“食べる瞑想”を実践する仏教学者シャロン・スーが考える食習慣と生き方の関係性

日本でも着々と実践者が増えている“食べる瞑想(マインドフル・イーティング)”。オレゴン州の禅宗寺院グレイト・ボウ・ゼン・モナストリーの代表、瞑想の指導者、小児科医のジャン・チョーズン・ベイズの著書で、アメリカで2009年に発売された『Mindful eating ―人生が豊かになる食べ方の習慣―』では、空腹を“9つの身体の声”として食べたいという欲求を9つに分け、目や耳など五感からくるもの、脳や心など精神からくるものがあるとしている。また、その内の1つである触感は、アメリカのワイン業界でクリーミーな味わい、喉越しが爽やかなどと使われ始め、現在では食を語る際の重要な評価項目となっている。著者は、触感という食の味わい方は日本人が牽引し、英語で75の表現があるのに対し、日本語では400以上も存在するとしている。仏教学者でありながら、ベイズの本に出会い、食べる瞑想の指導者となったシャロン・A・スー博士は、“食べる瞑想”はただ食べるだけでなく、目の前にある食事と自分に向き合い、その瞬間や人生を楽しむこと」と語る。

「食生活を形成した原因や条件には、目に見えるものと見えないものがある」

−−『食べる瞑想』との出会いを教えてください。

シャロン・A・スー(以下、スー):書店でベイズ氏の書籍を見つけ読んでみると、『食べる瞑想』とは個人的に充実した楽しい食べ方を学ぶ方法で、ゆっくりと食事をすることで今あるすべての食に感謝できるようになるとありました。女性にとって、そして最近では男性にとっても、食はとても重要なテーマです。私達は食事を残さず食べるように教育されますが、同時に一定の外見や体重を維持しなければならないという社会的な圧力を感じています。それらの情報や知識に左右されて食事を選びがちで、自分が本当に何を食べたいかで食事を決めることが難しい状況にあります。

私は1970年代のニューヨークで育ち、両親は韓国系移民です。母は食事管理がとても厳しく、私がいつ食事をするべきかを決めてくれていたので、子どもの頃は自分が空腹なのか、満腹なのか考えたことがありませんでした。また、アメリカには年間約720億ドルの巨大なダイエット産業があり、権威のように「何を食べるべき、食べてはいけない」と情報を発信するため、若い女性は成長の過程でこれに大きく影響されます。しかし、『食べる瞑想』はそれらとは正反対の考え方で、誰かに言われて食べるのではなく、自分で選択し、自分の意識や感覚で食事を決める。今まで聞いたことがない考えだったのでとても刺激を受け、食事の選び方、食べ方、体との向き合い方までも根本的に変わりました。

−−『食べる瞑想』はマインドフルネスの1つで、2600年の歴史を持つ仏教の修行法がルーツですが、宗教性を取り除き、誰でも取り組めますか?

スー:マインドフルネスはアメリカでとても人気がありますが、誤解されている場合も多く、「マインドフルネスは、何も考えないこと」「マインドフルネスを習得すれば、他の人よりも精神的に優れていることになる」という思い込みがあったり、ウェルネス業界とも強く結びついていたりします。マインドフルネスは、仏教の概念から切り離されてライフスタイルとして商品化されているので『食べる瞑想』も新しいダイエット法だと勘違いされることもあります。クライアントに「ダイエットや運動方法ではなく、食事制限でもありません」と常に伝えていますが、適切な量を摂取すればすべての食べ物は薬になります。アメリカでは、食材の良し悪しが強調されますが、『食べる瞑想』の観点からするとそれは誤りで、大切なのは食との関係性です。

仏教を知っていることで『食べる瞑想』を学ぶのに最も役立つのは、自分の心の状態を理解する感覚がすでに身についている点です。仏陀は、私達の過去が条件づけられたものであることを教えてくれました。育てられ方と、過去の条件づけがいかに影響を与えるか。それらは今日の世界をどう理解するかを形成し続けています。重要なのは、自分が日々食べているものは、生い立ちに影響され、形成されていると知ることです。例えば、私の両親、そのまた両親の影響やトラウマは私の食べ方に引き継がれています。食糧不足の時代に育った世代は多く存在し、私の両親は朝鮮戦争を経験した世代ですが、その経験が食に対する意識を形成しています。実家では、残さず食べなければいけないという暗黙の了解があり、全部食べないと親に失礼であり、心配させてしまうと思っていました。私達と食の関係を形成してきたさまざまな原因や条件には、目に見えるものと見えないものがあり、まずは問題の原因を理解する必要があります。アメリカの社会や大衆文化の中では、『食べる瞑想』を“ゆっくりと食事をすること”と理解している人もいますが、それは1つの要素でしかありません。

−−多くの人に注目される理由は何でしょうか?

スー:誰もが食に対して何らかの問題を抱えているようです。アメリカの成人の3分の2が、メタボリックシンドロームをはじめとする病気に苦しんでおり、未成年にもその傾向が強まっています。『食べる瞑想』が注目されているのは、体に良い、悪いと食事を制限せず、自分の智恵(物事の筋道を知り、前後をよく考え、計画し、正しく処理していく能力)を信じて食事をする方法を学べるからです。親が子どもの食事を管理するものですが、子どもは直感で空腹と満腹を感じていても、大人達が世話をすることでその感覚を失っていきます。私も自分の子ども達が幼い頃「野菜を食べなさい」「あとでお腹が空くから食べなさい」とよく言っていましたが、子どもが「お腹は空いていない」と言っているのに無理に食べさせていました。『食べる瞑想』とは、ダイエット方法やSNSなどに影響されず、自分の直感や本能を信じて自身に問いかけることです。私はセラピーの際、「今、食べた方が良いと言われている食べ物は何?」とクライアントへ質問するのですが、 アメリカのダイエット産業は巨大で、ルールは常に変化し、ある年は健康食だった卵がその翌年には健康に良くないとされます。このような状況では、何を食べたらいいか混乱しても当然ですが、それに捉われずに、何を食べるべきかではなく、何を食べたいかを自分に問うことができるようになり精神的にも強くなれます。

暑い日に外出して汗をかくと、塩辛いものが食べたくなるのは体が食べるべきものを知っているからですが、人は自分の判断よりも、外の情報を優先しがちです。自分の体が欲しているものを食べずに、食べた方が良い・悪いと言われているルールに従っていると、無理な食事制限に繋がり、ストレスによる暴飲暴食や過食にもつながります。ある情報から得たルールに沿って『食べてはいけないものリスト』を作って、好きな食べ物を我慢する。その食べ物がリストから外れたら、また食べてはいけないと言われる前にたくさん食べておこうと過食するという悪循環が生まれます。『食べる瞑想』はそんな情報と距離を置き、自分の中に意識を向けます。

多忙な日常では、ほぼ無意識に食事をしている場合が多くあり、早食いしがちです。忙しい時は食べ物を消費するだけのとりあえず空腹を満たす食べ方になり、テレビを見ながら、ラジオを聞きながら、電話をしながらの食事は、食べることに集中していません。『食べる瞑想』は、座って一息つき、食事に感謝する機会を与えるというシンプルなものですが、実践すると充足感で満たされ、 精神状態が安定し、冷静を保ちながら、日々に幸せを生み出します。

「空腹を見極める。他の感情を空腹と勘違いする場合もある」

−−満腹感と満足感は違うもので、無意味な食べ方があるのですね。賢明な食べ方とはどのような方法でしょうか?

スー:毎日決まった時間に食事をするのではなく、自分の空腹感を確認し、お腹が空いたら食べるようにしましょう。空腹なのに食べないことを美徳とし、空腹を我慢することは良いことではありません。また他の感情を空腹と勘違いすることもあります。例えば、喉の渇きと空腹を勘違いしたり、不安や悩みを抱えていると胃の中が空っぽに感じられたり、何かが原因でお腹がキリキリした感覚があるのを空腹だと判断してしまう場合があります。そのような状態で食事をすると、空腹感は満たされず、食後に罪悪感や嫌な気分が湧いてきます。これは輪廻(仏語、回転する車輪が何度でも同じ場所に戻るように、衆生が三界六道の迷いの世界に生死を繰り返すこと)で、絶え間ない苦しみと葛藤を繰り返すことで、自分の罪悪感や嫌悪感がさらなる不安や暴食をもたらします。食前に、自分の状態を確認することが大切です。

ベイズは、最もシンプルな空腹を知る方法を1つ紹介してくれました。 まず食べ物を手にしたら、空腹度は 4分の1、半分、4分の3、それとも満腹なのか考えます。そして、どれくらいの量で満足できるのか、1杯か2杯か?を自問してから、好きな分だけお皿に盛って、五感を研ぎ澄ませて食事をします。仕事のことを考え、自分の判断は正しかったか、昇進のためにどう行動すべきだったかを気にするのではなく、目の前の食事に集中し、食材の色や盛り付けを見たり、香りを嗅いだりしてみましょう。カリカリとした食感のある料理を食べているなら、それが胃の中でどのように感じられるかを意識します。食事の途中に再度、あとどれくらい食べたら満足できそうか考え、制限せずに好きなだけ食べます。消化するのに20〜25分かかるのでゆっくりとお腹の状態を感じながら、ほとんどの人は食事を5〜10分で済ませます。「今この瞬間」に存在していることに意識を向けることは同時に、過去と未来とも繋がっている状態です。

−−体験者からのフィードバックはどのようなものがありますか?

スー: 多くの人がクラスを体験した早い段階で「安心した」と言い、訓練を始めてからケーキを食べている時の罪悪感が消えたと喜ぶ人も多くいます。食べたいという欲求を受け入れ、食を楽しむ許可を自分に与えられるようになります。

アメリカでは、食べてはいけないと思っているものを食べる時、“食欲があることを認めたくない”という心理の表れなのか、その食べ物をお皿に盛らずに立ったまま食べる傾向がありますが、大切なのは、食を味わい、感謝することです。甘いものが食べたいと思うなら、チョコレートを食べてもいいのです。

−−「食べ物は薬」と仰っていたのが印象的でした。

スー: 食べる喜びを知ると、 安らかに好きなものを食べられるようになり、食生活に満足できるようになることを多くの人に伝えたいです。親切心と思いやりをもって自分と向き合う方法を習得するには時間がかかりますが、心が迷わないように意識を繋ぎ止めておくという点は、瞑想と同じです。食生活は人それぞれで、甘いものを我慢できないから、家にお菓子を置きたくないという人もいるでしょう。さまざまな訓練を通じて、食に対する多くの罪悪感は外からの情報に影響されていて、本人の意志とは全く関係のないところにあると気付きます。外部から特定の食事法と食品選択の判断基準を学んだだけだと理解できれば、一定の食に対して抱いていた罪悪感のようなモヤモヤした気持ちは自然に消えていきます。食生活改善の目標を達成できる意志の強さを主張する人もいますが、大切なのは心の状態を整えることです。

「どのように食べるかは、人生をどのように生きるかの表現」

−−今後の課題は何でしょうか?

スー: ダイエット業界との差別化を図ることです。SNSでヨガやウェルネスを検索すると、痩せた白人女性がたくさん出てくるので『食べる瞑想』をしているなら、特定の見た目でなければいけないと思っている人もいるかもしれませんが、そんなことはありません。また『食べる』という言葉が入っているので、それがダイエットなのではないかと不安になったり、少し気後れしたり、脅迫観念を感じたりするかもしれません。私のところにはダイエット希望者も来ますが、「訓練するのは、ダイエットではなく、食に思いやりと喜びを感じ、信頼関係を築く方法です」と毎回伝えています。『食べる瞑想』にはさまざまな側面があり、人生を楽しみ、自分自身に立ち返ることとにも繋がっています。食べ方は、自分の人生をどのように生きるかも表現しています。食事は、自分自身と向き合い、集中するための1つの手段です。早く食べ終わりたいために急いで食べている人は、日々に追われるような生き方をしているかもしれません。食を無意味に消費することは、毎日をただやり過ごしてしまったり、SNSで自分を消費したりすることと同じです。SNSはとても身近なものになっていますが、そこからさまざまなイメージが意識の中に取り入れられ、思考に大きく影響していることが見落とされています。

仏陀が2600年前に教えた感応(仏語、心が感じこたえること)は、私達が常に無意識でイメージやアイデアを得ていてもそれに気付いていないことを示しています。無意識だから、人は苦しむのです。『食べる瞑想』は、今この瞬間に存在する能力を高める1つの方法です。テレビや携帯電話を見ながら食事をする、仕事中は急いで食べないといけないなどの状況は、マインドフルになれる私達の能力を奪っています。

シャロン・A・スー
カリフォルニア大学マインドフルネスセンター、マインドフルイーティング・コンシャスリビング(tm)の認定講師。200RYT、ヨガ・フォー・トラウマの認定資格を取得し、性的暴行の被害者のトラウマを考慮したヨガのトレーニングを指導。ハーバード大学で仏教研究博士号を取得、現在はシアトル大学の仏教学部教授。米国の非営利団体マインドフル・イーティングセンター理事、カリフォルニアの非営利団体サキャディータ国際仏教女性協会会長。著書に『Occupy This Body: A Buddhist Memoir (Sumeru Press, 2019)』『Silver Screen Buddha: Buddhism in Asian and Western Film (Bloomsbury Press, 2015)』『Being Buddhist in a Christian World: Gender and Community in a Korean American Temple (University of Washington Press, 2004)』などがある。
www.mindfuleatingmethod.com 

author:

NAO

スタイリスト、ライター、コーディネーター。スタイリスト・アシスタントを経て、独立。雑誌、広告、ミュージックビデオなどのスタイリング、コスチュームデザインを手掛ける。2006年にニューヨークに拠点を移し、翌年より米カルチャー誌FutureClawのコントリビューティング・エディター。2015年より企業のコーディネーター、リサーチャーとして東京とニューヨークを行き来しながら活動中。東京のクリエイティブ・エージェンシーS14所属。ライフワークは、縄文、江戸時代の研究。

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