ランジャタイ・伊藤幸司のお笑いルーツに迫る——インタビュー後編 「最高の最下位」よりも「最高のチャンピオン」

伊藤幸司(いとう・こうじ)
1985年生まれ。鳥取県岩美郡出身。東京・NSC時代の同期、国崎和也とお笑いコンビ「ランジャタイ」を結成。ツッコミを担当している。 「M-1グランプリ2021」決勝出場。『激ヤバ』が初めての著書となる。
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初の著書『激ヤバ』(KADOKAWA)を出版したランジャタイの伊藤幸司。同書はウェブメディア「JASON RODMAN(現Project2)」での連載コラムに加え、表題作「激ヤバ」や「M-1 グランプリ 2021″アナザーストーリー〟」「さよなら M -1 グランプリ」など9篇の書き下ろし作品を加えた計24篇のエッセイを一冊にまとめたもの。

今回、伊藤に少年時代から今に至るまでを振り返ってもらい、そのルーツに迫る。後編はSMA時代からフリー、そして現在に至るまでを語ってもらった。

フリー時代は売れる自信しかなかった

——ランジャタイを結成して、まずSMAに入られました。子役オーディションに行かされたみたいなエピソードは話をされてますけど、逆に嬉しかったとか楽しかった思い出はありますか?

伊藤幸司(以下、伊藤):すごい自由だったんで楽しかったです。先輩芸人の桐野(安生)さんとかおもしろかったですね。(キャリアに応じて)NEETとHEETに分かれてるんですけど、桐野さんも若手のHEETの方にいたんですよ、年齢的におかしいんですけど(笑)。なんか桐野さんを見るのが楽しみでした。あと、バイきんぐの小峠さんに褒められたり、アルコ&ピースが「ランジャタイがおもしろい」って言ったらしいみたいな噂が広まったりしたのは嬉しかったですね。

——小峠さんにはどういう風に褒められたんですか?

伊藤:SMAのホープ大賞っていうNEETとHEETが集まって一番おもしろい人を決めるっていうライヴで見てくれたんです。その時、小峠さんの隣に桐野さんがいたらしいんですけど、僕等のネタを見て小峠さんが震えだしたって。それで終わった後、小峠さんが僕等を探して「オーイッ!」って叫びながら駆け寄ってきて。まだバイきんぐさんも『キングオブコント』でチャンピオンになる前で誰かもわからないし、スゴい勢いで来たんで怖かったですね(笑)。それで「お前らおもしろかった!」みたいに言われて印象に残ってます。

——SMAを辞めてフリーになって、ご自宅で自作自演のライヴ(自分達が客となり、自分達がビデオで録ったネタを見て、アンケートも自分達で書いていた)をやり始めます。それはどんな経緯で始めたんですか?

伊藤:自然とですね。ライヴには一切出なかったんで、でもネタは作らなきゃっていうことで、とりあえずビデオで録って。それを自分達で見ようという感じになって、どうせだったらちゃんと見たいじゃないですか。適当に見るよりは。だからそういう形式を作り上げましたね。

——ここでなにかプラスはありましたか?

伊藤:めっちゃあったと思います。自分達を客観的に見て、こうしたほうがおもしろいみたいなことを学びましたね。

——他のライヴにはなぜ出なかったんですか?

伊藤:チケットのノルマが高いんですよ。バイトもそんなにしたくない2人なんで、ギリギリ生活できるくらいまでのバイトしかしなかったんでお金がない。お金払って出ても、お客さんが2~3人だったりするし、誰も笑わないし、お金が減るもの嫌だなって。

——とはいえライヴに出ないと売れる足がかりがないと思うんですが。

伊藤:そうですね。でもいつかなんとかなると思ってましたね。まあなんにもしてなかった期間にもっとなんかしてたらもうちょっと早く世に出れたのかもしれないですけど(笑)。『M-1』決勝行くのに14年近くかかりましたからね。

——ちなみにその頃どんなバイトをされていたんですか?

伊藤:カラオケ屋、パン屋、マンガ喫茶……一通りやった気がしますね。全然続かないから。でも、「サーティワンアイスクリーム」は続きましたね。アイス好きなんで。パン屋も持って帰れるんで毎回パンパンに袋に入れて持って帰ってましたね。

「最高のチャンピオン」を目指して

——解散を考えたことは?

伊藤:解散はないですね。たぶん今後もないと思います。

——しばらく売れない期間がありましたが、芸人をやめようと思ったこともなかった?

伊藤:なんとなく、なんとかなるって思ってましたね。いつか売れると信じてました。『浅草キッド』じゃないですけど(笑)。

こっから先、どうなるのかっていうのはありますけど。人生長いですからね。AIが暴れだすと思うんですよ(笑)。AIにお笑いで勝てなくなった時、楽しみですね。人間がそっからどうするのかって。そういう時に出てくるじゃないですか、バケモノみたいな人間側の救世主が。

——やっぱり『M-1』をきっかけに売れたいという考えだったんですか?

伊藤:そうですね。もうちょっと早めに決勝に行きたかったですね。20代とかで行けたらどうなってたんだろうとは思います。若くして売れたらスゴそうじゃないですか。スターというかウェーイ!みたいになりそうじゃないですか(笑)。その感じも味わってみたかったですね。

——イメージ的にはランジャタイはインパクト重視なのかなと思いきや、先日の『THE SECOND』の結果でも伊藤さんは大きなショックを受けているツイートをされていたのが印象的でした。

伊藤:やっぱり僕は結果を出したいですね。チャンピオンになって1回どんな気持ちになるのかを知りたい。『ドラゴンボール』とか『幽★遊★白書』『刃牙』とかトーナメントもののマンガを読んでたんでその影響もあるかもしれないです。『M-1』も「最高の最下位」って言ってもらえて、それは良かったと思いますけど、やっぱり「最高のチャンピオン」のほうがいいですからね。

「小説も書いてみたい」

——芸人になって性格が変わった部分はありますか?

伊藤:性格はどうでしょう? これでも明るくなったとは思いますよ、格段に。基本、根っこは変わらないですけどね。

——やはり国崎さんが社交的でどんどん芸人仲間をつないでいく感じですか?

伊藤:めちゃくちゃ社交的ですね。友達が無限に増えているんじゃないですか。今、この時も(笑)。僕はそんなに芸人仲間と飲みに行ったりもしないですしね。みんなで騒ぐのが楽しみで仕方ないみたいな性格に憧れます。

——そういう場に呼ばれることは?

伊藤:あんまりないです。呼ばれたら行ってた時期もありましたけど、結局喋らないから、みんなのためにも、あんまりよくないなって思いました。最近は人見知りとかでもない気がしてきました。みんなどれくらい友達がいるんだろうって思いますけどね。LINEとか気軽に送れなくないですか?

——僕はそうですけど(笑)。

伊藤:ポンポン送りまくっている人もいるわけでしょ? そういう人格を1回経験してみたいですね。

——ちなみに国崎さんのエッセイ『へんなの』を読まれましたか?

伊藤:いや、読んでないです(笑)。

——逆に国崎さんに『激ヤバ』は読んでほしいですか?

伊藤:全然思わないです(笑)。

——書籍出版の話が来た時はどう思いましたか?

伊藤:嬉しかったですね。本を出すなんてとんでもないことですからね。信じられないくらいの。

——中島らもさんや大槻ケンヂさんの本が好きと書かれていますけど、どんな部分が好きなんですか?

伊藤:らもさんはアル中とかの部分も含めて全部書いちゃうのがスゴいですよね。晩年は自分で書けなくなっても口伝えで書いてましたもんね。喋ったことがそのまま文章になるって憧れます。オーケンさんが、らもさんの文章を書き起こすことから始めたっていうのを知って、らもさんの本を読みだしたんです。オーケンさんの『グミ・チョコレート・パイン』とか『くるぐる使い』とかも大好きですね。

——その大槻ケンヂさんが帯で「小説を書いてほしい」と書かれていましたね。

伊藤:小説もぜひ書いてみたいですね。

「未知の世界を歩いていきたい」

——芸人になって一番嬉しかったことは?

伊藤:『M-1』決勝進出が決まった時はすごい嬉しかったです。一瞬クラっときましたから。あとはやっぱ憧れてた人に会えたこと。ナインティナインさん、爆笑問題さん、ダウンタウンさん…と。

——『M-1』はもちろんですけど、「山-1」や「D-1」などで「発想がかぶる」とおっしゃっていた松本人志さんの前でネタをやるというのはどういう感覚だったんですか?

伊藤:子どもの頃、夢の中でダウンタウンに育てられていた時期があったんですよ。この話をするとみなさん引くんですけど(笑)。布団の中に入って寝ると、お父さんが浜ちゃんで、お母さんが松っちゃん。で、後で気づくんですけど、浜田さんが実は血がつながっている本当のお父さんだったっていう夢の中の設定がありましたね。松っちゃんも実の子供のように可愛がってくれる。それで夢の中でデビューするってなったんですよ。その時に2人が「俺等は力貸さへん。自分の力でやれ」みたいなことを言うんです。だけど蓋開けたら浜ちゃんが『ジャンクSPORTS』とかにピンで呼んでくれたり、えこひいきしてくれる……。ずっと言ってることおかしいですけど(笑)。これを『ガキの使い』のオーディションで言うと、それは絶対にダウンタウンの前で言わないでくださいって言われました。毎年「山-1」のオーディションに行ってたんですけど、スタッフさんからは「まだ言ってるんですか?」って言われてましたね(笑)。

——実際に本人達にはまだ言ってないんですか?

伊藤:もちろん言ってないです。

——ぜひ言ってほしい(笑)。

伊藤:ドン引きでしょうね(笑)。

——その松本さんが自分達のネタで笑っている状況をどう感じましたか。

伊藤:いや、本当に嬉しいどころじゃなく信じられないというか。やっぱり僕にとっては永遠に「松っちゃん」「浜ちゃん」ですからね。「松っちゃん、浜ちゃんが笑ってる!」ってなります。

——今は冠番組の『ランジャタイのがんばれ地上波』をやられていますが、やってみていかがですか。

伊藤:やりたいことをやらせてもらって楽しいです。あと、こんなに“地下”の友達とかを呼べるんだって(笑)。逆に今まで先に売れた人達はこれをやってくれなかったのかなとも思いましたけど、それは今だからできるというのもあるのかもしれないですね。ちょうど呼びやすい時代にかち合ったという。

一時期、テレビはガチガチにメンバー固定ってイメージがありましたもんね。今は逆にパッキンがバカになってガバガバで入り放題みたいな(笑)。テレビはなかなか扉が開かないからスゴかったのかもしれないから、良いことなのか悪いことなのかはよくわからないですけど。

——よく芸人さんはめちゃくちゃ忙しいか、仕事がないかだと言われますが、今の状況は伊藤さん的にはいかがですか。

伊藤:楽しいですね。こっからどうなっていくんだろうっていうのはありますけど。

——どうなりたいですか?

伊藤:それはダウンタウンみたいになりたいですけどね、もちろん。でも今は「天下を獲る」みたいなことはないですもんね。だからまだ誰も通ったことのないような未知の世界を歩いていきたいです。

Photography Mikako Kozai(L MANAGEMENT)

『激ヤバ』 著者:伊藤幸司

■『激ヤバ』
著者:伊藤幸司
定価:¥1,760
発売日:2023年5月12日
判型:四六判 
ページ数:240ページ
発行:KADOKAWA
https://www.kadokawa.co.jp/product/322203001379/

author:

てれびのスキマ/戸部田誠

ライター。テレビっ子。1978年福岡県生まれ、静岡県出身。「読売新聞」「福島民友」「日刊ゲンダイ」『週刊文春』『週刊SPA!』『月刊テレビジョン』『TVナビ』「QJ web」などで連載。『GALAC』編集委員。主な著書に『タモリ学』『1989年のテレビっ子』『全部やれ。』『芸能界誕生』『史上最大の木曜日』など。 Twitter: @u5u

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