「いらっしゃいませ」。
日本語でそう聞こえてきそうな温かい雰囲気が漂う。こぢんまりとした店構えながら、外観からすでにこだわりとセンスの良さを感じさせる。当然ながらここは日本ではなく、ドイツ・ベルリンだ。
2020年の夏、トラディショナルな和を取り入れた2軒のバーがオープンした。そのうちの1軒が、ベルリンの南東部ノイケルンとクロイツベルクが交差するエリア”クロイツケルン”に位置する「s h i z u k u.」。他では飲めない希少価値の高い日本酒や焼酎、舌の肥えた日本人も唸らせる繊細で上品なフードメニュー、不安定な世界情勢を忘れさせてくれるかのような居心地の良さ。
“ミシュランよりもクールな人達が集まる場所がホット”と言われてきたベルリンの外食文化も近年では本格志向へと変わりつつある。いろんなアジアをミックスしたフュージョンレストランは衰退の一途をたどるかもしれない。そんなベルリンの変わりつつある食文化とともに、オープン直後から注目を集めるバーの魅力に迫る。
異国情緒あふれる駅前広場の雑踏から離れ、50ヘクタールもの広大な敷地を誇るハーゼンハイゼパークを目指す。通りの反対側には人気のレストランが立ち並んでいる。その一角に、ひっそりと優雅にたたずむ1軒のバーがある。紅葉とウッドデッキのオープンテラスを抜けた先にある入り口から店内に入ると白と紺色を基調とした落ち着いた雰囲気が広がる。看板は出していない。これまでなかったベルリンの隠れ家的存在として早くも注目を集める「s h i z u k u.」オーナーの清水敦に話を聞いた。
「1人でフラッと来て、本を読みながらお酒が飲める。そんな日本にあるような店がやりたかった」
−−「s h i z u k u.」をオープンするに至った経緯を教えて下さい。
清水敦(以下、清水):もともとここは「Macha-Macha」という日本茶カフェがあった場所なんです。僕はスタッフとして働いていて、閉店するタイミングでオーナーから「何かやってみないか?」と、声をかけてもらったのがきっかけですね。以前から自分の店を持ちたいと考えていて、すでにアイデアがあった焼酎と日本茶が飲めるバーをやりたいと提案しました。日本にはよくありますが、カウンターだけの小さな店を店主1人で切り盛りしていて、メニューは良質なお酒と少し気の利いた料理、そういった隠れ家的な店をやりたかった。そのアイデアを周りの人に相談していたところにチャンスが巡ってきたという感じです。
−−大通り沿いだけど、奥まった位置にあって看板を出していない。まさに“隠れ家”というのがふさわしいと思いました。ベルリンではなかなかない珍しいスタイルですよね?
清水:店のコンセプトとしてまずあったのが、“日本にあってもおかしくないお店”でした。東京だったら1人でも入りやすい雰囲気の良い店って結構ありますよね。でも、ベルリンというか海外ではなかなかありません。だから、それを再現したいと思ったんです。1人でフラッと来て、本を読みながらお酒を飲んだり、ゆっくり食事ができたりする場所を提供したいと思いました。
−−誰にも邪魔されず、1人でしっぽりゆっくり飲みたいと思うのは日本人だけに限ったことではないということですよね?
清水:お1人さま文化が根付いている日本だけでなく、ドイツ、オーストラリア、韓国など人種に関係なく、1人で来る方もいるし、需要があることもわかりました。ベルリンにはない隠れ家的なスタイルで、クロイツケルンという地域でどうやっていくかも最初は手探り状態でしたが、最近では、メインターゲットもわかるようになりました。
−−「s h i z u k u.」は入った瞬間から居心地が良くて、癒やしを感じますが、内装は敦さんのアイデアですか? 全体的には和モダンな雰囲気ですが、カウンターで使用している椅子は西洋モダンですよね?
清水:はい。店舗デザインやコンセプトはデザイナーに相談しながら形にしました。カウンターで使用している椅子はデンマークのミッドセンチュリーデザインですね。自宅でも似たデザインのアンティークチェアを愛用していますが、スカンジナビアンデザインのアンティーク家具は、脚が細くて華奢だから状態が良いものがあまりないんです。この椅子は状態も良いし、すごく貴重ですね。
−−インテリアにも詳しいんですね。専門的な勉強をしたんですか?
清水:単に好奇心が旺盛なだけです。中学の頃からとにかく音楽が好きで、アメリカからZineやカセットセープをわざわざ取り寄せてコレクションしていましたし、昔からアートにも食にもファッションにも興味がありました。学生時代にフランス文学を勉強した後に、ファッションを学びたくて関西のエスモードジャポンに通いました。今はもう閉校してしまいましたが、ベルリンにもエスモードベルリンがあって交換留学で訪れたことがあったんです。
−−ベルリンにエスモードがあったとは知りませんでした! 当時のベルリンは今と全然違いますよね?
清水:もうまさに1990年代ワイルドベルリンそのものです。クラブもパーティーもおもしろかったし、ロンドンの雑誌になりますが、当時の「i-D」とか「FACE」とかすごくオシャレでしたね。古着もアンティークも生活費も今以上に安かったです。
−−そんな時代のベルリンを経験できてうらやましいです。敦さんの感性には、1990年代を含めた音楽、ファッション、アートといったカルチャーが背景にあるんですね。焼酎や日本酒選びにも関係してくると思いますが、取り扱っているお酒はどのようにして選んでいるんですか? 最近では日本から自然派ワインを逆輸入されてますよね?
清水:当然ですが、味の良さとボトルデザインが当店のイメージに合っているかも選ぶ上では重要なポイントになっています。日本酒はドイツでもすでに人気がありますし、可能性があると思っています。その点においても焼酎の市場はまだこれからなのかもしれません。焼酎は原料を麹で発酵させ、1回しか蒸留させないので、他のアルコールに比べ凝縮した素材の味わいが楽しめるんです。無濾過の「喜六」という珍しい焼酎も当店では取り扱っています。
−−それぞれのおすすめを教えてください。
清水:芋焼酎では「喜六」、プレミアム麦焼酎の「百年の孤独」が常連様に人気です。日本酒は「醸し人九平次 EAU DU DÉSIR 2020」や「作 IMPRESSION H」が好評です。ナチュールワインはファットリアアルフィオーレのデラウェア100%「Arancia」やテラコッタポットで醸造されたグレープリパブリックの「Amphora Aranchione」がおすすめです。どれも、また飲みたくなるお酒です。
−−日本のナチュールワインを逆輸入していますが、ヨーロッパのワインにはない魅力があるのでしょうか?
清水:日本には有数のワイナリーが多数存在します。味ももちろん良質ですが、ボトルのデザイン性も高くて気に入っています。今は特にオレンジワインをおすすめしています。
日本のナチュールワインはヨーロッパのものに比べ、イーストや酸が優しく、するりと飲める口当たりのよいものが多いですね。ぶどう品種もデラウェア、スチューベン、甲州等とヨーロッパにはない品種のものがメインのため、香りや味わいがヨーロッパのものでは出せない可憐な華やかさがあるのが魅力です。食事にそっと寄り添うようなワインや、軽いカクテルのような味わいのものもあり、気分やシチュエーションによっていろいろ楽しめます。
−−コロナ禍も影響していたかと思いますが、オープンの前情報が全然なくて、気付いたらオープンしていて、周りの人から話を聞いて知るといった状況でした。派手なプロモーションは行わず、ほぼ口コミで広がっていると聞きますが、あえてそういったスタイルにしているのでしょうか?
清水:そうですね、あえてそうしています。Instagramも店内やメニューの写真ではなく、イメージ写真のみです。口コミのようなオーガニックな繋がりで広がってくれるのが1番だと思っています。世界的なガストロノミーの傾向だと思うんですが、メニューやお店の雰囲気をカラフルに見せて、来店前からどうやってお客さんをハイパーにさせるかといったことにフォーカスし過ぎている気がします。そして、そのままのテンションで帰すことがセオリーになっているし、そればかりになるのは悲しいことだと思います。
バーに関してもエネルギッシュでアグレッシブな店が多いです。例えば、5つ星ホテルのバーとかだと「グッチ」や「バレンシアガ」を着て、ギラギラしていないといけない気がするんですよね。もっと自然体でサラッとお店に来てもらって、サラッと帰ってもらう、そういったナチュラルな感覚を大事にしたいと思っています。そして、また来たいと思ってもらえることが1番大切じゃないでしょうか。
――確かにインスタグラムを見た時に情報がないと思いましたが、どんな店なのかイマジネーションを湧かせますよね? 敦さんが伝えたい「s h i z u k u.」のイメージをギャラリーのように発信していると思いました。
清水:特に、日本酒や焼酎、ワインもそうですが、それぞれに風景や歴史が詰まっています。だから「s h i z u k u.」に来るお客さんには、それを感じてほしいし、想像力と探究心を持ってお酒を飲んでもらえたらうれしいですね。
インスタグラムの写真は本人が撮影したものだ。店内には、筆者も愛聴しているharuka nakamuraのサウンドが優しく響き、エモーショナルな気持ちになるとともに、思わず「ただいま」と言いたくなった。Vol.2「NOMU Sake Bar」へ続く。