ヨーロッパにおける日本写真の「IBASHO(居場所)」 ギャラリーオーナーが伝える日本の機微、未完成の美

ベルギーのアントワープにある日本写真専門のギャラリー「IBASHO(居場所)」。オーナーはアート業界未経験ながらアートをこよなく愛するカップル、マルテイン・ヴァン・ピーターソンとアンヌマリー・ゼットホフ。それぞれ元弁護士、元銀行員という経歴をもつ2人は、オープン当時はまだニッチだった日本写真をヨーロッパで広めた先駆けであり、現在は「欧州で日本関連の写真を探しているならIBASHOへ」と言われるほど頭角を現している。世界的に名を馳せる日本人写真家、細江英公、森山大道から新進気鋭の写真家まで、さらに欧米の写真家の日本に着想を得た写真までを幅広く扱う。オーナーの1人、マルテイン・ヴァン・ピーターソンに日本写真の魅力と可能性、キュレーションのプロセスを聞いた。

キュレーションの出発点は自分達のセンス

ーーギャラリーを始める以前からコレクターだったそうですが、日本の写真の魅力や独自性は何でしょうか?

マルテイン・ヴァン・ピーターソン(以下、ヴァン・ピーターソン):私達は長年、浮世絵のコレクターでした。2012年にテート・モダンで開催された『ウィリアム・クライン+森山大道』展で、森山の作品に圧倒されました。彼の写真には厳しさ、コントラスト、レイヤーがあり、語りかけてくるものがありました。森山の作品に感銘を受けたことをきっかけにいろいろと調べていく中で、細江英公の作品、森山の人生に影響を与えた人々の作品にたどり着きました。そして、日本の写真全般に興味を持ち始めました。“日本写真とのつながり”は何か、を説明するのは難しいですが、例えばアートフェアや美術館に行って、好きな作品に出会う。すると、10枚のうち9枚は日本人作家の作品でした。私達は、日本の写真に強い影響を受けています。

ーーキュレーションのプロセスはどのように定義されていますか?

ヴァン・ピーターソン:IBASHOでは、日本の写真を広めるために、日本人作家の写真だけでなく、日本国内で撮影された外国人作家の写真も扱っています。キュレーションの出発点は、常に自分達のセンスに頼っています。私達がその写真家の作品を気に入って、つながりを感じられ、好感を持てるかどうか。そして、作品に日本とのつながりがあれば、日本人でも外国人でも構いません。また、気持ちよく仕事ができるかどうかも重要です。作家達が、私達の活動ややり方を理解し、良い関係を築いてくれることを願っています。

毎夏開催する展覧会のキュレーションのプロセスとしては、日本や日本の芸術に関連するものの中から、自分達がおもしろいと感じたテーマを選んでいます。昨年の『侘び寂び』をテーマにしたグループ展はとても好評でした。ヨーロッパの多くの人が、完璧な不完全さに刺激を受けました。このテーマは、さまざまな作家を紹介できる汎用性があるとわかりましたが、パンデミックによる不確実性の概念との関連もありました。多くの作家は、自然をテーマにした非常に繊細な作品を手作業で制作、プリントは特殊な紙や手漉きの紙を使った手作りのものが多く、作品には不確実性があったと感じます。毎夏の展覧会と合わせて、時間があれば冬にグループ展を開催しています。

ようやくヨーロッパで日本の写真を語る上では欠かせない存在になったと思っています。ほとんどのギャラリーでは1、2名の日本人作家を扱っているのに比べて、私達は50人以上の作家と仕事をして、100人以上の作家の作品をコレクションしています。多くの日本人作家と直接繋がっていますし、日本の写真と作家を知ってもらいたい。細江さんには何度かお会いして、妻は生前の須田一政さんに会っています。作家達との交流が、今のIBASHOの評価に繋がっています。

ニッチをずっと深く掘り下げたい

――次回の展示は何かショーを予定していますか?

ヴァン・ピーターソン:年単位で展示会の計画を立てていて、すでに2022年のことも考え始めていますが、枠は限られています。基本的に夏はグループ展、夏と冬を除く1年を通してソロ・プロジェクトやデュアル・プロジェクトを計画しています。ギャラリーを始めた頃から写真展に参加していて、そのうちのいくつかはキュレーションしたブースで発表してきました。2019年に世界最大の写真フェア、パリ・フォトに参加した際の展示テーマは『hibi(日々)』。多くの作家が日常的に目にするものを好んで撮影していると感じてキュレーションしたのですが、パリでも好評でした。

――ギャラリーの他に、パリの出版社the(M)éditionsから写真集の出版もされていますね。

ヴァン・ピーターソン: 日本人作家にとって、写真集は非常に重要な創作活動の一部ですので、書籍化というビジネスモデルが重要です。伝統的に日本ではプリントは大きなビジネスにはなりづらく、作家が表現する機会は限られていますので、ほとんどの作家は写真集として発表していますよね。一般的な日本の写真集は数年前からヨーロッパで人気が高まっています。IBASHOのブックショップでは自分達が出版した本やプロモーションしたい本に関連した小さな展覧会も頻繁にやっています。キュレーションを考えながら、書籍の企画も考えています。

――作家との関係はどのように築いていますか?

ヴァン・ピーターソン:積極的に作家を探して実際に会う。もしくは、作家が連絡をしてくることもあります。妻は、京都で開催されるKYOTOGRAPHIE京都国際写真祭で何度もポートフォリオ・レビューを行っています。日本に滞在時は、できるだけ多くの作家に会うようにしていて、まずは知っている作家、その後に興味のある作家に会っています。全員の作品を扱えるわけではありませんが、作家達の進化を見るのは興味深いものです。私達は、写真業界のニッチな分野を扱っているので、そこを深く掘り下げたいです。

通常のギャラリーは限られた作家とのみ仕事をしますが、私達は企画に適した作家をキュレーションしたいのでプロジェクトベースであらゆる作家とつながっています。作家も、私達の企画意図と特異性を理解してくれています。また、常に公平でありたいので、お互いが気に入って仕事を続けている作家には必ずアウトプットの機会を設けるようにしていて、現在はブックプロジェクトを提供できるようになりました。希望する作品全ての展覧会の開催は難しいかもしれませんが、作品を写真集として出版できるチャンス。作家の中には、個人的に親しくなる人もいます。お互いを尊重し合うことを大切にしながら作品を評価し、それをどう活動の枠組みに取り入れるかを常に考えています。

作家のインスピレーションの断片が、作品と人をつなぐ

――設立から現在まで、顧客の反応に変化はありましたか?

ヴァン・ピーターソン:とても興味深い質問ですね。設立当初は、新しくて刺激的なテーマを掲げていたので順風満帆でした。当時、日本の写真は新進気鋭でその波に乗り、とても良いスタートを切りました。その後も成長を続ける中で困難もありましたが、設立から6年が経ちIBASHOというギャラリーと考え方が定着してきたと感じています。そもそもギャラリー経営は難しいビジネスですが、さらにコロナのパンデミックの影響で今後どうなるかわかりません。すべての人に合うわけではありませんが、私達の書籍やキュレーションする作品を評価してくれる人も多いんですよ。

――これまでに見た展覧会の中で一番良かったものは何ですか?

ヴァン・ピーターソン:前述した、テート・モダンでの森山作品の展示は素晴らしく、目を見張るものがありました。2017年のアルル国際フォトフェスティバルでの深瀬昌久の展覧会のキュレーションも素晴らしかったです。アムステルダムのフォーム写真美術館で荒木経惟の展覧会を見て、とても美しかった。彼の作品は、生々しさと性的な側面から批判の対象になることもありますが、それが作品の重要な部分であるため否定はできません。他にも亡き妻と猫の晩年のポートレートは本当に迫力がありましたよね。また、数年前のパリ・フォトでのテリー・イーサトン・ギャラリーによる山本昌男展も印象的でした。見事なプレゼンテーションには、圧倒的な没入感がありました。その前のパリフォトだったと思いますが、キッケンギャラリーのブースで日本と西洋の写真をパネルで組み合わせた展示があり、視覚的な展示も魅力的でした。タカ・イシイギャラリーも、パリ・フォトで素晴らしい展示をしていましたね。記憶に残っているのは、壁に穴が開いていて、そこから何かが飛び込んできたようなブースは壮観でした。

――パンデミック後、キュレーターに求められるものは何だと思いますか?

ヴァン・ピーターソン:オンラインでのキュレーションが、ますます重要になってくるでしょう。Artsyのようなプラットフォームや他のギャラリーでは、すでにその傾向が見られます。作品をオンライン上で没入感のある形式や手法で発表しなければなりません。現在は作家と共同で動画制作を進めていて、映像や音声の断片、自筆のテキストなど動画素材を提供してもらっています。作家のインスピレーション源となる複数のピースと作品を並列に展示し鑑賞者との接点を作っています。映像は評判が良く、需要の高さを実感しているところです。

1年以上も家の中に閉じこもる生活を強いられているため、多くの人がオンラインでコンテンツに触れることに慣れましたが、美術館やアートフェア、ギャラリーに足を運ぶ日を楽しみにしている人も多いですよね。今後もオンラインでの展示の需要は高まっていくので引き続きオンライン・コンテンツを開発していきます。一方で、オンラインのツールやアイデアは限られているためさらなるアイデアの進化が必要です。

ギャラリーはベルギーにあって、顧客は世界中にいるためパンデミック以前から誰もが気軽に立ち寄れる場所ではないことも関係していますが、時代に関係なく「いかにおもしろいコンテンツを提供するか」という課題は変わらない。展示会の数だけコンテンツは増えていて、競争に勝つにはキュレーションの強化が不可欠といえます。ただ作品を壁に並べるだけでは不十分で、ストーリー性や鑑賞者へのアプローチを考えなければなりません。1980年代は、みんなが同じ展覧会を話題にしていましたが、今は無数に存在しますから。

IBASHO
2015年3月にアントワープにオープンしたアートギャラリー。日本語で「自分らしくいられる場所」という名を持つIBASHOは、著名な日本人写真家から新進気鋭の作家、日本に影響を受けた欧米の写真家、ファインアートの日本の写真、作品を扱う。日本人写真家の汎用性と美しさ、生々しく、荒々しいものからミニマルまで幅広くキュレーションし、日本の写真集の新刊や古書も取り扱う。パリの出版社the(M)éditionsと共同で、オリジナルの写真集を出版している。
https://ibashogallery.com/

Photography IBASHO Gallery

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NAO

スタイリスト、ライター、コーディネーター。スタイリスト・アシスタントを経て、独立。雑誌、広告、ミュージックビデオなどのスタイリング、コスチュームデザインを手掛ける。2006年にニューヨークに拠点を移し、翌年より米カルチャー誌FutureClawのコントリビューティング・エディター。2015年より企業のコーディネーター、リサーチャーとして東京とニューヨークを行き来しながら活動中。東京のクリエイティブ・エージェンシーS14所属。ライフワークは、縄文、江戸時代の研究。公式サイト

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