アートコレクター笹川直子が語る「ビジネスにも通じるアートの魅力」

笹川直子(ささがわ・なおこ)
株式会社クィーン代表取締役 / アートコレクター。山脇学園女子短期大学英文科卒業。野村総合研究所リサーチ&コンサルティング本部勤務ののち、結婚退職。IT系企業での経験を経て2000年に株式会社クィーンを設立。2005年にナチュラルヘアケアブランド「ウルオッテ(uruotte)」を発売し、今に至る。 現代アートに魅せられ20歳からコレクションをスタート。出産&育児で一時中断するも執念でコレクションを再開。ライフワークであるアートと美容ビジネスの接点を探りつつ、アートのある人生を楽しんでいる。

アートコレクターの笹川直子は20歳で初めてアート作品を購入し、以降も数多くのアートコレクションを続けている。一方で、自身の会社で2005年にナチュラルヘアケアブランド「ウルオッテ(uruotte)」をスタートするなど、ビューティ企業の代表としても活動する。今年4月には空山基とコラボしたアイテムを発売するなど、アートに造詣が深いからこその商品を開発している。今回、アートとビジネスの関係について、話を聞いた。

——笹川さんがアートに興味を持ち始めたきっかけを教えてください。

笹川直子(以下、笹川):母が美術大学出身で、もともと家にユニークな品が飾ってあったりしたので、子どもの頃からアートには興味はありました。高校生になってから母の友人が経営していた「鎌倉画廊」に遊びに行くようになり、アートって買えるものなんだと知りました。それで1989年、20歳の時に「鎌倉画廊」で、アーティストのクロード・ヴィアラさんの展示をやっていて、そこで初めてアート作品を購入しました。

——以前のインタビューで、それが100万円を超える作品だったと話されていました。

笹川:まだ1年目の会社員だったんですけど、バブル期で、みんなが車を買ったり海外旅行に行ったり、ブランドのバッグを買ったり、散財していた時代でした。そんな時代の雰囲気もあり、思い切って欲しいと思ったものを購入しました。

その記念すべき1点目の作品は今でも大切に持っていて、去年、高知県の「すさきまちかどギャラリー」でコレクターの友人との合同コレクション展で展示しました。サイズがかなり大きくて、家に飾ることができなかったので、改めて展示されているのを見て、いい作品だなと思いました。

——そこからアートをコレクションしていくんですか?

笹川:そうですね。週末はいろいろなアートギャラリーを見てまわって楽しむという感じでした。ただ1990年代は、まだ現代アートが今ほど高くなくて、中には自分でも買える作品もありました。蔡国強のインスタレーションが考えられないほどの価格で入手できたりもして。他にも森山大道さんの作品なども購入していました。

それから私が1999年に出産して、そこから10年くらいはコレクションにブランクがあります。それで2000年代終わり頃からまたアートコレクションをするようになりました。

——笹川さんが作品を購入する時のポイントは?

笹川:強いていえば、どのくらい真剣に制作と向き合っているのか、何か新しいことをやろうとしているか、でしょうか。あとは好みと、タイミングです。私は作家と話して作品のことを知って購入したいのですが、若い時は作家に話しかけるのを遠慮していたんです。でも作品について聞くと意外と喜んで話してくれるんですよね。だから、気になる作家には作品について聞いてみるといいですね。

——今回、いくつかお気に入りの作品を持ってきていただきました。

笹川:応援の気持ちもあって購入している、若手作家の作品をお持ちしました。糸目友禅染めという日本独自の技法を使っている石井亨さんやパリ在住の田中麻記子さん、板坂諭さん、エヴァン・ネスビット(Evan Nesbit)さん、玉山拓郎さん、大久保紗也さんなど。板坂さんは「ウルオッテ」のパッケージデザインも手掛けてくださる建築家ですが、作家活動もされています。

——特に好きな作家さんはいますか?

笹川:思い出深いのは、この前まで「丸亀市猪熊弦一郎現代美術館」で開催していた展示「中園孔二 ソウルメイト」に作品を貸し出ししていた、中園孔二さんですね。キャンバスで縦、横2m50cmほどある作品で、最初の個展の時に購入しました。大きすぎて倉庫に入れてあり、なかなか見る機会がないので、美術館の会場で見られて嬉しかったです。

中園さんは音楽もやっていて、初個展ではヴォイスパフォーマンスもされたり。純粋な人でしたね。26歳で亡くなるまでの短期間に約500点と多くの作品を遺しています。 

アートとビジネスの関係

——笹川さんが考えるアートの魅力は?

笹川:アートがおもしろいのは、見て美しい、圧倒されるなど感情を揺さぶられる体験ができること。また、作品を通して既存の考えや常識にとらわれず、想定外の発想やものの見方、価値観を学べるところにもあると思います。平たくいうと「ぶっとんだ発想」みたいなものです。

ここに、ビジネスでいうところのイノベーションにつながるヒントが隠されている、と感じることもあります。一見するとどう解釈してよいかわからない作品も多いのですが……。

——確かにぱっと観ただけだとわからない作品も多いですよね。

笹川:そうですよね。でも作家やギャラリストに「どうしてこういう作品をつくったのか?」「何を表現しているの?」と聞いてみたらいいですよ。「なるほど!」「へぇ~!」と、新鮮な驚きと感動をあじわえることがよくあります。

——そういうアート好きなことがご自身の今の仕事にも生かされていますか?

笹川:私も商品を作るのに人と違ったことをやりたいと思うタイプで、売れるかどうか、儲かるかどうかよりも自分はこれがつくりたいっていう思いのほうを優先したものづくりをしています。

2005年にヘアケアのブランドを立ち上げた時も、アレルギー家系で自然食と石鹸シャンプー育ちだったのですが、自然派でもっと使用感のよいシャンプーが欲しいと思って自らつくったのが始まりです。当時子育て中だったので、あまり手間をかけずに1本で完結するシャンプーを開発しました。その当時からプラスチック削減や節水など、社会との関わりも意識して、環境に配慮したものづくりを心掛けていました。

——アーティストとのコラボもやられていますよね。

笹川:2018年に田中麻記子さんとコラボしたのが最初で、白髪の一時染めをする商品“リタッチヘアマスカラ”のキービジュアルを描き下ろしてくれました。2020年以降は榎本マリコさんにキービジュアルをお願いしています。

あと、2020年11月に「ウルオッテ」のリニューアルを建築家でプロダクトデザイナーの板坂さんにお願いしました。板坂さんはアーティストとしても活動している方で、このパッケージのグラデーションは日本の四季の移ろいを表現しています。塗装しているので、ごく微妙なムラも発生しますが、そこには多様性を許容するというメッセージがあります。

——今年の4月には空山基さんともコラボしました。

笹川:そうですね。空山さんとはアートギャラリーの「NANZUKA」さん経由で2015年か16年に知り合って、いつかご一緒に仕事したいなと思っていました。それで2年ほど前にコラボさせていただける奇跡に恵まれて、受けていただけることになったんです。そこから試行錯誤して、2023年の発売になりました。そしたら空山さんの個展(「Space Traveler」)のタイミングが重なって。テーマも宇宙旅行でリンクしていたんです。

——テーマが同じだったので、もともとタイミングを合わせるようにしていたのかと思っていました。

笹川:全然違うんです。商品のほうは、本当はもっと早く出す予定だったんですけど。すごい香りやパッケージにこだわって。もともとコスメの大量生産、大量消費、大量廃棄へのアンチテーゼとして、違う価値観をどう提案していけるかを考えて今回は「体験を提供していきたい」と思いました。香りで無重力を表現しているので、テーマが「宇宙旅香」なんです。

——空山さんにはどのような要望をしたんですか?

笹川:要望というのはおこがましく。空山さんが作りたい世界観があって、クリエイティブチームはそれを大切に進めました。

空山さんご自身も、イラストをただプリントするだけのコラボは望まれていなくて、何か「全く新しいチャレンジ」が必要でした。なので、今回一緒にものづくりができたのはすごく楽しかったですし、空山さんも商品にはとても満足して喜んでくださいました。

——今後も他のアーティストとのコラボも考えていますか?

笹川:そうですね。コスメは新しいブランドが出ては消えてゆくレッドオーシャンの世界で、売れているものの二番煎じ商品も多いと感じています。わが社は、シンプルケアの自然派コスメというブランドの核を守りつつ、アーティストとともに、他社が真似のできない新しい価値を提案していけたら、と思っています。

Photography Kohei Omachi(W)

author:

高山敦

大阪府出身。同志社大学文学部社会学科卒業。映像制作会社を経て、編集者となる。2013年にINFASパブリケーションズに入社。2020年8月から「TOKION」編集部に所属。

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