「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2021」リポート 写真を通じて京都の街を歩く 

京都の歴史的建造物や近現代建築の空間を利用し、国内外で活躍するアーティストの作品を展示する「KYOTOGRAPHIE」が17日まで開催している。2013年から毎年開催されている同フェスティバルは今年の開催で9回目を迎える。京都文化博物館や京都BAL、建仁寺山内両足院、二条城など、京都市内の10ヵ所を超えるメインプログラム会場では、17組のアーティストの作品を展示。公募型アートフェスティバルの「KG+」も市内のギャラリーなどで開催している。いずれも入場者数制限など、感染症予防対策を取りながら行われている。

テーマは“ECHO(呼応)”。今年は新型コロナウイルスのパンデミックから2年となり、2011年の東日本大震災から10年の節目に当たる。社会問題や世界動向など、われわれが直面するさまざまな問題にフォーカスしたテーマの作品からは、期待感はもとより、ヒリヒリとしたリアルな肌感覚も伝わってくる。同フェスティバルの見どころを駆け足で巡り、メインプログラムを中心にリポートする。

1. トマ・デレーム、八木夕菜@両足院(建仁寺山内)

トマ・デレーム「Légumineux 菜光─ヴェルサイユ宮殿菜園の古代種─」
八木夕菜「種覚ゆ」

「KYOTOGRAPHIE」は作品はもちろん、展示設計など、会場そのものから受ける空間体験も楽しみの1つ。建仁寺山内・両足院で展示されている、トマ・デレームと八木夕菜の作品も同様。大書院で展示されているトマ・デレームの「Légumineux 菜光─ヴェルサイユ宮殿菜園の古代種─」は、ヴェルサイユ宮殿の菜園で栽培されている伝統的な古代種の野菜を被写体として、自然光で撮影した作品。現在流通している、われわれがよく目にするような野菜とは異なり、個体それぞれの歪な形や色合いとポラロイド独特の質感から、生物が本来持つ力強さや多様性を感じることができる。

八木夕菜は、視覚と現象を使った作品とインスタレーションを国内外で発表しているアーティストで、現在は京都を拠点に活動している。本堂の各房、茶室などに展観した「種覚ゆ」は長崎県雲仙市で30年以上、有機農業と種の自家採種を行う“種採り農家”の岩崎政利の活動が着想源となっており、岩崎が育てる野菜の生命力と、種を守るという営み、雲仙の自然の豊饒さを捉えている。茶室の畳一畳半分の土壁に蒔かれたさまざまな植物の種子は、障子をサノアノタイプ(日光写真)で覆うことで青い光に包まれ、雲仙の水と空気の清らかさを表現している。

2. デイヴィッド・シュリグリー×「ルイナール」@ASPHODEL

「型破りな泡」
presented by Ruinart

祇園のギャラリースペース、ASPHODELでは、イギリスの現代美術家・デイヴィッド・シュリグリーとシャンパーニュ・メゾン「ルイナール」のコラボ作品「型破りな泡」が展示されている。

シュリグリーは、ドローイングや絵画、彫刻、パブリック・アートのほか、ミュージックビデオやアニメーションの制作など、コンテンポラリー・アートの枠を越えた活動をしている。簡潔なイメージとシンプルなフレーズを組み合わせた、シニカルなブラックユーモアを含んだ世界観は、ポップカルチャーも横断する。

シャンパーニュの原材料を育てるブドウ畑にまつわる伝統と職人技を表現している作品群からは、「ルイナール」が創業当初から大切にしている自然や環境を想起させる。2Fには、シュリグリーのメッセージがモノトーンの円盤に描かれ、祇園の街とつながるようなのぞき窓も設置されている。

3.リャン・インフェイ@Sfera

「傷痕の下」

「KG+ AWARD 2020」にてグランプリを受賞した中国出身のフォトジャーナリスト、リャン・インフェイによる展示「傷痕の下」は、性暴力の被害を生き抜いた人のトラウマとなる記憶やその後の人生を知ることで、被害の本質に目を向けるプロジェクトの再編。作品はそれぞれ個別のスペースで構成されており、実際に性暴力の被害者の証言の音声とともに作品が鑑賞できる。直接的な言葉と結ばれる、首を這うナメクジや紙の上の魚などがモチーフとなった作品に込められた、怒りや苦しみ、悲しみと並行して、世間の視線などからの解放も表現している。

4. MEP Studio(ヨーロッパ写真美術館)による5人の女性アーティスト展 −−フランスにおける写真と映像の新たな見地@HOSOO Gallery 

パリのヨーロッパ写真美術館(MEP)のディレクター、サイモン・ベーカーがキュレーションした、ジャンルも手法も異なる5人のアーティストのグループ展。MEPは、2018年に若手アーティストの初個展を開催することと若手女性アーティストの支援を目的とした施設「Studio」を設立。今回はジャンルを横断した活動を続けるフランスの新世代女性アーティストの作品を展示。同展は芸術や文化の分野で活躍する女性に光を当てることを目的とするケリングのプログラム「ウーマン・イン・モーション」に支援されている。

マルグリット・ボーンハウザーによる幻想的なほど鮮やかな色彩とコントラストで被写体をクローズアップした作品群の強い個性が目を引く。マノン・ロンジュエールは作曲家ジョン・アダムズの舞台音楽『天井を見つめていたら空が見えた』に着想し、ポートレートにフィクションとドキュメンタリーが混在したテキストやオブジェを重ねることで、不協和音のようなストーリーを紡ぎ、コンテンポラリーな世界観を作り上げている。アデル・グラタコス・ド・ヴォルデールは記憶の断片を表現した、タンスに投影された映像と壁面に書かれたメモによるインスタレーション作品を発表。個人的な記憶に思いを馳せる。映像作家・ダンサーのニナ・ショレと美術作家・女優のクロチルド・マッタによる2つの映像作品では、フィジカルな官能表現を抽象化し、現実と虚構の境界線を曖昧に表現している。

5.インフォメーションラウンジ&ブックス、KG+ SELECT@三条両替町ビル

「KG+ SELECT 2021」は、今後の活躍が期待される写真家の発掘を目的に、2013年よりスタートした公募型のアートフェスティバルで京都市内のさまざまな場所で作品展示が行われている。三条両替町ビルの2〜4Fで開催されている「KG+ SELECT」は、応募の中から選出された9名のアーティストを紹介している。KYOTOGRAPHIE 2020の参加アーティスト、外山亮介の展示も開催されている。

6. 「シャネル」×白井カイウ、出水ぽすか@誉田屋源兵衛

MIROIRS – Manga meets CHANEL / Collaboration with 白井カイウ&出水ぽすか
presented by CHANEL NEXUS HALL

「週刊少年ジャンプ」(集英社)の人気作品『約束のネバーランド』の原作・白井カイウと作画・出水ぽすかと「シャネル」のコラボによる展示。4月〜6月に銀座のシャネル・ネクサス・ホールで行われた展覧会を創業280年を迎える帯の老舗、誉田屋源兵衛で展開している。白井と出水は、ガブリエル・シャネルとブランドの哲学を漫画で表現し、会場は漫画作品に加え、ガブリエルのポートレートや貴重な資料などを合わせた3章で構成されている。

7. アーウィン・オラフ@京都文化博物館 別館

「アヌス ミラビリス -驚異の年-」

オランダの写真家アーウィン・オラフは、日本初公開となる自然と人間の関係性を捉えた「Im Wald(森の中)」と「エイプリルフール」の2シリーズを展示。「Im Wald(森の中)」はドイツ・バイエルンの森を舞台にしたポートレートの作品群で、アイロニカルな対象物を組み合わせることで、雄大な自然と自然を開発し続けて発展してきた人類の歴史を示唆している。一方、「エイプリルフール」は、新型コロナウイルスのパンデミックで自主隔離を強いられた日々をスチール写真と映像作品で表現した。

8.ンガディ・スマート@フライングタイガー コペンハーゲン 京都河原町ストア3F

「多様な世界」

西アフリカ・シエラレオネ出身で、現在はロンドンを中心にヴィジュアル・アーティストとしても活動するンガディ・スマートの展示「多様な世界」は「アビッサの顔」「バビのクイーンたち」「Metamorphosis(メタモルフォシス=変身)」「まず、私」の4つのシリーズで構成。写真、イラストレーション、デザイン、コラージュを組み合わせた作品は、アイデンティティーや人種差別、ジェンダーなどにフォーカスし、“美しさ”の定義に疑問を投げかける。

9. ECHO of 2011─2011年から今へエコーする5つの展示@二条城

リシャール・コラス「波──記憶の中に」
片桐功敦「Sacrifice」
小原一真「空白を埋める」
ダミアン・ジャレ & JR「防波堤」
四代田辺竹雲斎「STAND」

開始日が延期していた二条城での展示もオープンしている。2011年に発生した東日本大震災にオマージュをささげる国内外5組のアーティストによる展示が行われている。

「シャネル」日本法人会長で、小説家のリシャール・コラスは東日本大震災の1ヵ月後にボランティアとして現地入りし撮りためた被災地の写真と、被災者の証言から書かれた小説『波 蒼佑、17歳のあの日からの物語』(2012)のテキストを融合した作品を展示。

大阪・堺を拠点に活動する華道家・片桐功敦は、震災後から1年間、福島県・南相馬市に移住。被災地に花を生け続け、自ら撮影した写真集『Sacrifice』を完成させた。同シリーズのほか、2020年に再び福島を訪れた際に、避難勧告で置き去りにされた牛が空腹のあまりにかじっていた牛舎の柱の写真作品などを展示している。

フォトジャーナリストの小原一真による「空白を埋める」は、収束作業を行う福島第一原発作業員を追った写真と新型コロナウィルスの医療・介護従事者に焦点を当てた2シリーズを展開している。

コレオグラファーのダミアン・ジャレによる、9人のダンサーのためのダンスパフォーマンス映像「Brise-lames(防波堤)」も上映されている。アーティストのJR、作曲家の中野公揮、ダンサーのエミリオス・アラポグルとコラボして制作した公演がロックダウンでキャンセルとなったために、映像作品として収められたパフォーマンスだ。パフォーマンスを撮影したJRによる写真作品も展示されている。

大阪・堺を拠点にする美術工芸家・四代田辺竹雲斎は、竹を編み込んだ有機的な構造によるダイナミックなインスタレーション「STAND」を展示。完成作品は展覧会が終わると同時に解かれ、素材の約90%を次の展示で繰り返し使用している。

写真を通じた京都の街歩きから未曽有の状況を考える

社会問題から個人的な思いまで、アーティストが捉える“日常”を京都のさまざまな会場で感じることができた。世界共通の未曽有の状況を考えるきっかけとして、街歩きができる喜びとともに、写真を中心にした作品を堪能してみてはいかがだろうか。

■KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2021
会期:10月17日まで
会場:京都市内
Webサイト:https://www.kyotographie.jp/

author:

芦澤純

1981年生まれ。大学卒業後、編集プロダクションで出版社のカルチャーコンテンツやファッションカタログの制作に従事。数年の海外放浪の後、2011年にINFASパブリケーションズに入社。2015年に復刊したカルチャー誌「スタジオ・ボイス」ではマネジングエディターとしてVol.406「YOUTH OF TODAY」~Vol.410「VS」までを担当。その後、「WWDジャパン」「WWD JAPAN.com」のシニアエディターとして主にメンズコレクションを担当し、ロンドンをはじめ、ピッティやミラノ、パリなどの海外コレクションを取材した。2020年7月から「TOKION」エディトリアルディレクター。

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