ナチュラルワインをカウンターカルチャーとして捉える「Human Nature」。音楽・アート好きから支持を得る理由とは

ナチュラルワインムーブメント。それは「単なる昔ながらの生産方法に立ち返ろうという伝統回帰的ムーブメントではなく、価値観、市場、制度、そして味などのワイン文化におけるさまざまな支配的システムに対するカウンターカルチャーである」。2020年の夏、日本橋兜町にオープンしたワインスタンド、「Human Nature(ヒューマンネイチャー)」のオーナー、高橋心一さんは自身が中心となり仲間達とリリースしたZINE『HERE TO STAY – NATURAL WINE AND COUNTER CULTURE』で、そう書き記している。

このZINEにはファッションや音楽に縁ある人達が参加しており、彼らの多くが“音楽・アート”とナチュラルワインの結び付きについて語っている。今、話題を集めているナチュラルワインは、なぜ音楽やアートが好きな人を魅了するのか。ナチュラルワインの持つカウンターカルチャー的側面について、高橋心一さんに話を聞いた。

ナチュラルワインはワイン文化における支配的システムに立ち向かうカウンターカルチャー

本来、ナチュラルワインには公的な定義は存在しない。一般的によくいわれているのは、「酸化防止剤(亜硫酸塩)を使用せず、その土地の生態系と酵母菌を使って、少量かつ個人で育てたワイナリーで造られたワイン」ということ。こう呼ばれるようになったのは1980年代のフランスとされている。

「ナチュラルワインは基本的には定義が決まってないし、認証を取らないとナチュラルワインって名乗れないってものでもないので、濃縮還元ジュースを使ったコンビニのソフトドリンクみたいに作られたワインが、ナチュラルワインですってポップに書かれてスーパーで売られていたりすることもあるんです」(高橋)。

定義のないナチュラルワインがゆえ、既存のワインの生産についても理解しておく必要がある。1950~1960年代にかけて、農業が工業化したのと同時に、ワインも大量生産・大量消費を目的とし、工業的に生産されるようになった。農家では、雑草を対処するべく除草剤を撒き、それにより微生物が死んでしまうので化学肥料を撒く。そうすると酵母に元気がなくなり発酵しにくくなる。元気がなくなった酵母に酸化防止剤(亜硫酸塩)を入れて菌を殺して、一度フラットな状態にする。そして、人工的に培養した酵母を足して発酵させて、さまざまな添加物を足して作るのが、慣行的な大量生産ワインの作り方であるといわれている。対してナチュラルワインは、自然な生態系で循環している畑で採れるおいしいぶどうと健康的な菌のみを使用し、発酵して寝かせればそれでOKというシンプルなものが多いとされている。
ではナチュラルワインがなぜカウンターカルチャーといわれるのか。

「あたりまえかもしれないですが、ワインって大量生産・大量消費を目的とされて造られているんです。なので対極にあるナチュラルワインは、このワインという商品が持つ価値観、市場の在り方、制度、味など、ワイン文化における支配的システムに立ち向かうカウンターカルチャー的側面を持っていると思ったんです。カウンターカルチャーにはイデオロギーがあって、ナチュラルワインにもイデオロギーがあり、人を動かすパワーがあるんです」(高橋)。

高橋さんが「Human Nature」をオープンしたきっかけは、2017年のこと。高校を卒業してからニュージーランドへ留学し、そのまま7~8年ほど滞在していたそうだ。そこで出会ったイタリア人の友達をきっかけに、ナチュラルワインにのめり込んでいった。

「ニュージーランドから戻った後、そこで出会ったイタリアの友人に会いに毎年イタリアに行っていたのですが、その後イタリアに住みたくなり、2013年~2014年にイタリアの大学に通うことにしました。そこは1年通うだけで卒業ができるガストロノミック・サイエンス(食科学)の学校でした。当時、インターンでワインのディストリビューターで働いたりもしていて、その会社の人がよく連れてってくれたイタリアのワイナリーで、ナチュラルワインがカウンターカルチャーだって思わされたんです。そこで大学の卒論のテーマを『ナチュラルワインとカウンターカルチャー』にしました」(高橋)。

そもそもカウンターカルチャーとは。高橋さんはこう続ける。

「ヒッピー、パンク、モッズなど、これまでにいろいろなカウンターカルチャーが生まれてきました。その背景にはあたりまえとして信じられているけど、実は権力が人を都合よくコントロールするための社会の価値観が存在していて。そういった世界を正したいとか、その世界に対する怒りといった反骨精神から生まれるカルチャーが、カウンターカルチャーだと思います」(高橋)。

カウンターカルチャーを調べると、サブカルチャーの同義として書かれていたりする。しかし、本流の近くで細々と存在し続けるサブカルチャーと違い、カウンターカルチャーはブームに逆らうように、大きな波を巻き起こす可能性を秘めている。パンクロックが生まれたように、ヒップホップが生まれたように、ナチュラルワインはワイン業界において、それらと同じにおいを持ち、そのにおいを高橋さんは卒論、そしてZINEという形で発表した。

その後「Human Nature」は、人気の高まりとともに、小さな店舗から通販専門店を経て、2020年にナチュラルワイン専門の酒場という形で日本橋兜町に移った。

「イタリアの友人の影響もあり毎日、ナチュラルワインを飲むようになったんです。当初は通販で買って飲んでいたのですが、お金もなかったし毎日飲むには、ちょっと高すぎました。そこで業者価格で買うために酒店の免許を取ったんです。その時は、売っていこうなんて目的は一切なかったですね。小さいワインセラーを持っていたので、そこから友人がワインを買っていくことはあったのですが。気が付いたらワインを買ってくれる友人がどんどん増えていき、それに合わせてワインセラーもどんどん大きくなっていったんです(笑)。それが『Human Nature』の原型です」(高橋)。

ナチュラルワインの持つ思想やカルチャーが潜在的に音楽とかアートが好きな人に刺さる

店内をのぞくと、壁にはアートが飾られ、友人アーティストと製作したオリジナルグッズも並び、さらにライヴやDJによる音楽イベントも不定期で行われている。ZINE『HERE TO STAY – NATURAL WINE AND COUNTER CULTURE』では、執筆者として参加したさまざま人が、ナチュラルワインが音楽やアートと似ていると述べていて、ZINEのデザインはパンクカルチャーをほうふつさせる。

「ZINEでは、LCDサウンドシステムのジェームス・マーフィーが『僕が好きな音楽とワインは同じだと思ったんだ』と述べています。彼はレコードショップとワインショップは似ていて、ディストリビューションのされ方も同じだと語っているんです。他にも、アパレルブランド『バル』のデザイナーであるKABAさんは、ナチュラルワインについて『インディペンデントなスタイルで既存の体制に対するANTIな姿勢。ルールに縛られずに気軽にワインを飲んで楽しもうというスタイル』と語ってくれています。ちなみにデザインは、僕が単純に高校時代からパンク・ハードコアが好きだったということと、ZINEというフォーマットを生かしたかったからですね」(高橋)。

ZINEで語られる以外にも、最近では音楽やアートの界隈でナチュラルワインのことをよく耳にする。

「単純に飲みやすいっていうことと、味もおいしいというのが根本だとは思います。でも味覚って個人差があるものなので、同じものを飲んでも感じ方は人それぞれ違う。それは音楽もそう。だからこそ、自分が好きなものを好きなように、自分のテイストで育てているナチュラルワインに、音楽やアートが好きなカルチャー好きの間だと共感できるんだと思います。そういう影響力がある人達がSNSでアップしたりして、注目されてきていると感じています。あとは最近、オーガニックや自然派といった食べ物が注目されている背景もあるかもしれないですね」(高橋)。

他にも、カルチャー好きな人がナチュラルワインに興味を待つ理由がある。それは王道ワインでは類を見ない自由度の高いラベルデザインだ。店内に並んでいるナチュラルワインを見ていると思わずジャケ買いしたくなるような気持ちになる。

「ワインってすごく格式ばったシャトー的なラベルが多いんです。それに比べてナチュラルワインは、伝統や格式などとらわれず自由なデザインのラベルが多いのも特徴の1つです。音楽のジャケ買いも聴いてみないと好きな音かどうかはわからない、それと一緒で、ワインも飲んでみないと自分好みのワインかわからない。自由なラベルだからこそ、ワイナリーや作り手の好きなカルチャーや思想が伝わってきたり、みんなでこのナチュラルワインカルチャーを大切にしていこうぜっていう思いを感じられるというのはおもしろいですよね」(高橋)。

最後に、これまでにたくさんのナチュラルワインを飲んできた高橋さんおすすめを聞いてみた。

「僕、あんまりおすすめのワインですと言うのが好きじゃないんです。これってすすめると、そればかりが売れたりするじゃないですか。それだともともと数が少ないナチュラルワインを本当に飲みたい人が買えなくなってしまう。なのでお店に取り扱っているのは、僕が全部好きなワインなので、ジャケ買いしてもらっても間違いないかと思います。フレッシュでジューシーで、酸味もキュッとしたものが多いので、全部おいしいですよ」(高橋)。
自由な空気感をまとった高橋さんらしい回答だ。

高橋心一
日本橋兜町のナチュラルワイン専門の酒場「Human Nature」の店主。ニュージーランドのヴィクトリア大学ウェリントンで、メディアスタディーズを専攻。写真家、バーマン、映像プロデューサーを経て、イタリアの食科学大学で修士課程をしながら、ナチュラルワインのインポーターでナチュラルワインを学ぶ。イタリアから帰国後の2017年「Human Nature」をオープンし、現在に至る。

■Human Nature
住所:東京都中央区日本橋兜町9-5
営業時間:月〜金 15:00〜20:00、土 13:00〜20:00、日 13:00〜18:00
定休日:なし
TEL:03-6434-0535
https://humannature.jp
Instagram:@human_natureeeee

Photography Takaki Iwata

TOKION FOODの最新記事

author:

大久保貴央

1987年生まれ、北海道知床出身。フリーランスの雑誌編集者、クリエイティブディレクター、プランナー。ストリートファッション誌の編集者として勤務後フリーランスに。現在は、ファッション、アート、カルチャー、スポーツの領域を中心にフリーの編集者として活動しながら、5G時代におけるスマホ向けコンテンツのクリエイティブディレクター兼プランナーとしても活動する。 2020年は、360°カメラを駆使したオリジナルコンテンツのプロデュース兼ディレクションをスタート。 Instagram:@takao_okb

この記事を共有