世界のあらゆる“BORDER(境界)”を考える「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2023」リポート

京都の歴史的建造物や近現代建築の空間を用いて国内外の作家の貴重な写真作品を展示する「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真際」が5月14日まで開催している。今回で12回目を迎える同イベントのテーマは“BORDER(境界線)”で京都文化博物館別館や二条城 二の丸御殿台所・御清所、藤井大丸ブラックストレージ等、屋内外の14カ所で展示を行っている。

メインプログラムには、石内都、頭山ゆう紀、マベル・ポブレット(Mabel Poblet)、高木由利子、ボリス・ミハイロフ(Boris Mikhailov)、山田学、ココ・カピタン(Coco Capitan)、ジョアナ・シュマリ(Joana Choumali)、山内悠、セザーヌ・デズフリ(Cesar Dezfuli)、松村和彦、ロジャー・エーベルハルト(Roger Eberhard)、パオロ・ウッズ&アルノー・ロベール(Paolo Woods&Arnaud Robert)、デニス・モリス(Dennis Morris)が参加している。

次世代の写真家やキュレーターの発掘と支援を目的にした「KG+」も同時開催中だ。国外からの観光客が増えて活気を見せている京都市内では“BORDER”をテーマに、参加作家による作品から、さまざまな“境界”を見て取ることができる。

石内都/頭山ゆう紀
A dialogue between Ishiuchi Miyako and Yuhki Touyama「透視する窓辺」展

誉田屋源兵衛 竹院の間
With the support of KERING’S WOMEN IN MOTION 

ケリングが2015年に立ち上げた、アートやクリエイティブに関わる分野で活躍する女性たちに光を当てることを目的とした「ウーマン・イン・モーション」によって支援されているプログラムで、今回は石内都と頭山ゆう紀の2人展。会場には下着や口紅、櫛といった亡き母の遺品の数々を撮影した、石内による「Mother’s」と2年前、コロナ禍に亡くなった、祖母の介護を続ける中で撮りためた新作と2008年に発表した「境界線13」シリーズから家族にまつわる作品をセレクトし展示している。お互いに身近な女性の死を経験し、写真を通じて亡くなった相手とのコニュニケーションを試みている。2人の作品からは実際に写っていない人物やその関係性をまでを想像しながら、普遍的な記憶が呼び起こされるような体験となる。

マベル・ポブレット
「WHERE OCEANS MEET」

京都文化博物館 別館
Presented by CHANEL NEXUS HALL

キューバの現代アートシーンで活動するマベル・ポブレットによる、プリントによる造形やシルクスクリーン、映像等を組み合わせた作品群の展示。同展のテーマは“水”と“海”。ともに島国である日本とキューバの共通点でもある海。海を渡る移民は現在のキューバ社会では身近な存在で、ポブレットの作品群でも重要な意味を持つ。自分と他者とを繋ぐ存在でもあり、一方で国境となる切り離す存在でもある海を通じて、鑑賞者に現代社会の課題を投げかけている。会場の中央には海の写真を透明のセロハンに印刷して切り抜かれたインスタレーションが設置されており、海の水面に反射する光のような印象を受ける。さまざまな手法で表現される海から、水と人間の関係性や境界を呼び起こすような展示になっている。

デニス・モリス
「Colored Black」

世界倉庫
With the support of agnes b.

昨年オープンした、京都のクラブ「WORLD KYOTO」が手掛けるカルチャースポット、世界倉庫では、ボブ・マーリー(Bob Marley)やセックス・ピストルズ(Sex Pistols)のポートレートで知られるデニス・モリスによる、自身が育った1960〜70年代のイーストロンドンのカリブ系移民のコミュニティや生活風景を捉えた作品と当時のジャマイカのレゲエミュージシャンアズワルド等のオリジナルレコードも展示されている。当時の簡易スタジオでのレコーディング風景やポートレート、黒人解放運動の現場等の写真から、コミュニティの貧困や困難がありのままに写し出されている。一方で、さまざまな苦難に対して、よりよい生活への前向きな熱意に溢れた強い意志も感じ取ることができる。

セザール・デズフリ
Passengers(越境者)

Sfera
With the support of Cheerio Corporation Co., LTD.

写真家でジャーナリストのセザール・デズフリは、2016年に難民救助船「イヴェンタ号」に3週間ほど乗船し、リビアからイタリアへ渡航するルートで助け出された難民達を追った記録作品を展示している。地中海を横断する難民が社会問題とされていた当時、リビア沖を漂流するゴムボートから118人の難民が救助された。デズフリは救助された全員のポートレイトを撮影し、1人ひとりの名前や出身地を聞いて回り、彼等のその後の人生を丁寧に辿ることで人格を与えたかったという。作品は会場中央の船のような形のスペースで展示され、写真の他に手書きのメモやリビアの紙幣、救命道具も展示されている。今も続く難民問題や、その後の彼等を取りまく環境への理解を考えるきっかけになるドキュメンタリーだ。

ココ・カピタン
「Ookini」

ASPHODEL、大西清右衞門美術館、東福寺仏塔 光明院
With the support of LOEWE FOUNDATION and HEARST Fujingaho

アーティスト・イン・レジデンスとして2022年10月から約2ヵ月間、京都の出町柳を拠点に滞在制作を行っていたココ・カピタン。タイトルは撮影の協力者に向けられた言葉だ。作品はASPHODEL、大西清右衞門美術館、東福寺仏塔 光明院で展示されている。自身がゴールデンエイジと語る10代の少年少女を撮り続けた写真が展示されている。作品には学生や舞妓等、日常生活に伝統文化が根付いている人々から、偶然、鴨川を歩いている時に出会った若者も登場しており、十六代大西清右衛門の息子、清太郎のドキュメンタリー作品も展示されている。カピタンは「京都という伝統的な街を舞台に、ジェンダーやアイデンティティーがわずかな時間で変わっていくティーンエイジャーの姿に興味を持った」と話す。

ジョアナ・シュマリ
「Alba’hian」「Kyoto-Abidjan」

両足院、出町桝形商店街DELTA/KYOTOGRAPHIE Permanent Space

ジョアナ・シュマリもアーティスト・イン・レジデンスで京都での滞在制作を行った。子どもの頃から夜明けに起床し、散歩を続けてきたというシュマリは、朝の太陽の光と自身の心象がオーバーラップすることがあったという。その姿を目に焼き付けて、刺繍を加えていき作品に仕上げるのだという。作品の重要な要素である光について、日本の光はまばゆさと静謐さが同居している独特なものと表現し、今作は「特に自身の精神性が反映されている」と語る。写真作品に対して長時間かけて刺繍を施すという作品は、朝の散歩のようにゆっくりと時間を掛けて鑑賞してみてその美しさを改めて感じられるのかもしれない。出町桝形商店街とDELTA/KYOTOGRAPHIE Permanent Spaceでは、コートジボワールのマーケットと京都の商店街をリンクさせたように作品が展示されていて、両国の“BORDER”を曖昧にする試みがなされている。

山内悠
「自然 JINEN」

誉田屋源兵衛 黒蔵

9年間で何度も屋久島に通い、1人で1カ月間山ごもりをしながら撮影された、山内悠の作品。単に自然の雄大さを伝えるのではない。雨水をすするような生活から地球との一体感を感じる一方で、得も言えない不安や恐怖という経験を、山内の視点で捉えた作品群が並ぶ。「自分でコントロールができない自然の中では、実家が落ち着くような感覚のように、意識が内側に向いた」と語り、「自然から距離を置き、都会が形成されている理由なのかもしれない」と推測する。1階奥の部屋ではヘッドライトを付けて歩き回った夜の屋久島の写真等、4つの展示スペースが用意されている。いずれも山内の屋久島で経験したことを追体験するような感覚を覚える。

松村和彦
「心の糸」

八竹庵(旧川崎家住宅)

昨年のKG+SELECTに続き、メインプログラムでの発表となった、京都新聞社の写真記者、松村和彦による「心の糸」。同作は超高齢化社会の日本で、2025年に認知症患者が700万人に上る見込みの中で、自分の身近な人が認知症になる可能性も含めた状況の理解を提示しながら、松村が実際に学んだことを共有することが目的だ。「認知症になったら人生が終わる」という誤った認識を払拭するために展示構成はキュレーターの後藤由美等と作り上げたという。展示会場には、原稿が欠けた新聞や食卓がぼやけていくスライド等、認知症の世界、心情が疑似体験できる空間になっている。また、会場全体を繋ぐ糸は、とこどころ切れてしまったり、結び直されたりすることで認知症を苦しさを表現している一方でタイトルの通り、心ではみんなが繋がっている状況も示唆している。

高木由利子
「PARALLEL WORLD」

二条城 二の丸御殿 台所・御清所

ファッションデザイナーとしても活動してきた高木由利子は、アジア、アフリカ、南米、中近東に撮影旅行を続けてきた。同展ではファッションと写真という高木がこれまで表現してきた両者を横断するようにパラレルな構成がなされている。1つは伝統的な服の重要性に気付き1998年にスタートした「Threads of Beauty」だ。世界12カ国で撮影された同作は、イランの遊牧民やインド、中国等の民族衣装をまとった人物のポートレイトがまとめられている。もう1つは「ディオール」のために撮り下ろしたという新作の他、「ヨウジヤマモト(YOHJI YAMAMOTO)」「イッセイ ミヤケ(ISSEY MIYAKE)」「ジョン ガリアーノ(JOHN GALLIANO)」等、1980年代から現在までのファッションを牽引してきたブランドやデザイナーのクリエイションを撮影した作品が展示されている。モノクロ写真という自身のルールに則り、モノクロ写真に直接着色したという作品もある。高木が考える服と写真という根源的な疑問を作品から感じ取れるのではないだろうか。

「レジリエンス ── 変化を呼び覚ます女性たちの物語」
世界報道写真展

京都芸術センター

1955年に発足した「世界報道写真財団(World Press Photo Foundation)」が毎年実施している「世界報道写真コンテスト」の入選作品の中から展示されている同展。今回は2000〜2021年に受賞した、世界各国の女性・少女・コミュニティーにおけるレジリエンス(回復力)と彼女達の再起への挑戦を写した13カ国17人の写真家による作品を展示している。女性の権利やジェンダーの平等は、世界中で今もなお根深い問題とされながらも、日本は大きく遅れをとっている。性差別やジェンダーが原因の暴力等の問題に対峙する作品群から、これらの問題の目に見えづらい不均衡さと現在まで、どのように変化してきたかを知ることで、その深淵を考えるきっかけになるだろう。

パオロ・ウッズ&アルノー・ロベール
「Happy Pills──幸せの薬──」

くろちく万蔵ビル2F

写真家のパオロ・ウッズとジャーナリストのアルノー・ロベールが、約5年間世界中を旅しながら、人々の幸せと薬(=製薬会社)の関係“幸せの薬”を追求した。その中で、「日常的に救いを求めているのは哲学や宗教よりも化学であり薬だ」とウッズは語る。ペルーの18歳未満の女性の約4人に1人が妊娠を経験している現状から避妊薬が多用されていたり、トルコとシリアの内戦で家族を亡くした人が服用している抗うつ薬等を撮影した作品からは、薬がさまざまな困難や受け入れがたい現実、制約に対しての解決策になっている現実の一端を知ることができる。展示の後半にはウッズ自らが、世界中で薬を買って制作されたポップなメディスンタワーも展示されている。

ロジャー・エーベルハイト
「Escapism」

嶋臺(しまだい)ギャラリー

スイスのコーヒークリームの容器に付いているアルミの蓋に印刷された写真がインスピレーション源になっている、ロジャー・エーベルハイトの新作シリーズ「Escapism」。蓋に印刷されている写真の中から、風景写真を高解像度のカメラを使用しクローズアップして再撮影し印刷を行った作品群は、CMYKの網点のパターンが、鑑賞者の立ち位置によって見え方が変化する。コロナ禍のパンデミックの外出制限時に制作された同作のタイトル「Escapism」は現実逃避という意味を持つ。常時変化する世界の観光名所のイメージは、エーベルハイトなりの“現実逃避”なのかもしれない。

インマ・バレッロ
「Breaking Walls」

伊藤佑 町家跡地

ニューヨーク在住のスペイン人アーティスト、インマ・バレッロは、京都市内の陶芸家や窯元、学生等の協力で集められた陶磁器の廃材となった破片を金属のメッシュフレームに詰めて巨大な壁「Breaking Walls」を制作した。バレッロは2019年に日本の伝統的な陶磁器の修復技法である金継ぎを京都で学んだ。金継ぎには金属の粉が使われる一方で、スペインの陶磁器は金属のかすがいが用いられる。壊れた陶磁器の破片を用いて完成した作品は、多様性と共存の意義、伝統や文化、コミュニティの重要性を示している。

ボリス・ミハイロフ
「Yesterday’s Sandwich」

藤井大丸ブラックストレージ

MEP(ヨーロッパ写真美術館)との共同企画で開催される展覧会「Yesterday’s Sandwich」。同展では、旧ソビエト、ウクライナ出身のボリス・ミハイロフがアーティストとしてのキャリアをスタートさせた1960年代末から1970年代にかけて制作された作品をスライドショーで展示している。2枚のカラースライドで構成される同作は、旧ソビエト社会主義体制の抑圧された環境の中、タブーとされていたヌード写真と、ソビエトの風景、日常の1コマが重ねて表現されている。

山田学
「生命 宇宙の華」

HOSOO GALLERY
Presented by Ruinart

山田学はKYOTOGRAPHIEインターナショナルポートフォリオレビューの参加者から選ばれる「Ruinart Japan Award 2022」を受賞。同年秋に渡仏し、収穫期にシャンパーニュ地方のランスで滞在制作を行った。葡萄からできたシャンパーニュを熟成させる現象に生命の循環を感じたことが、同作の誕生につながったという。同展では写真作品とシャンパーニュの泡が弾ける響きやクレイエルで採取したサウンドを交えた映像のインスタレーションも展示している。

高橋恭司
「Void」

ARTRO

新作はデジタルカメラで撮影した写真で、髙橋が日常的に愛用している「ライカ」M8を使い、自室にいながら見える範囲を切り取ったプライベートな視点で表現している。展覧会に合わせた写真集「Void」(Haden Books)が刊行され、個展会場でのみ通常版(¥5,500)を特別価格の¥5,000で、プリント付き特装版(10種各エディション5)も¥33,000も販売している。

活気が戻りつつある京都で総合的に芸術を楽しむ

今回から姉妹イベントとして、ミュージックフェスティバル「KYOTOPHONIE」も開催されている。「調和」「多様性」「交流」「探求」をキーワードとし、イベントを通じた繋がりや対話、体験を生み出すことを目的としている。京都市内の寺院や庭園、クラブ等で「KYOTOGRAPHIE 2023」開催期間中の週末に行われている。活気が戻りつつある京都で街歩きができる喜びとともに、写真を中心にした作品鑑賞を楽しみたい。

■KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2022
日程:5月14日まで
場所:京都市内

author:

芦澤純

1981年生まれ。大学卒業後、編集プロダクションで出版社のカルチャーコンテンツやファッションカタログの制作に従事。数年の海外放浪の後、2011年にINFASパブリケーションズに入社。2015年に復刊したカルチャー誌「スタジオ・ボイス」ではマネジングエディターとしてVol.406「YOUTH OF TODAY」~Vol.410「VS」までを担当。その後、「WWDジャパン」「WWD JAPAN.com」のシニアエディターとして主にメンズコレクションを担当し、ロンドンをはじめ、ピッティやミラノ、パリなどの海外コレクションを取材した。2020年7月から「TOKION」エディトリアルディレクター。

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