ランジャタイ・伊藤幸司のお笑いルーツに迫る——インタビュー前編 「ウケてない時のほうがむしろ楽しい」

伊藤幸司(いとう・こうじ)
1985年生まれ。鳥取県岩美郡出身。東京・NSC時代の同期、国崎和也とお笑いコンビ「ランジャタイ」を結成。ツッコミを担当している。 「M-1グランプリ2021」決勝出場。『激ヤバ』が初めての著書となる。
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ランジャタイの伊藤幸司による初の著書『激ヤバ』(KADOKAWA)が出版された。同書はウェブメディア「JASON RODMAN(現Project2)」での連載コラムに加え、表題作「激ヤバ」や「M-1 グランプリ 2021″アナザーストーリー〟」「さよなら M -1 グランプリ」など9篇の書き下ろし作品を加えた計24篇のエッセイを一冊にまとめたもの。

初めて明かす、最後の「M-1」や母、相方・国崎のこと。幼少期から現在までの伊藤の謎に包まれた半生を書き綴った、自伝的エッセイとなっている。

今回、伊藤に少年時代から今に至るまでを振り返ってもらい、そのルーツに迫る。前編は少年時代の記憶からNSC退学までを語ってもらった。

おとなしかった子ども時代

——伊藤さんは鳥取のご出身ですが、育った町はどんなところでしたか?

伊藤幸司(以下、伊藤):何回か引っ越してはいるんですけど、一時期住んでいた境港は水木(しげる)先生の息吹が感じられて良かったですね。それで水木先生も大好きになりましたし。幼い頃に見たNHKの水木先生のドキュメンタリー番組で、生活の中で次々と妖怪が現れていく感じを見て印象に残ってます。不思議な世界が周りにあるんじゃないかと思った気がします。

——幼い頃はどんな子どもでしたか?

伊藤:伏し目がちの本当におとなしい子でしたね。なるべく誰とも目を合わせない感じ。よくこうやって(手の甲を向けてだらーんと下げる)歩いてたんで「おばけ」って言われてました。僕も妖怪だったのかもしれません(笑)。

——お父さまは警察官だったそうですが、どんな方でしたか?

伊藤:仕事、仕事の人でした。深夜とかでも電話がかかってくるんで、ずっとピリついてました。マル暴でなんか同僚の間では「マムシ」って言われてたらしいです、確か。僕に対してもすごく厳しかったですね。

——怒られた記憶はありますか?

伊藤:よく怒られていました。パンツ履くのが遅いとかで(笑)。幼少期は、よくパンツ履かないままでいたんですよ。それでこうやって履くんだって、脱いで履いてを何回も見せてくれました。僕は寝転んだままずっと履かないんで、お父さんはそこから始めて、脱いで、寝転んで、立ち上がって、履いてを何回も。何をやってるんだろうって思って見てましたね(笑)。

——お母さんはどんな方でしたか?

伊藤:逆に優しい感じの穏やかな人でしたね。専業主婦です。

——妹さんもいらっしゃるんですよね?

伊藤:4歳下で仲良かったですよ。妹はマンガ家を目指してました。すごく漫☆画太郎先生に影響を受けてて。1回、妹が描いたマンガを見せてもらったら、画太郎先生みたいな絵柄のおばあちゃんが若者とセックスして、その時の“イく”パワーがすごすぎて地球ごと爆発するっていう(笑)。

未来にしか希望を抱いていなかった少年時代

——少年時代はいじめられっ子だったと書かれていますが、いじめられるきっかけのようなものはあったんですか?

伊藤:いや、きっかけは無限にあったと思います。背が低くて太ってて80キロくらいありましたし、お風呂もあまり入っていませんでしたから。悪口とか言われたり、いろいろされましたけど、記憶にふたをしている部分もありますね。その辺は鍵をかけまくっています。

——いじめられている時ってどんなことを考えて耐えていたんですか?

伊藤:未来への希望ですかね。未来にいいことが起こるための前借りだと思っていました。その分が未来にいいことになって返ってくると。

——先ほど、太っていたとおっしゃっていましたが、今のように痩せたのはいつ頃ですか?

伊藤:高校の最後の方の時期から上京するまでの間にめっちゃ痩せましたね。太ったキャラでお笑いをやりたくないと思ったんです。食事を減らして走ったり。すぐ裏に山があったんで、山にこもって、山を駆けずり回ったり、絶壁を登ったりしてました。楽しかったですね。

——運動はできたほうなんですか?

伊藤:いや、できないです。チームプレーとか特にできなかったですね。

——部活とかには入ってましたか?

伊藤:中学は水泳部でした。水泳は得意でもないですけど、普通に泳げたくらいですね。

——中学でもいじめられっ子的な状況に変化はありましたか?

伊藤:水泳部の先輩に守ってもらってましたね。うちの水泳部は学校で一番ヤンキーが集まっていた部だったんですよ。それで廊下とかで会うととんでもないヤンキーが僕に話しかけてくれるから、それでなんとなくいい感じになりましたね。

——ヤンキーが集まるところだと、イジメの標的にされちゃいそうですけど。

伊藤:新入部員歓迎会みたいなのがあるじゃないですか。その時にプールサイドに並ばされておもしろいことをやれって言われて、スベるとプールに蹴り落とされる(笑)。で、やっぱりみんなスベるんですよ。それで僕の番が回ってきて、どうしようかずっと考えて、一か八かで水着姿だったんで『ガキの使い』の遠藤(章造)さんの「ホホホイ」を全力でやったらスゴいウケたんですよ。チビデブが全力でやったらそりゃあおもしろいですよね(笑)。

『ナインティナインのオールナイトニッポン』の影響

——そもそもお笑いを好きになったきっかけは何だったんですか?

伊藤:最初は『ナインティナインのオールナイトニッポン』ですね。そこから『めちゃイケ』を見て。『極楽とんぼの吠え魂』とかを聴いて。『ごっつええ感じ』『ガキの使い』『ウリナリ』とか見て。とんねるずも見て……って感じですね。ナイナイさんのラジオを聴いて、お笑いの世界に行きたいって思いましたね。

ナイナイさんってテレビとラジオでは全然違うじゃないですか。特にその頃は今じゃ信じられないくらい名指しで悪口とかめっちゃ言ってましたから(笑)。こんなギャップあるんだって思いましたね。そこから『爆笑問題カーボーイ』とか『くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン』とかいろいろなラジオを聴くようになっていきました。

——松本人志さんを好きになったのはどういうタイミングですか?

伊藤:やっぱり『ごっつ』じゃないですかね。衝撃というか。『VISUALBUM(ビジュアルバム)』とかあらゆるものを見ましたね。もちろん『遺書』も読みました。お笑い好きは全員『遺書』に影響を受けてますから。「俺は松本人志だ」と思いますよね、全員(笑)。暗いやつのほうがおもしろいとか書いてあるから、全部投影しちゃう。そっから、明るいとおもしろくないですねって周りを下に見ちゃってました。そんなことはないですけどね。よく考えたら松っちゃんも明るいですから(笑)。

——高校時代はどんな感じでしたか?

伊藤:高校時代は学校がすごく嫌いで引きこもりがちだったんですけど、もうその時はお笑いに向けてのことしか考えてなかったですね。もう絶対芸人になるんだって、早く行きたいと思ってました。

——けれど高校卒業後はいったん大学に進学されてますね。

伊藤:芸人になる前になんかワンクッション置きたかったんじゃないですかね。親からも大学に行くのが条件っていうのもあったかもしれないです。一応大学に行ってヌルっとお笑いの世界に行こうとしてましたね。親には最初芸人になるのをめっちゃ反対されました。できるわけない的な感じで。まあでも誰でも思いますよね。普段なんにも喋んないんだから(笑)。

——ご自身は成功する自信はあったんですか?

伊藤:自信しかなかったですね。もう絶対に売れて、松っちゃんみたいになるって。一言言って笑いをとって帰るみたいな。すべてを支配する感じに憧れましたね。

——実際にNSCに入ってみて、同期には渡辺直美さんやジャングルポケットの斉藤さんらがいましたが記憶に残っている人はいましたか?

伊藤:すぐ辞めちゃったんでほとんど見てないんですよね。でもかみちぃ(ジェラードン)とか印象に残ってますね。1人で誰かに電話してずっとボケるみたいな1人コントをやってて、めっちゃおもしろかったですね。

——以前国崎さんにインタビューした際、伊藤さんはNSC時代ネタ見せの時、他の人のネタでは笑いをこらえて絶対に笑わなかったとおっしゃってました。

伊藤:そうですね、耐えて震えてました(笑)。やっぱ当時は笑ったら負けだと思って一切笑わなかったです。

——ご自身がネタ見せに出られることは?

伊藤:いや、ほぼほぼ出てないと思います。出ずにずっと様子をうかがってたんじゃないですかね。それでそのまま出る前に退学になりました。

相方・国崎和也の印象

——伊藤さんが3ヵ月ほどで退学になって、国崎さんはそれからしばらくして自主退学されたそうですが、その間もお会いされたりはしていたんですか?

伊藤:はい、ちょくちょく会って普通に遊んでましたね。

——コンビ結成はどちらが言い出したんですか?

伊藤:たぶん僕だと思います。とりあえずやってみようみたいな感じで。2人ともボケをやりたかったから、最初は交互にやってみようって。でも、最初のターンが国崎くんで、それを見た時にハッとなって、もうこれでいいかなと思って、国崎くんがボケになりましたね。

——やっぱり国崎さんのボケに光るものを感じた?

伊藤:やっぱ最初から圧倒的に違ってましたね。なんかすごくなるんだろうなっていうのは見えました。

——ネタ作りは国崎さんがボケを考えてきて、それに対するツッコミを伊藤さんご自身で考えるという形ですね。

伊藤:そうですね。見た目通りというか見たまんまです(笑)。

——国崎さんがしつこく繰り返すのが特徴だと思いますが、基本止めないですね。

伊藤:しつこいですね、確かに(笑)。止めないのはどこまで行けるんだろうっていうのがあるかもしれないですね。見ていたい、というか。

——お客さんの反応は気になりますか?

伊藤:賞レース以外はあんまり気にならない。ウケてない時のほうがむしろ楽しいですね。昔、1個もウケなかったんで、別になんとも思わない。懐かしいというか(笑)。誰も知らないところに出て行ってスベる感覚は好きですね。

——国崎さんは伊藤さんのことを「友達」と表現されていますが、伊藤さんは?

伊藤:友達だと思いますよ。同じ感じじゃないですかね。友達のまんま関係性は変わってない。

——ずっと自由な国崎さんにもう勘弁してと思うことは?

伊藤:あー、常に思っているような思っていないような感じですね(笑)。「勘弁してくれ」と「もっとやってくれ」がいつも同居してます。

Photography Mikako Kozai(L MANAGEMENT)

後編へ続く

■『激ヤバ』 著者:伊藤幸司

■『激ヤバ』
著者:伊藤幸司
定価:¥1,760
発売日:2023年5月12日
判型:四六判 
ページ数:240ページ
発行:KADOKAWA
https://www.kadokawa.co.jp/product/322203001379/

author:

てれびのスキマ/戸部田誠

ライター。テレビっ子。1978年福岡県生まれ、静岡県出身。「読売新聞」「福島民友」「日刊ゲンダイ」『週刊文春』『週刊SPA!』『月刊テレビジョン』『TVナビ』「QJ web」などで連載。『GALAC』編集委員。主な著書に『タモリ学』『1989年のテレビっ子』『全部やれ。』『芸能界誕生』『史上最大の木曜日』など。 Twitter: @u5u

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