あのちゃんが語る「仕事で大切にしていること」——歌、演技、バラエティ、表現者としての魅力に迫る

あの
9月4日生まれ。2020年9月より「ano」名義でのソロ音楽活動を開始。2022年4月 TOY’S FACTORYよりメジャーデビュー。2023年にリリースした「ちゅ、多様性。」や「スマイルあげない」が大ヒット。アーティスト活動に留まらずタレント、俳優、モデルとマルチに活躍中。主な映画出演作は『咲-Saki-』(2017)、『血まみれスケバンチェーンソーRED』(2019)、『劇場版 ファイナルファンタジーXIV 光のお父さん』(2019)、『サイレント・トーキョー』(2020)などがある。12月13日にはano1stアルバム『猫猫吐吐』をリリースする。
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“あのちゃん”をとりまく環境が激変している。軸にしている音楽活動に加えて、地上波番組への出演が増え、2023年4月からはラジオやテレビで冠番組が始まった。そんな中、彼女が落合モトキとW主演を務める映画『鯨の骨』が10月13日から公開される。主人公の男・間宮(落合モトキ)がバーチャルの世界で出会い、のめり込んでいく少女・明日香役を、持ち前のつかみどころのなさを存分に活かし、魅力的に体現する。さまざまなフィールドで表現の幅を広げるあのちゃんに、今作に対する思いや、書き下ろした主題歌「鯨の骨」について、そして歌と演技の共通点について聞いた。

※記事内には映画のストーリーに関する記述が含まれます。

「いろんなところで自分らしくいられた」

——いきなりですが、あのさん自身、ここ1年での知名度の高まりや活躍の幅の広がりを実感することはありますか?

あの:「時間がない」っていう意味で、すごく実感してしまっている感じです。この映画『鯨の骨』も、撮影が2022年の2月頃で、その前に稽古も1週間ほどあって。あのタイミングでこの映画を経験できてよかったです。

——現在の状況になったターニングポイントはなんだったと思いますか? お笑い&バラエティ好きには、『ラヴィット!』(2021年10月13日OA)と『水曜日のダウンタウン』(同年同月20日OA)がコラボした企画のインパクトが非常に大きかったのかなと。

あの:あれも、大きなきっかけではあったかなと思います。でも、あれだけだったら、多分今みたいにはなってなかったのかな。前にやっていた『あのちゃんねる』(テレビ朝日)や、4月から始まった『あののオールナイトニッポン0』が始まったこともきっかけだったかなと思ったり。あと、毎回バラエティ番組に出るたびに、ネットニュースにしてもらって。その前から山里(亮太/南海キャンディーズ)さんとずっとバラエティ番組(『新shock感』)をやっていたんですけど、そのことがまるでなかったかのような扱いになってしまって、「山ちゃんごめん」って感じです(笑)。 でもぼくがやっていることは何も変わらないから、ぼくも不思議で。何がなんだかって感じです。ただ、いろんなところで自分らしくいられたことが良かったのかなっていう感じはします。

——「いろんなところで自分らしくいられたこと」は確かに大きい気がします。他に、いろいろな仕事をしていく上で、大切にしていることはありますか?

あの:んー、なんだろうな……「嘘をつかない」とか。特に自分の感情に嘘はつかないようにしてます。なんか、嘘をついてやってる仕事って自分もしんどいし、ファンの人にもわかるものだと思うので。そこは絶対にぶれずにやれてるかなと思います。

——あのさんにとって、ついてはいけない嘘、とはどんなことでしょうか。

あの:例えばこの『鯨の骨』も、面白くないなと思うんだったら、やっちゃ駄目だと思うんですよね。どんなことでも、自分がやりたいなって思わないとやっちゃ駄目だなと思ってて。だから、これは自分がやるべきじゃないなって思ったものは、どれだけいい条件を出されたとしても断っています。自分のやる意義とか、自分の意思がないときついなって。そこだけはこの先、何があっても変えちゃいけないかなって思ってます。でも、経験も大事だと思ってるんで、どっちかわからないから1回やってみて、楽しめなかったらもう2度とやらない、という時もたまにあります。

『鯨の骨』の演技を通して感じたこと

——『鯨の骨』に出演することになった経緯を教えてください。監督と面識があったのでしょうか?

あの:特に面識はなくて、お話をいただいて、まずは大江さん(大江孝充監督)と会ってみようかということになって。脚本を読んでみたら、1回だけじゃちょっとわからなくて、何度も読みました。後半にいくにつれて、ミステリーのように考察したくなるっていうか、「何なんだろう?」っていう疑問が湧いてきた時点で、「あ、面白いな」って思って。大江さんが仕掛けるものにすごく魅力を感じましたし、それまでずっと不思議な空間だったのに、最後でいきなり「ほい!」と突き抜ける感じも面白かったです。

——明日香という役柄についてはどう思いましたか? あまりにもあのさんにぴったりだったので、当て書きかと思ったらそうではないと聞いて驚きました。

あの:明日香はそもそも「ミミ」(=主人公の間宮がはまっていく、拡張現実アプリ『王様の耳はロバの耳』の略称)の中の存在なので、間宮に会う時は、フィルターを1枚かける感覚がありました。そこが、“堀内”(あのが演じたもう1人の人物)との大きな違いで。でも、感情は偽物ではない、みたいな。結構ぼくもキャラクターチックに見られがちというか、ぼくは1人しかいないんだけど、人の数だけあのちゃん像があるなって思ってて。だから最初脚本を読んだ時、明日香の気持ちがあんまり遠く感じなくて、「なんかわかるな」って。そうやって「ミミ」の中に入っていって、自分の心の奥底をちょっと隠しちゃうところとかは、共感できるなと思いました。間宮への最初の手紙に「ざまあ」って書く部分だったり、周りを「翻弄する」じゃないけど、ぼくも結構しがちだったりするし。説明嫌いというか、誤解されてもいいから、余白をみんなに考えさせてしまう。それでよく揉めたりするんですけど(笑)。そういう性質も「明日香めっちゃ似てるかも」って思いました。

——あのさんから見ても、親和性を感じていたのですね。「翻弄する」というところでは、初対面で間宮の部屋に行った明日香が、オーバードーズであっさり死んで、そこから間宮が明日香に翻弄され続ける。あの死体姿が素晴らしかったです。カメラの映り方など、細かく調整したのでしょうか?

あの:ありがとうございます。あれはわりとさっと倒れただけだったと思います。死体役にけっこう慣れているというか、死に慣れているというか。あそこは自分が明日香になりきったら、自然と死体になれました。すごくうまくいったと思います。

——「役を演じること」によって、表現者として、得られたものはありますか?

あの:音楽も、テレビも全部そうですけど、「いつも通りで」「あのちゃんらしく」と言ってもらえて、自分らしくやれてるんですけど、演技では別人格になれるし、ならなきゃいけない。そこでまず「あのちゃん」を消さなきゃいけない部分もありました。今回の稽古でも、挙動、目線、喋り方、声の発声、すべてを変えるところから始まって。今回の映画で、自分ではない人になれる自分もいるんだなっていう部分で、成長できたのかなって思います。

「エンドロールで自分の曲が流れてきて、すごく感動した」

——今回、主題歌「鯨の骨」の作詞作曲も手掛けました。映画の主題歌は初とのことですが、どういう経緯だったのでしょうか?

あの:最初はやんわりと、「曲も作れたらいいよね」みたいなことを監督が言ってくださったんですけど、撮影に入ってちょっとしてから、正式にやることになって。監督からは、「撮影中に曲を作ってほしい」って言われたんですけど、脚本を見た時にはもう、サウンドや曲のイメージが浮かんでて。歌詞は、撮影しながら、明日香の気持ちや間宮の気持ち、明日香の信者の気持ち、自分の気持ち、いろんなものを考えながら作りました。あとエンドロールで流れるっていうことも意識しました。

——完成した作品のエンドロールで自分の曲が流れた時、どういう気持ちになりましたか?

あの:嬉しかったです。エンドロール前の喫茶店のシーンがすごく印象的だったんです。席に座っていた間宮達がいなくなって、女の子2人組が座ることで、また新しく進んでいくものを感じて。映画を通して間宮はずっと大変そうで、「間宮おつかれ(笑)」って感じだったけど、でもそれって世界を大きく見たら本当に一瞬のちっぽけなことなのかな、世界っていうのは時間が進んでいくんだよなって。すごくのめり込んで見てたから、その一瞬でハッとして。すごくいい終わり方だなと思いました。脚本を最初に読んだ時よりもはるかにいい映画になっていて、そこで自分の曲が流れてきたので、すごく感動しましたね。撮影期間中、すごくしんどかったって言ったらあれですけど、撮影時期にドンかぶりでいろんなことがあって。撮影も本当にいろんな感情でやらせてもらってたんで、思い入れがすごくあります。この作品に関われて、曲まで書かせていただいて、本当に光栄でした。

——今後、挑戦してみたいことはありますか?

あの:演技にはもともと興味があったんですけど、『鯨の骨』が楽しかったので、もっといろんな役をやってみたいなと、より思うようになりました。原作がある作品に出たことはあったけど、今回みたいに脚本しかない作品で、しかも2役を表現するのは初めてで。すごく難しかったけど、もっといろんな役に挑戦してみたいなって思いました。あと、声のお芝居もまだやってないんで、やってみたいなって思います。結構何でもやってみたい。嫌だったら、やめればいいし。

——(笑)。今回の明日香のしゃべり方を、パブリックイメージのあのさんしか知らない人が見たら本当に驚くでしょうし、「あのちゃん普通にしゃべれるじゃん」というリアクションも多いと思います。でも、あのさんにとっての“普通”はいつものしゃべり方なわけで。今回は、明日香という役を表現するために、あのしゃべり方になったわけですよね。

あの:明日香と堀内でもしゃべり方が違うので、それぞれ「こうしてほしい」という大江さんの要望があって、監督の目の前で発声の仕方をかなり練習しました。ぼくにとっては、今しゃべってる声が自然の発声で、明日香には明日香の声があって、堀内には堀内の声がある。そこに、“普通”はなくて。だから、「明日香の声って何だろう?」ってなっちゃって、自分が「こうかな?」と思う発声の仕方をしても、監督に「いや、違う。まだあのちゃん」みたいなことを言われたり。あと、「相手に声を打ち当てるようにしゃべってください」と言われて、そこの練習もかなり苦労しました。ぼくはもともと(対人)コミュニケーションがあんま得意じゃないし、声が口元で収まっちゃうので、そこが今回の役とぼくの大きな差でした。

——今回のように役を演じることによって、アーティストとしての表現にプラスの影響があると思いますか?

あの:表現者としては、演技も歌も、言葉への感情ののせ方は似てるなと思ってて。大江監督から「ここはこういう感じで言ってほしい。直後はもっとこうやってやほしい」っていう細かい指定があって。歌も同じで、「ここの部分はこう歌いたい」というものが自分の中であるんです。今回指摘されて培ったものが、音楽活動にも良い影響として出たらいいなと思ってます。

Photography Takahiro Otsuji
Styling Momomi Kanda
Hair & Makeup Yuki Deguchi

■『鯨の骨』
濱口竜介監督と共同執筆した『ドライブ・マイ・カー』が米アカデミー賞脚色賞にノミネートされ、話題沸騰の配信ドラマ『ガンニバル』の脚本も手がけた大江崇允。いま世界が注目する映画作家が、リアルとバーチャルが混濁する現代の寄る辺なさを、ミステリアスな迷宮ファンタジーに昇華させた最新監督作。
10月13日公開
出演:落合モトキ あの
横田真悠 大西礼芳
内村遥 松澤匠 猪股俊明 / 宇野祥平
監督:大江崇允 
脚本:菊池開人  大江崇允  
音楽:渡邊琢磨
主題歌:ano「鯨の骨」
制作プロダクション:C&I エンタテインメント 
配給:カルチュア・パブリッシャーズ
https://www.culture-pub.jp/kujiranohone/

author:

須永貴子

ライター。映画、ドラマ、お笑いなどエンタメジャンルをメインに、インタビューや作品レビューを執筆。『キネマ旬報』の星取表レビューで修行中。仕事以外で好きなものは食、酒、旅、犬。Twitter: @sunagatakako

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