「ペリメトロン」から生まれたトリオ圓 「FUKUI TRAD」の活動記録から伝統工芸との共生をどう見るか

福井県の伝統工芸をより身近な存在にするべく立ち上げられた「FUKUI TRAD」という活動がある。「FUKUI TRAD」は、「ペリメトロン」から派生した西岡将太郎、佐々木集、森洸大のトリオである圓(en)が2021年初頭に企画し約1年掛けて取り組んでいた福井県の伝統工芸を再考するプロジェクトだ。

そもそも福井県には「越前漆器」「越前打刃物」「若狭塗り」「越前箪笥」「若狭めのう細工」「越前和紙」「越前焼」などの伝統工芸が息付いているが、いずれも後継者不足や需要低下といった原因でかつての活気を失いつつある。プロジェクト自体は伝統工芸品の開発を目的にスタートしたものの、圓は越前市に拠点「越前ハウス」を作り、職人や作家と出会い、対話を重ねていく中でプロダクト開発よりももっと根源的な問題に向かっていったという。

一応の完結を迎えた圓による「FUKUI TRAD」だが、今後は「越前ハウス」をオープンハウスとして機能させ、福井県と向き合っていく。先月上梓した、約1年間の記録を収録した書籍『MICRO TRIBE: FUKUI TRAD ANNUAL/MANUAL 圓 FROM PERIMETRON(以下、『MICRO TRIBE: FUKUI TRAD ANNUAL/MANUAL』)を振り返りながら、3人が考える課題の深淵と今後のヴィジョンについて話してもらった。


写真右より「ペリメトロン」の西岡将太郎、佐々木集、森洸大からなるトリオ。もともと伝統工芸に興味のあった3人で結成され、西岡がプロデューサー、佐々木がクリエイティヴ・ディレクター、森がアートディレクターを務める。

短期のアウトプットではなく、継続していくこと

−−「FUKUI TRAD」がスタートしたきっかけを教えてください。

西岡将太郎(以下、西岡):イベント制作会社の友達からプロジェクトの打診があって。それで集(佐々木)と洸大(森)に声をかけたら二つ返事で「やる」と。そこから始まった感じですね。

−−お2人は声をかけられて最初どんな印象を持ちましたか?

佐々木集(以下、佐々木):急な角度で聞き馴染みのある言葉が来たので、純粋におもしろそうだなって。始まりは軽い気持ちですね。

森洸大(以下、森):「おもしろいもん作れそう」っていう気持ちと、「ペリメトロン」と別で墨流しのチーム「DWS(Dirty Workers Studio Japan)」をやっていて、福井県にも墨流しの職人がいたんですよね。だから、その人に会いたいという話を昔からしていて。墨流しも日本の伝統芸術であって、自分達は独自に改良しながらも延長線上にいるので強烈に興味を持ちました。

Body Marbling Dirty Workers Studio

西岡:映像制作とかグラフィックも含めて、自由度が高いプロジェクトの話は、だいたい集に声をかけることが多いんですよね。伝統工芸とか職人という言葉から集と洸大の名前が最初に浮かびました。

−−プロジェクトが完遂した後の目的は?

西岡:継続です。「FUKUI TRAD」の後、このプロジェクトをどう継承していくか。

佐々木:「FUKUI TRAD」ではさまざまな職人と一緒にいろんな食器を作ったんです。それをただ展示販売するんじゃなくて、肌で感じてほしかったから、短い期間だけどプロジェクトの最後に「アンノン原宿」ですべての食器を使ったポップアップレストランをやって。空間も含め、「FUKUI TRAD」を凝縮させたんですが、それでも収まり切らなかったことがたくさんあったから、そのバックグラウンドごと『MICRO TRIBE: FUKUI TRAD ANNUAL/MANUAL』にまとめたんです。そこで、俺等の「FUKUI TRAD」はある程度結末を迎えているかな。

でも、まだ越前の拠点はあって、今は向こうで仕事をしている住人もいるので、今後の可能性は感じています。拠点をビルドアップする予定なんですが、その具体案はこれから。ニッシー(西岡)が感じている、このプロジェクトをアップデイトすることができれば、福井での先の活動にもつながっていくのかもしれない。

−−西岡さんが話した「継続」ですね。

西岡:そもそも、基本的にプロデュース、クリエイティヴ・ディレクション、アートディレクションという役割のプライオリティを決めている前提もあるし、ある程度、意識が共通している部分もあるから、前段をすっ飛ばしても互いに理解できている感覚はある。あとは必要なことを予測しながら話し合って進めていきました。それをこれからも継続していくだけかなと。

佐々木:互いの意見はフラットに出し合い、“おもしろい”っていう共通認識を元にそれぞれの具体的なイメージをつないでいく感じ。

西岡:プロデュースも制作も垣根を越えた視点で進めたことが多かったように思います。

ひたすら歩き回って繋がった職人との縁

−−当初は福井県から「『ペリメトロン』にプロダクトを作ってほしい」という依頼だったとのことですが、そこから拠点である「越前ハウス」を作る考えに至った経緯を教えてください。

佐々木:最初に福井に行った時点で、話に挙がっていたよね?

西岡:そうだね。経緯が生まれた具体的な瞬間っていうのは思い出せないかな。

佐々木:その話はパッと思いついたというか、「拠点欲しいな」って思ったことをニッシーと洸大に話した気がする。

西岡:ある程度の頻度で福井へ行く3人分の交通費や宿泊費等を考えたら、拠点を作った方が効率的とは思っていて。それから現地の物件や家賃を調べ始めました。福井県にプレゼンする前、福井に行った時点で「拠点が欲しい」って話をしたはずだよね?

佐々木:したね。それにさまざまな条件が重なってるんですよね。車移動だったので、移動時間の長さが気になったり、コストも圧縮できる。自然に拠点を作ろうという発想に至ったと思います。最初、福井市内に店舗を置くアイデアもあったんです。商店街に店舗を作る話とか。現状のようなサテライトオフィスでもいいし、将来的にアーティスト・イン・レジデンスみたいな機能を持たせるって、熱心によく話してたね。

西岡:そうそう。

−−決めてから実際に拠点を作るまでスムーズに進んでいったんですか?

佐々木:福井に行けるタイミングも限られているので、いくつか物件を内見したんですけど、そのタイミングで決めないといけないくらい差し迫っていた感覚はありましたね。そんな時に鯖江商工会議所の田中(英臣)さんという人が「越前市にぎわいづくり課」を紹介してくれて、鯖江市と越前市の境界の現在の拠点になる物件を見つけてくれた。伝統工芸に関する組合と話し合いを始めた頃かな。

−−ちなみに、組合で紹介されなかった職人や作家とはどう繋がっていったんですか?

佐々木:ひたすら地道に人の紹介ですね。『MICRO TRIBE: FUKUI TRAD ANNUAL/MANUAL』は結構、そこの重要性にフォーカスしてる。

西岡:それこそ縁で繋がった気がします。出会った人自身が素晴らしいと思う作家や職人をつないでくれたんです。組合からリストが上がってくる頃には、ほとんどの職人と会ってて、逆に組合に作家のことを質問できるくらいにはなってましたね。

森:杉原(良直、杉原商店代表)さんは、もともとネットで調べて知ってて、会いたいなって思ってた。

佐々木:最初に電話した時、めちゃめちゃ怪しまれたよね。今すごく仲いいのが不思議なくらい。最初、「お前等は何者や?」って(笑)。

−−実際にたくさんの職人に出会われてきたと思うんですけど、特に印象に残ってる作家や作品があれば教えてください。

佐々木:俺は徳さんかな。

西岡:「井上徳木工」っていう、主に越前漆器の箱物の木地を作る工房です。アトリエのインパクトが一番印象に残ってる。もちろん作品もですけど、伺った時にアーカイヴっていうか、実験したストックが山のように詰まっている空間に西日が差し込んできて、木が柔らかく光ってて。めちゃくちゃいい空間で。

森:徳さんのアトリエは印象的だったね。俺は小柳(箪笥)さんのところ。

佐々木:からくり箪笥の作り方は知ってたけど、その場でギミックを見せられた体験は初めてだったね。純粋に「すごい」って。ロジックに基づいた技術がないと絶対作れない、ちょっと研究的な視点もある箪笥職人はかっこいいなと思った。

森:残念ながら「FUKUI TRAD」では、一緒にもの作りができなかったんですが、そのことに小柳さんが一番嘆いてたというか、赤裸々に語ってて。もの作りに対してピュアな人なんだなと。

−−先程、話に出てきた杉原さん(杉原商店)の和紙が書籍のカバーに使われているんですよね。

佐々木:そうですね。ZINEの制作はプロジェクトの序盤から話していて、せっかく作るんだったら和紙を取り入れようという共通認識があったはず。

森:その辺は議論も要らなかったよね。

佐々木:編集のWATARIGARASUチームと「こんな感じ」っていう構想は共有していました。話をしながら、都度、お互いにフィードバックし合う感じの流れで本の制作は進んでいったんですが、ぶっちゃけ、ここまでのクオリティーに仕上がる想像は全員していなかったと思うんですね。制作が本格化したのは2023年の年明け。締切が決まってて、そこからだいたい1.5カ月っていう短期間でWATARIGARASUと中身を一気に作ったんで、束見本(本を制作する際のモック)も色校正も見られないまま完成しましたから。

現状の記録ではなく今後の課題を浮き彫りにするためのプロジェクト

−−伝統工芸の現状を間近で見て、取り巻く環境も含めて、発展に必要と感じた課題はありますか?

佐々木:日本文化の需要はそれなりにあります。ただ、“伝統工芸品”っていうカテゴリーを外した時、一般販売されているプロダクトとどう差別化できるのか、その工夫という問題は大きいと感じます。独自性を貫いている作家や職人は生き続けている一方で、これまでと同じやり方を頑なに続けていることが、ネガティヴな結果に繋がっていく可能性も事実。脆さや生産性の低さとか、今の生活にフィットしていない製品を、なぜ買うかって、消費者のこだわりとかセンスでしかないですからね。

森:職人も“アーティスト然としない”姿勢にこだわってる人もいて。「作品ではなく製品だ」っていう。

西岡:工芸はファンデーションが1人の作家をサポートするわけですけど、それと産業として残していくことは全く違うんですよね。組合も集団単位での産業発展を模索するので、個々の作家にフォーカスすることは少ない。その点では、さっき集が言った通り、時代の流れには勝てないし、個人と産業レベルのメリットを同時に見出すことが難しい状況であると思います。

佐々木:それがどう変化するのか気になります。昔から伝わる伝統工芸の手法で作る作品と、生産性を意識した製品両方の必要性を理解している職人もたくさんいるので。互いのこだわりを認め合っていることはとてもポジティヴ。

森:紙も、機械式と手漉きの作家同士の理解があるしね。

−−双方向の理解がないと、産業自体が立ち行かなくなりますよね。

佐々木:めのう(縞状の模様をもった玉髄)が完全にそうでしたね。現在は伝統的な製法しか残されていないっていう答えだったんです。2人いた伝統工芸士の1人が亡くなってしまったそうなんですが、残念なことに、職人としては格段にレベルの高い方だったっていう話を聞きました。現状のめのうの作品や工房を見て、正直、そのまま廃れていきそうなリアルを見て、少し食らった感覚がありましたね。もともと北海道にめのうの採掘権があり、そこで採れた石を福井で加工して赤めのうが生まれていたわけですけど、採掘権がなくなっちゃったから、もう採れない。だからブラジルから採掘しているらしいんですけど、素材のバックグラウンドがないですよね。俺等がやり始めないといけないくらい。

森:今、資材の削りも3Dでできてしまうわけじゃないですか。でも、工房にある機材は昔から、ほとんど変わってないんですよね。それが伝統工芸だといわれたら、もうできることはほとんどないのかなと。

西岡:終わりゆく将来を知りながらやっている感じがしました。

――地方の良さを語られるケースが多い一方で、潜在的なムラ意識が根強い地域の話も少なくないですよね。実際に福井県で生活してみて、率直に感じたことがあれば教えてください。

佐々木:福井の県民性かもしれないですけど、みんな最初からビビるくらい良い人達でした。はじめは、こっちがちょっと勘ぐってたくらいで。

森:あと、プロジェクトを進めるにあたって、俺等が誰と繋がったら良いかを真摯に考えてくれたこともありがたかったですね。それに“よそ者”っていう意識が当初からなかったこと。伝統工芸士もステレオタイプというか、「簡単には教えない」みたいな感じを多少覚悟してました。でも、みんなオープンで変化を望んでいる人も多かった。

西岡:もちろん頑なな感じの職人もいますけど、そのカテゴリの若いリーダーが「気にしないで大丈夫ですよ」ってケアしてくれたりもしました。

−−最後に拠点についてですが、サテライトオフィスは壁際にMacが置いてあって、Play Stationとかゲームもあって、ギターもあって、遊びの空間のようでもありました。母屋はギャラリーの他にアーティスト・イン・レジデンスの機能も加えていきたいとお話しされていましたね。

佐々木:東京を拠点にしているクリエイターやデザイナーを福井へ連れて行って職人に紹介するようなやり方は個人的にいいなって。イベント化していく流れで周辺のクリエイターがすべてアテンドできるくらいのリソースも福井で作れて、それを定期的にやっていけたらいい。伝統工芸士でも、庭師でもいろいろな繋がりが生まれると、東京と福井の良いバランスが生まれると思いますね。“MICRO TRIBE”っていうタイトルには、そういう「繋がり」、共通する意識やバイブスをいかにして作るべきか、っていう意味が込められているんです。場所やジャンルを問わない、“MICRO TRIBE”が生まれれば、先ほどの 「めのう」のケースのような、ニッシーが言った「終わりゆく将来」を迎えずに済むようになるかもしれない。

■『MICRO TRIBE: FUKUI TRAD ANNUAL/MANUAL 圓 FROM PERIMETRON』
価格:¥4,620
ページ数:254ページ
オンライン販売:https://watarigarasu-book.myshopify.com/

※6月2日~18日に代官山蔦屋書店2号館1階ブックフロアでフェアを開催。『MICRO TRIBE: FUKUI TRAD ANNUAL/MANUAL』の販売に加え、圓が実際に制作した器(一部、非売品)や、「FUKUI TRAD」の皮切りにおいて非常に大きな存在だったという漆琳堂の漆器等を展示・販売する。

author:

芦澤純

1981年生まれ。大学卒業後、編集プロダクションで出版社のカルチャーコンテンツやファッションカタログの制作に従事。数年の海外放浪の後、2011年にINFASパブリケーションズに入社。2015年に復刊したカルチャー誌「スタジオ・ボイス」ではマネジングエディターとしてVol.406「YOUTH OF TODAY」~Vol.410「VS」までを担当。その後、「WWDジャパン」「WWD JAPAN.com」のシニアエディターとして主にメンズコレクションを担当し、ロンドンをはじめ、ピッティやミラノ、パリなどの海外コレクションを取材した。2020年7月から「TOKION」エディトリアルディレクター。

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