「びっくりさせるのが私のアートの醍醐味」 画家・空山基が語る「進化」と「創作哲学」

空山基(そらやま・はじめ)/ Hajime Sorayama
1947年、愛媛県生まれ。東京在住。1983年『Sexy Robot』出版。1999年にソニーが開発したエンターテイメントロボット「AIBO」のコンセプトデザイン、2001年には、世界的ロックバンド、エアロスミスの『Just Push Play』(2001)のアルバムカバーを手掛け、近年もキム・ジョーンズと手がけた「ディオール メン(Dior Men)」とのコラボレーションで大きな話題となる。近年、空山の作品は、「Unorthodox」(The Jewish Museum, New York, 2015)、「Desire」(by Larry Gagosian and Jeffrey Deitch, Moore building, Miami, 2016)、「The Universe and Art」(森美術館, 東京, 2016、Art Science Museum, Singapore, 2017)、「Cool Japan」(Tropenmuseum, Amsterdam,2018)、「Tokyo Pop Underground」(Jeffery Deitch, NY/LA, 2019-2020)、「Sorayama x Giger」(UCCA Labo、Beijing 2022−2023)、また2023年の夏には、アメリカのマイアミに新たなにオープンするMuseum of Sexにおける大規模な個展も控えている。
http://sorayama.jp/ja/
https://nanzuka.com/ja/artists/hajime_sorayama
Instagram:@hajimesorayamaofficial

「ずっと見ていると目が回ってくる。まさに“宇宙酔い”」。都内3ヵ所で新作個展「Space Traveler」を開催している画家・空山基。そのメイン会場NANZUKA UNDERGROUNDで披露しているロボット彫刻のインスタレーションを前に、作家はそう言って、ニヤリと笑った。

会場の1階フロア全体を使ったこのインスタレーションでは、6体の女性ロボット彫刻が、それぞれ内側に鏡を施したボックスの中に作品が浮いて見えるように設置されている。鏡には無数のロボットが増殖して現れ、実際の彫刻とその虚像の間に起こるズレや歪みによって、空山が“宇宙酔い”と表現したような感覚が引き起こされる。「周りを動きながら見続けていると気持ち悪くなっちゃうかもしれない。要注意だよね。ギャラリーの中で吐かれちゃったら、困るでしょ?(笑)」。

 “ロボットの春画”とも言える、通称「セクシーロボット」をモチーフにした作品で、世界的に知られている空山。海外のミュージシャンやアーティスト、企業とのコラボレーションも含め、毎回、世間を驚かせてきた彼だったが、今回の展示は体感としての驚きが極まっているように感じられる。「それは、私の思うツボだね。私は人をびっくりさせるために、ものをつくっているから」。そう言って、またニヤリとする空山が「TOKION」だけに語ってくれた、新作の秘話と創作哲学について——。

ステップ・バイ・ステップで作品は進化していく

——人間と等身大のロボット彫刻のインスタレーションは、今回、鏡を使った新しい見せ方でした。

空山基(以下、空山):こういう効果はシミュレーションではなく、実際にやってみないとわからない。鏡を使った彫刻は、2023年にアートバーゼル香港(※アジア最大級のアートフェアの1つ)で1体だけ見せているんだけど、日本では今回のように複数並べて展示空間から作り込んだのは初めて。ステップ・バイ・ステップで、次はどんなことをやったらおもしろいかって考えて発展させていくんです。本当は四角いボックスを卵型にするのが理想なんだけど、技術的にも予算的にも難しいようで、次は床と天井も曲面にしたいなって思っている。

——モチーフの彫刻が浮いているようで、「Space Traveler」というタイトルともマッチしています。

空山:このタイトルはギャラリーがつけたもので、私がやりたかったのは、彫刻を浮かせることだけ。実際に彫刻は工房の職人と作っているんだけど、私が結構、無理難題を言うものだから、職人も「じゃあ、やってやろうじゃないの!」と頑張ってくれて。ロボットが膝を抱えて浮いているものと他に、つま先だけで立った、水泳の飛び込み台からジャンプする瞬間のような姿をしているものもあるんだけど、それはもっと身体を前傾になるように、でも体を支えている支柱をなるべく見えないように注文をつけた。アルミだから実際にはすごく重くて難しいらしいんだけど。

——今回のロボットのポーズはどうやって決めたのですか?

空山:膝を抱えているものは、私が生まれて初めて描いた女性のロボットのポーズに近いもの。もう1つの、飛び込みのジャンプの瞬間のものは、もともとは「自由」や「解放」を意識して描いたロボットの絵があって、そこから抽出した。その作品は、背景に「光」という文字(ゲーテの最後の言葉「もっと光を」の暗示)や、人権団体アムネスティ・インターナショナルの蝋燭のロゴマークが浮かんでいるようなものだったんだけど。そうやって、昔の作品をアレンジしたり、絵画も昔のものをリタッチすることも結構ある。

——写り込みの部分もおもしろく、例えば、背面がアール・デコ(19世紀前半、進歩した機械文明を象徴するような、直線や幾何学が特徴の装飾様式)のような文様が浮かび上がる。また、以前、空山さんは、メタリックに光る女性ロボットを神のような存在だと話されていたと思いますが、今回の作品では、ちょうどロボット彫刻の後ろの鏡面に円のような図形が現れて、(自身の仏性を内観する)禅的なものも想像させられました。

空山:まあ、自由に解釈してください。いろんなことを妄想してもらえばいいし、手のひらを合わせて拝んでもらってもいい。ただ、人間が作品空間に入った時に、どういう効果が生まれるかということは、毎回、展示の際に試しています。印刷で再現できるものを単純に見せてもつまらないし、びっくりさせたいから。びっくりさせるというのが、私のアートの醍醐味。

今回、「NANZUKA UNDERGROUND」の2階のスペースでもちょっと試していることがあって、まず会場に入った時、「フタバスズキリュウ」の骸骨をモチーフにした絵に鑑賞者の目がいくようにしている。そのモチーフも横に伸ばしたように平体気味にして、パノラマ風にしている。また、この作品はキャンバスのパネルが3枚にわかれているんだけど、そのちょうど首から顔にかけての部分を、スペースのコーナーを使って角度を傾けて展示していて。2階の入り口から近づいて行った時に、恐竜の顔が鑑賞者の方を見ているようにしている。普通こういうコーナーはデッドスペースで、立体を置くことが多いけど、私は利用価値があるのになってずっと思っていて。本当は絵画も曲面で見せられないかと考えている。

大きい方が説得力があるし、びっくりさせられる

——今回、大型のキャンバスのペインティングも展示しています。近年、巨大な絵画を精力的に制作されていますが、何かきっかけがあったのでしょうか。

空山答えは簡単で、大きい方が説得力があるし、びっくりさせられるから。ただ、1つきっかけになっていることを挙げれば、30年くらい前にパリのルーブル美術館で、幅が9メートルくらいあるジャック=ルイ・ダヴィッドの「ナポレオン1世の戴冠式」(ルーブル美術館で2番目に大きい絵画)を見たこと。その隅に入っているダヴィッドのサインが、私がそれまでに描いた一番大きい絵と同じくらいのサイズだった。まずはそのダヴィッドの絵の大きさを超えてやろうって。でも如何せん、日本では住宅事情もあってそこまで大きい絵は制作できない。だからずっと挑戦できなかったんだけど、少し前に広いアトリエを借りられるようになって、いま30年越しのリベンジを果たしているというわけ。

——大きい絵画では、絵の具の層に透明な層を重ねていく「スフマート」という技法を取り入れていると聞きました。伝統的な油絵の描き方ですが、古い技法もいろいろ試されているわけですね。

空山私の場合、使っているのは、油絵の具ではなくアクリル絵の具。油絵の具は臭いし、すぐ乾かないから自分の描き方には合っていない。ただ、単に古い描き方をマネしているわけでなく、実は技法もコラボさせている。例えば、プリントをベースにしていたり。具体的には、手描きの絵を4億画素で複写し、大きなキャンバスに12色で拡大プリントして、その後に、蛍光色などいろんな色を使って筆を重ねていく。そうやって「プリントを使っている」と言うと、コレクターの人は変な反応をするんだけど、使っているのは染料によるジークレー印刷で、油絵の具でもアクリル絵の具でも出せない、ものすごく透明なブルーを表現することができる。モニターの上で発光しているものに近い色、光に近い色というか。そういう方法を取り入れない理由はないでしょ?

——今回、初めてCGテクノロジーを使った映像作品を発表されています。

空山:正直に言うと、映像に関しては、まだまだ全然満足していません。肉体が全く光っていなくて、まあ予算と時間の問題があるらしいんだけど、あれは完成まで100年かかりますね。最後のシーンだけ、映像に出てくる地球のモチーフにダイヤモンドリングを入れて、微妙にタイムラグでロボットにその反射を入れてもらった。CGだと何でもできると思っているけど、そうではない。

——CGでイチから表現するには、予算とお金がかかり、難しいことを、絵では自由に実現できる。別の言い方をすれば、CGでできないことを、空山さんは絵でやってきたということですよね?

空山:絵ならば、家内制手工業で時間をかければ、いくらでもできるからね。ただ、今回は時間と予算の問題もあったけど、理工系の人の発想と、絵描きの発想は少し違うんだなって思った。見た目に現れる湿度のようなもの、柔らかさのようなものなど、コンピューターの演算では簡単に表現できないこともある。アニメーションの分野の人達は、昔から「不気味の谷」というものがあると言うよね? 本物に近づければ近づけるほど気持ち悪くなる、ある一線を超えると不気味になってしまう谷があるということなんだけど、脳が感じるリアリティの問題もあると思う。

公のものにカウンターを食らわすのが作家

——今回の個展でも、会場には海外の人も多く訪れていました。国内外では作品に対する反応に違いはあるものですか?

空山:今は、そこまで違わない。ボーダーレスになっているんじゃないかな。日本でも、東京と地方でも、そこまで反応は変わらない。

——センシティブな表現もありますが、クレームのようなものを言われたりはしないんですか?

空山:どうだろう。あまり気にしても仕方がないことだと思う。まず、私は、何かをつくる時、そういったものは全く考えない。描いている時は発表することすらあまり考えないから。そもそも私は、好きなことを描いているだけ。唯一、社会性のようなものを意識するのは、こうして展示する時なんだけど、クレームなんかは、ギャラリーが対応してくれるから、そこまで気にしないでいいし(笑)、やっぱり作家に社会性を求めすぎてもよくない。作家は、いわば、公に対するカウンターでもあるわけだから。発表した後、最後に「まあ、知らんけど」って言っていればいい。

そもそも、こうしたエロティックな絵やポルノグラフィは、ファインアートと比べて低く評価されるところがあるけど、私にとっては同等なもの。性欲は、食欲と睡眠欲と同じように人間の根本的な欲望だし、それを蔑ろにできない。私が描いてきたロボットだって、もともとはポルノで、ピンナップから生まれたものだから。

——確信犯的ですね。作品だけでなく、そういう姿勢が、空山さんが若い世代からも惹かれる理由だと思います。

空山:最近、北野武さんが新しい映画『首』を作ったけど、織田信長の時代なんかは、騙しと殺しのやり合いで、今よりもひどいわけ。そういうのを大河ドラマみたいに単純に綺麗な英雄物語にしてしまわないところが、武さんはすごい。そういうのはクリエイターに限らず、例えばフランス人の海洋学者で、アクアラングというダイビング機器のレギュレータを発明したジャック=イヴ・クストー。彼はその発明過程で息子を亡くしているんだけど、それでも開発をやめなかった。自分のやりたいことを、タブーや批判を気にせず、やり続けている人は、私にとってやっぱり眩しい。

——そういった人を、“眩しい人”と表現されるのが空山さんらしいと思います。というのも、空山さんは以前、メタリックに輝く女性ロボットの表現について「光のなかに、神を見ている。私にとっての神は女神で、光も女の人」といったことを語られていました。

空山:昔、言ったことなんて覚えていないけど(笑)、ただ、再現できる嘘の光、人工の光って、程度がしれている。印象派だって、極論を言えば太陽以上の強烈な光を描いていないわけでしょ? いまはCGで光っているような表現もできて、なおかつ、見る方も記号的に、それが光だとわかるようになったけど、果たしてどれほど人を驚かせることができるのか——。やっぱり、私はその上で、眩しいほどの光を絵で再現したい。もちろん、所詮、絵だから白から黒までの範囲のなかで描けるもの以上に眩しい光は表現できないことはわかっている。ドン・キホーテが風車に向かって突進するように負け戦なのかもしれないけど、人がハッとするような恍惚としちゃうような光を出したいと思っている。その限界にいつも挑戦しているわけです。

Photography Hironori Sakunaga

◼️空山基 Space Traveler
会場:NANZUKA UNDERGROUND
会期:4月27日〜5月28日
時間:11:00〜19:00
休廊日:月、火曜日
入場料:無料

会場:NANZUKA 2G
会期:4月27日〜未定
時間:PARCOの営業日に準じる
入場料:無料

会場:3110NZ by LDH kitchen
会期:4月26日〜5月27日
時間:水・木曜11:00〜16:00、金・土曜11:00〜17:00
休廊日:日、月、火曜日、祝日
入場料:無料
https://nanzuka.com/ja

author:

松本 雅延

1981年生まれ。2004年東京藝術大学美術学部卒業、2006年同大学院修士課程修了。INFASパブリケーションズ流行通信編集部に在籍後、フリーランスに。アートやファッションを中心に、雑誌やカタログなどの編集・ライティングを行う。

この記事を共有