ワイン生産者の想いを届けるために ワインショップ&バー「lulu」の江本真亜耶が考える“理想の場所”

江本真亜耶
1990年生まれ。ワインの酒屋やインポーターの仕事を経て2023年1月にワインショップ「lulu」を開業。

ここ数年、日本ではナチュラルワインがムーブメントである。気軽に飲めるお店が都内にも地方にも増えてきている。東京・学芸大学駅から徒歩5分の場所に今年1月にオープンした「lulu(ルル)」もそのうちの1つだ。異国を思わせるような大きなガラス張りの扉とシックで趣のある店内。奥には600本以上のナチュラルワインが常備してあり、ボトルで購入することも、カウンターでグラス1杯から飲むこともできる。

カウンターに立っているのは、オーナーの江本真亜耶。大学卒業後、ワイン商社や酒屋の卸の営業、ワインのインポーターなどを経て、念願のワインショップ「lulu」を始めた。オープンから間も無く、毎日賑わいを見せている。置いているワインの質の良さに加えて、1人1人に合ったワインを丁寧に説明し提供する江本の人柄、そしてワインへのたぎる想いがお客さんを増やしている。

そんな彼女に、ワインにこだわり続ける理由やその中でもナチュラルワインに惹かれる根拠、そして初めてのお店づくりについて聞いた。

原動力は生産者さんのワイン作りに対する熱量

——江本さんは大学卒業後から現在に至るまで約10年間、そのほとんどがワインに関わるお仕事をされていますが、他のお酒ではなくワインにこだわり続ける理由とはなんでしょうか。

江本真亜耶(以下、江本):ワインにこだわり続ける理由はワインが好きでワインを取り囲む環境が好きだからですかね。ほかのお酒ももちろん好きです。でも食事と一緒に楽しむお酒で1番感動があるのがワインだなと個人的には思っています。ワインの業界に入ったきっかけは軽い気持ちでしたが、この業界でずっと仕事を続けたいと思ったのは生産者と直接出会ったりワイナリーで働いたりしてからです。本気で良いものを作ろうと努力している人達を見て、話を聞いて、こんな生産者達のワインを広げていくお手伝いをしたいな……と強く思ったことを覚えています。

——そういった想いもあって、作る人と飲む人を繋ぐ場所として、お店(「lulu」)を作ろうと思ったのですか?

江本:そうですね。酒屋やインポーターで働いている時からワインを飲む人に、生産者の想いを伝えたくて、情報をメールマガジンなどで発信していました。ですが、その発信方法に限界を感じて、より直接的に、多くの方に伝えられる場所が欲しいなと考えるようになって。

20代の頃オーストラリアに1年住んでいたのですが、週末に酒屋でワインをいろいろと飲ませてもらい、どんなワインなのか、話を聞きながら選んで買って帰ることが特に好きでした。今では日本でも角打ちというスタイルは珍しくないですが、そうした気軽にワインを飲める場所をもっと増やしたいと思ったのが、お店を始める大きなきっかけでした。

——作り手のどんな想いが江本さんを動かしているのでしょうか。

江本:ワイン作りに対しての熱ですね。実際にワイナリーへ行って話を聞くと、皆さん農家であり、職人なんですよ。いかに自然と共存して良いものをつくり上げていくか、そういうところから考えている人ばかりでした。ワイン作りだけではない、もっと大きな枠で自分の仕事を捉えていて、本気で向き合っている。そんな姿を見ると、どうしても好きになってしまいますよね。そうすると伝えたいことも増えて、ワインを説明する時にも自然と熱がこもって、たくさん話してしまいます。ワインそのものも、もちろん好きですが、「生産者さんを応援したい」「伝えたい」という気持ちがモチベーションになっています。

——今まで出会った生産者さんで忘れられない人はいますか?

江本:忘れられない生産者はたくさんいますが、ナチュラルワインを飲み始めた時にとても驚いた生産者がいます。セバスチャン・リフォーさんです。ワインは自分なりにかなり勉強したつもりで、この地方のこの葡萄(ぶどう)はこんな味わいだ、という認識を持っていたんですが、リフォーさんのワインは全然違ったんです。

——どのように違ったんですか?

江本:私の知っていたロワール・サンセールで作られるワインのイメージは、ハーブっぽくて、シュッとしていて、非常に爽やかなイメージなんです。でも彼のワインは、完全に葡萄が熟してから、さらに貴腐菌(きふきん)がついてから収穫します。貴腐菌がつくと糖度が上がるので甘やかしくボリュームのあるワインができます。これを飲んだ時に、とてもおいしいと思って。自分の想像の枠外の味わいで、すごい!と驚いて、感動したのを覚えています。ワインってもっと自由でいいんだ、となんだか嬉しくなりました。

きちんと情報発信していくことでナチュラルワインのムーブメントはより良くなる

——「lulu」で取り扱いのあるワインは基本的にナチュラルワインですが、そのこだわりは?

江本:クラシックも好きで、ナチュラルだから好きという考えは持っていません。ナチュラルに至るのは結果論で、こんな思考でこんなワインをつくっている人が好き、こんな味わいが好き、という。現状セラーが小さいので厳選しなければならず、主観たっぷりのラインアップになってます(笑)。

——お店では何本くらいワインを取り扱っていますか?

江本:600本ほどお店には常置してます。あと、この場所以外にも倉庫を借りていて、そちらにも置いています。倉庫のほうのワインはもう少し寝かせておいて最適な時期が来たら(お店に)出したいワイン達です。

——最近は日本でもナチュラルワインがムーブメントになっていますが、江本さんはどのように見ていますか?

江本:人気が出てワインを飲む人口が増えることはいいことだと思います。飲まないとその良さに気がついてもらえませんので。そうした導入としてはいいのですが「ナチュラルワインだから」という理由で飲む人が多いのは懸念点ですね。なので、私達のような立場の人が、もう一歩踏み込んだ情報を伝えて、ちゃんと理解をした上で飲んでもらえたらより嬉しいです。ワインを好きな理由がより細分化されるようになったらもっと面白いのになと思いますね。

——「lulu」を訪れるお客さんは、やはりワイン好きの方が多いですか?

江本:半々くらいですかね。ワイン好きの方はもちろんですが、ワインはあまり知らないけど体験したいという方もいらっしゃいます。そういう方が1杯飲んでおいしかったからとボトルを買って帰ったりしてくれると嬉しいですね。

うちにはメニューがなくて、お客さまに好みや今の気分を聞いて数本説明をして、選んでもらうというスタイルなんですが、ラベルのデザインで選ぶ人もいれば、「ハチミツのような甘味という言葉に惹かれてこれにします」という人も。

——ワイン初心者でも気軽に来て楽しめそうですね。

江本:大丈夫ですよ。初心者の方にも気軽に来て、ワインのことを知ってほしいと思っています。「lulu」は年齢層も幅広くて、20代前半の若い子も来ますが、70代の常連さんもいらっしゃいます。男女比は半々くらいですね。

——お店の内装は長田篤さんが手掛けられています。お洒落な中に、異国の雰囲気を感じます。長田さんに依頼したのはどういった経緯だったのでしょうか。

江本:長田さんに依頼したのは、彼が手掛ける店舗が好きだったからです。お店をやる時に内装を頼むなら長田さんだと決めていました。相談したら快諾してくれて、嬉しかったですね。

——内装のイメージは決まっていましたか?

江本:なんとなくはありました。どうせやるなら自分の好きな空間で、かつ今までないようなものにしたくて。私の中では、ワインといえば、ヨーロッパのイメージなので、その雰囲気は取り入れたくて、イメージを固めるために、昨年の7月から1ヵ月半ヨーロッパを周りました。生産者さんに会いつつ、合間でワインショップやレストラン、ワインバーを巡って素材や雰囲気を固めていきました。その中でとても好きな雰囲気のレストランがあって。長田さんにすぐ写真を送って、「こんな感じにしたい!」と伝えました。

——そのレストランの雰囲気が、「lulu」に繋がっているんですね。

江本:そうです。日本にもこんな雰囲気のお店があったらいいなと思ったんです。カウンターの縁に銅を使っていて、それは真似させてもらいました。人が触れて味が出てくるのもいいなと思って。それに木や土、石など、ワインの環境をなるべくお店に投影していて、ワインがおいしく飲める環境を心掛けました。これからの時期は、扉の引き戸を全部開いて、ベンチを置いて外でも飲めるようにしようと思っています。私が昼間に陽を浴びながらワインを飲むのが好きなので、皆さんにも楽しんでほしくて。

——最後にこれからお店をどんなふうにしていきたいですか?

江本:お客さんの層が幅広いのは嬉しいので、その感じは保っていけたらなと思っています。生産者さんを呼ぶイベントもやりたいですね。以前、一度開催したのですが、生産者さんの話を聞いて飲むワインは格別なので、もっと多くのお客さんにそれを体験してほしいなと思います。インポーターさんを呼んだ試飲会などもやりたいですし、もっともっとワインを身近に感じていただける場所にしたいと思っています。そういうことをどんどんやって、人を繋ぐ場所にしていきたいですね。

■「lulu」
営業時間:15:00〜22:00
住所:東京都目黒区鷹番3-18-3 ヒルズK102
休日:日、月
Instagram:@wineshop_lulu

Photography Masashi Ura

author:

ぼくいずみ

1994年長崎県生まれ。海のみえる街で育つ。文化学園大学で服装社会学を専攻。 在学中にファッション誌の編集アシスタントを経験し、2016年より本格的に詩を書き始める。卒業後はビームスのアート事業部にて映画や演劇のイベント企画やグッズ制作、イラストレーターとのコラボレーションを行う。その後、アートギャラリーでキュレーターをしたのち雑誌やウェブメディアの編集やライターとして活動中。2020年、グラフィックデザイナーの大坪メイとブックレーベル「bundle」をスタートしさまざまなZINEや本にまつわるグッズを作っている。2022年、演劇プロジェクト「aizu」を立ち上げ、活動の幅を広げている。 https://izumikubo.com

この記事を共有