと思ったんです。それで大学ではマンガ学科に進学しました。

——やはり漫画は昔から好きだったんですか?

和山:漫画は昔からずっと読んでいて、最初に読んで今でも一番好きな漫画は古谷実先生の『僕といっしょ』です。母親が古谷先生を好きだったので、自宅にあったものを確か幼稚園生ぐらいの年に読んでいたんです。今となってはよく親が止めなかったな、という作品ですが、当時は文字は読めないながらも絵本感覚で絵だけ楽しんでいましたね。小学生、中学生になってもずっと読み続けていた作品です。そのほかにも、姉の影響で中原アヤ先生などのマーガレット系の作品と『うる星やつら』を、兄の影響で『遊戯王』『ドラえもん』などは繰り返し読んでいました。

——これまでのインタビューで影響を受けた漫画家は、古屋兎丸先生、野中英次先生、伊藤潤二先生、小林まこと先生と話していましたね。

和山:直接的に影響を受けた漫画家を挙げると、その4人の先生ですね。シリアスな絵でギャグ漫画を描くのは、まさに野中先生の作風そのものなのですが、実は女の子の描き方とか絵の影響を受けているのは小林先生です。これいいな、と思って自分の漫画に取り入れる時にはバレないように自分のものにできてから描くようにしているので、まだ「小林先生の絵に似ているね」と指摘されたことがないのはそれがうまくいっている証拠だなと(笑)。学生を描くのが好きなのは、『ライチ☆光クラブ』や『帝一の國』など中高生を描かれている古屋先生の影響が強いかもしれません。

漫画家以外では、映画にも大いに影響を受けています。特に邦画をよく観るのですが、中でも映画監督の矢口史靖さんの作品が特に好きです。何が良いかって、キャラクター全てが愛すべき存在で、セリフもおもしろくて、日本人の良い部分も悪い部分も全部出ているのに嫌らしさが全くないところ。漫画を描く際のキャラクター作りや、人間のユーモアを描く部分というのは、矢口さんの作品から影響を受けていると思っています。

——和山さんの漫画には独特の間というかテンポを感じます。

和山:私の作品を読んだ方から「ゆったりしている」と言われることが多いのですが、それは私が、皆がゆったりと過ごしている沖縄で生まれ育ったからかもしれません。沖縄の湿度とか、生暖かい感じが漫画のじめっとした雰囲気を生んでいるのかなと。また、沖縄って良くも悪くも変わった人が多いんです。その人達を見ていると、人間には本当にいろんな人がいて、人それぞれ感じ方も生き方も違って、みんな愛すべきところがあって。そう思いながらあの土地で育ってきたからこそ、染みついたものが作品やキャラクターに自然と反映されているのかもしれません。

本当に好きなものを自由に描くことが評価につながった

——ペンネームの「和山やま」は独特の響きですが、どういった由来なんですか?

和山:中学生の頃にアメブロでイラストを描いていた時から「ワヤマ」っていうペンネームでやっていて。いざ本格的に漫画をやるってなった時に、「和山」以外のペンネームが思いつかなくて、そのまま使っています。最初の頃は、「和山友彦(わやま・ともよし)」名義で読み切りなどを描いていたんですが、なかなか名前を覚えてもらえなくて(笑)。それで「和山やま」に変えました。「やまさん」が私の高校時代のあだ名だったので、そこから付けました。

——現在、『夢中さ、きみに。』、『女の園の星』1巻、『カラオケ行こ!』の3冊が単行本化されていますが、最初のキャリアは青年誌だったそうですね。現在の作品を見ると、青年誌というのは意外です。

和山:当時は女性誌だと恋愛ものがメインになってしまうのかなと思っていて、日常的なことを書くなら青年誌のほうがいいのかなと考えていました。大学2年の頃に和山友彦名義で描いた『優等生の問題』で第67回ちばてつや賞に入選したことをきっかけに、講談社『モーニング』で担当編集者と一緒に連載を目指していていたのですが、全然うまくいかなかったんです。その頃は、担当編集者に認めてもらうためだけに漫画を描いていたようなところがあって、完全に自分が描きたいものを見失っていました。

それではいけないと思い、自分の本当に好きなものを誰にも何も言われず自由に描いてみようと思って誕生したのが『夢中さ、きみに。』に掲載されている『うしろの二階堂』でした。それをPixivに掲載したら想像していたよりも反響をたくさんいただいて、多少自信がついたので、1人で同人誌を描いてみようと思い、2019年2月の「コミティア127」で同人誌『夢中さ、きみに。』を発表しました。ありがたいことに、その年の8月に単行本になって。自由に1人で考えて形にした作品が第23回文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞、第24回手塚治虫文化賞短編賞という素晴らしい賞をいただけたので、このやり方が自分に合っているんだと、その後の作品も自由にやらせてもらっています。そうした作品を読者の方にも評価していただき、今はありがたい環境で描かせていただいています。

——どの作品でも男性の友情を超えた、でも恋愛まで行かない絶妙な関係性を描いていますが、そこに着目したのは?

和山:男同士にこんな関係があるのかは私自身わからないながらも、こんな2人がいたらいいなという気持ちを込めて描いています。どの作品もそうですが、誰も嫌な人がいなくて、みんなが平和に過ごしているのも、私が思う理想の世界だからなんです。現実では、嫌な人間に出会ったり、嫌な思いをしたりすることも多いけれど、漫画の世界だけではせめて良いものを見せたいなと思って、ストレスのない作品を目指しています。こういう人達がいたらいいなって。男同士の関係性についてはこれがBLと思って描くものもあればそうじゃないものもあります。自分の中で答えははっきりあるのですが、読む人によって自由に捉えて楽しんでほしいです。

初連載『女の園の星』に込められた細かいアイデア

——『カラオケ行こ!』から比べて、『女の園の星』では絵の線がシャープになったように感じるのですが、描き方を変えたんですか?

和山:『カラオケ行こ!』は全部デジタルで描いているので、線が太めです。当時130ページ近くあるものを1ヵ月もない期間で描かなくてはならず、本当はアナログで描きたかったところを、多少時間短縮になるデジタルで描きました。アナログと違ってデジタルは線が太くなってしまうので、ヤクザとか迫力を出さなきゃいけない部分が多かった本作では結果的に太いペンで描けるデジタルにして良かったと感じています。

一方で『女の園の星』は、人物も背景も含めた全ての線がアナログで、その原稿をスキャンしてトーンやベタなどの仕上げをデジタルでやっています。だから、割と細かいというか、より丁寧なタッチになっているかと思います。

——『女の園の星』で初連載を経験してみて、大変だなと思うことはありますか?

和山:毎月締め切りに追われて大変ですが、何を描いても褒めていただけるので、とても安心して描いています。ストーリーは自分の中でこういうことを描きたいというアイデアはいくつかあるんですが、「今はまだ出すタイミングではないな」となったりして、急遽考えることもあります。

——『女の園の星』は女子校に勤める男性教師・星先生の日常を描いた漫画ですが、登場人物にモデルとなる人はいるんですか?

和山:それはいないですが、もし実際にいたら誰だろうなとは想像しますね。星先生だったら、俳優の中村倫也さんや、吉沢亮さんを若干意識しながら描いています。でも、小林先生は誰だろうと考えたんですが、思い浮かびませんでした(笑)。

——(笑)。小林先生は最初に登場した時は少しうざい感じがしたんですが、だんだんと好きになってきました。

和山:その通りで、最初は小林先生はうざく見せようと描いていたんですが、意外と星先生と2人でうまくやれているのかなと。だから当初の小林先生像からは丸くなっている気がしていて。それこそ、始めは星先生が陰で、小林先生が陽のイメージだったんですが、最近はどちらかといえば小林先生の方が陰になっているかもしれません。

——登場人物の言葉づかいもすごくいいなと思っていて。1話で星先生が生徒に「気をつけてお帰りくださいませ」と言って、生徒が「敬いすぎ」って返すとか。ちょっとしたセリフにおもしろさを感じます。

和山:セリフはジワジワとおもしろさが感じられるように考えています。最初にプロットから考えるんですが、それは全部セリフで考えるんです。だから、セリフを考える時間が一番長いかもしれません。

——でも、ギャグって本当に難しいですよね。やり過ぎても読者がしらけたりして。そんな中でも、絶妙ですね。お笑いも好きなのかなと思ったんですが。

和山:読者を置き去りにしないように、ギャグも含めて全体のテンションは低めで描いています。仕事のBGMとして、お笑い番組をつけっぱなしにしているんですが、そうした芸人さん達の言葉も参考にさせていただいています。会話のテンポなどもそこから影響を受けていると思います。

——作中では、全体的に「ねむい」という言葉や先生や生徒の眠そうな描写が多いのですが、それは和山先生の実体験と関係しているんですか?

和山:それは今言われて初めて気付きました。全く意図していなかったです。でも、学校ってみんな眠いですよね(笑)。だから先生も生徒もみんな頑張っているなという気持ちで描いていたら、自然と眠い感じが出てしまったんだと思います。

——『女の園の星』の3話目に掲載された劇中漫画はお母さまが描かれたそうですね。

和山:私が描くとどうしても下手に描けなくて、ちょうど母親が東京に来ていたので、私が下書きだけ描いて、上からボールペンで描いてもらいました。描いているうちに、どんどん上手くなっていって、母もノリノリで「また描いてもいいよ」なんて言ったりして(笑)。でも、もう下手な絵が描けなくなってしまって、頼めないですね。

——星先生はスタンドカラーシャツ、小林先生はポロシャツなど、服装がいつも同じだったりするのはどういった狙いなんですか?

和山:単に毎回違う服を考えるのが面倒くさいっていうのがありまして。あと、同じ洋服を着てもらうことで、それがキャラ付けにもなるのかなとも考えています。

——小林先生のポロシャツの絵柄を毎回変えるなど、セリフ以外の細かい部分にまで遊び心が存分に発揮されています。

和山:誰も見ていないだろうなという細かい部分まで描くのは好きです。それを見つけてファンレター等で教えてもらうと「やったー」っていう気持ちになります。何回も読み返していると、キャラクターの後ろに何かいたりとか、新たな発見がある作品にしたくて。読者もそこを楽しみにしてくれているので、私も手を抜かずに描いていこうと思います。

——最後に今後、どんな漫画を描いてみたいですか?

和山:作品としてはホラーに挑戦したいと思っていて、実際に構想は考えているので機会があれば発表したいです。あと、恋愛漫画は読むのは大好きなのですが、自分で恋愛漫画を描くのは本当に厳しくて……。でも、私が70歳や80歳になった頃に描いてみようかなとは思っています(笑)。そのためには長生きしなきゃいけないですね。これからも、いろいろな漫画を描いていきたいと思っています。そのためには健康第一で。細くのんびりやっていけたらいいなと。それが今一番の理想です。

和山やま(わやまやま)
漫画家。2019年2月の「コミティア127」にて頒布した同人誌『夢中さ、きみに。』が話題となり、2019年8月にKADOKAWAより同名の単行本を出版。同作は第23回文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞、第24回手塚治虫文化賞短編賞を受賞し、2021年1月より実写ドラマ化。2020年1月からは『FEEL YOUNG』(祥伝社)にて商業誌初連載となる『女の園の星』を開始し、『このマンガがすごい!2021』(宝島社)オンナ編の第1位に輝いた。2020年9月に出版した『カラオケ行こ!』(KADOKAWA)も第5位にランクインし、同作家による2作同時ランクインも話題に。
Instagram:@yama_wayama
和山やま[女の園の星]公式Twitter:@onna_sono_Hoshi

Photography Yohei Kichiraku
Text Kei Watabe
Special Thanks Hi +LIM

author:

高山敦

大阪府出身。同志社大学文学部社会学科卒業。映像制作会社を経て、編集者となる。2013年にINFASパブリケーションズに入社。2020年8月から「TOKION」編集部に所属。

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